食生活わるわるVライバーに毎日寮で賄いを作る話   作:冬野ロクジ

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賄いさんの日曜日の途中ですが、こちら番外編となります。
話を書く上で、逃してしまう季節イベントなんかもあると思うので、
逃してしまいそうなイベントや、他に記念で書けるようなものがあれば、
これから番外編としてまとめようと思いました。



番外編
番外1:ジャック・オ・グラタンを召し上がれ


 ぐりぐり、しゃっしゃっ。

 秋の日差し陰り始めた食堂には、いつもとは少し違う雰囲気に包まれていた。

 ウミナちゃんやつばさがパソコンを前にしてかぼちゃに顔を描く。

 

 髪がかからないように後ろで結んだウミナちゃんのうなじが眩しい。

 それはともかくとして。

 

 ことの発端は「ハロウィンだし何かそれっぽいものを作りたいな」という私の思いつきから始まった。

 

『募集:かぼちゃくり抜き係』

 

 じゃあASMRにしてしまおうとつばさが言い出して。

 そうして始まったのが、かぼちゃくり抜きASMR配信である。

 

 いやかぼちゃくり抜きASMRって何……?

 脇に置いた携帯で配信を見ても、困惑するコメントが半分ぐらい流れてる気がするんだけど。

 

「彫刻刀握るのってもう何年前はぴか……?」

「わたしも深海の学校に通ってた時以来です。久しぶりにやると楽しいですね!」

「辛い……年の差を感じさせられて辛いはぴ……」

「は、はぴちゃん!?」

 

 なんか勝手に自傷してるんだけど、つばさ。

 

「賄い、助けて賄い〜!」

「わざわざ配信ミュートにしてまで泣きついてこないでよ」

 

 二人で顔の形を刻んだかぼちゃを持ってきてくれたのは嬉しいんだけど。

 

「賄いさん、次は何をすればいいですか!」

「じゃあ次は……」

 

 ウミナちゃんに言われたところで、ちょうど電子レンジがチンと音を立てた。

 包んでいたラップを外して頭のてっぺんを切り落とす。

 ほくほくと黄色い中身が白い湯気と共に現れる。 

 

「この中をくり抜いて、こっちのお皿に入れてほしいな」

「はい!」

「ほら、そっちも行った行った」

「はいはい、働きますよっと」

 

 私はその間に具材の調理と他メニューの調理をしておきましょう。

 サラダ油を熱したお鍋に一口サイズに切ったベーコンと薄切りの玉ねぎを入れ、しゃこしゃこと炒めていく。

 もうここに塩こしょうやブラックペッパーをかけるだけで一品が完成しそうだけど、それじゃあくり抜きかぼちゃを彩るには足りません。

 

 炒め終わったらいったん火を止め、ソースミックスと水、牛乳を順番に入れてよく混ぜる。

 さらにマカロニを加えれば、もう何を作っているのか一目瞭然。

 今日の晩ご飯はグラタンです。

 

 お鍋の中が沸騰したら火を弱めてもう一味。

 

 じゃん、茹でておいたほうれんそう。

 これひとつで栄養・彩り・味の三拍子が揃っちゃうんですよね。

 ありがたやありがたや。

 

 とそこまでしたところで、私の調理はいったん終わり。

 ちょっとだけ手持ち無沙汰になった私は顔を上げる。

 

「ん? うん、賄いもいるよー。今日はかぼちゃで器作るらしくて、その手伝い中」

「さっきからミルクのいい匂いがしてきてますよね! もうお腹ぐぅぐぅです!」

「そそ」

 

 二人とも談笑しながら、大きいスプーンでかぼちゃの中身を抉り出してくれている。

 

 あら、ウミナちゃんの様子が。 

 スプーンでくり抜いたかぼちゃの身をじっと眺めている。

 ……何となく考えていることが読めた気がした。

 

 ウミナちゃんはそのままスプーンを口へ持って行こうとして──

 

「あ」

 

 じっと見つめる私と目があった。

 ダメですよ、と口の前でばってんを作る。

 つまみ食いが見つかったウミナちゃんは、恥ずかしそうにスプーンを引っ込めてちょっと舌を出した。

 

「でもでも、かぼちゃさんをこのままにしておくのも勿体ないと思いませんか?」

「捨てずになんか作るんでしょ」

 

 さすがつばさ、私がやることを分かってる。

 せっかくかぼちゃを使うんだから、余すことなく使い切らないとね。

 

 さて私は私でかぼちゃをくり抜きましょうか。

 

 

 

 

 

 そうして今日予定していた人数分のかぼちゃをくり抜き終わった頃。

 もう外も暗く、だいぶいい時間になっていた。

 

「それじゃあ今日はここまで! おつはぴー!」

「おつちゃぽーん! 

 また夜の九時からハロウィン人狼に参加させてもらうので、そっちもよろしくお願いします!」

 

 カウンターの向こうで二人が終わりの挨拶をして、配信を終える。

 べちょっと机に雪崩れ込むつばさとは裏腹に、ウミナちゃんはぴんぴんしていた。

 

「つっかれたぁ……かぼちゃのくり抜きって体力使うのな」

「楽しかったですね!」

「結構疲れたのに、うーみんバイタリティあるねぇ……」

「いつも泳いでますから! はぴちゃんも泳いで体力つけましょ!」

「うぇー……あー、カンガエテオキマス」

 

 あ、絶対行かないやつだこれ。

 そんなんだからお腹周りが気になってくるんだぞー。

 まぁそれはそれとして。

 

「二人とも、ちょっと早いけど晩ご飯食べる?」

「食べます!」

「もらうわー」

「じゃあ今から作っちゃうね」

 

 作るといっても、もう一通り中身を詰めておいたからオーブンで焼くだけだけど。

 カウンターの上にずらっと並べたかぼちゃに手を伸ばす。

 

 ウミナちゃんのは大きな丸い目ににっこりとした顔。

 つばさのは細めのつり目にちょっとキザっぽい顔。

 二人がひとつひとつ、寮の人たちをイメージして掘ってくれていたのだ。

 

 かぼちゃにバターを溶かして塗りこみ、グラタンの具材を注ぐ。その上から溶けるチーズをかけてオーブンにつっこめば、後は待つだけ。

 

「二人ともすごいよね、目と口しかないのにしっかり特徴が分かって」

「でしょ。実は温の分も掘ってあんのよ、それ」

「じゃん!」

 

 えっ、と思ったところでウミナちゃんがひょっこりとかぼちゃの顔をカウンターに乗せる。

 そこには垂れ目と少し上がった口角の顔があった。

 

「私にしては結構笑ってない?」

「ここ最近の温はそんな感じよ?」

「みんなのお母さんみたいです!」

 

 ちょっと意外だ。

 私の表情なんてほぼほぼ変わらないものだと思っていたから。

 数人の観察力高めな人たちが気付くぐらいで。

 

 それだけ、私はここでの日々を楽しんでるんだろうな。

 なんて他人事みたいに思ってみたり。

 

「って、お母さん? 私、まだここに来てから一ヶ月も経ってないんだけど」

「それだけ慕われてるってことっしょ」

「賄いさんはいろんな人の悩みを聞いてくれますからね!」

 

 いや、でもこれ結構嬉しいかも。

 一緒に並んでたら、私も本当にここの一員になれたような気がする。

 多分V寮の人たちは優しいから来たばかりの私も認めてくれるんだろうけれど。

 

 こうして形になるとやっぱり違うものだね。

 

「そういえば余ったかぼちゃは何に使うんですか?」

「ん。後で薄力粉と混ぜてお団子にするつもり」

「……世はトリック・オア・トリートとか言ってるけどさ、トリートが完璧すぎてトリックする気も起きないわ」

「これが一流のトリーターなんですね……」

 

 私がトリーターなら多分二人はトリッカーだね。

 そんなことを思いながら、私は自分の顔が彫られたかぼちゃをそっと撫でた。

 グラタンの器に使わないで、乾かして部屋に飾っておこうかな。

 

 ──チン!

 

「っと、できたみたい。オーブン開けるね」

 

 オーブンを引いて開けると、白い湯気と匂いがぶわりと広がってくる。

 溶けたチーズもじゅわじゅわと香ばしい音を立てていた。

 

「おー、いい匂い!」

「早く食べたいです!」

「持っていくから座ってていいよ」

 

 手につけたグローブ越しに伝わる熱を感じながら、お皿に乗せて二人の元へ運ぶ。

 

「はい、ジャック・オ・グラタン。召し上がれ」

 

 美味しい悲鳴が聞こえてくるのに、そう時間はかからなかった。




かぼちゃの煮物ってなんであんなに美味しいんでしょうね。
素朴な甘味があって、口の中で崩れるような柔らかさで。、
作者の好きな野菜の一つです。


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