食生活わるわるVライバーに毎日寮で賄いを作る話 作:冬野ロクジ
そうして来たるお昼時。
食堂には私とNECCOさん、そして彼女のマネージャーである男性の姿があった。
急な発案で色々と根回しに走り回っていたのか、眼鏡をかけた壮年のマネージャーさんの顔にはすでに疲れが見える。
「NECCOさん、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫やって!」
「すみません、突然こんなことになってしまって……」
自信満々なのはいいことだけど、不安要素しかない。
マネージャーの男の人も深いため息ついてるし。
普段から苦労しているんだろうか。
「もしもの時は私がお手伝いに入っていいんですよね」
「お願いします。タイミングはこちらで出しますので……こうなった彼女は、するようにさせておくのが一番安全なんです」
「心配性やなぁ。賄いさんの手を借りんでもなんとかなるわ」
安全ってなんですか、安全って。
とりあえず私のヘルプがいらないことを祈るばかりだ。
できるだけ配信に映りたくない気持ちは変わってないけど、もしそうなったら背に腹は変えられない。
……結果だけいうと、配信開始十分でヘルプが入りました。
◆
【作業配信】カレー作るでー【NECCO/ライブイリュージョン】
「よっしゃ、じゃあ材料切ってくでー!」
“いやその持ち方はダメだって”
“いつかケガしそう”
“怖い怖い”
コメントが阿鼻叫喚だ。
うん、焦るよね。私も焦った。
お米を研いでる間はよかったんだけどなぁ。
鉛筆を持つように包丁を持ってニンジンを剥き始めたところで、マネージャーさんから泣きが入った。
そういう持ち方もあるけれど、ことカレーにおいては適さない。
NECCOさんは普段ペンを使って作業することも多いから、そっちが身に染みついちゃっているのだろう。
というか傍にピーラーを出してるんだから使ってください。
さて、お仕事をしましょうか。
「ちょっと待ってください、NECCOさん」
“お?”
“誰?”
“聞いたことない声だ”
「賄いさん、大丈夫やってゆーてるのに」
「その持ち方だと指を怪我しちゃうかもしれません。気をつけてもやっちゃう時は一瞬なんですから」
「むぅ、それは嫌やな」
“賄いさんきちゃ!”
“勝ったな、風呂食ってくる”
“マジで誰? 知らないんだけど”
「皆さんはじめまして。V寮で賄いを作っている賄いです。普段は名前の通り皆さんにご飯を作っているんですけど、今日はスタッフとしてNECCOさんのお手伝いにやってきました。短い間ですが、よろしくお願いします」
カウンターに乗っているパソコンの画面に向けてぺこりと頭を下げる。
立ち絵も何もないからあっちに様子が伝わるわけじゃないけれど、挨拶は大事だと偉い人も言っていた。
「どうすればええんや」
「まず前提として、包丁を使うよりもピーラーを使ったほうが早く剥けます。包丁はあとで使いますから、今は置いてください」
「でも包丁使うた方がカッコええんちゃうの?」
今はそれどころじゃないです。
なんとかピーラーを使ってもらい、そっちにかかっている間に私はじゃがいもに手を加えることにする。
といっても彼女の仕事を取るわけじゃない。軽く電子レンジで温めるだけだ。
こうすると皮が剥きやすくなるので、カレーだけじゃなくて肉じゃがやポテトサラダを作る時もよくやっている。
「よっしゃ、できたで!」
「おつかれさまです。綺麗にできましたね」
「いやぁ、気持ちええわ。次は何すればええんや?」
「ではじゃがいもの皮むきをしましょう。温めておきましたから、手で簡単に剥けるはずです」
「よっしゃ任せとき!」
そんな感じでNECCOさんに皮を剥いてもらっている間に次の食材の下ごしらえをして、たまに例を見せながら。
一通り皮が剥けたところで、先ほど棚に上げた包丁フェイズへとやってきた。
とりあえず握り方を教えて……っと、そうだ。
「猫の手って知ってますか? 包丁を持つ反対の手で野菜を押さえる時の形なんですけど」
「あーそんなんもあったなぁ」
「こんな手です。にゃんにゃん」
にゃおんと招き猫のポーズ。
NECCOさんも真似してくれた。
“かわいい”
“にゃんにゃん”
“俺もにゃんにゃんしたい”
「にゃん?」
「そうそう、それをそのまま人参にあてて、指の第二関節を超えないぐらい。包丁を軽く押す感じでにゃんにゃんにゃんと」
「にゃんにゃんにゃん」
「上手いですね。ここまで綺麗に切れる人はなかなかいませんよ」
「にゃんと!」
とんとんとん。
声に合わせてニンジンがスムーズに切れていく。
すごい、慣れないと力が入りすぎちゃってぎこちなくなるのに。
「うし、じゃあこれを鍋に入れればええんやな!」
「あ、先にお肉を入れましょう。順番が大事です」
「なんでや?」
「後からお肉を入れると、生臭さがついちゃうこともあるので」
「うへぇ、それはいややな」
炒める時は中火ぐらいでいいですよと言うのも忘れない。
予想通り火は大きい方が通りがええんちゃうんか!? って驚いてたので事故を未然に防げてよかった。
じゅうじゅう、じゅうじゅう。
最初は動きがぎこちなかったNECCOさんだが、飲み込みが早いのか料理自体はサクサク進む。
私の内心は常に何かをしでかさないかとハラハラだけど。
“お腹空いてきた……”
“レトルトあったっけな”
“今日の晩ご飯はカレーにするか”
肉と野菜が焼ける音が配信越しにも伝わっているようで、着弾者が多数見られている。
「そういえば飴色ってよう言うけど、あれってわざわざする必要あるんか?」
「するとしないでは結構変わりますよ。カサが減るのもそうですし、何より料理の香ばしさが増すんです」
そんな会話をしながらも工程は進んでいく。
水を入れて、沸騰させて、弱火にかけて……。
ふぅ、後はこのまま灰汁を取って、ルーを入れて煮込むだけ。
私の出番ももう終わりかな。
よかった……やっと気を緩められる。
そう思った矢先だった。
「あ、そうや」
冷蔵庫がNECCOの手によって開かれたのは。
そちらを見ると、飲み物らしき紙パック。
ずっと慣れないことをしていただろうし、喉でも乾いたのかな?
そう思ったのも束の間、彼女はカレーの鍋に向けて紙パックを傾け──
「って、NECCOさん!? 何を入れようとしてるんですか!?」
「うおっ、自分すごい声出たな。何ってりんごジュースやで。なんか調べたらりんご入れるのが旨いっちゅうの思い出してな」
「い、いい考えだと思います。けど今水分を入れると過剰になっちゃいますから。入れるなら擦りりんごにしましょう。冷蔵庫の中に朝ご飯の時に使った余りがありますから……」
“なんかもううちの猫がすみません…”
“賄いさん頑張って”
“今日一で悲痛な声を聞いた気がする”
私も今日一で声を出した気がする。
いや、まさか急に紙パックを取り出した時はどういうことかと思った。
しかもあれ、ちょっとどころじゃなくて思いっきり傾けそうな勢いだったし。
「こんなにちょっとでええんか?」
「あまり入れすぎるとりんごの主張が強くなりすぎちゃいますから。あくまでもメインはカレーですので……」
「なるほどなぁ」
なるほどなぁじゃありません。
最後の最後まで目が離せない配信になりそうだ……。
あんまり目立ちたくないのにぃ。
まぁでも。
「お、ええ匂いしてきたわ!」
楽しそうにはしゃぐ小さな姿にこっちまで楽しくなる。
それだけで今日ここにいた甲斐があったなと思うのだった。
まさかカレーネタを投稿する日に箱のカレー配信があるなんて誰が思うだろうか。
次回、実食編。