食生活わるわるVライバーに毎日寮で賄いを作る話 作:冬野ロクジ
私にはお隣さんがいるらしい。
いや、寮である以上隣の部屋に人が住んでいることには何もおかしなことはないんだけど。
ただ、その人を見たことがないのだ。
実際に住んでいる気配はするんだけど、ここ二週間一度も姿を拝めていない。
挨拶しに行った時もいなかったし……。
「賄いさんのお隣さんですか? はぴちゃんです!」
「あ、そうなんだ。確かにここに住んでるっていう話の割に会えたことなかったかも」
というわけで平日の夜。
収録があって夜遅くに食堂へご飯を食べに来たウミナちゃんに話を聞いてみることにした。
「気になっていたのなら、わたくしにも聞いてくださればいいのに」
「賄いはつれないのぉ」
「わたし、賄いさんとは一番絡みが長いですから」
えっへんと胸を張るウミナちゃんが今日も可愛い。
茶々を入れてきたのはテーブルの隅っこで晩酌をしていた扇上紗雪さん、白狐しのぶさんだ。
沙雪さんはよくお悩み相談しているサキュバスのえっちなお姉さん。しのぶさんはホビー配信が人気のほんわかした垂れ目のおねえさん。
最近は朝晩以外にも来てくれる人が増えてきた。
お二人のように晩酌に来る人たちもそうだし、配信の相談や学生組の勉強会もちらほらと見られるようになった。
自分のいる場所が賑やかになるのはとても嬉しい。
嬉しいことだけど、いきなり配信を始めるのだけは心臓に悪いのでやめてくれませんか。そのときはしれっと自分の部屋に消えるから。
私なんかの声が乗っちゃうのは悪いしね。
「うみの同期さんじゃのう」
「海原さんと仲いいですわよね、羽田様は」
「はい、わたしもつきちゃんも大好きです。優しいし、いざというときに頼りになるし。お酒が入ってるときはちょっと困りますけど」
「ふふ、賄いの恋敵じゃなあ」
お二人とも、そこでウミナちゃんの名前を強調する理由はありますか?
「? 恋敵?」
ほら、ウミナちゃんもこうやって首を傾げてるじゃないですか。
というか私の推しに抱く感情は『美味しいご飯を食べてほしい』『幸せになってほしい』であって『幸せにしたい』は個人的な解釈が違うといいますか。
極論、彼女が笑顔になるのならここに立っているのは私じゃなくてもいいと思っている。だからこそ今料理を振る舞えているのが余計に嬉しいというか、本来一生会えることのないはずだった推しと話せるのが恐れ多いというか。
なんていえばいいんだろう。よく分からなくなってきた。
そもそも推しっていう存在ができたのだって初めてなんだ。
そんな私でもてぇてぇの間に入るのは百合の間に挟まる男ぐらい重罪だということぐらいは分かる。
「そういえば最近あやつ、付き合い悪いのぅ」
「今日誘っても来ませんでしたわね。前はよく一緒にお酒飲んでたのに」
「わたしも何度か食堂には誘ってるんですけど、コンビニのお弁当が好きだからって言って来てくれないんです。一緒にご飯食べたいのにぃ」
しょんぼりと肩を落とすウミナちゃん。
「あんまり配信を追えてなくて詳しくは知らないんですよね」
「今ちらっと見てみるかいの?」
「いいですわね」
「あ、じゃあオススメの切り抜きがあるんです! 『十分で分かるシリーズ』なんですけど──」
大丈夫、ウミナちゃん?
それ『(百と)十分』とかだったりしない?
ちょっと不安になったけど、どうやら本当に十分で終わる動画だった。
『えーっと、なんはっへ』
初手から呂律が回ってない&際どい発言をしているんだけど。
ほら、コメントでもツッコミが入っている。
『みんな今日もはぴはぴはっぴー。羽田はぴだよぉ。今日もみんなはっぴー?』
配信の内容はとりあえず酒癖が悪いことと、酒が入ってないときはいいお姉さんだということが伝わってくる。
いや、それはいいんだけど……。
んー?
んんんー?
この声、どこかで聞いたことあるような。
配信とかじゃなくて、もっと身近だったところで。
「……つばさ?」
「賄いさん、知ってるんですか?」
「うん、大学の同期なんだけど……まさかライバーになってたなんて」
あぁ、そうだ。
私の大学の同期、近江つばさだ。
かなり声……というかキャラを作っているから一瞬分からなかったけれど、テンションが昔の宅飲みで一発芸してた時にそっくり。
つばさなら私を避けてる理由も分かる。
だって年下に囲まれてはぴはぴ言ってる自分とか聞かれたくないもんね……。私が同じ状況だったらさすがに表情が変わるかもしれない。
「昔の話とかしてませんでしたか?」
「あぁ、そういえば言っておったな。大学の同期にとても料理が上手いのがおって、今でもその味が忘れられないと」
「連絡を取りづらいとも言ってましたわね」
これまたいい情報を手に入れた。
「こちら情報料の一品、枝豆のしょうゆ煮です」
「やっちゃあ、やりましたわ」
「仲間を売って得るつまみは旨いのぉ」
紗雪さんの無邪気さがギャップ可愛い。
しのぶさんはもうちょっと言い方なんとかなりませんでしたか?
ってあれ、いつもなら一緒に喜んでくれるウミナちゃんから反応がない。
「ウミナちゃん?」
「ふぇっ? な、なんでしょう」
「枝豆嫌いだった?」
「あ、いえ、大好きです! 賄いさんが作る料理ならなんでも!」
……?
調子でも悪いのかな。
季節の境目は体調を崩しがちだし、しっかり私が食で支えていかなきゃ。
いやでもこうなったつばさは頑固だ。
どうにか会える方法はないものか。
……お酒好きなのは変わってないんだよね。
だったら、アレで釣れるかもしれない。
大学時代につばさが大好きだった揚げ出し豆腐で。
◆
賄いをやる上でメニュー決めは結構大事だ。
当日だと食材を全部買おうにも何人分必要か分からないし、私自身の用事でその日に買い出しへ行けないこともある。
ということで一週間のうち平日五日はあらかじめメニューを決めさせてもらっていた。
それを専用のアプリで寮の人たちに知らせ、遅くとも前日までに参加の可否を投票してもらう流れになっている。
これが土日になると勝手が変わって、そもそも日曜日は定休日。
私としては毎日でも良かったんだけど、さすがにそれは止められました。
説得にウミナちゃんは卑怯だと思う。
そして土曜日、今日の夜はフリーデイ。
突発的に思いついた料理やライバーさんたちからのリクエストで作る日となっている。
「バンダナ良しっと」
ということで今日も作りましょう晩ご飯。
調理場の電子レンジではぐるぐると重石を乗せた絹ごし豆腐が回っている。
こうすることで豆腐の中から水が抜け、食感が良くなる。
チンと軽い音がレンジから聞こえてきたら取り出して三等分に切り、小麦粉と片栗粉を混ぜた中へといざダイブ。
軽く白い粉にまみれたところで豆腐の準備は完了だ。
白い衣を纏った豆腐を油の中へと浸していく。
パチパチと弾ける快音に耳を傾けながら程よい焦げ目がついたところですくい上げて小皿にそれぞれ盛り付ける。
その上からしょうゆとみりん、顆粒和風だしを水に溶かしたものを混ぜて上からかけていく。
じゅわりと琥珀色の出汁に油が溶け出し、綺麗な光沢を見せてくれる。
同時にふわっとだしの香りが鼻を掠めた。
あとはこれに大根おろしと刻みネギを乗せて完成だ。
「うん、いい出来」
これでつばさが来なければ、きっと彼女は悔しがるだろう。
でもさすがにこれだけじゃ足りないので、追加で焼きなすとかぼちゃサラダを作りましょう。
揚げ出し焼きなすと油を使ったので、サラダにはマヨネーズを使わず素材の味を活かすようにしてっと。
「ふぅ」
一通り作り終えたところで、天井に向かって息を吐く。
私がここに来て二週間近くかぁ。
気がつけばもう十月も下旬だ。
そろそろ面倒くさがって秋物で寒さを凌ぐのも辛くなってきた。
服出すの面倒くさいなぁ。
そんなことを考えていると、タイミングよく食堂の扉が開く音が聞こえた。
まだ晩ご飯の時間じゃないけど、誰だろう。
待ちきれなくなったウミナちゃんかな?
「お、おいっすー……」
「あ、未成年に混じってはぴはぴ言ってる人だ」
「久しぶりに会ってその言い方は酷ない!?」
いやだって事実だし。
先手必勝しない理由がない。
現れたのは、髪を短く切りそろえたボーイッシュな美女だった。
目元がキリッとしており、可愛いというよりはかっこいい系。
私よりもちょっとだけ高い身長を何度羨んだことか。
ただ、手に持ってる日本酒の一升瓶がその格好良さを半減させている気がしなくもない。
彼女は私と目があうと、観念したようにため息をついた。
「あぁもう絶対にバレたくなかったのに……」
「寮なんだし時間の問題だよ」
「でもほら心の準備とかさぁ!」
「そう言ってずっと準備するタイプでしょ、つばさは」
「そんなはずは! そ、そんなはずは……」
だんだん小さくなる声は、答えを言っているようなものだ。
ということで改めて。
「久しぶり、つばさ」
「はぁ……久しぶり、温」
大学時代の同期、近江つばさと再会の言葉を交わす。
「あぁもう恥ずかしい。呑まないとやってられんわ!」
「まだ時間じゃないんだけど」
「いいからいいから! 温、揚げ出しちょうだい!」
「はいはい」
仕方ないなぁ。
そう思うと同時に、このやりとりに懐かしさを感じてしまう。
メッセージで話してたとはいえ、会うのは半年ぶりだしね。
お互いにメッセだと話しづらいこともあるし。
「ぷはぁ、日本酒とこの味がホント合うわぁ。外はカリッ! 中はふわぁ。これのせいでそこら辺の居酒屋じゃ満足できなくなったんだから、責任取ってよね」
「何も特別なことはしてないんだけど」
「うそぉ、こんなに美味しいのに? いやぁお金取れるレベルだわ」
「じゃあ今度からお金取ろうかな」
「ウソウソウソ、ありがとうございます神様仏様賄い様」
ノリと発言は軽いけど、美味しい美味しいと食べてくれるのは悪い気がしない。
対面に座り、お酒がだいぶ入ったところで気になっていることを聞いてことにした。
「転職したのは知ってたけど、Vライバーになってるなんて思わなかった」
「あー……まぁにぇ。前の会社辞めてすぐはなーんにもやる気起きなくてさ。そん時にライリュの配信を見て、これだって思ったね」
赤ら顔で彼女はちびりとグラスに口をつける。
「誰かを笑顔にする、なんてあたしにぴったりじゃん?」
「つばさらしくていいと思う」
前々……二年ぐらい前かな?
それぐらいから辞めたいという話はちょくちょく聴いていた。
理由は職場の人間関係だそうな。
その頃の私は師匠の店をなんとか残せないかと躍起になってたっけ。
忙しかったとはいえ、こんな面白いことになっていることを見逃すなんて。
「それはこっちのセリフだっつの。名前聞いたときはびっくりしたわ。温には一番知られたくなかったのに」
「私ってそんなに嫌われてたんだ……」
「友だちだからってこと。分かりきったこと言わせんじゃないわよ」
伸びてきた手にむぎゅっと頬を掴まれる。
ちょっと痛いけどこれぐらい粗暴な方がつばさらしい。
「はひふんほ」
「あいっかわらず表情筋硬いわねぇ。もちもちなんだからもっと動きなさいよ」
「人はそう簡単には変わらないよ。キャラは作るかもしれないけど」
「何度もそのネタ擦ってくるんじゃないわよ!」
「ひはひひはひ」
一度離してくれたのに、またすぐに掴まれた。
「なんか温、あたしに対してアタリ強ない? そりゃライバーやってることを黙ってたのは悪かったけどさぁ」
「心配しないで。私怨だから」
「そっかそっかなら良かった。……え、私怨?」
はぴちゃんなら許せた。でもつばさは許せない。
「どっちもあたしじゃんそれ。ひどない?」
画面上の向こうにいるライバーと自分が知っている友人は別物だから。
まぁ半分ぐらい冗談。
残りの半分は明言を控えさせてもらいます。
そんな話をすること数十分。
「すぅ……すぅ……」
「寝ちゃった」
お酒が好きなのにすぐ寝ちゃうところは相変わらずだ。
って、まだまだここに人来るんだけど。
一応端っこの方で座っていたので、あんまり邪魔にはならなさそうなのは不幸中の幸いか。
でも邪魔にならないのと弄りはまた別問題で。
「おーおー、すやすや寝ておるわ」
「やっぱり来てましたわね」
「むにゃむにゃ、ボルドーのワインうめぇ……」
ほら、悪い大人たちがやってきた。
「夢の中でも呑んでるのはさすがですわ。今度の酒クズ配信のネタが一個できましたわね」
「ふふ、そうじゃのう」
しのぶさんがツンツンとつばさの頬をつつく。
その後ろでは呆れ顔の沙雪さんが大きなお胸を押し上げるように腕を組んでいる。
「おんぅ、おつまみ持ってきて〜。よにんぶん!」
「賄いちゃん、呼ばれていますわよ」
「やめてください。彼女、一度それで寝ながら食べたことあるんですから。その後喉に詰まらせて跳ね起きてましたけど」
「それはさすがに『草』というやつじゃな」
いや笑い事じゃないんですよしのぶさん。
あの時はさすがに焦った。
それが救急車を呼ぶ一大事になってから、寝ている時にはつばさの近くに食べ物を置かないという暗黙の了解ができたくらいだ。
……でも、良かった。
色んな人に囲まれて、毎日が楽しそうで。
過去の人間関係に悩んでいた彼女を知っている分、余計にそのことが嬉しい。
「良かったね、つばさ」
いつも感想、評価ありがとうございます。
時折見返しては励みにさせてもらっています。
某キルリレーをリアルタイムで楽しんでいたら、危うく週一投稿を逃しかけた作者です。
こんな配信が見たい、こんな食べ物を使ってほしいなどありましたら、
こちらの活動報告へお願いします。
話を考える際の参考にさせていただきます。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=245624&uid=51890