ポストアポカリプス時代の配信ライフ ―令和原人っていうのはやめてくれ!―   作:石崎セキ

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食料確保!

 かろうじて原型を保っているビルは、瓦礫によって入り口が塞がれている。

 なので、瓦礫(がれき)をよじ登って2階の窓から侵入しようという算段を立てた。なぜ侵入しようとしているのかというと、1つは水をいれる容器の確保、もう1つは屋上から川をみつけられないかという期待からだ。

 窓ガラスは割れているので、侵入自体は簡単だろう。

 

「しゃ!」

 

 体育の成績はよくないほうだったけど、すんなりと登ることができた。神様がいい感じに調整してくれたのだろう。

 右ポケットにいれていたスマホを廃墟の内部に向ける。

 

:身体能力どうなってんの?

:おめでとう

:おめでとう

:おめでとう

 

「ありがとう」

 

 オフィスだったのだろうか。椅子や机のデザインは見慣れないけど、椅子や机と判る程度の変わりよう。

 とりあえず探したいのは冷蔵庫、次点でトイレだ。2階に冷蔵庫らしきものはなかった。トイレは一つしかないみたいで、全部個室だった。女子トイレだろうか。

 

「覚悟してたけど、まったく臭わないね」

 

:そりゃあ建物が崩壊するレベルなら

:有機物全部分解されてるだろうし

 

「あ、そりゃそうだ。高校生のいうことだと思って水に流してよ、トイレだけに」

 

:意味わからん

:トイレだと水に流すことになるの?

:令和ジョークやめてくれ

 

「たしかに寒かったけどさ! 辛辣じゃない!?」

 

:昔のトイレは水洗だった

:有識者あらわる

:有識者のおかげで聞くに値しない冗談だったことがわかった

 

「え、そっちだと水洗じゃないの?」

 

:風洗

:風で吸う

 

「へぇぇ」

 

 感心しながらトイレの個室を開けると、タンクにあたる部分がない。

 風洗だからなのだろう。

 入り口からいちばん遠い個室は、案の定、清掃道具が置いてあった。

 

「バケツ確保!」

 

:洗えば大丈夫なんだろうけど

:それで汲むの?

:まあ文句いってられないしな

:シンプルに気が悪い

 

「ウィンナーだって豚の腸つかってるんだから、何ならそっちのほうが汚い」

 

 とりあえず最低なカウンターを打っておいた。

 普通の階段は閉まっていたので、非常階段に向かう。

 

:令和はまだ本物の肉食べてるんだっけ?

:俺らが食べてるのは合成肉

:本物じゃないぞ

 

「え、そうなの!? わたしって野蛮人?」

 

:まあ令和の人だし

:いろんな文化があるからな

:人の文化にケチつけるほうが野蛮

 

「みんな優しいね! 日本の未来は明るい!」

 

:暗いだろ

:これが明るい…?

:あなたの目の前にあるのが日本の未来ですが

 

「そうだった…………。

 みんなから何年後の世界なんだろうね、ここ。ていうか日本なのかな」

 

:わからん

:文字があればわかりそうだけど

 

「そういえばオフィスのはずなのに紙ないね。風化しちゃったのかな?」

 

 3階に到着したので瓶や何か使えるものがないかを物色する。

 

:今どき紙使ってる企業なんてないぞ

:さすがにコンクリートが残っている時間なら風化しないんじゃない?

 

「あ、そうなの? エコなんだね。

 ――お! 水筒発見! 瓶より優秀なものゲット」

 

 棚に水筒があったのでバケツに入れる。重みが心地いい。

 

:それ帰るとき大丈夫?

:バケツ持ったままだと降りれなくない?

 

「あー、ほんとだ。ロープみたいなものもないか探そう」

 

 窓からバケツをゆっくりと降ろせば、わたしは両手を使って降りられる。

 バケツだけだったら放り投げればどうにかなるけど、水筒はそういうわけにはいかないので。

 

:職場にロープ?

:カーテン結んでロープ代わりにしたら? 燃やすのにも役立つし

 

「ナイスアイディア! じゃあ、ハサミ……はないよね。紙がないから」

 

:ないことはないだろうけど

:あったほうが便利だからあると思う

:片っ端からデスク漁って

 

「オーケー。2階も探したほうがよかったかな?」

 

:大丈夫じゃない?

:また何かあったら見にくればいい

:このペースだと比喩なしに日が暮れるし、日が暮れたらまずいでしょ

 

「おっ、そんなこといってるうちにハサミ発見」

 

:優秀な人だったんだろうな

:なんかこう…人物のディティールが分かるとくるものがある

 

「ハサミ持ってると優秀なの?」

 

:重要な役職の人が持ってることが多い

:あんまり使わないものだから会社に長くいる人とかが持ってる

:そういう貸し借りをするときに仲間とコミュニケーションをとる

 

「なるほどねー。じゃあ、とりあえず日が暮れるまえに川を探そう」

 

 ということで、細かな物色はやめて屋上に向かった。

 途中で食堂らしき場所があったので鍋を確保。煮沸するための道具が完全に揃ったことになる。

 あたりまえだけど鍵が閉まっていた。

 仕方がないので、1階分降りて21階。

 

 廃ビルが地平線まで連なっていくようだった。

 夕暮れにはまだ猶予がありそうだったが、夏空は徐々に暗くなっていた。

 残っている建物が少ないぶん、見通しはそこまで悪くない。

 遠方には山がある。あれは富士山だろうか。わたしは富士山とエベレストくらいしか山を知らないのでアテにならないが。

 

「おおー、みんなみてる?」

 

:おお

:どこでロケしてるの?

:これCG?

:さすがにこのレベルのCGは金がかかりすぎる

:川ある!!!

:川!

:川けっこう近い

 

「川? ほんとだ!」

 

 右手に水の流れがみえる。わたしの知っているような汚れた水ではなくて、日の光を浴びて、きらきらと輝いていた。

 こんなに川が近くにあるのは神様の配慮だろうか。

 わたしは、花より団子を優先して2階に降りた。

 

「……お、これ、日本語っぽいよね?」

 

 カーテンを取り外して裏を確認すると風雨に晒されて滲んでいたけど、ひらがなの「に」のような文字が確認できた。

 

:日本語っぽい

:いつ滅びたって設定?

:日本なのか

 

「日付が読めればいいんだけどねー、この感じだと、そんなに遅くないうちに判ると思う。文字が残ってることは判ったからね」

 

:楽しみにしておく

:ちょっと怖い

 

「ええと、とりあえずこれでよし、と」

 

 ハサミと水筒をいれた鍋を、さらにバケツにいれる。

 バケツの取っ手にカーテンを結んで、窓から外に降ろした。

 

:もうひとつバケツがあったほうがいい

 

「なんで?」

 

濾過(ろか)の手段は多い方がいいから

:濾過のため

:水汲み用と濾過用

 

「なるほど、今でよかった。3階から取ってくる」

 

 3階にもどってバケツを取ってきた。これは投げてもいいだろう。

 入るのに使用したルートで降りる。

 

「生還! さて、水取りに行くよー。

 ……あれ、どっちだっけ?」

 

 

 

   ◇

 

 

 魚が、銀色の腹を閃かせて跳んだ。飛沫が頬にかかる。

 川はわたしの腰くらいまでで、流れは割とゆるやかだ。

 

「この水綺麗そうだし(じか)飲みしていい? だめ?」

 

:何のために鍋持ってきたんだ

:だめ

:さすがに危ないでしょ

 

 瓦礫で鍋の高さを調整して、下にカーテンの切れ端をおいた。

 水にくぐらせた眼鏡でカーテンを燃やす。数分すると火がついた。

 

「やったー!」

 

 久々に生きているという感じがあった。

 こんな風に何かを真剣にやったのは初めてかもしれない。

 

:おおおおおお

:火だ!

:怖くないの?

 

「火? いや、怖いけど、そこまでじゃない」

 

:令和だとまだ火使ってたしな

:今は使う機会まずない

:専門職じゃなくても火使えたの?

 

「みんなそんな体たらくでわたしを原人呼ばわりしてたの!?」

 

:ひとりしかいってない

:危険察知能力が高いといってほしい

:恐怖に敏感なことが長生きの秘訣

:むしろ恐れないから原人

 

「散々いってくれるな!」

 

 なんなんだ、その絶妙なコンビネーションは。

 

「でも煙草とか吸うでしょ?」

 

:はい懲役

:それ犯罪です

 

「嘘!? そんな麻薬みたいな扱いなの!?

 じゃあお線香は?」

 

:せんこうってなんですか

:汚染…なんだって?

 

「燃やすといい匂いがするやつ!」

 

:煙草では?

:大麻では?

 

「違うから!」

 

 わたしの言い方も悪かったけどさ。

 それにしても魚がパチャパチャと無防備に跳ねるものだから、捕まえたくなってきた。

 

「今からあの魚を捕まえて食べる。なぜなら食料がないから」

 

 水があっても食料がなければ、いずれ死ぬわけで。

 

:魚か

:魚飼ってるから複雑

:あれはボラかな

 

「ボラって不味いんでしょ?」

 

:肉食べないからわからない

:合成のなら食べたことあるけど美味かったよ

 

 魚も合成で(まかな)っているのか。

 合成のがあるってことは、作っている人は食べているということなんだろうけど。

 

「とにかく、跳ねているアイツの下にバケツをくぐらせて確保! これでいく!」

 

:そんなに簡単にいくか?

 

 ……………………………………、

 …………………………………………、

 ………………………………………………。

 

「あの、こんなに捕れるとは思わなかった」

 

 水が沸騰しているのに気がついて鍋のまえに戻ったときには、バケツのなかに8匹のボラが入っていた。

 集中するとボラが飛び上がる軌道が何となく判って、その下にバケツをくぐらせるだけでよかった。

 

:魚取るのってあんなに簡単なの?

:難しいよ

:人がいないから警戒心が薄いのかな

:いや、身体能力がヤバいだけ

 

「食べないぶんはリリースします。バイバイ、また今度ね」

 

 3匹を残してリリースした。

 

:また今度(捕食者の目)

:ほんとに食べるの?

 

「えっと、しんどい人はみないほうがいいかも。これから魚の口に木の枝をぶっ刺して、焼きます」

 

:規約引っかからない?

:これ駄目ならライオンの食事シーンも駄目になる

 

 ボラの丸焼きが完成。食べる。味がない。

 

「不味くはないけど、美味しくもない」

 

 わたしだってこの世界で初めての食事は美味しくいただきたかったけど。

 

:それはそう

:淡水魚だしな

 

「遠征できる装備を整えたら、この川をたどって海に行きます」

 

 配信中にFP(フォロー・ポスト)のアカウントを作成して、フォローしてくださいといった。

 これで、いちいち掲示板で告知する必要がなくなった。

 

「それじゃ、また明日!」


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