ポストアポカリプス時代の配信ライフ ―令和原人っていうのはやめてくれ!― 作:石崎セキ
冬でもないが心は冷えていたので、小屋にもどってベッドに寝そべった。
三種の神器に、テレビ・洗濯機・冷蔵庫をあげる向きもあるようだけど、電源コードを切ってしまえば使えなくなるようなものが神器とは片腹痛い。
最新鋭の三種の神器は、ベッド・布団・スマートフォンだ。
……いや、実際、最後のは神からの賜り物だし。
「さて、これから――なぜか五寸釘が届いていない問題について考えていこう。
ここで一ついっておきたいんだけど、人類が必ず滅亡する可能性と、人類が滅亡しない可能性については考えないことにする」
この世界線が「人類が必ず滅亡する世界線」だという可能性は考えない。
過去を改変できる可能性がないのであれば、私を過去に送らず、未来に送った理由が説明できないからだ。
未来が何かしらの影響を過去に与える――これは、決定事項として考える。
というより、この可能性が事実だった場合、対処しようがないのだから、人類を存続させたい場合、この説は採用するだけ無駄だ。
逆に、放置していれば人類が滅亡しない可能性についても考慮しない。
実際、こんな状況に陥っているのだから、人類は滅亡しているか、すくなくともその生活圏が大幅に小さくなったことは間違いない。
それに、何もないなら何もないでいい。何かがある前提で考える必要がある。
:行動する上で邪魔にしかならないからな
:了解
「そういうわけで、『知名度がない』から説は棄却。だって、わたしがみんなの立場だったら、必死に埋めるよ。これで人類の存否が決まるんだったら、場所が特定できなくても、このあたり一帯に五寸釘をバラ撒くくらいのことはする。そうすれば、わたしの配信がみんなに信じられて、対処も早くなるんだから」
視聴者がコメントしている『今』と、わたしにとっての『今』が持つ意味合いは、微妙に異なっている。
視聴者の『今』も将来起こるであろう死も、わたしにとっては『過去』のものでしかない。だけど、逆に言えば、わたしの『将来』の言葉も『過去』に届いているということだ。
つまり、『今』信じていなくても、視聴者が将来的に信じるようになれば、五寸釘を埋めるくらいのことはできるはず。
:五寸釘が腐敗したとか?
「んー、ないと思う。というより、わたしがこれからなくす。五寸釘は腐敗しないように、丈夫な箱の中にいれておいてもらえればいいから」
:死体を埋めたときに五寸釘が出てきて、コメントに五寸釘って単語が打ちこまれなくなるからとか?
:あえて配信をなぞってる?
:じゃあ、やっぱり急に滅亡したのかな
「あー、それ、可能性としてはあるね」
確かに、白骨を埋めたときに五寸釘が出土していれば、コメントの流れが変わる可能性はある。
それに、
「配信をなぞりたかった可能性もあるかな」
わたしがした配信を、そのままなぞろうとした結果、未来が改変されなかった可能性。
:将来的に五寸釘を埋めないように指示したって線も
「……それも、あるね」
:観測した範囲のみ確定しているとすれば
「え、それどういうこと? もっと詳しく」
なんだろう、このコメント、やけに引っかかる。
:シュレディンガーの猫みたいな話?
:量子のレベルならあり得るかもしれないけど
:さすがに自然や小屋にはあてはまらんだろ
「いまのも、捨てたもんじゃないんじゃないかな……まず前提として、齟齬があることは承知の上で、未来と過去は『真っ白な空間』を通して接続されているんだよね」
そこに正解があるという直観をもとに論理を組み立てていく。
:そうだったね
:未来と過去が真っ白な空間を通した電波でつながっている、と
「つまり、記述――観測されないかぎり、未来も過去も『真っ白な空間』、つまり『
:でも、その理屈で行くと、土も掘るまで物理的に観測できないから、五寸釘が埋まっていてもおかしくないよな
「そうなんだよね……」
:だからそれは量子の世界ならそうなんだけど…
:ていうか仮にそうだったとしてもどの説とるかだけで全然違うぞ
:ついていけないのだが
:未来も現在も観測されないかぎりにおいて、何も決定されていない状態である、的な?いまは観測の範囲がどうなってるのかの話をしてる
「あ、まとめてくれてありがとう。わたしも頭でしっかり考えてるわけじゃなくて、なんとなくで話してるからありがたい」
――とまあ、ここまで考えてきたはいいが、あまり上手くまとまらない。
ここまでの考えは、常識からするとありえないから、視聴者も不信感を覚えているようだ。勝手に緻密な設定とか期待されても、こっちは『そうなってるんだから仕方ない』としかいえないのだけど。
視聴者が信じていない状態が功を奏しているのか、裏目に出ているのか。
わたしには、さっきの直観が正しかったのかさえ判断できないわけで。
:人類が配信を信じる前に滅びた説はないの?
「うーん……どうだろう? 隕石とか火山とか戦争だったら、建物は無事に行かないよね。だから、じっくりだと思うんだ」
:じっくり…やっぱり病気じゃないの?
:放射能なら生命だけに干渉できる
「みんなの世界だと核はどうなってるの?」
:禁止されてるよ
:保有国はない
:原子力発電所もなくなった
「そっか。……まあ、核じゃない可能性も否定できないけど。
放射能は目に見えないから、わたしも知らず知らずのうちに汚染されていることはあるわけで。でも、逆に自然災害じゃないんだったら、止めやすくはあるよね。人間の意志の問題なんだから」
今度は人間の意志、という単語が引っかかった。
あれを聞いたとき、わたしは乱数調整みたいだな、と思った。
こういうのをゲーム脳というのかもしれないのだけど。
神様の言葉が思い出される。
――さっきもいったけど、あなたが死んだのは、
――
バグ。
これも偶然かもしれないけれどゲーム的――いや、プログラミング的な言葉だ。
もちろん大雑把に説明しているのだろうけど、説明のためとはいえ、そこまで大きく外した言葉遣いはしないだろう。
「――この世界は、プログラミングされている?」
いまではもっぱら陰謀論者しかいわないようなことを真顔でいうことになるとは思わなかったが、唇から洩れた言葉は、思ったよりもしっくりきた。
というより――そう考えなければ、辻褄が合わないことが多すぎた。
地球意識計画……は、ともかくとして。
未来への転移。
身体能力の上昇。
異様に頑丈なスマートフォン。
過去とつながる電波。
自然科学的には、ありえない現象の数々が線で結びつく。
いや、実際に神というものを見てきたわたしが、この世界がプログラミングされているものであるという思考にいたるのは、しごくあたりまえの話なのだ。
むしろ、なぜいままでこのことに気づいてこなかったのか――という疑問が先立つ。
その問いへの暫定的な答えは、信じたくなかったというところにあるだろう。
見たくないものを見なかった、それだけの話だ。
:シミュレーション仮説?
:プログラミングかー…
「あくまでも仮にだよ? まだわたしも自信はないけど、仮にそうだとしたら、建物が無事でかつ一瞬で人類が滅びる状態なんて簡単に再現可能だよね。――
:それだったら未来に送る必要がなくない?
「確かに」
……一瞬で論破されました。