ポストアポカリプス時代の配信ライフ ―令和原人っていうのはやめてくれ!― 作:石崎セキ
「……まあ、あんなふうに配信を切って、わりかし早く戻ってきたけどごめん。ひとりは耐えられない」
:どうしたんだ
:古参は気にしてないぞ
:荒れてたししょうがない
「あんなことやったあとなんだけどさ、犬食べようと思って棒を探していたんだよね。丸焼きにするための」
:たくましすぎる
:これは炎上しますね(予言)
:メンタル強者か?
リアクションはそこまで悪くない。一部アンチコメントがあったが、そういうのはAIが弾く設定にしておいた。
炎上は観測した時点で炎上なのだ。シュレディンガーの炎上だ。
観測した瞬間に、炎上は炎上として確定する。
それに、いくら騒がれたところで、わたしに実害はない。身元は特定できるはずもないし、むしろできるならしてほしいくらいだ。
「見てよこの一面の野菜畑」
わたしはあばら家を背にし、指先で地面を覆っている野菜を示す。
爪は思ったよりも伸びていない。野生動物の爪が不必要に伸びていないのと同様、日常を送る動作をこなしているうちに摩耗しているらしい。
:おお
:スイカあるじゃん
:畑泥棒ですか?
「野菜泥棒は分かるけど、畑泥棒はレベル高いな!」
土地の権利書を盗みだして名義を書き換えたりするのだろうか。
コメント欄が落ちついてきたタイミングを見計らって「ところで」と切りだす。
「人骨って映しても大丈夫? 肉片とかはついてない。完全な白骨死体」
:まさか…お前……
:大丈夫だと思うけど
:大丈夫そう?
:規約には引っかからない
一応はあらかじめ調べておいたけど不安なものは不安だ。
こればかりはファンとアンチの区別がつかないので、見知ったアイコンの人が複数人オーケーを出していることから、大丈夫そうだと結論づける。
わたしはカメラをあばら家に向けて、
「わたしの見間違いでなければ、あの家には人骨があった」
:展開早すぎてビビる
:見たいような見たくないような
:呪われない?
「呪われるとか怖いこといわないでよ! わたし、もう見ちゃったんだから」
仮にも近代人なら、呪いとか非科学的なことはいわないでほしい。いや、仮にも近代人であるわたしが非科学的なものを怖がっていては世話がないのだけど。
「で、ひとりだと怖いから、みんなを
:隠しきれない本音
:一緒(巻き添え)
:運命共同体…結婚のことか?照れるな
「どっちかというと血痕かな」
あったとしても、乾ききっているだろうけど。
会話では通じない返答をして、あばら家のドアを開く。
「やっぱ……幻じゃ、ないよね」
やや変色した――まあ、元の色なんて知らないけど――頭蓋骨の
:なんか…こんなもんなのかって思う俺がいる
:その場にいたらめっちゃ怖いだろうけど、怖くはないな
反応はあっけないもの。
白骨死体が放つ異彩なオーラとでも形容すべき何かは、画面を通り越しはしないようだ。
犬のときもこれくらいのリアクションですませてほしかった。
まあ、今は昔からみてくれている人が多いから、犬を殺したとしてもさほど強い反応はなかったかもしれないけど。
「でも……どうして、この人は、ビルじゃなくてこんな場所にいたんだろう?」
:文明が崩壊して、町は役に立たなかった?
:塩が欲しかったんじゃない?
わたしの推測も似たようなものだった。
この白骨死体は、文明が崩壊したあとで
だとすれば。
「――滅亡の原因は、何なんだろう」
:ウィルス
:ウィルスだろ
:ウィルスなんじゃないの?
示し合わせたとしか思えないほど、コメントの足並みが揃っている。
「どうしてウィルスだと思うの?」
:令和からきたんでしょ?
:令和だから
一瞬何をいっているのかよく分からなかったが、わたしの配信をフィクションだと思っているのだと気づいた。
わたしというキャラクターが、令和からきたという
「でも……ウィルスで、そんなに簡単に人類が滅びると思う? だって致死性が高ければ感染は拡大しないし、致死性が低ければ感染は拡大するけど滅びないでしょ?」
:たしかに
:正論
:じゃあ別の理由があるってことか
:前に避難とかいってたけど、だとしたら戦争とか?
:人類が滅びる戦争とかありえん
:世界全体で人類が滅びているとは限らないし、この地域だけが焦土になってるとかじゃない?
神さまに聞いたけど人類は滅びているらしいよ、といったらますます面倒くさいことになりそうだったので、いわないでおく。
コメントが設定の考察でヒートアップしてきたところで、冷却材代わりに、気になっていたことを訊ねる。
「あの、白骨死体ってどれくらいでできるの?」
:完全に状況による
:埋まってるわけじゃないから結構速いよ。夏なら一週間でできるケースもある
わたしは薄目で骨を確認する。
よくみると周りに長ズボンと長袖の服が落ちている。そのことを伝えると、冬なら数ヶ月という答えが返ってきた。ただ、服がないから長袖を着ている可能性もあるというので、他の服があるかどうかを確認することにした。
罪悪感はなくもないけど、危険なものが落ちていないとは限らない。
アメリカンスタイルで土足で入る。
床がわずかにたわみ、反動で白骨が揺れる。
今にも死者が蘇ってきそうで恐ろしい。
:白骨死体っていっても、数百年とか残るものも普通にあるからな
:コンクリが倒壊するレベルの劣化をしてるんだから、この家は割と新しいんじゃないか?
:だとしたら、けっこう最近まで生きてたってことじゃないか?
:いや、ざっと50年は見積もれるだろ。
キッチンらしき場所には、レンガ造りのカマドがあった。
ここで犬を調理できるかもしれない。
「あっ、みて! 念願の包丁を手に入れた! 薪も、斧もある! 炭もある! ゴールドラッシュなんだけど!」
あんなに苦労して作り出した炭が、こんなに簡単に手に入るなんて。
もっと早くにここにきたかった……けど、包丁と斧を入手できたのは大きい。
「あ、みんなの時代って食堂に包丁とかないのが普通なの?」
:いや、あるよ
:ミスじゃなかったの?
……こんなところにも設定と思われている弊害があった。あのころは視聴者が今よりも少なかったし、スタッフのミスとか、エンタメのためにあえてなくしたとか思われていたのかもしれない。
「何この袋」
カマドの側に、ごわごわとした麻袋のようなものがあった。
虫とかが急に飛び出してきたら嫌なので、慎重に開ける。
なかには大量の塩が入っていた。
「うわ……」
きらきらと輝いていて、まるで宝石のようだ。
わたしの努力は一体。
せっかく塩を作る技術を習得したのに……
ますます、もっと早くここをみつけていればよかった……
:チート始まった?
:初期の何もない状態での手探り感がよかったのに
:人の幸せは素直に喜ぼうぜ
「ここを拠点にする。そのために、犬の死体とか回収してから戻ってきて、この骨を埋める。できるだけ迅速にね。72時間耐久の延長戦、始めるよ……!」