食生活わるわるVライバーに毎日寮で賄いを作る話   作:冬野ロクジ

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オカマ悪魔とふんわり卵焼き

 私、佐々木温の仕事はVライバー寮で料理を作ることだ。

 こう言えばすぐに始められそうにも聞こえるが、これが案外難しい。

 

 生活環境を整えるだけの話ではない。

 食材を買うお金の請求周りだったり、食べられないものをヒヤリングしたり。

 

 だから本格的に始まるのはもう少し先になるんだろうなぁと考えていた。

 料理を作らない日はむずむずして眠れなくなるし、自分のお金で色々買っちゃおうかなとも。

 

 そう思ってたんだけど……。

 

「まさか大量の食材が届くなんて」

 

 朝起きて食堂を覗きにきたら、テーブルの上に大きな三つの段ボールが並んでいた。

 中を開けてみればたくさんの野菜や肉、魚が詰まってるじゃありませんか。

 ついでに『佐々木温殿』と銘打たれた一通の封筒も。

 

 おそるおそる手にとって開いてみる。

 中にあったのは二枚の手紙だった。

 

『最初は来たばかりの何もない状態で賄いどころではないだろうと考える。

 そこで、こちらから一週間分の食材を送ることにした。

 自分で食べて英気を養うもよし。振る舞って交流を図るもよし。

 これからの生活において有益なことに用いてほしい。

 ライブ・イリュージョン代表取締役 工藤幻夜』

 

 うわぁ達筆ぅ……いやそうじゃなくて。

 

「社長さん、太っ腹すぎませんか?」

 

 あと私への信頼度どうなってるんです?

 絶対この人、自分で食べることはないって分かって書いてるよね。

 ここに来る前に働いていた食事処の常連さんだし、師匠に色々聞いたりしたんだろうか。

 

 それに私なんかがこんな高待遇もらっちゃって大丈夫なのかな……。

 元々いた社員さんから不満とか出ないのだろうか。

 そう思いながら二枚目の一文目に目を通す。

 

『なお他社員への根回しは既に行っているのでそちらが気に病む必要はない』

 

 アッハイソウデスカ。

 雇い主さんの手が早すぎて怖い。

 これがV界隈のトップたる手腕なのだろう。

 

 期待はメガトンヘビー級に重いけれど、こと料理に関してはばっちこいだ。

 むしろそれ以外私に自信なんてない。

 

「うん、頑張ろう。とはいえ……」

 

 周囲を見回す。

 

 平日午前の食堂はひっそりとしていた。

 少し前まで沸騰するような夏の暑さが残っていたというのに、今ではすっかり秋の涼しさが勝っている。

 

 ウミナちゃんの朝配信でも見ながら、約束したお昼ごはんの仕込みでもしていようかな。

 昨日ペペロンチーノを作ったらえらく気に入ってくれたらしく、今日もお昼ごはんを作ってほしいと言われたのだ。

 

 推しにそう言われたら断るなんて無理だが?

 海鮮が好きだって話だから、鮭のホイル焼きとあさりの味噌汁とか作っちゃおう。

 

 そう思い、頭にバンダナを巻いてキッチンに向かおうとした時。

 食堂の扉が音を立てて開かれた。

 

「え?」

「ふわぁ……アラ?」

 

 思いもしない来訪者に振り返る。

 ……え、何この長身イケメン。

 

 年齢は二十代後半ぐらい?

 先ほどシャワーを浴びたばかりなのか短髪はしっとりと濡れており、薄手のシャツからは細身ながらもがっちりした腕が覗いている。

 

 えっと、ここの人だろうし挨拶した方がいいよね。

 

「はじめまして。昨日から賄いとして新しくお世話になっている佐々木温です」

「あぁ、思い出したワ。新しい子が来るって話だったわネ。アテシは出門イビル。よろしく」

 

 え、この人が翻弄悪魔の出門さん!?

 出門さんと言えば、どっきり企画やイタズラをしかけて視聴者や参加者を楽しませていることで有名なVライバーさんだ。

 その他にも隔週ラジオをしており、堅物な炎竜将軍との小気味よいやりとりが人気でもある。というか私はそこで知った。

 

 いや確かに女性的な口調はまんま出門さんだけど、こんなにがっちりしている人だとは。

 Vとしてのビジュアルが細身だっただけにとても驚いた。

 

「『悪魔と竜の見下ろしラジオ』、面白く見させてもらってます。最近見始めた新参者ですけど」

「アラ、リスナーに貴賤も時間も関係ないワ。アナタの短い人生の時間をアテシにくれたんだかラ」

 

 ばちこんと音が出そうな勢いでウインクしてくる。

 V寮だからってある程度覚悟していたとはいえ、有名人がふらっと現れるこの環境怖すぎる。

 戦々恐々とする私の内面を知ってか知らずか、出門さんは肩をすくめた。

 

「そんなに緊張しないで。ホラ、スマイルスマイル」

「あ、すみません無表情は自前です……」

「アラアラ、そうなノ?」

 

 そうなんです。

 これまでも顔のマッサージをしたり鏡を前に練習したりと色々やってきたけれど、にこりともできなかった。

 親に心配されて病院につれていかれてもそれは変わらない。

 

 それに加えて不機嫌に見られることもあったりして、結構大変だったのだ。

 

「それがアナタなのネ。教えてくれてありがとウ」

「……」

「どうしたノ?」

「悪魔さんって裏だとこんなにいい人なんですね」

 

 いつも誰かをからかって遊んでいるイメージが強かったけど、これって営業妨害とかいうやつになるんだろうか。

 

 そう考えていると、出門さんはにんまりと人の悪い笑みを浮かべたじゃありませんか。

 あれ、藪蛇だった!?

 

「アラ、アナタもいじめられたい? 初めてだから遠慮してたんだケド」

「いえあの、そっちの趣味はないので遠慮しておきます」

 

 SかMかで言うとSだとは思う。

 多分、きっと、おそらく。

 

「言っちゃった言葉はもう呑みこめないのヨ。Vライバーっていう職業は特にネ」

「ライバーじゃありませんし……」

「ダ・メ。ということで、賄いちゃんにはさっそく料理を作ってもらおうかシラ」

 

 問答無用だ!

 い。いったいどういう無茶振りをされるんだろう。

 コロッケを一から全部作れとか、餃子一万個の刑とか……もしかしてコオロギの唐揚げを作れとか?

 

 むりむり、絶対むり!

 私虫だけはほんとダメなんです許してください!

 

「私は何を作らせられるんでしょう」

「そ・れ・は……卵焼き♡」

 

 

 

 

「もっとおかしなものを頼まれるかと思いました」

 

 食材を取り出しながらそう告げる。

 段ボールを端に寄せたテーブルに座る出門さんは、頬に手を当てながら朗らかに笑いを漏らした。

 

「そんなこと言うわけないじゃなーイ!

 料理っていうのはどれだけ雑にも、丁寧にもできるノ。

 食べられたらそれでいいって言う人もいるワ。

 だからこそ、その人の内面を見るにはこういうポピュラーな料理がちょうどいいのヨ」

 

 そうなのだろうか。そうかもしれない。

 私の師匠も、口では荒々しいけど料理を作る手は異様に丁寧だった。

 まるで割れ物を扱うように、愛しい人に触れるように。

 

 人と接するときも同じで、常連さんの誕生日や好物は覚えてよくサービスを振る舞うような人だった。

 私が師匠に師事しようと思ったのも、腕だけじゃなくそう言った人情味溢れるところにある。

 まだその足元にも及ばないけれど、自分にできることを一つ一つやっていこう。

 

「じゃあ味はこっちで整えさせてもらいますね」

 

 段ボールから取り出した卵をボウルに割ってかき混ぜる。

 その後、味付けをしようとしてはたと気づいた。

 

「卵焼きって甘いのとしょっぱいの、どっち派ですか?」

「んー、どっちも好きなのよネ。アナタが一番得意な味付けを見せてちょうだい」

 

 おおう、そう来ましたか。

 ここら辺、地域差がかなり大きい。

 何なら人が違うだけでも無限の味付けがあるといっても過言ではない料理の一つだ。

 

 悪魔さんはあんなことを言っているけれど、食べてもらうならより良い一品を出したいというのが私の心情。

 

 まず最初はほんだしとみりん、薄口醤油をボウルに入れてかき混ぜる。

 そうしたら四角いフライパン、玉子焼き機に油を敷いて、先ほど混ぜた溶き卵を三分の一ほど注ぎこむ。

 満遍なく半熟カーペットがうっすらできあがったら、そのまま箸でくるくると回して芯の完成。

 

「破らないで巻くなんて器用ねぇ……」

「師匠に何度も叩きこまれましたから」

 

 芯ができたら端に寄せ、さらに三分の一をじゅわっと投入。

 

「結構料理はされるんですか」

「昔ちょっとネ。これでもアテシ、有名な料亭の子なのヨ」

「そうだったんですか?」

 

 初耳だ。

 出門リスナーとしての歴は長くないから当然といえば当然なんだけど。

 彼は目を細めながら、懐かしむように頬杖をつく。

 

「さすがに言っちゃうと各所に身バレしちゃうシ、配信でも言ったことないんだけどネ」

「私が聞いてもいいんですかそれ」

「アラ、誰かに話すつもりナノ?」

「いやそんなつもりはないですけど」

「じゃあいいじゃなイ」

 

 そう口にした言葉には、少ししっとりしたものが混じっている気がした。

 何故料亭の子だったこの人がここにいるのか、その理由は分からない。

 でも話さないのなら詳しく聞かないでおこう。

 

「おっとっと」

 

 話していたら危うく焼きすぎるところだった。

 先ほど作った芯にまた卵色の布を巻きつけ、また油を塗って残りの溶き卵を入れる。

 今度はちょっと長めに焼いて、巻いて、さて一品完成っと。

 

 うん、焼き色もいい感じ。

 

「美味しそう。よだれ出てきちゃうワ」

「ありがとうございます。でもこれだけじゃありませんよ」

「アラアラ?」

 

 ふっふっふ、誰が一種類だけと言っただろうか。

 卵を四つに今度はお塩を入れて、同じように焼いていく。

 瞬く間にテーブルの上には二種類の卵焼きが並んだ。

 

 他にも作ろうと思えばほうれん草やにんじん、海苔やチーズといった各種アレンジができるけど、口ぶり的にシンプルなレシピの方が良さそうだったので今日はこれだけで。

 あんまり作りすぎちゃうと食べきれないしね。

 

「まさか両方出してくるなんてネ」

「どっちも自信ありますので」

「言うじゃなイ。じゃあいただこうかしラ」

 

 箸で一切れ摘んで口の中に放りこむ。

 もぐもぐと咀嚼したかと思うと、カッと目が見開かれた。

 

「何コレ!

 卵なのに肉厚でジューシー! お酒が欲しくなっちゃうワネ!

 いくらでもお腹に入っちゃうワ!」

 

 しょっぱい卵焼きはひょいひょいと口の中に消えていく。

 あっという間にお皿が空になったところで、次は甘い卵焼きに箸がつけられる。

 

「こっちは……」

 

 けれど、今度は口に入れたところで動きが止まる。

 どうしたんだろう。口に合わなかった?

 

 ちょっと不安になっていると、目が細められた。

 

「アラアラ、懐かしい味ネ。

 ふんわり甘くて、口の中で溶けちゃいそうで……いくらでも入りそうダワ。

 この味はどこかで教えてもらったノ?」

「師匠のレシピを私が改良したものですけど」

「……いい腕してるワネ、アナタ」

 

 やがてまるまる平らげた出門さんは、満足したように手を合わせた。

 

「降参ヨ。試して悪かったワネ」

「いえいえ、楽しかったです」 

 

 最初はどうなることかと思ったけれど、たまにはこういうのも悪くない。 

 大学生の頃なんかは友人によくおつまみを無茶振りされてたし。

 

 そういえば最近連絡を取ってないけど、元気でやってるかなぁ。

 

「ネェ、賄いちゃん。賄いちゃんはどうして料理人になろうと思ったの? きっかけは何かしラ」

「それは……」

 

 思いがけない質問に、一瞬言葉が詰まる。

 

「あぁ、ごめんなさいネ、言いづらい話ならいいのヨ」

「いえ、大丈夫です。そういうんじゃないんで」

 

 これは私の話ではない。

 正確には今の私の話ではないというべきか。

 今はもうだいぶ薄れている中で、けれど鮮明に思い出せる記憶の一ページ。

 

 思い出そうとすればするほどに懐かしさで胸が締め付けられる、ただそれだけのことなのだ。

 

「あんまり笑わない母に笑ってほしかったんです。母はずっと仕事が忙しそうで、むっつりした人で。でもどうにか笑顔にしたくて、幼い頭で精一杯考えた方法が料理なんです」

「素敵な理由ネ」

「そうですか? 自分では結構不純だなと思ってたんですけど」

「アテシだって同じようなものだもノ。最初はVライバーになりたいとは思ってなかったのヨ。最終的にエンタメの手段としてここに落ち着いたけどネ」

 

 そうだったんだ。

 ライバーの人生って波乱万丈な人が多いイメージだけど、この人も色々苦労してきたんだろうか。

 

「お母様は笑わせられた?」

「一度だけ。最高に嬉しかったです」

「……そう。良かったわね」

 

 それ以来誰かを笑顔にする喜びが忘れられなくて、今もこうして料理を振る舞っている。

 かつての自分に未練はない。

 けれどあの時に胸を震わせた感動が、今日も私を調理場に立たせている。

 

 それに今は──

 

「佐々木さん、こんにちはー……ってあれ、イビルさん!? この時間に起きてるなんて珍しいですね」

「アラ、ウミちゃんおはヨ。もうこんにちはかしラ。今日も元気ネ」

「えへへ、ありがとうございます! 元気いっぱいです!」

 

 ウミナちゃんが元気にやってくる。可愛い。

 今日は髪をお団子にして、動きやすいジャケットとズボンに身を包んでいた。可愛い。

 表で出門さんと絡んだことはなかったけど、寮だとこんな感じなんだなぁ。年の離れた兄妹みたい。可愛い。

 

 ってあぁっ、朝雑談見忘れた!

 せっかく生配信で見るチャンスだったのに!

 後でアーカイブ見よ……。

 

「いらっしゃい、ウミナちゃん。予定の時間より早かったね」

「楽しみで楽しみで、いてもたってもいられなくて来ちゃいました!」

 

 え、嘘。それだけ気にいってくれたとか感動ものじゃない?

 私死ぬの? 料理作って死ぬの?

 まぁそれなら本望かな!

 

「アラ、アラアラアラアラ?」

「な、なんですか」

 

 急に私の顔を見てきたと思ったらニヤニヤして。

 

「表情がなかなか動かない子だからちょっと心配していたけれど、いいカオするじゃなイ」

「イビルさん、温さんの表情が分かるんですか!?」

「ちょっとだけヨ。よぉく見れば分かるかもネ」

「よぉく……」

 

 ずいっと顔を近づけられる。

 

 いや近い近い近い!

 いい匂いするし肌きめ細かいしまつ毛長いし!

 私を昇天させる生物兵器かこの子!?

 

「アッハハ、やぁっぱり!」

「うみゅみゅ……あ、眉がちょこっと下がってます!」

「それだけかしラ?」

「もっと何かあるんですか?」

 

 出門さん分かってやってますよね!?

 視線を交わすも、彼はただただ楽しそうに眺めているだけだった。

 鬼! 悪魔!

 

 ウミナちゃんのこういう無防備というか距離感が近いところは心臓に悪い。

 

 散々私の心を引っ掻き回した出門さんは、大きなあくびをしながら食堂を去っていった。

 また来るワ、と最後に言いながら。

 

 それはいいですが、ウミナちゃんをけしかけてくるのは勘弁してください……。

 瞳を覗きこんでくる推しから顔を遠ざけながら、私は激しく高鳴る心臓とともにそう思うのだった。




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作者は卵焼きといえばしょっぱい派です。





V寮住み分け
一、二階:男性ライバー、スタッフや他ライバーの宿泊所
三、四、五階:女性ライバー

施設
お風呂、シャワールーム、コインランドリー、食堂、簡易スタジオ。
社長の思いつきやスタッフ、ライバーの要望でたまに新規施設が生えます。
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