ポストアポカリプス時代の配信ライフ ―令和原人っていうのはやめてくれ!―   作:石崎セキ

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夏は怪談の季節

毛艶(けづや)、悪いなぁ……」

 

 わたしは自分が撲殺した犬の死体を眺めていた。

 枝毛が混じったボサボサとした犬だ。この時代に血統が保証されたペットがいるのかは甚だ疑問だが、少なくとも純血ではないだろう。

 血は頭頂部から滲み、楕円状に広がっている。だがそれだけで、地面にはさほど垂れていない。毛が防波堤の役割を果たしているのだろう。

 よくいうような苦悶の表情というのは(うかが)えない。白目を剥き出してはいるが、苦しんでいるのかと問われればそうでないような気がする。黒目はほとんど見えなかったが、みていてあまり気持ちのいいものではないので、瞼を閉じさせた。

 

「……どうしよっかな」

 

 変な炎上の仕方をしたけど、そこまで大きなものかといわれれば、そうではない。わたしは実況者としては底辺もいいところだし、騒いでいた人はだいたい初見だ。可愛さ余って憎さ百倍式の、いわゆる反転アンチではない。

 わたしは登録者数もそこまでではないので、自分でいうのもアレだけど、叩きがいがない。人の怒りは数日も持たない。少し時間を空ければ自然に鎮火すると思う。

 

 思うのだけど。

 

 この犬を食べるか食べないか。

 炎上対策としては食べないのが圧倒的に正解――なんだろう。

 

 魚であれだけ騒がれるとなると、犬はもっと騒がれるだろう。

 こと動物に関しては、命の軽重が確実にある。微生物や昆虫などの小さいものは軽く、クジラや象などの大きいものは重い。

 犬は愛玩動物としても親しまれているぶん、かなり重い。

 

 でも、貴重なタンパク質だ。せっかくの戦利品だし勿体ない。

 

 問題は、わたしが犬を食べたことを報告するか否か。

 食べていないといっても嘘だと思う人はいるだろう。

 逆に食べたといえば、それを嘘だと思う人は少ないはずだ。

 いくら無言を貫いたとしても詮索するような雰囲気は出るだろうし、いっそ正直にいったほうがいいかもしれない。

 

 とりあえずそのあたりまで決めておいて、もう遅いかもしれないけど、喉元を切って血抜きをする。

 

 わたしの手元にある刃物はハサミのみ。あまり鋭利なものではないし、錆びているので、切り心地が悪い。血と脂で刃がぬらりと滑る。

 レストランに塩も包丁もないのって何のバグ?

 それだけ、未来は加工食品が多かったのだろうか。あのときちゃんと聞いておけばよかった。

 

 とりあえず火にかけることで、毛が処理されやすくなるらしい。

 殺菌もできるので一石二鳥とのこと。

 

 火力は心もとないけどキャンプファイアーのように、薪を組み立てる。

 この手順も慣れたもの。

 燻製は調べたところ、今は難しそうだ。まだカマドから炭を取りだしていないので、カマドも使えないし、必要な材料を入手するのも難しい。

 

 ここで問題が発生した。

 

 丸焼きにするには、尻から頭までを貫けるほど大きな棒がなくてはいけない。それに犬を高いところに固定するための木材も必要だ。

 

 そのための、太い棒がない。

 

 海辺を離れて散策する。

 

 なんだか妙に拓けている道のようなものがあったので、自然とそこを歩くことにした。

 獣道とも違う。

 邪魔な木がなぎ倒されているのだ。

 

 熊鈴の役割もかねて、スマホでこの時代の音楽を再生することにした。

 

 音楽で〝ノる〟という経験をしたことはあまりないが、それにしてもノり切れない。聞き覚えがなさすぎて脳が受けつけないのだ。

 

 若者が演歌を聴かず、年寄りがボカロを聴かないのと同じ原理だ。

 音楽を音楽として聞き取るためには訓練が必要だと聞いたことがある。

 どこかの部族に名曲を聴かせても音楽として認識しなかったというのだ。その真偽は知らないけれど、今のわたしには、これを娯楽的な音楽として認識する能力が欠けていた。

 

 結果、令和のヒット・ソングを検索してかける。若者向けの曲がクラシックとして扱われているのには違和感があったけど、時代を越えて聴き継がれているだけあって名曲揃いだ。

 曲数が少ないのが難点だが、少なくとも今日はこれで充分だろう。

 

 気づけば適切な棒が見つからないまま、2時間ほど探索していた。

 まったく疲れていないから時間経過分かりづらい。

 もしかすると疲労には時間を知らせる効果があるのかもしれない。

 今ごろ犬の死体には虫がたかっているかもしれないが、そういうのは炙ればいなくなるから、精神衛生のために気にしないでおく。

 

 往復で4時間かぁ、と思ってちょっと憂鬱になる。

 

 帰る頃にはあたりは暗くなっているだろう。

 急に拓けた場所に出た。

 

「……うわ」

 

 前方は目が届く限りの野菜畑。地面が隙間なく野菜で覆われている。

 引くくらい量が多い。

 ビルにあった野菜だけではなくて、スイカまである。

 包丁はないけど、木の棒で割れるくらいなら自力でどうにかできるだろう。

 とりあえず引っこ抜いて、木に思いっきり叩きつける。

 服にスイカの汁が付着するハプニングはあったが、無事に甘味を得ることに成功した。

 

「……うわ」

 

 ドン引きしたときと同じ声が出た。

 あまりに久しぶりに糖分を摂取した。

 

「……うまぁ…………」

 

 声が心なしか夢見心地になる。

 甘くて瑞々しい。こんなものを食べたら今までのボラとか、これから食べるであろう犬とかの貧相さが際立つ。一瞬で食べ終わり、タネを慎重に確保した。

 もうひとつを同じようにして食べてから、なぜこんな畑があるのだろうかと疑問に思った。

 たしか、野菜は屋上に隔離されているんじゃなかったのか。

 この繁殖具合を見れば納得だ。あたりには他の植物がなく完全に植生が変化している。

 周囲の木はごっそりと枯れている。

 野菜に栄養を吸われているのだ。

 

「……誰かが、()いた?」

 

 海からここまでの一本道。邪魔な木がなぎ倒されていたのも、人の手が入っていたからと考えれば納得できる。

 このあたりで引き返そうと思っていたけど、もう少し調査を進める必要がありそうだ。

 

 そうしてさらに道を歩いていくと、

 

「あばら家?」

 

 木造の粗末な家がみえた。わたしでも努力すれば建てられそうだ。

 木材は随分と劣化していたけど、ビルとは違って人間の棲家(すみか)という感じが強くて、

 

「おじゃましまーす……」

 

 と挨拶をしてドアを開ける。

 鍵はかかっていないようだった。

 ドアを閉じる。

 

「いや、無理無理無理……! わたし、ホラー耐性ないんだって!」

 

 わたしの見間違いでなければ、木製の床には。

 

 一体の白骨死体が落ちていたのだった。

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