ポストアポカリプス時代の配信ライフ ―令和原人っていうのはやめてくれ!― 作:石崎セキ
「……おお」
あまり心を突き動かされることはないのだが、さすがに感動した。
アスファルトを黄色の花が突き破っている、という表現は適切だろうか。経年劣化したアスファルトの隙間に黄色の花が咲いている、といい換えたほうが正確かもしれない。
要するに、ロマンをとるか正確さをとるかの問題だ。
そんななか、都市が自然に呑まれているというのは、ロマンと正確さの両方の観点から満足のいく表現だろう。
半ば倒壊したビルを支えにして伸びる
ビルが高くともなんとも思わないけれど、木が高いと
夏空を遮る電線はなく、鳥やセミの鳴き声がひっきりなしに続いている。
森でも街でもあるようなこの場所は、
授業中に廊下に出たことがある。切っかけが何だったのかは思いだせないが、授業が嫌になったので抜けだした。そういうときに、わたしは浮遊感とでもいうべき感覚に陥るのだけれど、ほかの人がどうなのかは判らない。
とにかく、そういう浮遊感みたいなもの。
なんだか酔ったような、焦点が定まらないような、不思議な感覚がする。
というか、ピントがボケている? みたいな感じ。異世界にきた副作用だろうか。
「スマホ……だっけ」
神様に入れられたスマホは、ジーンズのバックポケットにあった。
おそらく――というか、願望なのだけど、このスマホはそれなりに頑丈なのだろう。
あの『過去と繋がれるようにしてあげます』という言葉が一時的なものなのか、恒久的なものなのかは判らないけど、恒久的なものだと思う。そうでなければお詫びにならないし。
このスマホを投げたり焼いたりして耐久力をチェックするのも、あながち間違った選択じゃない気がしてきた。頑丈な物体はそれなりに役に立つ。でも、いきなり壊してしまったら目もあてられないので、選択肢としてはありかもしれないが、とりあえず後まわし。
電池が長時間持つのかも判らないが、すぐに切れることはないのだと信じたい。
画面には見覚えのないアイコンが多い。
メモ帳に何か書かれていないかとも思ったけど、特に何もなかった。神様とは永遠にお別れのようだ。
適当にネットに接続してわたしの名前を入力する。
ヒットなし。
というか、明らかにわたしと関係ない同姓同名の人がでてくるだけだった。
死亡記事になっていないか、長い時をかけて消えてしまったのだろう。
次いで姉の名前。
ヒットなし。
というか、以下略。
最後に『
さて、どうしよう。
いきなり途方に暮れてしまった。
そういえば、火とかないんだった。
布団とかは建物のなかに残っていたりするんだろうか。
ていうか、人類はどうやって滅びたんだろう。
中性子爆弾とかだったら、建物を壊さずに滅亡させることができるらしい。
布団が残っていたとしても、大量の放射能が付着していたら目もあてられない。
それかウィルスとか?
さすがに人類が滅びたあとも布団にくっついているほどウィルスもしぶとくないと信じたいけれど。
でも、神様を信じよう。……っていうと宗教勧誘みたいだけど、そうじゃなくて、お詫びとして成立しないシチュエーションに人をおかないだろうという判断だ。
「……だれかに助けを乞おう」
これからどうすればいいか?
そういう質問だ。できるだけ人が集まってきて、かつ、迅速なレスポンスを期待できる場。
残念だけど、わたしはネット上での交流が一切ない。
だから、まずは多くのひとの目にとまりやすいところ――ネット掲示板に頼ろうと思う。
◇
…………だめでした。
証拠を出せといわれて写真を投稿しても信じてくれない。
なんでネットに繋がってるんだとかいわれた。マジレスしないでほしい。そんなのわたしが知りたいくらいだ。
動画も撮ったけど、用意周到ですねとしかいわれなかった。
お前らが信じてくれないから動画配信してやる! と書きこみ、『
いや、打算はあった。わたしは、声バレどころか顔バレをしたとしても問題がない。究極、殺害予告したとしても警察が捕まえにこられるわけがないんだから。だから別にネットリテラシーなんてどうだっていいのだ。
そんなわたしが配信したところでまったく問題がないはず――だったのだけど。
配信開始から30分が経過したころだろうか。にわかに視聴者数が増えはじめた。
最初は、ただ歩いていただけだった。けれどもコメントがあったから拾って適当なことを話したら、『話し方が古い』とか『懐かしい喋り方』とかいわれた。
300年もしたら言語も変わるということをすっかり忘れていた。
江戸時代から明治時代、というように劇的に変化しているわけではないのだろうが、ゆるやかに変化しているようだった。
みたことのない表現が行き交っていて「それどういう意味?」って聞いたら『それどういう意味ってそれどういう意味?』って知らないことを訝しがられた。
仕方がないので、判らない単語はいちいち検索しながら配信をしている。
:タポタポ音が聞こえてきてかわいい
:分かっていなそう
:今どきタップとかちゃんとした機材買えてる?
:うちの会社のポンコツPCでもタップはない
:↑施設費逆に高そう
「あの、実はわたし、2020年からきた人間なんだよね」
ちなみに顔はだしていない。
ブスとかいわれたら、相手を一生かけて呪い殺してやりたくなる。
元の世界だったら直接手を下すこともできたけど、今は時空間という制約があって無理だ。
:さすがに盛りすぎ
:まだそこ授業で習ってない
:昭和?
「昭和じゃないから! 令和!」
:昭和も令和も同じでしょ
:令和って何かあった?
:パンデミック
:暗 黒 時 代
「あ、やっぱあれ教科書載ってるんだ?」
こうして配信をしてみて初めて知ったのだけど、わたしは配信していると性格とか考え方が少し変わるらしい。
:令和の言葉調べたら草とかでてきた草
:草って何?
:面白かったときに草って使うらしい草
:草草
:令和に言葉なんてないだろ
「言葉くらいあるわ! わたしが生き証拠!」
:生き字引って言いたいの?
:生き字引っていうか生きた化石草
「草の使い方間違ってるから! いや、わたしも詳しくは知らないけど!」
なんなんだ、微妙に腹が立つこの感じは。
:令和の人なのに詳しくないの?
:令和エアプ勢草
「エアプとかムカつく言葉だけ残ってるのなんなの!?」
:エアプとか知らない
:令和辞典から引っ張ってきた
「ああ調べてくれたのね、それはありがとう!
で、これから火を起こしたいんだけど知恵を借りたい!」
:令和原人
:令和原人草
「原人呼ばわりはマジで腹立つな!」
:影の感じからして、もしかして眼鏡とかかけてる?
「かけてるけど、え、なんで!?」
:影ソムリエ草
:怖い
:眼鏡あるなら日光で火起こせるよ
「ああー、虫眼鏡で蟻を焦がして遊んだことあるなー」
:こっちの方が怖かった
:ヒエッ(令和語)
:将来ヤバい犯罪に手を染めそう
:虫眼鏡って何時代ですか?
「令和だよ! あ、違った、小学校のときだから平成」
:平 成 原 人
:平成って何があった?
:テロとか地震とか
:あー、あったね
:小学校のときって元建物のお方ですか?
「そこはいいだろ! 何を燃やせばいい?」
:無難に木とかでいいんじゃない?
:黒いもの
:蟻とかな
:度数とかどんな感じ?
「度数? あー、こんな感じ」
眼鏡を外してスマホのカメラに近づける。
と、今までボケていた視界がクリアになった。
え、もしかして視力がよくなってる?
:かなり強い
:大丈夫?
:薬効かない体質?
「え、薬って何?」
:視力の補助にクリアi
:クリアi
:のむとおめめがよくみえるようになるおくすりだよ
「そんな薬あるの!? 便利だねー」
とりあえず、視力がよくなっていたことは黙っておこう。
この状況でそれを含めて説明したら、ややこしいことになりそうだ。
:それなら大丈夫そう
「よし、じゃあ早速やってみよっか。えーと、燃やすものは、そこに転がってる木でいいかな?」
:そこらへんのは湿ってて難しいんじゃない?
:布とか紙とかない?
:眼鏡の上に水滴垂らして
「水滴? ええと、そういや水ないや」
:バケツとかどっかない?
:早く水確保して
:水なかったら生きれて10日
:火よりも水
「わかった、そうだね、水探す。どうやって探したらいい?」
:背景に映ってるビルから場所特定できないかな
:無理
:ていうかセットでしょ?
:さすがに原形留めてないのは
「とりあえず水を汲むためのバケツか瓶かペットボトルを探す!」
:ペットボトルって何?
:分からん
:頑張って