食生活わるわるVライバーに毎日寮で賄いを作る話   作:冬野ロクジ

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有り合わせペペロンチーノ

 佐々木温、二十五歳。

 仕事は料理、すこやか荘賄い。

 誰にも言えない秘密あり──

 

 

 

 

「ここが新しい職場かぁ」

 

 季節は十月。

 ようやく残っていた夏の暑さが涼しさに変わり始めた秋色の朝。

 私はスーツケースを引いて郊外にある五階建ての建物にやってきていた。

 

 周囲を覆う壁に刻まれた名はすこやか荘。

 今や世界的大事業とも言えるVライバー事業のトップを走る企業、『ファンタズム・ライブ』の社員寮だ。

 

 元々小さなホテルだったのを改造して作ったアパートだとか。中には小さな温泉もあるらしい。

 これをまるまる社員寮にする辺り、工藤幻夜さん──ライブ・イリュージョン社長の懐は計り知れない。

 

 そして、私は今日からここで住み込みの賄いとして働くことになっている。

 要は朝晩のご飯を作る仕事だ。

 

 残業手当あり。

 福利厚生もしっかり。

 寮の一室も貸してくれる。

 

 働いていた食事処が潰れてあわや無職となりかけていた私を拾ってくれた社長さんには、感謝しても仕切れない。

 

 それに、だ。

 このアパートはただの社員寮ではない。

 なんと、Vライバーたちが住む専用社員寮なのだ!!!

 

 ライバー同士の距離が近いことで有名なライブ・イリュージョン。

 その一端を担っているのがここ、すこやか荘だ。

 

 そしてここにはなんと!

 私の推しも住んでいる! らしい!!!

 

「ここにウミナちゃんが……。

 ここでの私はただの賄い。料理人。リスナーとして仕事とプライベートの分別はしっかりしないと」

 

 活動する推しに会える。

 それだけで私の胸は高鳴ってしまう。

 

 何の因果か男だった私が交通事故で命を落とし、TS転生という形で生まれ変わって早二十五年。

 料理以外に何の趣味もなかった私に初めてできた推しがここにいるのだ。

 

 推しには美味しいものをめいっぱい食べてもらいたい。

 それが自分の手で叶えられるかもしれないなんて、一ファンとしてこんなにも嬉しいことはない。

 

 私みたいな表情筋が硬い女が会っていいのかという疑問はあるけれど。

 

「よし、しっかり頑張ろ。

 ……ところで、迎えの人はまだなのかな」

 

 今日案内してくれるのは、社長さん曰く一推しの人材だとか。

 けれど、セキュリティのかかった自動扉の向こうにはポストが並ぶぐらいで、それらしき人は見えない。

 

「もうちょっと待ってみようかな。保冷剤もまだ保つだろうし」

 

 ちらりと左手に提げたビニール袋に目を向ける。

 中に入っているのは、すこやか荘の最寄りスーパーで買った剥きエビ。

 よく使うことになるだろう場所の品揃えチェックのつもりだったけど安売りしていたのでついつい買っちゃった。

 

 後でバター醤油味に炒めて食べよっと。

 あの噛むたびにプリッと弾ける甘辛い味がたまらないんだぁ。

 そんなことを考えながら、空いてる右手でスマホをいじる。

 

「あれ、ウミナちゃんまだ配信やってるんだ。

 朝見た時は今日は早めに終わるって言ってたのに」

 

 人間離れしたエメラルドの長い髪と愛らしくも整った顔つき。

 最近気になっている顔が覗くサムネイルが目に入ってくるのに、そう時間はかからなかった。

 

 海原ウミナ。

 最近活動し始めた企業所属の新人Vライバーだ。

 ずっと海で過ごしていて、人間の社会を勉強するためにやってきたらしい。

 

 実際世間知らずなところも多く見られ、通称『海のポンコツ』として早くも先輩や同期にからかわれている。

 その反応がまた可愛いし『てぇてぇ』んだけど。

 

 ちなみにVライバーとは実際の自分の身体ではなく、二次元に作った仮初の身体を用いて動画配信サイトで活躍する人たちだ。

 だからウミナちゃんも実際は人魚ではなく、現実に存在する人間の女の子──なんだけど、それを口にするのは野暮なことである。

 

『うーみーはーひろいーなー、おおきーいーなー……♪』

 

 配信に入った途端に聞こえてきたのは哀愁漂う歌声だった。

 画面越しでも分かる透明感溢れる声を遺憾なく無駄遣い、彼女は今悲しみを歌っていた。

 

 ゲーム画面には四角いテクスチャの世界が広がっている。

 コメントの流れを見るに、どうやらうっかり海底神殿に侵入して所持アイテム全ロストしたらしい。南無三。

 

『人魚ぞ……我人魚ぞ……?

 わたしが住んでた海にはこんなのいなかったのに……』

 

 普段は恥ずかしがる人魚語という名の方言も自重していない。

 時折出てくる地元トークも彼女の魅力の一つだった。

 

 と、コメントがにわかに盛り上がる。

 同じライブ・イリュージョン所属のVライバー、羽田はぴちゃんがコメ欄に現れたからだ。

 ウミナちゃんとは同時期にデビューした子で、一ヶ月足らずにも関わらず仲良しエピソードがよく聞こえてくる。

 

“うーみん、予定は大丈夫なの?”

『はぴちゃん? ってあれ、今の時間って──』

 

 赤い瞳がちらりと動く。

 その瞬間、彼女の顔が固まった。

 瞬きをしているから機材の不調ではない。

 

 視聴者全員が何かを察したその瞬間。

 

『あぁああああああああああああああああ!』

「──っ!」

 

 音圧のある綺麗な絶叫が耳を貫いた。

 “鼓膜ないなった”、“鼓膜転生した”、“鼓膜無双し始めた”、“なろう系鼓膜やめろ”。

 そんなコメント欄そっちのけで当の本人は大慌ての様子だった。

 

『どうしようどうしよう、すっかり忘れてた……!

 と、とりあえず急ぎ準備しないといけないので配信はここで終わります!

 お魚さんたち、今日も来てくれてありがと!

 おつちゃぽーん!』

 

 慌ただしく挨拶を終えて、ライブストリームがオフラインになる。

 

 ん? え?

 もしかして用事って……。

 それ私大丈夫? 死なない?

 

「……なんて、まさかね」

 

 タイミングが重なっただけだよね、そうだよね。

 そんなことを考えていると、自動ドアが電子音を立てて開いた。

 あ、来たかな?

 

「あの、賄いさんですか!? ってわ、綺麗な人……」

 

 それは、透き通るような清流のような声だった。

 自動ドアに半分身体を隠しながらこちらを見ていたのは、メガネをかけて今風の格好に身を包んだ女の子。

 身長は私より十センチぐらい低いだろうか。

 上目遣いになった目元の泣き黒子が可愛らしい。

 

「そう、ですけど」

「遅れてすみません、ほんっとうにすみません!」

 

 ぺこりと頭を下げるとポニーテールがぴょこりと揺れる。

 私はその姿に目を離せなかった。

 そのすれ違えば誰もが振り返るような美貌のせい、だけではない。

 

 え、いや、え?

 確かに本当に会えたらいいなとは思っていたけどこれって──

 

「あの、どうかしましたか?」

 

 茫然としているこちらに疑問を覚えたのか、彼女の首がこてんと傾く。

 思いがけない出来事に混乱した私は、思わずその名前を口にした。

 

「ウミナちゃん?」

「はい、ウミナです! って、どうしてわたしの名前を知ってるんですか!?」

 

 少女の口から出てくる声。

 それは確かに先ほどまでイヤホンから流れていた人魚姫のものだったのだから。

 

 

 

 

 

 私の頭の中は今までにないレベルで混乱していた。

 だって推しとリアルで出会ったんだぞ!?

 こういう時ってどうしたらいいの!?

 

 配信を見てたときはウミナちゃん可愛い!とか叫べたけど……。

 え? え? 実際の姿もこんなに可愛いとか反則じゃない?

 

「改めまして、ウミナ・マリエルです。よろしくです!」

「佐々木温、です。よろしくお願いします」

 

 元気いっぱいにお辞儀をするウミナちゃん。

 どうやらこちらの内面は悟られていないらしい。

 

 よくやった私の表情筋。

 君がいなければ社会的地位がやばいことになるところだった。

 

「では案内させてもらいますね!

 まず最初に行ってみたい場所とかありますか?」

 

 ウミナちゃんの部屋に行ってもいいんですか!?

 ……落ち着こう。ステイ、ステイだ。

 このままだとすこやか荘に入る前に牢屋に押し込められそうだし。

 

「じゃあ私の仕事場に行きたいです。買ってきた食材を冷蔵庫にも入れたいので」

「分かりました!」

 

 案内されながらも、横目にちらりと見やる。

 リアルとVは違うっていうけど、こっちもこっちで可愛い……。

 大きな瞳にきめの細かい肌、服の上からでも分かる抜群のプロポーションとしなやかな手足。

 

 何というか、整いすぎててこの世の人じゃないみたい。

 さすがに髪の色はエメラルドじゃなくて茶色に近い黒だったけど。

 

「まさかお魚さん……リスナーの人だったなんて。まだ一ヶ月も経ってない新人なのに見てくれてありがとうございます!」

「いっ、いえいえ、いつも楽しく見させてもらってます」

「……えへへ、こっちで面と向かって褒められるとちょっと恥ずかしいですね」

 

 はにかむ彼女も可憐だぁ……。

 他のファンを差し置いて私なんかがこんないい思いをしていいのだろうか。

 

 いや、こういう仕事に就けたからこそ、ファンと仕事の区別はしっかりつけよう。

 今の私はこの寮の賄い。料理人なんだ。

 おそらく意図してサプライズしてくれただろう社長さんに感謝しつつ、私は心の中でそう誓う。

 

「ここが食事スペースで、奥に見えているのが厨房と冷蔵庫です」

 

 案内されたのは、半ばがカウンターで区切られた広めの部屋だった。

 手前側には大きめのテーブルが横たわり、部屋の端にはポットや電子レンジが置かれている。壁に埋めこまれたテレビ画面には筐体ゲーム機が繋がれていた。

 

 カウンターの奥側が厨房になっており、壁に吊るされたフライパンと業務用冷蔵庫が目についた。

 ぱっと見た感じ、どうやら調理器具は一式揃っているらしい。

 

 興味深く周囲を眺めながら横切ろうとした時、テーブルの上にポテチの袋が置かれているのに気がついた。

 ご丁寧に付箋を貼って『ウミナ らんち』とメモ書きしてある。

 

 ……ん? らんち?

 

「これは?」

「あ、それは私の今日のお昼ごはんです」

「お昼ごはんですか……お昼ごはん?」

 

 言っていることが理解できなかった。

 というか、予想の斜め上すぎて脳が言葉の理解を拒否していた。

 

 思わず目の前にいるのが推しであると忘れそうになる。

 え、お昼ごはんってあのお昼ごはん?

 

「これってお菓子だよ?」

「大丈夫ですよ。知ってますか、ポテチの原材料は芋なんです。そして芋は野菜です。ちなみにこれは神戸牛味なので、お肉も取れて一石二鳥です」

 

 いやあの、ドヤ顔で言われても困るんだけど。

 

「……冗談だよね?」

「え、違うんですか!?」

 

 あ、ダメだこれ。

 彼女、本気で言ってる……。

 

「あぁ、そっか」

 

 社長さん、なんで私を雇ってくれたのか分かったような気がします。

 Vライバーって、その関係者って、こんなにも食生活が酷いんですか。

 いや、もちろん全員が全員そうではないと思うけれど。

 

「ちょっと座って待ってて、ウミナちゃん。今から料理作るから」

「え、あの、ちょっと!」

 

 スーツケースから愛用の三角巾とスキレットを取り出して、厨房へ向かう。

 

 えっと、下の引き出しには……パスタ発見。ついでに鷹の爪ゲット。

 各種調味料が揃った冷蔵庫の中には、まだたっぷり残ったニンニクチューブも入っていた。

 よし、作るものは決まったね。

 

「じゅうぶんじゅうぶん」

 

 むしろ有り合わせにしては揃いすぎているぐらいだ。

 ついでに剥きエビも合わせれば完璧と言ってもいい。

 

「まずはっと」

 

 最初にやるのはエビの下ごしらえ。

 背わたを取って流水で洗い、キッチンペーパーの上に乗せて水気を切る。

 次はIHに乗せていたスキレットの上にオリーブオイルを垂らし、ニンニクチューブ絞って火にかける。

 

 パチパチ、パチパチ。

 油が弾けるたびに、香ばしい匂いも広がっていく。

 

「あの……怒ってます?」

「怒ってはないよ。私のやるべき仕事を再確認しただけ。ペペロンチーノは食べられる?」

「食べられますけど……一応これでも私、十九歳ですよ? 華の大学生ですよ? こんなニンニクたっぷりのパスタなんて──」

 

 ぐぅ〜きゅるるる。

 カウンターの向こうでいい音が鳴る。

 

「で、でも、作ってくれたものはいただきます。残すのは勿体無いので」

「そうしてくれると助かるな。私の精神衛生的にも」

 

 覗いてくるウミナちゃんの頬は、恥ずかしいのか朱に染まっていた。

 ニンニクに色目がついてきたら輪切りにした鷹の爪一本を油の海に投入。さらに水とコンソメを入れて混ぜ合わせる。

 沸騰したらパスタをエビと一緒に回し入れて、ぐつぐつぐつと茹でていく。

 

「あれ、パスタって鍋で茹でないんですか?」

「こうするとね、素材の旨味たっぷりの出汁がギュッとパスタの中に染みこんで美味しいんだよ」

「へぇ……なんだか料理人みたいですね!」

「料理人だからね」

 

 これでも前いたところでは厳しく教えられてきたのだ。

 

 中の水分があらかたなくなったら、くるっとスキレットの中一回転して出来上がり。

 お皿の上に盛りつけると、白い湯気がいい匂いを運んでくる。

 うん、いい出来。

 

「はい、お待ちどうさま」

 

 フォークと共にお盆に乗せ、カウンター越しに渡す。

 ごくり、とウミナちゃんが生唾を飲んだ。

 

 そのまま受け取って椅子に腰掛ける彼女だったが、何故かフォークを握ろうとはしない。

 それどころかペペロンチーノを見たまま考えこむように俯いてしまっている。

 

 どうしたんだろう。

 

「食べるところ、見ててもらえますか」

「……もしかしてそういう趣味?」

「ちがっ、そうじゃなくて! 初対面の人に言うことじゃないと思うんですけど」

 

 確かに初対面で食事見られフェチをカミングアウトされると困るな。

 

「真面目に聞いてます?」

「聞いてる聞いてる」

 

 頷くと、彼女は自分の身体を抱きしめるように腕を組んで話し始めた。

 

「一人で食べるのって、あんまり好きじゃないんです。ほら、料理ってみんなと食べたらもっと美味しいじゃないですか」

「うん」

「それと比べてお菓子って手軽だし、美味しいしで一人でいる時はそれでいいかなって思うんですけど」

「ダメだよ。健康に悪い」

「うみゅみゅ……」

 

 訴えを受け入れられなかった彼女の顔がぐぬぬと歪む。

 どう思われようと、何と言われようと、賄いを任された身としてそこを譲るわけにはいかない。

 

「これからはお腹が空いたらいつでもおいで。ここには私がいるから」

「……」

 

 私の言葉に、ウミナちゃんは大きな瞳をぱちくりと動かす。

 が、すぐにからかうような笑みを浮かべた。

 

「お姉さんって臆面もなくそう言っちゃう人なんですね」

「こうやって料理を振る舞うことぐらいしかできないけどね。でも、食べてる間はずっと見ていられると思うよ」

「だ、だからそういう趣味じゃありませんって!」

 

 もう、と呆れたように頬を膨らませる彼女はようやく腕を解く。

 出来上がりから結構時間が経ったのか、目の前のパスタからは湯気が消えていた。

 

「冷えちゃったかな。温めてくるよ」

「大丈夫です」

 

 私が動くよりも早く、彼女はフォークを握ってパスタを口に運ぶ。

 

「……美味しい。美味しいですね、これ!」

 

 今までで一番自然な笑み。

 それはVライバーとして見た彼女の笑いとそっくりで。

 この子は現実世界でもウミナちゃんなんだなと、はっきりそう思えた。

 

「ごちそうさまでした!」

「お粗末さまでした」

 

 再び元気な声が響くのに、そう時間はかからなかった。

 




Vライバーものが書きたくなったので書いてみました。
続くかどうかは未定です。
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