「よぉ、来たな運び屋」
私はとある男に呼び出されていた。
「改めまして。義爛だ。よろしくな」
「時雨です」
男の名は義爛。拳銃みたいなライターを持って煙草を咥えている。
裏ではそこそこ名の通った男らしい。
「時雨、ね。話は聞いてるよ。あんまし良い話じゃねぇが」
「どんな話ですか」
私はそういう、悪い話とは無縁だと思っているんだが。
「ぼったくりのタクシー。運転手の機嫌が悪けりゃあ、お代は命でってな」
「なんですかそれ」
随分とまぁ、大きな尾ひれのお話だ。
「まぁ半分冗談だが、実際お前さんに恨みを持つ奴は多い」
「何故?」
「運び屋に仲間を殺されたって奴が沢山いるんだ」
自分勝手な連中だな。
無償サービスでないことは事前に説明しているだろう。
「私には関係の無い話ですね」
私は小さく溜息をついた。
「で?私を捕まえてそいつらの前に突き出しますか?無理でしょうが」
「まあ、仰る通り無理だな。ただ俺としても黙ってる訳にはいかねぇ」
そこでだ、と義爛は一息おいて、
「運び屋時雨。その仕事、俺に仲介させろ」
義爛は信用のおける客だけを紹介すると言った。
これ以上被害を出さないために手綱だけは握りたい。
つまりはそういうことだった。
私にはメリットの薄い話で、正直頷く理由なんてこれっぽっちもないが、殺さなくていいなら面倒がなくて良い。それに加えて、
「困ったら何かと融通してやる」
との事だった。
この一言で、私は義爛の話を受けることにした。
「ところで早速融通してほしい物があるんですけど」
「まだ仕事紹介してねぇが。まぁ用意しよう。何だ?」
「これなんですけど」
私はスマホの画面を見せつけた。
「おまっ、それマジで言ってんのか!?」
「マジです。見つけたら教えて下さい」
話は終わりだと言わんばかりに、私は立ち上がった。
「これ、私の連絡先です」
机の上のメモ帳に数字を書き綴って、門を開く。
「それでは」
「はは、ふざけたこと言いやがって…」
義爛は苦笑いしながら呟いた。
時雨が融通しろと言った品物は、到底世に出回っているものではなかった。
古の女王の名を冠した赤ワインである。
幻の酒とも言われる代物で、超常黎明期に数本だけ作られたとされる。
処女の生血が使われているとか、新妻の薬指が入っているとか、胡乱な噂が流れているが、真実は定かではない。
現在までに見つかったのは二本だけと、これの入手は不可能に思えた。
「飲むつもりなのか…?」
到底酒を嗜む様には見えなかった少女の姿を思い出し、義爛はまた呟いた。
あのワインは私の生涯の内で、最も衝撃的で、刺激的で、そして美味だった。