ポストアポカリプス時代の配信ライフ ―令和原人っていうのはやめてくれ!―   作:石崎セキ

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海へ

「それでは着水式に移ります」

 

 クーラーボックスの大きさは、私の右肩から左手の先まで。

 わたしもギリギリ入るくらいのサイズだ。

 確保するついでにカーテンの物色もすませた。野菜もたくさん確保した。

 旅の準備は万端――とはいわないけれど、早いところ塩を手に入れたい。

 

 川面(かわも)にクーラーボックスをつけると無事に浮いた。

 

:問題は入れるかだが

:これ危なくない?大丈夫?

 

「もしもの場合に備えて、カメラはここに置いておく」

 

 わたしはカメラを伏せ、クーラーボックスに乗りこんだ。

 

「ぎゃあ!」

 

 一瞬で転覆して、塩をぶっかけられた悪霊みたいな声がでた。

 耳やら鼻やらに水が流れこんできて苦しい。

 どうにかして流れていったクーラーボックスを確保、地上に這いあがった。

 

「歩いていくことにします」

 

 大丈夫? という心配が大量に流れているコメント欄に宣言。

 結局、着替えたあとでクーラーボックスの持ち手にカーテンをくくりつけることにした。

 とりあえず空の状態で試してみる。

 

:思ったより安定感あるね

:ペットみたいで可愛い

 

「確かにやんちゃな犬みたい」

 

 こう考えれば転覆してわたしをビショビショにしたことも可愛いイタズラと思えなくも――思えないな。なんだこいつ。ただの無機物じゃん。

 次に水没してもダメージが小さい野菜をいれて確かめると、むしろ安定感が増した。

 

 問題は濾過(ろか)装置だけど、これはまだ完成していない。というより完成までに時間がかかるので後回しににする。

 濾過装置には木炭が必要なのだけど、これが厄介な代物なのだ。木炭は徹夜で数日は火の番をしなくては作れない。それに粘土もあったほうが便利なのだが、これについても都市ではなかなか見つからない。下流にあることが多いという噂を聞いたので、下っているうちに発見できることを祈ろう。

 

 じゃあ、(くも)って火起こしできないときはどうすればいいのか。

 なんとも原始的なことではあるけれど、貯めておくのがいちばんだという結論になった。

 

「それじゃあ、いってきます」

 

 瓦解したビル群に手を振る。

 ビルたちが、無言でわたしを見送っている。

 

 

   ◇

 

 

 今回の旅の目的は塩の確保なのだけど、塩を確保したらすぐに戻るつもりでいる。

 野菜があるというのは大きなメリットだ。

 休憩途中に野菜の種を撒くから、何年かあとには食料を持たずとも海までたどり着けるようになっていると思う。

 それまでは、わたしが飛ばされた場所を拠点とする。神様も理想的な環境だったから、わたしをあそこに送ったのだろう。

 

 ……あの神様だって、完全に信頼できないけど。

 

 視聴者には信じてもらえないだろうし秘密にしているが、わたしはある仮説を立てている。

 もしその仮説が正解なのだとすれば、神様には人並みの感情がないに違いない。

 まあ、わたしに人並みの感情があるかと問われたら黙るしかないのだが。

 

:すっごく綺麗

 

 考え事をしていたら、ひとつのコメントが目についた。

 今まであまり見ることのなかった素朴なコメントに微笑ましくなる。

 

「今までと雰囲気違うねー」

 

 東に進むにつれて建物は徐々に減っていった。

 それに比べて樹木の数が明らかに増えている。

 

 このあたりの地面は柔らかい。

 そのため自重に耐えられなかった巨大樹が、物言わず倒れている。

 倒れた巨大樹を(こけ)が覆っている。

 苔は川の飛沫(しぶき)蒼々(あおあお)と輝き、不可思議な冷気を発しているかのように思われた。

 その涼しさには日陰であることが少なからず寄与しているだろうけれど、それだけではなくて、すーっと身体が冷えていくような心地がするのだ。

 

 クーラーボックスを引きあげて、巨大樹を迂回する形で進んでいく。

 

「ちょっと休憩にしようか」

 

 疲れていたわけではないが、汗をかいていたので水を飲みたかった。

 クーラーボックスを引きあげていたのでちょうどいい。

 

:お疲れさまー

:けっこう遠くまできたな

:半日歩きっぱなしとか体力ヤバいね

 

 バケツに貯めてある水を水筒で(すく)う。

 

「……ぬるい」

 

 乾いた喉に水は心地よかったけれど、どうしても冷えた水を欲してしまう。

 

「みんなさ、過去の人たちなんだから、氷の1つや2つ送れないの?」

 

:無茶いうな

:溶けるだろ

:令和人に過去の人とかいわれるの業腹なんだけど

 

「でもさ、氷とかじゃなくて鉄とかなら劣化しないから、場所が分かれば地面に置くとかそういう手段でどうにかできるんじゃないかな」

 

:鉄は錆びますが

 

「じゃあ(きん)でいいよ」

 

:無茶いうな

:溶けるだろ(口座の中身が)

 

「前々から思ってたけど、なんでみんなそんなにタイミング合わせられるの? タイピング速いから?」

 

:これが古の文化のラップですか…

:↑違うぞ、ただのダジャレだ

 

「そういう意図はなかったけど!」

 

:タイピングもタップも今は補助的に使われてるだけ

:時代は音声入力

 

「え、みんなモニターの前で独語(ひとりごと)いってるってこと?」

 

:そういわれると語弊があるな

:それはあなたもですが

 

「ごもっともです。

 じゃあわたしが喋ってるのもバッチリ音声入力できるってこと?」

 

:ばっちりリアルタイムで字幕でてるよ

:翻訳もされてる

 

「凄い技術だね!

 え、じゃあ外国の人もみてくれてるってこと?」

 

:みてます

:中国から

:インドから

 

「うわぁ、ありがとう! 日本語への変換ってAIがやってるの?」

 

:そうだよ

:翻訳に使われているの古いAIだから昔の名残で男性口調が多い

 

「あ、もしかして男性比率が高いって思ったのはそのせいだったりする?」

 

:たぶんそう

:今は昔ほど男性と女性の区別ないよ

:そうだぞ(女性)

 

「そのカッコとか、音声入力だと、むしろ時間かかるんじゃない?」

 

:適当な文字を記号に割り振ってる

:俺はカッコ始めをピェッ、カッコ閉じをチェッっていってる

:猫(キャット)が猫ピェッキャットチェッなのか…

:想像したら草

:なぜそんな変換をしているのか

 

「今後カッコつきのコメントみたら、全部それに音声変換されちゃうんだけど!」

 

:変なこと覚えさせないで

:あれは例外だからね

 

「例外ね、オーケー覚えた。

 ……さて、休憩はこのあたりでおしまいっ。

 海を目指そう。わたしは塩を食べたい!」

 

:塩を食べるのか…

:徴兵逃れでもするつもりですか

 

「いいでしょ、そこは!」

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