食生活わるわるVライバーに毎日寮で賄いを作る話   作:冬野ロクジ

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たまにはこんな物語も。


二人きりカニクリームコロッケ

 

 最近、賄いさんとはぴちゃんがよく話している。

 

 とても楽しそうで。

 わたしが見たことのない口調で。

 

 理性が言う。

 まだ一ヶ月だから仕方ない。

 それだけで賄いさんの全部を見た気になるのもおこがましいと。

 

 でも、どうしてこの心はもやもやするんだろう。

 

 二人のことは大好きなはずなのに。

 大好きな二人が仲良くしているのは嬉しいはずなのに。

 わたしの心の奥に夜の海のような冷たさが溜まっているのは何故だろう。 

 

 ……もっと、賄いさんと仲良くなりたいなぁ。 

 

 

「そしたら敬語やめてみたらどうはぴ?

 ほら、何事も形からっていうはぴよ」

「で、でも、恥ずかしくないですか?」

「その感覚はちょっとはぴには分からないはぴね……」

 

 

 

 

 すこやか荘の周りは郊外とはいえ、かなり都会寄りの場所にある。

 商店街も私がお世話になっていたところと違ってまだ活気があり、平日の昼下がりでもほどほどの往来で賑わっていた。

 

「うちの周りもこれぐらい賑わってたらなぁ」

 

 冬の足音とともに冷たい風が頬を撫でる。

 潰れてしまった事実は変わらないから、今更なんだけど。

 

 それに何も悪いことだけじゃない。

 新しい職場でウミナちゃんとも会えたし。

 って、表ではウミナちゃんって言っちゃダメなんだよね。

 

 私が下手にライバー名で呼んで身バレするとか、笑えなさすぎて首を吊りたくなる。

 まぁでも今は気にしないでいいだろう。

 大学で授業受けてる時間だから。

 

 そう思っていたんだけど。

 

「温さん?」

「──朝海ちゃん」

 

 まさか即フラグ回収してしまうとは。 

 向こうも驚いたのか、大きな瞳を意外そうに瞬かせていた。

 

 ふわりとした紺のキャミワンピースに白のブラウスが秋の空気によく似合っている。

 

 手にはプラスチックのドリンク容器。 

 多分中はミルクティーかな。

 彼女はコーヒーが苦手だと、先日の配信で耳にしていた。

 

 こなれ始めた大学生っぽい。

 いや実際に大学生なんだけど。

 私の推しおしゃれしてて可愛いねぇ。

 

 これが後二年すると色々雑になってくるのだろうか。

 だらしないウミナちゃん……見てみたい気もする。

 

 先週はNECCOさんと一緒に歌ってみた出してたし、ちょっと前は夜遅くまでボイスの収録もやってたし。

 それで自分の配信やコラボもやってるんでしょ?

 

 もうちょっと身体に気を使ってほしい。

 まぁそのために私がいるとも言えるんだけど。

 でもさすがに寝る時間まではどうしようもないからなぁ。

 

「晩ご飯のお買い物、です、か?」

「どっちかというとお散歩かな。朝海ちゃんはちょっと早い大学帰り?」

「えっと、それが……ですね。ゼミの日程が変わってるのを忘れちゃってて」

 

 てへ、と舌を出すウミナちゃん。

 

「それとこの近くに──あ、時間! 温さん、これからちょっとだけ時間、ありますか?」

「後一時間ぐらいなら大丈夫だよ」

 

 どうしたんだろう。

 話し方がぎこちないというか、肩肘張ってるというか。

 妙にそわそわしてるしもしかして会っちゃダメなタイミングだった?

 

 大学のお友だちと一緒にいる、にしては一人だし。

 

「紹介したいお気に入りがあるんです! こっち!」

「え、ちょ」

 

 ぎゅっと柔らかくて温かいものに右手が包まれ、ぐいぐいと引っ張られる。

 ま、ちょ待って。状況が思考に追いつかないから。

 

 推しというものができたことも初めてなわけですよ。

 いわゆる初恋なんです。

 

 普段はほら、他の人の目もあるから抑えられてるけど、二人きりだと割とやばい。

 理性とか襲うとかそういうんじゃなくて緊張がやばい。

 

 スキンシップとかそういう女の子コミュニケーションへの耐性が限りなくゼロに近いんです許してください。

 

「こんにちはー!」

「あらあら、いらっしゃいお嬢ちゃん。これまた美人さん連れてきたねぇ」

 

 半ばパニックになりながらも手を引かれてやってきたのは、商店街の端っこにある小さなお店だった。

 白い湯気とともに香ばしい匂いが鼻をくすぐってくる。

 お店の端々にこびりついたくすみが、この店の長さを物語っていた。

 

 裏路地のさらに奥、自分で歩いていたら目に留まらなかっただろう。

 

 お店の中ではおばあさんが柔和な笑顔で出迎えてくれる。

 

「いつものかい?」

「はい!」

 

 ホクホクと湯気の立つコロッケが二つ、紙に包まれて手渡される。

 私は財布を出そうとしたウミナちゃんを手で制した。

 ついでにしれっと繋がれてた手を解いた。

 

「ここは私が払わせて」

「え、でも……」

「いいからいいから。ね」

 

 さすがに年下に払ってもらうのはちょっと立つ瀬がないというか。

 こういう時ぐらい見栄を張らせてほしい。

 

「えっと、その、ありが、ありがとうございませ」

 

 また変な話し方になってる。

 もしかして話しづらいとか?

 私何かしたっけ……。

 

 疑問に感じながらも、されど口に出すことはできず。

 とりあえず表のベンチに座って頬張ることにした──

 

 サクッとした衣を破れば、とろりとしたクリームが舌に絡まってくる。

 ミルクや玉ねぎの甘さとカニの塩っけのある風味が溶け合い、口の中に海を作り出していた。

 そこへさらにちょっとふやけた衣も参戦していい刺激になっている。

 

 ウミナちゃんがお気に入りにするだけあって、濃厚な味わいがクセになりそうだ。

 

「美味しいね」

「おいひいれふほへ!」

 

 美味しそうに食べるウミナちゃんは見ていて気持ちがいい。

 けど、話すなら食べ終わってからにしようね。

 

「美味しいですよね。やってる時間が結構シビアなんですけど、時間が合う時はいつも寄らせてもらってるんです!」

「寄りたくなる気持ち、分かるな」

 

 楽しく話している間に、手元のコロッケは姿を消していた。

 二人きりでこういう風に話せるのも嬉しいけど、そろそろ帰らないと。

 

 結局、ウミナちゃんがぎこちなかった理由は分からなかった。

 まぁコロッケ食べてたらそれもなくなったし、気にしなくて大丈夫かな。

 

 そう思ってたんだけど。

 

「あ、あのっ!」

「朝海ちゃん?」

「えっと、その……あぅ」

 

 え、何。そんなに言いづらいこと?

 もしかして私、何かおかしいところでもあった?

 シャツが前後ろ反対とか靴下が左右で違うとか……。

 

「ゆっくりでいいよ。私は逃げたりしないから」

 

 嘘ですとても逃げたいです。

 でも、自分で分からない以上、とにかくウミナちゃんの言葉を待つほかない。

 それにほら、推しの前では頼れる大人でいたい。カッコいいところを見せたいと思うのはおかしなことだろうか。

 

 ぎゅっと胸の前で手を握りしめて彼女は言う。

 

「今日はありがと、温さん」

「どういたしまして」

 

 なんだ、お礼が言いたかっただけか。

 そんなの全然いいのに。

 

「……うみゅみゅ」

 

 ってあれ、なんだか反応が悪い。

 むすっと唇を尖らせて、なんだか拗ねているみたい。

 やっぱり私何か悪いことした?

 

「温さん、帰ろ?」

「うん、そうだね──」

 

 あれ、今……。

 ふと違和感に言葉を止める。

 持ち上げかけてた腰も止まる。

 

「朝海ちゃん?」

「ど、どうしょば、温さん」

「普段が敬語だからちょっと驚いちゃって」

「あう……やっぱりおかしいですか?」

「ううん、どこも。でもなんでそうしようと思ったのかは気になるかな」

「それが……」

 

 ふむふむなるほど?

 私とつばさがよく話しているのが気になって。

 それで、つばさの時と同じぐらい私と仲良くなりたいと。

 

 え、え?

 私どういう反応すればいいの?

 

 えっと、私と仲良くなりたいと思ってくれたわけで。

 そのために言葉使いを変えてくれたわけで???

 

 ダメだ自分の中のコミュニケーション経験値が少なすぎる。

 つばさー! 助けてつばさー!!!

 

 なんてコミュ強の友人を呼んでも来てくれるわけがなく。

 でも顔を真っ赤にしているウミナちゃんをこれ以上待たせることなんて出来なくて。

 

 色々と限界が迫った私は、ギリギリの理性だけを掴んで全てを投げ捨てた。

 そっと、耳元に顔を近づける。

 

「ありがとう、ウミナちゃん。私ももっと仲良くなりたいな」

「……えへへ、嬉しいです」

 

 どきり。

 いつもの無邪気さと少し違うその表情は、いつもより大人っぽく見えた。

 




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