食生活わるわるVライバーに毎日寮で賄いを作る話 作:冬野ロクジ
少女は歌が好きだった。
幼少期は暇さえあれば歌い、中学生の頃になるとお小遣いでカラオケに何度も出入りするほどに。
歌うのは楽しい。
だから歌う。
それは、少女が海原ウミナになっても変わらなかった。
ただひとつ、いつも一人ぼっちだったコンサートに聴衆ができたこと以外は。
◆
【歌枠】秋の夜長に一曲、どうですか?【ライブイリュージョン/海原ウミナ】
“鯛待”
“いつもより早い時間じゃん”
“歌枠きちゃ!”
「いえーい、皆さんこんざばぁーん!
ライブイリュージョン所属の海原ウミナ、参上でーす!
今日は提出物が終わったので、自分へのご褒美に思いっきり歌っちゃいます!」
“いえーい”
“人魚姫の歌枠助かる”
“今日は一人?”
「帰りにふらっと歌いたくなったのでぼっちです。あ、でも今度……あ、これ言っちゃっていいのかな?」
“お?”
“なんだなんだ”
「えっと、大丈夫かどうか分かんないのでちょっと保留で! 天ぷら的にとりあえずマネージャーさんに聞いてみます!」
“天ぷら?
“コンプライアンスでしょ”
“天ぷらとコンプラの間違えは草”
「あ、え、えっと、もちろん知ってましたよ!?
天ぷらとコンプライアンスって似てるなと思ってたのがつい口に出ちゃっただけで。だからしっかり知ってます。知ってるんです。本当ですよ?」
“嘘だゾ、絶対”
“ほんとでござるかぁ?”
「歌う前にまろ食べます!!!」
“草”
“はい”
“はいじゃないが”
『ここ数日調子が良さそうだけどなんか始めたりした?』
「パッと思いつくのは賄いさんの料理ですね!
ここ数日で栄養たっぷりのご飯を作ってもらえて、声の調子もお肌もよくなってきてるような気がします。
思い込んでるだけかもですけど」
“ライバー、食生活より配信を取りがち”
“コンビニ弁当でもまともな気がしてくるの怖い……怖くない?”
「後、今まで以上に寮で他ライバーさんたちと話すことが多くなったかもです。
前もご飯に連れて行ってくれたり、お話してはいたんですけど、皆さん作業や配信で忙しいことも多くて。
でも賄いさんが来てからは色んな人が食堂に集まってきてくれて、前よりも気軽に話せるようになったんです」
“さすまか”
“さすママ?”
“俺も賄いさんに毎食作ってほしい”
「猫ちゃん先輩に聞いたんですけど、マシュマロって喉にいいですね」
“まろが喉にいいってマ?”
“クソまろ送らなきゃ”
“おいばかやめろ”
「違います違います、食べ物の方です!
なんでも喉がコーティングされる? とかで。
あっ、すごい勢いでまろが増えてる……ありがとうございます。
また今度まとめて読ませてもらいますね!」
「それじゃあ最初の一曲いきます。
まろのリクエストでこれ歌いたいって思ったのでこれから!
曲名は──深海少女」
◆
ウミナちゃんの歌枠が終わった。
終わってしまった。
五日目の夕方、食堂で配信を閉じた私は、余韻に浸っていた。
ライブ一つ見切ったような感覚さえ覚えてしまう。
歌っているウミナちゃんは私に──いや、私たちに、いろんな顔を見せてくれる。
時にそっと背中を押すように。
時に心にじんわりと染みこむように。
時に、一緒に踊り出したくなるように。
それだけ心をかき乱しておいて、当の本人は歌い終わると無邪気に笑っているのだ。
悪い子だ……でもそこが好き。
というか序盤でめちゃくちゃ感謝されてたけど、私は料理を作ってるだけだ。
最初はそれこそウミナちゃんや出門さんぐらいしか来なかったけれど、今では時間になると寮に居るライバーの大半がここを訪れるようになった。
話によれば出門さんも結構話題に出してくれたらしい。
自分のラジオでも話題に出してくれた時はさすがに驚いたけれど。
でも会話が続くのはウミナちゃん自身の影響じゃないかな。
楽しそうに食べるウミナちゃんがみんなの口を開かせているんだと思う。
そんなことがあってか、食堂には暇を持て余した人がちらほら来るようになっていた。
「これが素の歌声ってえらい悔しいわぁ」
一緒に見てたNECCOさんが感想を述べる。
最初は配信でにゃあにゃあ鳴いている猫又のイメージが強かったから、こんなに関西方面のなまりが強いのには驚いた。服装もパンクだし。かっこいい系のイケメン美女って感じの人だ。
音楽が好きで、自分で作詞作曲をやることもあるのだとか。
「NECCOさんもいい声だと思いますけど」
「うちは真面目にやりだしたんはライリュに入ってからやしなぁ。昔はそんなのクソ食らえでシャウトしてましたわ」
「あれ、今もそう変わりませんよね」
「にゃはは! 賄いさん、よー見てはるわ」
NECCOさんは伸びた前髪をいじりながら八重歯を見せる。
彼女の歌ってみたや歌枠はヘビメタが多い。
かと思えば作詞した歌はしっとり感動系がメインで、ヘビメタが分からない私はそっちをよく聞いていた。
(それにしても……)
我ながら、Vライバーの存在を認識してから確実に配信を見ることが増えてきたなと思う。寮の人を知るための勉強といえば聞こえはいいが、ちゃっかり楽しんで見ちゃってる自分もいた。
まだVライバーの沼に浸かってそんなに時間が経ってないけれど、ちょっと前まで自分がこんなにハマるとは思わなかった。
世界を広げてくれたウミナちゃんには感謝しかない。
「そういう賄いさんはカラオケどうなん?」
「私はいつも聞きに徹してました」
「確かにそれっぽいわ!」
NECCOさんはサバサバとして話しやすい人だ。
年下だけど、対等な感じ。話し上手な出門さんとはまた違った絡みやすさがある。
「それじゃあ今から晩ご飯作りますね」
「よろしくぅ。うちはうちで自分の配信準備してきますわ」
バンダナを巻いて調理場へ向かう。
いいよね生姜。この時期からさらに美味しくなる。
ちょうど先日社長からもらった贈り物の中にもあったはずだし、量には困らない。
ということでまずはソースとトッピングから作りましょう。
使うのは生姜とミョウガ、そして長ネギ、大葉。
ミョウガと長ネギは薄切りにして、大葉は茎の部分を取って千切りに。
ザクザクザクと音が耳に心地いい。
生姜は一片の半分を下ろし、残り半分は千切りにして切ったミョウガ、長ネギと一緒に十分間水につけておく。
と、忘れちゃいけない。
すり下ろした生姜の方は醤油、ごま油と混ぜ合わせて人数分取り分けておかなきゃ。
うん、いい匂い。
「よし、これで一通り完成っと」
ソースやトッピングにラップをかけて冷蔵庫に詰めれば次はメイン。
カツオのたたき、作っちゃいますか。
「〜♪」
鼻歌まじりに冷蔵庫から赤身を取り出す。
秋魚の王様は個人的にサンマのイメージなんだけど、戻りガツオも有名な食材のひとつ。
この時期のカツオは脂が乗ってて美味しいんだよね……。
これは是非味わってもらわないといけない。
まずは色の濃い部分……生臭さの原因になる血合いを取るところから。
その後全体に塩を振り、ラップに包んで冷蔵庫の中で寝かせておく。
副菜の準備をしながら十分経ったら、フライパンでサラダ油を熱して皮目から強火で片面をさっと焼いていく。
もう片面も焼き付けたら火が通り過ぎないようにさっと氷水へ。
ペーパータオルで水気をふいて薄く切れば、カツオのたたきの完成だ。
「……絶対これ美味しい」
縁取られた艶やかな赤色は、脂が乗って艶やかな輝きを放っている。
ごくり。自分でも思わず生唾を呑んでしまう。
味見に端っこの方をちょっとひとつまみ。
──口の中で魚の旨味が爆発した。
噛めば噛むほど美味しいとか反則じゃない?
「うん、最高」
会心の出来だ。
胸を張ってウミナちゃんたちにお出しできる。
後は野菜と……汁物はいいかな。
代わりに一つ思いついたことがあるので、そっちの準備を進めてっと。
そんなことをしている間に時は進み、いつの間にか晩ご飯の時間がやってくる。
最初に食堂の扉を開いたのは、やはりというかウミナちゃんだった。
「ただいまです、賄いさん」
「おかえりウミナちゃん。お歌良かったよ」
「聞いてくれたんですか? えへへ、ありがとうございます」
帰ってきたウミナちゃんは、ちょっと元気がない。
というか声に張りがない気がする。
風邪でも引いちゃった?
それとも歌った後だからだろうか。
「海原じゃん。おっすおっすー」
「おっすです猫ちゃん先輩。あーあー、あー」
「自分大丈夫なんか?」
NECCOさんがウミナちゃんを下から覗きこむ。
ウミナちゃんが平均かちょっと小柄なくらいなら、NECCOさんはそれよりも小さい。
でもその心配する目線からは、先輩らしい気遣いが見て取れた。
「ちょっと喉がイガイガしちゃって。んっ、んんっ」
「こらこら、あんまり咳したらあかんて。喉痛めんで」
「そうなんですか?」
「ここの負担になるんや。歌好きやったら後のケアもしっかりしぃや」
そう言ってポケットから飴を出す。
帰省したときのおばあちゃんみたいだなとか思っちゃいけない。
「はっ、そうです。今日のご飯、何ですか?」
「今日のメインはかつおのたたきだよ。生姜ソースをかけて食べてね」
「うわ絶対美味しいやつやんそれ!」
「じゅるり……」
料理名を告げると、二人の目が輝いた。
ウミナちゃんがお魚好きだということは知っていたけど、どうやらNECCOさんも魚好きみたいだ。
ご飯とお汁を注いで、主菜副菜まで並べていく。
私が調理場に戻るよりも前に、二人は両手を合わせた。
「「いただきます」」
「はい、めしあがれ」
目の前でソースがしっとりとカツオを濡らしていく。
生姜と醤油の水を浴びたカツオはてらてらと艶かしく輝き、二人の女の子を魅了した。
「んー! カツオも噛むたびに旨味とあまじょっぱさがじゅわって滲んできて、もう、もう! ネギとかの食感がまたアクセントになって」
「上も生姜、タレも生姜。丸ごと生姜食べてるみたいやわぁ」
「NECCOさん、それカツオはどこに行ったんですか?」
「言葉の綾や綾! お魚もしっかり美味しいわ」
そんな談笑を食事の合間にしながらも、二人の箸はどんどん進んでいく。
っと、忘れてた。
「飲み物は緑茶でいい?」
「あ、はい」
「うちもそれでよろしく」
緑茶お茶をコップに注いでいく。
それを二人にお出ししたところで、ふとウミナちゃんの動きが止まった。
お、もしかしてもう一つの食べ方に気づいたかな?
そう思っていると、ウミナちゃんは期待に輝く瞳で口を開く。
「あの、賄いさん。これ、お茶漬けってできますか?」
「おぉ!? 賄いさん、そこんとこどうなんや?」
「もちろん。今すぐお出ししますね」
「やったぁ!」
「いえーい!」
先輩と後輩の身長差ハイタッチってよくない?
いいと思う。
そんなことを考えながら、私は仕込みを取り出すべく冷蔵庫を開くのだった。
たくさんの感想、評価ありがとうございます。
実はこの小説は私のミスで投稿を始めてしまったものなのですが、
拙い部分に指摘を入れてくれる方もいて、とても嬉しいです。
現在も感想で仰ってくれる方がいるのですが、
この度活動報告にリクエスト場を設けたいと思います。
Vの配信や料理の種類は多岐に渡り、正直私一人の限られた時間と頭では全て網羅できません。
そこで、
こんな食べ物のエピソードが読みたい!
こんな配信模様を書いてほしい!
というのがありましたら、そちらにご意見ください。
参考にさせていただきます。
(活動報告URL)
https://syosetu.org/?mode=kappo_submit_edit&kid=245624