映画「モスクワ大攻防戦」を見ていた時にふと思いついたので書いてみました。色々と粗いでしょうが、最後まで読んでくださると嬉しいです。

1 / 1
白銀の地で

白い、辺り一面どこも白かった。

 

空も雲に覆われて白く、森林が無ければ地平線との境目が分からなくなりそうだ。

 

吐く息がまた白い。数か月前までは緑が顔をのぞかせていた雪原に混ざって消えていく。

 

今日まで自分はライフルを手に侵略して来るファシストと戦うのだと思っていた……のだが

 

「砲の訓練は受けていない筈なんだけどなぁ」

 

向けた視線の先には、傾斜のついた防楯を装備する53-K 45mm対戦車砲が鎮座していた。

 

 

戦争が始まったと知らせるラジオ放送を聞き、友人と一緒に赤軍へ志願した。

 

訓練の時間を短縮され、戦友たちと共に“一歩も下がるな!”と声にして最前線へと向い。もはや道と呼べなくなった泥道を歩いて進んだ。

 

防衛線の塹壕に入るなり指揮下に入った中隊長の大尉――同志政治士官曰くスペイン帰りらしい――から“この中で射撃の成績がいいのは誰か”と聞かれ、私はすぐに自分だと答えた。射撃の成績はトップだったからだ。

 

大尉についてくるよう言われ後に続くと、そこには二門の対戦車砲が置かれており、大尉自ら砲の操作の説明を受けた。そして私は歩兵ではなく砲兵になった。

 

前の戦闘で前任の砲手が負傷し、代わりである砲手の補充が追い付いていないと言う事が理由とのことだ。

 

 

「どうした、新兵。不安か」

 

そこには大尉が居た。どうやら独り言が聞こえたようだ。

 

「同志大尉。いえ、別にその様な――」

 

「構わん、いきなり配置換えで砲手になったんだ。無理もない」

 

「ハッ、正直言って不安です」

 

「最初は誰もが不安になる。なに、敵を狙うことには変わりはないんだ。言われた通りにやればいい」

 

「ですがライフルとコイツじゃ勝手が違います。自分にできるかどうか…」

 

「“できるかどうか”…か、つくづくあの時の様だ」

 

「あの時とは?」

 

「似たようなことを言った奴が居てな、スペインの内戦でだ」

 

「そうなのですか?」

 

「ああ、内戦の終わるころだった」

 

すると大尉はポケットから取り出した煙草に火をつけて一服してから語り出した。

 

「状況は最悪だった、ここよりもな。なんせ士気も最低でろくな装備もなく、戦力も足りていなかった」

 

苦り切った表情で大尉は口にした。口調からも怒気が隠せておらずどれほど過酷なものだったかを物語っていた。

 

「その時若い兵士数人がやって来た。共和側の同志で部隊が壊滅し散り散りになり、命からがらたどり着いたんだ。そして一緒に戦わせてくれと言ってきた。我々はそれを承認した。さっきも言った様に戦力が足りていなかったからな、そしていざ戦闘に入ったら中々射撃が上手い奴がいた。合流した若い兵士の一人だった――丁度お前さんぐらいだったな」

 

大きく吸い込んだ息を口から吐き出し、白い息が雪の大地に消えていく。

 

「反乱軍はファシストの戦車まで持ち出して来やがった。お陰で対戦車砲の砲手も戦死してしまった、それで俺は賭けに出た。その若いのに砲手をやらせたんだ」

 

砲弾と銃弾の飛び交う中で説明するのは肝が冷えたがな、とこの人はクックックッと笑った。

 

「で、撃たせてみたらなんと四発目で命中させた。そこからは面白いほど当たってな、奴らは尻尾を巻いて逃げして俺は賭けに勝って戻れた訳だ」

 

痛快な面持ちで大尉は語る。この人の脳裏には今まさにその光景が映し出されているのだろう。

 

「彼はその後どうなったのですか?」

 

「わからん、撤収時に我々と来るかと聞いたがそれを断ってな。今も無事ならいいのだが……」

 

そう言って大尉は対戦車砲の防楯に左手を当てながらそのスペイン人の無事を案じた。

 

「これは俺の直感で決めたことだが安心しろ。これでも人を見る目はあるつもりだ……まあ、たまに失敗するが」

 

最後で一気に不安になること言わないでくださいよ……

 

 

「同志中隊長! 同志中隊長!!」

 

突然、大声で大尉を呼びながら兵士が走って来た。共に志願した友人の一人だ。

 

「どうした!」

 

「司令部から通信です! ドイツ軍がここに来ます!」

 

肩で息をしながら親友は告げた。ドイツ軍が来る――それは遂に戦闘が始まる事を意味していた。

 

「よし! お前はそれを他にも知らせろ!」

 

「わかりました!」

 

親友が塹壕を伝って走っていく、周りはまだ動けないでいた。

 

「聞こえたな?戦闘配置だ、全員持ち場につけ!」

 

発破をかけられた皆は一斉に塹壕へ飛び込んだ。ある者はクリップに束ねられた銃弾をライフルに押し込み、ある者は水冷式機関銃に飛びつきコッキングレバーを奥に押し込み弾を装填する。

 

「同志大尉、私は彼の様にやれるでしょうか」

 

「それをこれから証明するんだ。我々の為にも、自分の為にもな」

 

大尉は私の肩を叩き、それから周りを勇気づけながら指揮を執る場所へ歩いて行った。

 

すぐに砲兵達がやって来た。彼らは素早く戦闘準備に掛かり、自分も担当の照準器を覗き込む。

 

「同志諸君! 我々の背後にはモスクワが、多くの人民たちがいるのだ! ファシストを撃退し、赤軍の模範を示せ!」

 

大尉から代わる様に政治士官が周りを鼓舞した。

 

砲兵よ、正確に狙え!

 

照準器越しに眺めた自分は、ある歌の歌詞を思い浮かんだ。戦争が始まる前のだが、その時はまさか自分がこの立場になるとは思っても見なかった。

 

ゆっくりと言われた通りにハンドルを回して予想される地点に照準する、装填手によって徹甲弾が砲尾に押し込まれた。

 

これで戦闘準備は全て整った。

 

だが奴らの戦車は姿を現していない。

 

あのスペイン人の彼はなにを考えていたのだろうか、それはわからない。だが一つわかるのは、敵を撃退できなければ死ぬだけだ。生き残れば彼の様に戦えた事の証明となって、なにを思っていたかがわかるのだろうか?

 

白い大地はこたえない、それどころか油断すれば自分がこの白銀の地に溶けて永遠に消えてしまうだろう。

 

かつてこの地を踏みしめて斃れた者達と同じ様に。

 

そうならない為にも我々は退かない、一歩もだ。

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。