食生活わるわるVライバーに毎日寮で賄いを作る話 作:冬野ロクジ
PM12:30
「うちの温もこんなに大きくなって……よよよ」
「小さい時の私を知らないでしょ、つばさは」
だいたい初めて会ったの大学だし。
ウミナちゃんとのお出かけで着ていく服に悩んだ私。
つばさに頼んでみたところ、部屋に呼ばれて見事にコーディネートしてくれました。
いや、それは大変ありがたいんだけど、一つ問題がありまして。
「まさかスカートを押し付けてくるなんて……」
「まぁたまにはこういうのもいいっしょ。足元まで隠れるロングだし」
「いやでも……」
「ずっと狙ってたんだよねー、温にスカート履かせるの。大学時代にどれだけみんなで考えたことか」
正直言って、スカートは履き慣れていない。
小中と苦痛だったので高校はズボンでもいけるところを探したレベルにはスカートが得意じゃない。
大学時代もひらひらするのが料理の邪魔だからって理由をつけてつばさたちの勧めも断ってきたのに……。
「てかなんでそんなにスカート嫌いなわけ? 今も似合ってるのに」
「昔色々あったの」
それこそ佐々木温として生まれるもっと昔に。
女装は自分の意思でやるものであって、無理やりされるとトラウマになるのでやめてください。賄いさんとの約束ですよ。
「ほーん。まぁ話したくなさそうだからいいや」
「そうしてくれると嬉しいな」
つばさだけじゃなく、寮のみんなもあんまり突っ込んで聞いてこない。
Vライバーにも様々な事情があるから、そういった距離感が出来上がっているのだろう。
そんな会話を交えながらも、背中を押されて玄関ロビーへ出る。
自動ドアの前では、パンツスタイルのウミナちゃんがスマホ片手に前髪をいじっていた。
私の姿を視認すると、その顔がぱぁっと輝く。
「わぁ、綺麗……素敵です、温さん」
「そ、そうかな」
「はい! とってもとっても、とーっても綺麗です! お姫様みたいです!」
お、お姫様って。私には似合わない言葉だ。
ただでさえ慣れない格好をして落ち着かないのに、ふわふわする。
「ん、んんっ」
薄くネイルをかけている指を開いて差し出してくる。
「お手をどうぞ、お姫様」
「──」
「……えへへ、はぴちゃんの真似をしてみたんですけど、恥ずかしいですね」
スカートを押し付けてきたつばさをまだちょっと恨んでいたけど、今だけは許そう。
真っ赤になっているウミナちゃんに免じて。
そんなことをしながら、ウミナちゃんと一緒に寮の外へ出る。
その間際、こちらを見る視線があったことについぞ私が気づくことはなかった。
「こちらウイング、マーメイドが対象の連れ出しに成功。他メンバーはただちに部屋から出て飾り付けを行ってください」
PM14:30
ありがとうございましたー。そんな気怠げな声を背に二人で本屋を出る。
私の手には料理本の入った紙袋が握られていた。
「ありがとう、朝美ちゃん。私の買い物に付き合ってくれて」
「ううん、わたしもお料理の話ができて楽しかった!」
この料理が好き、あの味は誰それが好き、そんな話をしながら本を選ぶ時間は至福の一言だった。
その途中で年の離れた姉妹に間違われたりもしたなぁ。
私とウミナちゃんってそんなに似てるのかな。顔立ちとか全く違うと思うんだけど。
「あ!」
「どうしたの?」
「買おうと思ってた漫画を忘れてた! ちょっと行ってくるね!」
いってらっしゃい、と言うまでもなくウミナちゃんが本屋へと駆け込んでいく。
どうしよう。追いかけてはぐれちゃうのも怖い。
悩んだ私は入り口付近で待つことにした。
今頃寮の皆さんは頑張っているかなと動画サイトを覗いたところで、不意に気になる文字が飛びこんできた。
「……ん? なにこれ。V寮マル秘歓迎会?」
何この待機所。
私一言も聞いてないんだけど。
それに、歓迎するような誰かが来るという話も知らない。
ということはもしかして……。
いや、まだ確定したわけじゃないよね。
こういうときは、協力者であろう人物にカマをかけるに限る。
「ただいま戻りました!」
「朝美ちゃん」
「はい!」
「歓迎会って何?」
「ふぇっ!? ど、どどどどこでそれを!? ……あ」
焦って視線を逸らすウミナちゃん。
可愛い! じゃなくてダウト!
「もしかして私の歓迎会なのかな」
「な、何にも知りません。つーん」
はははこやつめ、この後に及んでまだしらばっくれようと言いますか。
であればこちらも手札を切りましょう。
「今度のリクエストデイ、そういえばまだ決まってなかったよね」
「ま、まさか!」
「鯛の炊き込みごはんでも作っちゃおう。脂がご飯に溶け出して、口の中でまろやかに溶け合うのが美味しいんだよね」
「えっと、その」
「薄味の炊き込みご飯に合うように、エビのレモン醤油焼きも一緒に作──」
「今日賄いさんの歓迎会をするので、準備の間連れ出す手筈でした!」
「よろしい」
囮り(魚介)をちらつかせて、食いついたところを本命(エビ)で殴る。
駆け引きの基本だ。多分。
出門さんが珍しく料理を作っていた理由が分かった。
妙に寮が静かだったのも、バレないように各々の部屋でなにかしらの準備をしていたと見ていいだろう。
私にわざわざ動きづらい格好をさせたつばさも、私を連れ出したウミナちゃんもグルというわけだ。
「ごめんね、いじわるして。よしよし」
「こ、子ども扱いしないでください。わたしだって来年には成人なんですよ!」
「でも今は違うよね」
「うぅ……ずるいです、温さん!」
愛い愛い。
さて、諸々が判明したところで。
「逆サプライズをしかけたいんだけど、協力してくれる?
もちろん寮のみんなには内緒で」
「だ、ダブルスパイ……?」
「そういうこと。こっちの報酬はさっき言ったメニューだけど、どうかな」
「やります!」
元気いっぱいでよろしい。
そうと決まればやることは一つ。私にできることもだいたい一つ。
え、料理する場所がないって?
ないなら借りればいいのです。
ちょうど近くまで来たことだしね。
スマホを取り出して電話をかける。
三コールもしないうちに向こうと通話が繋がった。
「こんにちは、師匠」
「なんだぁ、テメェ。急に電話かけてきやがって。まさかそっちの仕事辞めたとかいうわけじゃあるめぇな」
「まさか」
トゲのある聴き慣れた声に応える。
「師匠、今自宅にいらっしゃいますか?」
「ア? いるわけねぇだろ」
「いるんですね、厨房貸してください」
「テメェ人の話聞いてたか?」
「師匠こそ最初にとりあえず突っぱねる癖は治ってませんよね」
師匠は無理な時は無理、いない時はいないとはっきり言う人だ。
だからこそ〜わけがない、なんて言うのはだいたい嘘の枕詞だと知っている。
「今から行きますね」
「ア!? ちょ、おい──」
ぷつんと通話を切る。
よし、アポ取り完了っと。
満足した私の顔を、ウミナちゃんが不安そうに覗き込んでくる。
「あの、お師匠さん? ものすごく怒ってなかった?」
「大丈夫大丈夫、いつものことだから。それじゃあスーパーに行こっか」
「この流れでお師匠さんのところじゃないの!?」
師匠のところにも食材は完備してないからね。
PM15:15
師匠の家は古びた商店街の裏、路地裏のひっそりとしたところにある。
家と家の間に無理やり作ったと言われても何の疑問も抱かない、小さな家屋だ。
年季の入った扉をガラガラと開けると、両腕を組んで目を怒らせた老年の男性が立っていた。
あれ、普通に服着てる。珍しいこともあったものだ。
「帰れ」
「お邪魔しまーす。さ、入って入って」
「お、お邪魔します!」
「帰れっつってんだろ! いっちょまえにめかしこみやがって!」
「大きな声出さないでくださいよ、朝美ちゃんが怖がってるじゃありませんか」
「うるせぇ、久しぶりに電話が来たと思ったらこれかよ。というかそのお嬢さんも怖がってる姿なんざちっとも見せてねぇじゃねぇか!」
「そうなんだ。朝海ちゃん、度胸あるね。えらい」
こうなっている師匠を目の前にして萎縮しないとは。
どんな酔っ払いも怯ませる一喝も、私の推しには意味をなさないようだ。
「えへへ、実家のじいさまのことを思い出しちゃって」
「朝美ちゃんのおじいさん?」
「はい、わたしが海から戻るのが遅くなってると、いつもこんな風に玄関前に立って──」
「こっちを見ろよ!!! テメェら客人だろうが!!!」
「客人じゃなくて身内の間違いですよね」
久しぶりに弟子と会ったのに、その言い方はないでしょ。
あんまりです。さすがの私も表情を歪めて泣きますよ、よよよ。
「テメェを身内と認めた覚えはねぇ!!!!!」
「あなた、玄関先で怒鳴るものじゃありませんよ」
「ちっ」
青筋を立てている師匠のもとに家の奥の居間でいるだろう奥様の声が届く。
やんわりとたしなめられた師匠は、舌打ちを一つして腕を組み直した。
「ごめんなさいね。この人ったら、温ちゃんが来るって聞いてからずっとそわそわしてたのよ。わざわざ服も着替えてねぇ」
「それをバラすんじゃねぇよ!」
あぁ、どうりで身なりが整ってると思った。
厨房にいるとき以外は昭和の親父スタイルですもんね。
奥様に全てをバラされた師匠は観念したように息をつく。
そうして踵を返したかと思うと、肩越しにこちらを見た。
「──っ!」
思わす、息を呑む。
先ほどまでの吊り上げた目とは違う鋭い視線。
こちらを見定めるようなプレッシャーが私の肌をひりつかせる。
「入ってこい、なんか作るんだろ。久しぶりに見てやるよ」
そう言って師匠は私たちに背を向け、居間の方へと向かっていく。
ウミナちゃんも師匠の発する圧に気づいたのか、ごくりと生唾を飲んでいた。
「あれが、温さんのお師匠さんなんだ……なんだかすごい人ですね」
「そうだよ」
口が悪くて、身内想いで、ずぼらで。
でも料理になると狂気を感じるほどに繊細さと鋭さを発揮する化け物。
その背中は未だに遠かった。
あぁ、そうだ。
どうせならこれだけは言っておこう。
「ようこそ、私の第二の実家──保科家へ」
そう言って私はウミナちゃんへ手を差し出した。
作者は賄いさんに休日を謳歌させようとしました。
本当です。嘘はついてません。