ポストアポカリプス時代の配信ライフ ―令和原人っていうのはやめてくれ!―   作:石崎セキ

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いつもの倍くらいの文字数があるので実質2話更新です。
今回、作中最シリアス回。裏返せば、今後、これ以上のシリアスはないということ……!


決意

 真夜中、月の光を頼りに死体を埋める。

 人工光を発するものがわたしのスマホしかないこの時代、月の光は夜の貴重な光源だ。月だけではなく星々が鮮明にみえるのは、街明かりが絶えたためだけではなく、スモッグが生じることもないからだろう。

 人のない世界でも夜は一定の明るさで、健全者が完全な闇を目にする機会はないのかもしれない。たぶん、夢のなかでさえ闇には光が混じっている。わたしたちは光の混じった闇しかみたことがないからだ。

 探したらお手製とみられる(くわ)があったので、それで穴を掘った。深く掘る必要はなかった。

 骨は風化していたのか、触れた瞬間に役割を果たしたかのように崩れてしまった。

 住んでいた家の近くがいいかもしれないと思って、すぐ近くの木の下に埋めた。

 墓標は作らなかった。この人の信仰は知らないし、わたしがここに埋まっていることを判っていれば充分だ。

 木の前で1分間ほど黙祷(もくとう)を捧げる。

 コメントも滞り、新規のコメントはほとんどなかった。

 

 家に入り、飲み水で手を洗った。

 この家から数分で行ける場所に川があるが、急な斜面なので夜には危険だ。

 

「意外。みんなの世界にも黙祷って残ってたんだ」

 

 ベッドの上にカーテンを敷きながら、いう。

 変な菌がついていたりしたら嫌だし、いかに自然の力で浄化されていようと、人の汗がついていた布の上で寝る気にはなれない。

 

:残ってる

:祈りの効果は科学的に証明されている

 

「え、ほんと?」

 

 わたしはベッドに腰を降ろす。パブロフの犬はベルの音を聞くと涎を垂らすというが、わたしはベッドに腰を下ろすと一気に眠気がこみあげてくるタイプだ。

 自分のベッドじゃなくても節操ない。別のベッドで眠った経験なんて修学旅行以外ではないけれど。

 

:「地球意識計画」で調べて

:平成ごろからやられてたはず

 

 検索をすると、まとめサイトが引っかかった。最後まで読み終わる。

「いかがでしたか?」と結ぶのは、いつの時代も変わらないのか……。

 少しげんなりとしながら、内容を整理する。

 

 地球意識計画。

 中二病チックな名前のプロジェクトだが、プリンストン大学が実際に行っている実験らしい。日本だと明治大学も実験に加わっているのだという。

 実験に使われるのは乱数発生器だ。

 実験結果は単純。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 わたしが知っている例でいえば、東日本大震災やトルコ大震災のときに乱数発生器が有意な偏りを示した。

 この実験は長らくインチキだとみなされてきたが(わたしが死んだときにも現在進行形で行われていたが、あまり多くの学者に支持されていなかった)、その後かなり経ってから成果が認められた。

 

 わたしにはにわかに信じがたいことだが、この時代の人たちはそれなりに信じているらしい。

 そんなことから、黙祷という文化はかえって強くなったのだという。

 呪いとかいう言葉が生き延びていたのは、そのあたりが原因なのかもしれない。

 とんでもないジェネレーションギャップだった。

 

「みんな、いろんなこと知ってるね」

 

:年季が違うから

:知識の質が違うだけ

 

「あ、じゃあさ。わたしが神さまに連れてこられたっていったら信じる?」

 

 なぜこんなことを口走ったのか、よく判らなかった。

 人類の存亡なんて、わたしひとりで抱えておくには重すぎる問題だ。それを押し付けようとしたのかもしれない。

 あるいは、人の骨を埋めたことでセンチメンタルな気分になっていたのかもしれない。

 人間の心理なんて、自分のものであっても判らない。すべては後付けだ。

 

:何言ってるの?

:迷走しすぎでは?

:使徒ってことか?

 

「あー、ダメだね、君たちまったくなってないよ。人を信じる姿勢というものがなってない」

 

:人を信じさせる姿勢がなってない

:いままで人に信じられるような行動をしてきたと、神に誓って言えますか?

 

「いや、まったくいえないけど」

 

 あの神さまへの誓いを破ったところで、なんのデメリットはなさそうだが。

 ただ、たしかにわたしのほうにも信じてもらうための土壌作りを怠った瑕疵(ミス)がある。

 

「これ本気でいってるんだけど、我ながら嘘っぽいから、信じたい人だけ信じてほしいんだ」

 

:なんだなんだ

:視聴者厳選でも始めるつもりですか?

:最初の段階から嘘っぽいが

:信じたい人だけ信じるって、宗教のシステムじゃん

 

 できるだけ忠実に伝えるつもりで、わたしがトラックに轢かれたところから、話し始める。

 

「結論からいうと、わたしは神さまのミスで死んで、そのお詫びということで、未来に送りこまれたの」

 

:平成とか令和とかにその手の本が量産されたって聞いた

:芸が細かい

:だから最初から未来って分かってたのか

 

「えっと、あのときわたしは……テスト勉強してたの。それで、夜の十二時を回ったころかな。お腹が空いたからコンビニに行くことにしたんだ。

 わたしの家からコンビニまでは、自転車で10分くらい。コンビニからでて、駐輪場に向かったとき……逆光で判らなかったけど、居眠り運転だったのかな。トラックが猛スピードで向かってきて、まず肋骨(ろっこつ)のあたりに自転車のハンドルが刺さった」

 

:痛い痛い痛い

:肺のあたりがヒュンってなった

 

「耳と耳のあいだで、なんか肉同士がこすれあう音? みたいなのがして、次の瞬間に変な空間にいたの。真っ白な空間だった。真っ白っていうか、光以外の何もないんだよね。どこに光源があるのかも判らない。光だけがあった」

 

:そして光があった

:創世記か?

 

「そこには女性がいて、わたしが死んだのは向こうのミスだっていってきた。あんまり神さまって感じはしなかったんだけど、わたしが話しやすい姿になっていたらしくて。

 それで、本当は、わたしのお姉ちゃんが死ぬ予定だったけど、今なら戻せるけどどうする? っていわれたんだ。わたしが生き返る場合には、肉体を蘇生することになるから、マスコミとかが押し寄せるだろうって。それからお姉ちゃんも死んじゃうって」

 

:究極の選択

:神ってミスるの?

:論理学的に神は全能ではないからな

:全能な神は、自分が持ち上げることのできない石を作ることができない

:それは詭弁ってことで決着がついてなかった?

 

「それで、わたしは生き返らないことにした。間接的な自殺なのかな。そのときは生きる意味とか見つからなかったし、なんていうか、死ぬのが嫌だっただけで、生きるのも面倒だった。死ぬのは怖かったし、死にたいわけじゃない。でも、生きること全般に対する疲労感っていうのかな、そういうのがあって、死んでもよかったんだよね。

 駅のホームでね、電車が通る音がすると線路に吸いこまれようとするような感覚がしたことがあって。別になんかショックを受けていたとか、そういうのじゃないんだよ。たぶん、その感覚に脳味噌が追いついて足を動かしていたら、そのまま死んじゃってたと思う。そのあと調べたんだけど、電車の運転手さんは飛び込み自殺の人の顔をみるんだよね。その瞬間の顔って、頭から離れてくれないらしくて。そのなかに、ビックリした顔の人が結構いるんだって。たぶん、わたしもあのまま足が動いたら、わたしもそのひとりになっていたんだと思う。

 ……どうしたの、みんな静かだけど、黙祷でも捧げてる? 当時はだよ、当時は。いまはそんなこと思ってないって。思ってたら配信とかやらないで死んでるから」

 

:私もそういうことあったよ

:いま大丈夫ならよかった

:わかる、いや、簡単にわかるとかいっちゃダメなんだろうけど

 

「なんだよ、みんな優しいじゃん。いや、別に家庭環境がアレだったとかそういうのじゃないんだよ。風邪みたいなものなのかな、そういう感覚って急にくるんだよ。

 だからわたしは神さまの提案に頷いたの。でも、神さまはお姉ちゃんがいない時代ならいつでも生き返らせるっていっていて。家族とかも選べるって。

 でも、わたしはお姉ちゃんと同じ顔がよかったから――でもそうすると戸籍がなくなっちゃうでしょ、それで神さまは戸籍とかないくらいの未来に送ろうかっていってくれたんだ。

 時系列は前後しちゃうんだけど、その前にわたしが能力をねだってたんだよね。いや、誰かがコメントでいってたけど、異世界に転生する話とか平成とか令和に流行ってたから、わたしもちょっと読んでて。それで、最悪でも死ぬだけなんだから能力をねだってもわたしに不都合ないから」

 

:たくましい

:ちゃっかりしてて草

:配信スキル?

 

「そういってくれるのは嬉しいけど、配信スキルはないからね。あったら炎上も上手く収められるんだろうし、っていうか炎上自体しないか。

 それでわたしが望んだ力っていうのは、身体能力。こちとらか弱い女子高生よ? ビル登るのとかボラ獲るのとか、やったことないけど普通無理だから。あと視力もよくなってた。もうメガネは火をつける専門。メガ専」

 

:ノリで物をいうな

:物をノリでいうな

:いうなノリを物で

 

「みんなコメントに困って適当いってるでしょ。

 どこまで話したっけ? ……ああ、そうだ、身体能力を授けることになったから切りだしやすかったのもあると思うんだけど、このスマホでネットに繋がるようにしてあげるから、人類が滅亡したあとの世界にトリップしたらどうかっていわれたの」

 

:条件悪すぎないか?食料とか医療とかどうするの?

:そんな条件よく受け入れたな

 

「そのときは死んでもいいって思ってたからさ、消化試合みたいな気分だったんだよ。

 でも、スマホはお姉ちゃんのいる時代にはつながらないっていわれて。お姉ちゃんとわたしが同一の空間にいると、どちらか一方が死ぬんだって。この部分、よく判らないんだけど、電波は真っ白な空間を通して過去に繋がっているみたいなんだよね。でも、真っ白な空間内には時間がない。ここ、たぶん面倒な部分だからはぐらかしたんだと思うんだけどね、一応わたしは、私のいる時代と、みんながいる時代は、白い空間を通して同一の空間として接続されてしまうってことだと理解している」

 

:薄っすら理解

:俺はバカなんだ。難しい話は…置いていかれるぞ?

:〔未来〕―真っ白な空間―〔現在〕←未来と現在が接続されている=同一空間

 

「まとめてくれてありがとう、たぶんそういうことだと思うんだ。それで、真っ白な空間は『すべての可能性を秘めている空間』なんだって。つまり、この空間のなかでは、ほとんどのことが起こる可能性があるし、起こらない可能性もあるってことなんだと思う。ここはわたしの理解だから、かなり杜撰な部分だと思って聞いてほしい。神さまは、『人間には認識できない領域』だっていってた」

 

 わたしは、神さまがやっていた桃のくだりを思い出せる限り再現して伝える。

 可能性は記述されることによって狭まる。

 したがって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

:雨が降るかもしれないし、降らないかもしれない、みたいなこと?

:降水確率50%ってことか

 

「そう、わたしもそんな感じで認識してる。ここがわからないんだけど、こうなると過去も未来も関係ないんだって」

 

:???

:いや、わからん

:過去から未来の可能性すべてを記述すれば、過去も未来もパラレルワールドも全部分かるってことかな。それこそ永遠に読めないほど膨大な量だけど、神ってことならわかる

 

「それはありそうだね。でも、わたしにも本当のところは分からない。

 たとえば、その考えだと、わたしがお姉ちゃんの代わりに死ぬことも、予定に入ってなきゃおかしい。つまりミスなんて生じるはずがないんだよね。わたしはそう思って神さまに聞いたら、判りやすくするために簡単に説明したんだといってた」

 

:確かに全部の可能性があるならそう

:えらく適当な神さまだな

 

「まあ『人間には認識できない領域』だから、判った時点で人じゃなくなっちゃうんだと思う。神さまなりの善意だったのかな? 知らないけど。

 それで呆れる話なんだけど、神さまは、わたしを未来に跳ばそうとしたのは、わたしが未来にいけばいくだけ過去への改変が少なくなるからっていってたんだよね」

 

:えらく適当な神さまだな

:…ヤバいことに気づいちまった…

:奇遇だな、俺もだ

:俺達の世代で滅びるってこと?

 

「……たぶん、そういうことになると思う。わたしは、そのときは気づかなかったけど。みんな、頭の回転が速いね」

 

:照れるな

:え?え?どういうこと?

 

「えっと、神さまが過去の改変を嫌うんだとすれば、必要以上の過去にスマホを繋げないでしょ? だから、滅亡スレスレのところに繋げるんじゃないかってこと」

 

:なるほどなぁ

:感心してる場合じゃないぞ

:だから避難っていってたのか。あの町、綺麗すぎたもんな

:すごいな、いままで説明できなかった部分が全部説明できる

 

「そう、そのときのわたしは、それに気づいてなかったからさ。受け入れて、こんなことになってるわけ。

 でも、でもだよ。滅亡スレスレのところに跳ばしたのだとすれば、()()()()()()()()()()()()()()()? そうじゃなきゃ送る意味がないから。まあ全部仮説なんだけど」

 

:回避できるってこと?

 

「……たぶん、みんながわたしを信じてくれれば。わたしが死ぬまで、猶予はあると思う。こんな環境だと長生きできないから楽観視はできないけど、わたしが死んだ瞬間、話し相手は必要なくなるから、そのあたりのタイミングで滅びるんだと思う。

 そのあいだに原因を突き止めて、止める方法を見つけられれば――」

 

:なるほど

:この人数だと…国を動かすのは難しいだろうけど

:戦争とかだったらアウトだな

:国は証拠がないと動けないから

:私費をだしてくれる物好きがいればワンチャン

 

「わたしがもっと有名になれば、信じてくれる人がでてくるかもしれないでしょ? みんなが人類が滅亡すると思って行動していたら、何か発見があるかもしれないし、何か変化があるかもしれないでしょ?

 ――だから、わたし、配信頑張る。なんか、めっちゃ普通の結論っていうか、スケールのくせに結論が小さくてダサいけど、とにかくめっちゃ頑張る」

 

:応援している

:↑なんで他人事なんだ、俺らも頑張るんだぞ

:身近でできることからやってみる

 

 

   ◇

 

 

 その夜、夢の続きをみた。

 

 ――あなたはどうするの?

 

 式場にいる人たちの視線が、わたしに集中する。

 

 わたしは答えを求められている。

 

 わたしは何かを答えなくてはいけない。何かを。 

 

「わたしは――――生きるよ。お姉ちゃんと同じ歳には死なない」

 

 あのね、お姉ちゃん。

 わたし、しばらくは死なないよ。死ぬつもりはない。

 だから待っててね、お姉ちゃん。

 天国では、絶対に退屈させないから。

 

 だって、世界を救ったなんて話、つまらないわけないでしょ?


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