ポストアポカリプス時代の配信ライフ ―令和原人っていうのはやめてくれ!―   作:石崎セキ

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海でしょ!

「ん、ふぅぅぅ――!」

 

 トマトを口に入れた瞬間に膨大な情報量が脳味噌に流れこんできた。パリピみたいな声も出た。

 ヤバい薬をキメるとこうなるかもしれない。

 

:毒、食べた?

:ウチの猫が威嚇するときの声してる

 

「違うから! 人が美味しさに感動してるのに!」 

 

 今までの食事は、素材の味といえば聞こえはいいけど、何の加工も加えないトマトと、焼いただけのボラだ。

 すっごく簡単に表すと今までは「素材の味」だったのが、今では「素材の味」+「塩分」+「塩分」+「塩分」+「塩分」+「塩分」みたいな感じ。

 情報自体は野生動物でも判るくらい単純だけど、情報量が圧倒的に多い。

 大昔には塩が貴重だったという。生前は札束風呂が贅沢とされていたけど、もはや貨幣に何の価値もない今では塩風呂のほうが価値がある。塩風呂って海じゃん。

 海、最高か?

 今までは山派だったけど、海派か山派か問われれば、迷いなく海を選ぶ。山なんて盛りあがっているだけの土塊(どかい)だ。エルフかオークかだったら絶対オークだし、一人称は「オデ」だ。

 

 ちなみに、まだ塩を海水から取りだしたわけではなくて、沸騰させてから放置した海水にトマトをつけただけ。

 それだけでこんなに食材に彩りを添えるのだから、まさしく目の前にあるのは宝の山だった。あ、山は土塊でオークなんだった。ここは海様の名前をお借りして、宝の海ということにしよう。

 いっそ、塩水をこのまま持ち帰るのはどうだろう。

 運搬の手間はかかるけど、水を蒸発させるだけ火にくべておいても、取れる塩は雀の涙ほど。そんなに苦労してまで塩の抽出にこだわる必要はないんじゃないかという気もする。

 

「さて、これからの目的はふたつなんだけど、まずひとつは塩! これはもうほとんど達成している課題だから、勝ち確だとして……。

 われわれは、炭を作る必要があるのです。塩……じゃなかった、完全に塩に脳が引っ張られてたけど、みんなーっ!? 炭作りの手順を知りたいかーっ!?」

 

 あのあと、少し歩いて砂浜にたどり着いた。

 ここにくる前に確認はしていたけれど、慎重を期して視聴者に確認する。

 初見の人やアーカイブを見ていなかった人たちのなかに、知識人がいる可能性も捨てきれない。

 

:おー!

:あ、自分で調べます

:一生作ることないからいいです

:休憩時間ですか?トイレ行ってきます

 

「みんな興味ないね!? たったひとりのために、わたしは戦うよ……!

 まずは、キャンプファイアーみたいに薪を積みます」

 

:キャンプファイアーって?

 

「そっか、君たち火を知らないんだもんね。野蛮人だもんね」

 

:心外

:鏡見ろ

 

「めっちゃ美少女が映ってるけど、どうかした?」

 

:強すぎる切り返し

:無敵か?

 

「んー、じゃあなんて伝えればいいんだろう。

 薪でタワーを作るイメージ。あー、もう、絵描いたほうが早いな」

 

 わたしは木の棒で、砂浜にイメージ図を描く。

 棒が砂に絡まって線が(いびつ)だけど、キャンプファイアーみたいになってはいる。

 

「こうやって火を囲むの」

 

:豊作を祈る儀式?

:原始宗教じゃん

:このあと魔女とか縛り付けそう

 

「みんなにロマンがひとかけらもないことを忘れてたよ……。

 ええと、それで、この薪のタワーを粘土で覆う。でも、これだと粘土がかなり必要になるから、砂浜に穴を掘って上から粘土で蓋をするってスタイルで行こうかなって思う。そしたら、あとは3日くらい火を見守るだけ! できないことはないんじゃないかな」

 

:通気性がありすぎるのでは

:鉄板とかあれば楽だった

:まあ普通に穴掘るの結構手間だし

:いっそカマド作れば?また来るんなら

 

(かまど)かぁ……。確かに将来的に海辺に住むことを考えたら、今作っちゃうのもありかも」

 

:ちゃんとした建物がないと、海の近くは天候とか不安だね

:塩害とか大丈夫かな

:塩害については心配しなくていいとは思うけど、単純に物資がなくないか?

 

「うん……確かに。竈を作るんだとしたら、あの場所かな。どうせ一年はあそこで暮らすんだし、竈にはレンガとか必要だからね」

 

 レンガは粘土を固めたものだから、粘土さえあれば簡単に作れるけど、問題は竈を作れるくらいの粘土が必要だということだ。

 今回あらかじめ確保できた粘土は、そう多くない。

 クーラーボックスの蓋に粘土を敷き詰める。厚さの目安は分からないので、わたしの握りこぶしくらいにした。

 それを、棒で等間隔にへこませて波状にする。これは、視聴者が波状鉄板を使うと楽だといっていたからだ。鉄板がなかったので粘土で代用した。

 とりあえず、これでよし。粘土を乾かしている間に作業に移る。

 

「さて、それじゃあ穴を掘ろうか」

 

 穴を掘っている間はあまりコメントを拾えないけど、わたしが掘ったのをスタッフが掘ったことにされるのは、なんとなく悔しい。

 それに、人は、他人が努力している様子に高みの見物を決めこむのが好きだ。これはいわば現代版コロッセオ。剣闘士たるわたしは穴を相手に戦うのだ。

 素手で掘っているから、何か固いものに引っかかったら怪我をする。慎重に掘り進める必要があった。

 

 途中、割と大きめな二枚貝の殻を発掘したので、それをスコップ代わりにしてペースアップ。

 

「貝食べたいね」

 

:生き物ってこと抜きにしてもあんなナメクジみたいなやつ食べられない

:人肉のほうがマシ

:昔はカタツムリ食べてたらしいし、令和人は殻ついてりゃなんでも食う

:草。タマゴか何かと間違えてるのか

 

「適当なこといわないでよ! エスカルゴなんて食べたことないし!」

 

 食べる人がいることは令和人の名誉のために黙っておいた。

 ……ロールプレイ失敗みたいなこと、いわれるかもしれないな。

 どうせ信じている人なんていないだろうけど、何かモヤモヤする。

 最近、ちょっとこういうことが増えてきた気がする。ストレスが溜まっているのだろうか。

 

「っと、これくらいでいいかな? 粘土は……さすがにまだ乾かないね」

 

 薪は、乾燥した倒木の枝だ。薪として丁度いいサイズ感だったので、へし折った。

 倒れてから相当時間が経っていたのか、見た目よりも脆かった。

 決してわたしが馬鹿力だったわけではない。

 この薪を、タワー状に積んでいく。

 

「よしっ! できたっ!

 ……粘土が乾いたら、焼いて石板を完成させるよ。そしたらめっちゃ寝て、そのあと3日ぶっ通しで配信する」

 

:時間にもよるけど、1日くらいならFPのDM開放してくれれば通知音で起こせるよ

 

「え、仕事とか大丈夫?」

 

:おまいう

:辞めることにしたから大丈夫

:大丈夫……?

 

「え、辞めるの? まあ、辞めるくらいなら酷いとこだったってことか。辞められてよかった」

 

:そうそう

:ゆっくり休んでな

 

「――そして、わたしのためにもよかった! わたしの睡眠は守られた!」

 

:台なしだよ

:こいつ…ぬけぬけと……

:代わりにリスナーの睡眠時間は削られた

 

「みんなは、わたしの寝息がときどき聞こえるだけの配信をみることになったわけだけど――」

 

:見ることは確定しているのか…

:見ない権利はないんですか!?

 

「寝言でとんでもない失言するかもよ?」

 

:見ます

:神回確定

 

 このサイトが限定公開に対応していることは知っているけど、視聴者との関係性を勘ぐられたり、関係が悪化したりすると困る。

 とまあ、そんな目論見で全体公開にすることにしたのだけど、思ったよりも起こしてくれるという人がいたので、DMを開放しておいた。

 

「このDMを悪用して変な時間に起こした者には天罰がくだるから。具体的には鼻と耳がねじれてくっつく」

 

:あっ、やめます

:それは逆に見たい

:弟にやらせるか

 

「弟さんになんか恨みでもあるの!? 話聞くよ?」


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