ポストアポカリプス時代の配信ライフ ―令和原人っていうのはやめてくれ!―   作:石崎セキ

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野菜を手に入れた!

 夜の静寂(しじま)に縁がない生活を送ってきた。

 

 わたしのアパートは国道沿いに位置していたので、深夜でもクルマの走る音が聞こえたものだ。

 ときおり改造バイクが横切って眠りを妨げられることもあった。そういう夜は、怖かった。

 人生で経験した旅行は学校行事だけ。もちろん個室ではなくグループごとの部屋を割りふられるわけで、いびきだったり寝息だったりが耳に入ってくる。

 

 ところで、これはわたしの予想なのだけど、夜の静寂という表現は、近年になって作られたものだと思う。

 

 人類が滅亡したあとの世界では、虫や鳥がひっきりなしに鳴いている。

 荒れた土地か都市でもなければ生き物の鳴き声が(せわ)しなく、とうてい静寂などといえる状況ではないのだ。

 冬になって鳴き声が収まったなら再考の余地があるかもしれないので、あくまでも現時点の予想だけど。

 

 川の方から水気を含んだ風が流れてきた。

 水辺なのに蚊がいないことを不思議に思って検索をかけたら、コメントを打っている人たちがいる時代では、蚊に出くわすことがあまりないらしい。

 その理由として、地面がなだらかに作られているため水たまりが生じにくいこと、排水溝の水が絶えず循環していること、ペットボトルや空き缶がポイ捨てされないことなどが挙げられていた。蚊は空き缶に残ったわずかな水にも排卵するのだという。

 川辺に蚊がいないのは川の水が流動しているからだということだ。またひとつ賢くなった。

 

 そういえば、ペットボトルを知らない視聴者がいたなと思って、ペットボトルについて検索をかけた。

 やっぱりエコのためなのだろうかと考えていたら、思ったよりも闇が深い記述をみつけた。

 受験生用のサイトらしく、空欄をタップすると選択肢がでてくる。 

 

«当時の【⑦   】政権は、ペットボトルやアルミ缶〔飲み物の容器。多くは使い捨てられた〕などの投棄を理由に、シンガポールの環境公衆衛生法を参考に同年9月に【⑧   】を立法した。同法による逮捕者は、主にデモ参加者など政権に批判的な者で、政権の支持率の増加の要因となった。これに対して【⑨   】はハンドフリー・デモを提案、【⑩   】年4月に同法が廃止されるまでデモの主流となった。»

 

 このページの下のほうに「狂ったようにわかる! 【⑧   】はなぜ悪法なの?」と題されたコラムがあった。

 

デモ参加者「あっ」(ポケットからゴミが落ちる)

警察「ピピーッ、法律違反です! 罰金!」

デモ参加者「落ちただけだって!」(警察の手を振りほどく)

警察「はい公務執行妨害。署まできてもらおうか」

 →合わせ技で逮捕

政権「俺らに敵対するやつらモラル低すぎない?」

 →支持率アップ

 

 なんでSSチックなんだ。

 それに「狂ったようにわかる」って、どういうたとえだ。

 なんというか、説明が頭悪そうだった。いや、よくわかったけれど。

 

 ……ともあれ、この法律のために、ゴミをださないためのものが飛ぶように売れたのだという。

 誰だって自分の身が可愛い。

 ゴミ箱に入れ損ねた場合でも罰金が課される可能性があるなら、そもそもゴミを出さない生活にシフトするようになる。

 ペットボトルは水筒に、紙は電子媒体に、ティッシュは紙ではなく布製に――

 環境のためを思ってというよりも、保身のためにエコな生活をするようになったのが、徐々に慣習化したらしい。

 

 その過程で、缶詰なんかも減少していった。

 保存技術の目覚ましい向上に加えて、慣習が転じてエコに目覚めたのが背景にあったようだ。

 

 余計なことを、とわたしは内心で舌打ちする。

 缶詰は、理論上は腐らない。

 缶が腐蝕(ふしょく)していなければ、たんまりと食料にありつけたのに。

 こういうことになった以上、長生きするつもりもないが、必要以上に短命でいるつもりもない。

 

 まあ、文句をいっていても仕方ない話だ。

 

 わたしは魚を焼くついでに燃やした木の枝で歯を磨くと、埃っぽいカーテンをお腹にかけて眠りについた。

 

 

   ◇

 

 

 早寝早起きは三文の得というけれど、もはや金に意味などない。

 惰眠をむさぼろうかとも思ったけれど、暗い時間には何もできない。

 カーテンの洗濯を終えて、食事(ボラ)と歯磨きをする。

 それから配信を開始した。

 

「おふぁよう」

 

 早速コメント欄に喜ばれるようなプレイングミスをかましてしまう。

 もうしっかりと目は醒めたはずなのに、とんだ失態だった。

 

:おふぁよう

:おふぁー

:おふぁようごじゃます

 

「最後のごじゃますについては管轄外なんだけど!」

 

:まあまあ

:どうどう

 

「わたしは獣か?」

 

:獣っていうか原人

:原人は獣

 

「それ絶対定着させないからな」

 

:まあまあ

:どうどう

 

「……もういいもん。

 今日は、魚だけだとあまりに栄養が偏りすぎているので、食べられる植物を発見していきたいと思う。

 懐かしいなー、家出したときとか、公園に生えてるノビルを食べて飢えをしのいだもんだよ。

 あ、これ令和スタンダードね」

 

:流れるように嘘をつくな

:割とハードな経験してるな

:詳しくないからつっこめないけど絶対嘘

:草食うのは草

:野蛭?

 

「悪意ある間違え方しないでよ! ノビル食べるとき思いだしちゃうじゃん!」

 

:草

:一応正確には野蒜

 

「訂正ありがとう、そう、これだからね。

 今後間違えたやつは永久にコメント無視してやる」

 

:永久に記憶に残れるってことだよな?野蛭

:天才いて草 野蛭

:令和語録はびこってて草 野蛭

 

「しまった、悪化した!

 ていうか、みんな一晩明けて草の使い方上達したね!?

 いっとくけど、別にそれ日常会話で使ってたわけじゃないから!」

 

:今までで一番歴史の勉強してる

:徹夜で令和辞典眺めてたわ

 

「もっと真面目なこと勉強したほうがいいよ、スラングとかじゃなくて」

 

:一応、俺らの時代では義務教育はサプリメントでまかなえる

 

「嘘!?」

 

:嘘だよ

:本気で驚いてて草

 

「お前絶対許さないからな。純心な少女騙して楽しいか」

 

:マジギレじゃん

:純心…?

:ごめんなさい

 

「食べられる草探しに協力してくれたら許してやる。

 いちおう、わたしのほうでもアプリをいれて確認するけど、これだけは嘘つかないでほしい。マジで生死に関わるから」

 

:了解

:心いれかえます

:これだけはということは、ほかの嘘はいいってことだな! 昨日告白に成功した

:涙拭けよ

 

 完全にスラング使いこなしてる人もいるな。学習能力が高いというか、無駄な努力というか。

 

「それから聞きたいんだけど、みんなの時代って畑とかあるの?」

 

:ある

:あるよ

 

「じゃあやっぱり田舎の方にいくべきかな」

 

:田舎だけではないですね

:普通にそのへんにあるよ

 

「えーと、みんなの時代の日本って、どこでも畑があった感じ?」

 

:どこにもはないけど、近所にある人のほうが多いかな

:ビル型農園とか

:ビルは屋上が畑になってるのが大半

 

「え、そうなの?」

 

:昨日のビルの屋上見る価値はある

 

「鍵かかってたからなー」

 

:1階に鍵とかない?

:屋内のだから電子錠の可能性は低い

 

「屋内のだと電子ロックの可能性低いの? なんで?」

 

:屋内のだからセキュリティが緩い

:そっちのほうがコストがかからない

 

「なるほど、いわれてみればそうかも」

 

:避難はしごで屋上から侵入して向こう側から開けるのは?

 

「うへぇ、いつの避難はしご? それはさすがに怖いなぁ」

 

:やめとけ

:コンクリ壊れるくらいの時間経ってる

:相当切羽詰まったときに試す価値はあるけど、畑がある保証もない

:そもそも鍵が壊れている可能性ないか?

 

「鍵壊れてたらお手上げだね、別のビル探す?」

 

:ていうか倒れてるビルの付近に野菜あるんじゃない?

 

「どういうこと?」

 

:今の野菜は繁殖力がヤバいので、できるだけ植生を脅かさないように都会の高所に隔離されてるんだよね。で、繁殖力がヤバいやつらが地面にくっついたわけだから、少しでも土があれば野菜くらいあると思う

:そうだったのか

:それは知らなかった

 

「え、嘘じゃないよね?」

 

:嘘じゃない、信じてくれ

:俺は無実だ

 

「ねえ?」

 

:疑心暗鬼で草

:トラウマになってるじゃん

 

「嘘くさいんだけど!

 ……まあ確認するだけタダだし、結局植物みつけなきゃだから、探してみるけどさ!」

 

 このあとめちゃくちゃ発見した。


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