ポストアポカリプス時代の配信ライフ ―令和原人っていうのはやめてくれ!―   作:石崎セキ

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本編ではありませんが、一応主人公が海についています。


挿話:その日の手は砂浜の匂いがした

『なんか潮の匂いがしない?』

 

:モニター越しに匂いがすると思うか?

:匂いは電極繋がないと再現不可能

:海が近づいているようで何より

 

 ベッドで最近お気に入りの配信をみていた(あかり)は、カーテン越しの光が(かげ)ったのを感じた。配信をつけたままカーテンを開ける。

 窓の外では、無数のドローンが働きバチのように(せわ)しなく各宅と飛行船を往復していた。高層ビルの隙間を縫う自律操縦は生物よりも生物らしく滑らかだ。ドローンたちは互いに衝突し合うことなくミリ単位ですれ違い、蟻の行列モデルを応用した効率的な運搬をしている。

 配信の空は時々鳥が飛び交う以外には静かで、どこまでも()んだ青空なのだった。匿名掲示板での考察班は、今までの配信時刻を総合すると航空領域内での撮影ではないと結論づけていた。そうなってくると別の問題も生じるので、明は、彼女が未来にトリップしたことを信じている。

 

 ――ほんと、少しだけだけどね……。

 

 完全に信じきれているわけではない。しかし「信じたい」と「信じられない」は両立する。

 配信は六時間続いていた。始めから今まで代わり映えのない景色が映し出されているが、平地を六時間も歩いて代わり映えしないことは、彼女が現在と同じではない時空間にいることの裏付けにもなりそうなのだった。今の日本で、ここまで広大な領域を占有(ひとりじめ)することなんてできるのだろうか。

 デバイスが来訪を告げ、ワイプでベランダの様子を映し出す。宅配ボックスを抱えたドローンが停止飛行(ホバリング)していた。明がベランダに向かい、宅配ボックスから紙の本(オールドブック)を三冊抜き取ると、ドローンは飛行船にもどっていく。

 

『ほら、心なしか砂浜の匂いもする』

 

:わからないを上塗りするな

:砂浜の匂いって潮の匂いと何が違うの?

 

『え、違うでしょ? もしかして、これってわたしだけ?』

 

 戸惑ったような様子の彼女に、明の口元が、にへらと(ゆが)む。彼女の喋り方は、間や抑揚が随分と特徴的なのだ。それが聞きにくくないどころか落ちつくのだから不思議だった。

 文章的なノイズが入らないように調整された喋り方。それが時代によって構築されたものだと知ったのは、明が中学生のときだ。クラスで映像資料をみせられて、過去は言葉と言葉の間に「あー」とか「えー」とかノイズが入っていたことを知った。「えー、この度は誠に申し訳ございませんでした。あー、このようなことが二度と起こらないように……」という具合に。

 彼女のトークは明朗だが、ときおり、そのようなノイズが混ざる。最初は少し気になったが、今となっては持ち味の一つと肯定的に考えている。

 

 ――砂浜の匂いか……。

 

 明は海の実物をみたことがない。複雑な理由があるわけではなく、みたいと思ったことがなかったのだ。だから、砂浜の匂いという言葉には突っこめなかったが、周囲の反応からして彼女か令和に特有の感性なのだと思う。

 木が生い茂っていた風景が拓けてきた。そのうちに彼女が叫んだ。

 

『海だ! ほらみて! ……砂浜じゃないけど』

 

:砂浜(岩場)

:宇宙規模で見たら岩なんて砂みたいなもんだよね

 

 遙か遠方にゴツゴツとした岩場がある。波止場もあり綺麗というよりは無骨だ。それでも見ているうちに明も海に行きたいと思った。潮の匂いを感じてみたいと思った。

 

 ――こんな気持ちになったの、いつぶりかなぁ。

 

 明が勤めている会社の労働条件は、オブラートに包んでいえば、決して良い方ではない。オブラートに包まずにいえば最悪だ。今回の休みだって有給でもぎ取ったものだった。日曜日に有給をとらなくてはならないなんて、どうかしている。

 日々の労働に追われて感情は摩耗したものだと思っていた。どこか遠くへ行きたい、という欲求が心の底から湧いてきているのが、自分でも意外だ。

 

『みんなは塩のありがたみを知らないかもしれないけどさ! 今のわたしは張り裂けんばかりに嬉しい!』

 

:張り裂けないで

:本当に嬉しそうで草

:そりゃあ何日もかかったからなぁ

 

『これで木炭も作れる……』

 

:一人で徹夜大丈夫?

:体調崩しても医者いないとまずいのでは

:そのうちやらなきゃいけないことだけどな

 

『だいじょーぶ、だいじょーぶ。今のわたしは丈夫だから!』

 

:大丈夫って聞いたあとだと丈夫は心細いな

:海に着いてハイになってるだけでは

 

『波打ち際に着いたら休憩しよう』

 

 彼女はクーラーボックスを持ちあげて海まで走っていく。かなり重いはずなのに、足取りは軽快だ。

 あっという間に波打ち際まで辿りつく。頬に飛沫がかかり、彼女はくすぐったそうな顔をした。

 

:海、行ったことない

 

 明がコメントすると彼女が反応してくれた。

 

『じゃあわたしが海の楽しみ方を教えて進ぜよう。……こうやってね』

 

 彼女は足元に落ちている平たい石を拾いあげると、海に向かって投げた。

 

『――みた!? 今の! 6回跳ねたんだけど! 新記録!』

 

:画面がぶれまくってて無理だった

:画面酔いしました、責任とってください

 

『せっかくの新記録が!』

 

 

 

   ◇

 

 

 

 翌日、明は会社を無断欠勤して近くの海に訪れた。砂浜ではなかった。クルマから降りたとき、潮の匂いといわれていたものを初めて嗅いだ。

 

 ――砂浜の匂いだ。

 

 明は、自分の感想に苦笑した。砂浜でもなんでもないうえ、砂浜なんて訪れたこともないのに、これが砂浜の匂いだと判ってしまう。

 遠くに波止場がみえた。

 

 ――まさか、ね。

 

 そんな偶然があるはずがない。明は自分に都合のよい想像を振り払った。

 平日の昼である。周りに人影はなかった。

 明は海に向かって石を投げた。石は水を切らなかった。もう一度。失敗。もう一度……。トライ・アンド・エラーを繰り返しているうちに、石が二回跳ねた。二回跳ねた石は、緩やかに回転しながら沈み、海底の石に紛れこんだ。

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