ポストアポカリプス時代の配信ライフ ―令和原人っていうのはやめてくれ!― 作:石崎セキ
確かにコメントにあるように、人類が一瞬で滅びたなら、わたしを建物が無事なときに送っても問題はない。それをあえてしなかったということは、人類を一瞬で滅ぼしたという可能性は、あまり高くないはずだ。
もちろんそれがフェイク――という可能性もあるので、必ずしも否定できるわけではないのだけど、冷静に考えてみるとソースから削除したという場合、止める方法がない。
これで議論は白紙にもどったわけだけど、わたしはまだシミュレーション仮説(というらしい)を捨てたわけではない。
というか、神の存在を前提とした場合、けっこう蓋然性の高い話だとは思う。
まだほとんどの視聴者はわたしのことを信じていないが、信じていないのであれば、信じていないなりの対応ができる。フィクションとして受容されているのであれば、常識から外れた発想でも、フィクションの法則に従った発想であれば捨てられることがないからだ。桃太郎の展開予想をするときに、鬼の存在をありえないという人はいない。
わたしの話したことが虚言ではなく、すくなくとも、この配信内では現実なのだという前提に立てば、神の存在を前提とした発想さえも可能になる。あとで信じてもらいにくくなるから諸刃の剣ではあるけれど、使えるものは使えるうちに使ったほうがいい。
「とりあえず、なんで釘が出てこなかったか問題をまとめよう。可能性は大きく分けて二つ。埋められていたけど何らかの状態で掘り返せていないか、そもそも埋められていないか。で、埋められてた説としては因果の問題か、プログラムの問題か、誰かが掘り返したか、経年劣化か……」
:まあ無難なところとしては誰かが掘り返した説か
:釘を消すプログラムってなんだよって話だしな
「で、もともと埋められてなかった説としては、場所が分からなかった説、コメントの流れを変えたくなかった説、将来的にわたしが五寸釘を埋めないように指示した説が今のところでているわけだけど」
どれが正しいかなんて分からない。というか、これを一つ一つ丁寧に検証したとしても、わたしが死ぬまでに五寸釘を埋めないように指示していた場合、それこそ結論は、わたしが指示するまででないことになる。
ただ、可能性を消すことはできる。
「まずは、場所が分からなかった説を潰していこう」
:そういえば、地図アプリとか使えないの?
「……え」
使えるのだろうか。
今まで普通に気づいていなかったけど、そうか、空には人工衛星が浮かんでいる可能性があるのか。というか、なんで気づいていなかったのか、自分が馬鹿みたいだ。
「ちょっと待ってね…………だめみたい」
画面共有したが、日本地図が表示されただけ。ここが日本ということはあらためて確定したわけだけど。
なんというかホッとしたというか、これまでの努力が無駄にならなくてよかったというか。いや、使えたほうが絶対に便利なんだけど。
:衛星の寿命は割と短いから、しょうがない
「あ、でも、この地図ってそっちと同じ?」
思いっきり拡大して、店名やら何やらが見えるようにする。
:地元民だけど同じっぽい?
「へー。あ、わたしの住んでたところとか、どうなってんだろ」
住所を入力する。と、ストリートビューに見知らぬ風景が表示された。わたしの住んでいた築三〇年のボロアパートは取り壊されていて、代わりに工場のような正方形の建物が鎮座していた。
「三百年前の古地図を探せば、わたしの住んでた場所も出てくるかも。ついでに、わたしが轢かれたコンビニも」
:左上のヒストリーってところを押すと遡れるよ
「え、これ?」
未来のサイトは令和のものよりも文字情報が多い。令和だったら時計のアイコンでも表示されるところだろうが、シンプルに『ヒストリー』とだけある。
どうしてだろうと考えていたのだけど、最近、ようやく自分の中で結論が出た。未来は実物が少ないからだ。たとえば電子書籍が主流だと、栞を見たことのない人が出てくるわけで、その人は栞のマークを理解できないだろう。
こうして実物が減っていくのにつれて、アイコンよりも文字のほうが効率がよくなるという逆転現象が起こったのだと思う。
最近のものは1年ごとどころではなく、3ヶ月ごとに変わっているようだが、2020年は1つしかない。それをタップしようとして、やめた。
「……いまはいいかな。みんな気になるようだったら自分でみて。みたら泣いちゃいそう」
:なんか懐かしい感じ
:古風で風情があるね
:シックハウスってやつ?
「ホームシックね!」
このボケのために辞書を引いたのだろうか。シックハウスなんて未来にはないだろうし。
それにしても、自分の生きていた時代が懐かしい感じといわれるのは、なんだか不思議な気分だ。
「いやいや、違う違う。ノスタルジーに浸ってる場合じゃない。場所が分からなかった説を潰す方法は簡単だと思う。もどろう。――始まりの町へ」
あの場所は楢浜市という場所だと特定されている。わたしにとってはまったく知らない土地だが、あのビルも特定されているらしい。
それなら、あの町のほうが実験に適している。
:あそこ始まりの町で決定なのか
:英雄の帰還
:出戻りが早い
:塩とかどうするの?
「塩はまた持ち帰る。逆流だからしんどいけど、持つよりは力が分散されてラクそうだから、またペット方式で」
:ペット方式…?
:きみが造語使うといよいよ訳がわからなくなるぞ
動力として真っ先に思い浮かぶのは車輪だけど上手く作れる気がしないし、できたとしても、デコボコの道を歩くには向いていない。つぎに思い浮かぶのは動物だが、大型動物は犬しかみたことがない上に、犬は襲ってくる生物だから荷物を運ばせるどころではない。体躯としても微妙だ。
あとは
「まあ、戻るのはちょっともったいないけど、ここでできることも限られてるしね」
:犬もいるしな
:向こうの町は探索すれば色々出てきそう
今回の目的としては塩の確保がいちばんだったので、斧と包丁を手に入れての凱旋というのは、収穫としては万々歳だ。それから拠点の存在も大きい。海の近くに拠点があるというのは、けっこう役に立つ。
それから人類が絶滅した日付……文字がないわけではないから、そういうものを探るのにも役に立つと思う。
「やっぱ都会が最高なわけですよ」
:この動画見てるやつが都会好きだと思うか…?
:今もっとも人口密度高いのその小屋だからな
:いる場所が都会になるのは草
そういうわけで、都会から逃れられない女ことわたしは、都会にもどることになったのだった。