オーバーホールに呼び出された。
「小夜、ウチには慣れたか」
「はい。玄野さんも音本さんも優しいですし」
「そうか」
オーバーホールはペストマスクを一つ取り出した。
口元だけを隠すデザインをしている。
「今後はこれを着けろ。死穢八斎會の一員だという証だ。信頼の証でもある」
今私は眼鏡をかけている。それに合わせてデザインしてくれたのだろう。
このマスクを渡すことで、自分は他の構成員とは違う、特別に信頼されている、とオーバーホールへの忠誠を厚くさせる効果があるのだと思う。
「ありがとうございます、オーバーホール様」
私は深々と頭を下げた。
表情が無い設定なので、体を使って感謝を示さねば。
そして早々にマスクを着け、喜んでいる振りをする。
「似合ってますか」
「ああ。これでお前も八斎衆の仲間入りだ」
こんな無能にここまでした。
何か思惑があるに違いない。
「小夜、お前に任せたい仕事がある」
きた。
「何でもやります」
「ついてこい」
似たような風景の通路を暫く歩かされ、着いたのは誰かの個室だった。
暗い部屋に明かりを灯すと、一人の女の子がベッドに座っていた。
オーバーホールを怯えた目で見る彼女の両の腕には包帯が巻かれている。
何か良からぬ状況にあるのは間違いない。
「壊理だ。お前にはこの子の面倒を見て欲しい」
オーバーホールは彼女には聞こえないように私に顔を寄せた。
「昨日ここを逃げ出した。そうならないよう、依存させろ」
この男は自分の心の平穏のために女児を甚振るようなつまらない男ではない。
幼子を思いやるほど人の心も持ち合わせていないようだが。
彼女をここに留めておく必要のある何かが。
怯えた目をさせるだけの何かがあるのだろう。
「お前が、壊理の心の拠り所になれ」
彼女が、この男の研究に必要不可欠な何かなのだ。
であれば、この仕事は私の目的にとってもプラスになる。
「任せてください」
「…だれ?」
「初めまして。小夜です。あなたのお名前は?」
オーバーホールは去った。
私は出来るだけ安心できるようマスクを取って、笑顔を浮かべて知っている名を問うた。
「…壊理」
「そう、よろしくねエリちゃん」
エリちゃんの世話。
私の仕事だが、エリちゃんはご飯を食べる時には一言も喋らず、何を見せても興味を示さない。
オーバーホールが来ると怯え、研究が終わると毛布に包まり動かなくなる。
幼い彼女は、同性の私にさえ助けを求めず、ただ目を瞑っていた。
正直、見ていられなかった。
義爛の依頼は、組長の安否の確認及びオーバーホールの殺害あるいは失脚。
組長が植物状態であることは確認した。
あとはオーバーホールだが。
エリちゃんはオーバーホールの研究の要だ。
彼女をここから救出することは義爛の望みにも沿うだろう。
なにより、全てを諦め、苦痛を耐える彼女の救いになりたかった。
いつも怯えた顔をする彼女を、笑顔にしたかった。
ならば、今私のすべきことは。
私を愛してくれたベルさんのように。
エリちゃんを、愛してあげることだ。
倫理観に欠ければ
情を欠けば人をやめるのです。