#イデア版ワンドロワンライ 参加。使用お題:「星送り」
星に願いを、君に祈りを。明日の星図を楽しみに待っている。英雄は夜天にて輝き、凡庸なるものは地下にて眠るのなら、きっと星になれただろう人を送るケイト・ダイヤモンドの話。ユニーク魔法の完成度が上がりすぎて本体を見失った地下へ行くものの極致であるケイト・人工ダイヤモンド(スプリット・カード)と魂を兄が連れて逝った後にも動き続けている死後の行き先のないオルト・シュラウド。魂なき二人の「人間」。※シュラウド兄死んでる※ケイト先輩のユニーク魔法が超進化を遂げてる※リズミック無理すぎて初期ガチャ前に投げた実質未プレイ民が書いてる※ワンライをワンデイライティングの略だと思ってる人間が書いてる※イデア版ワンライなのにイデア・シュラウド死体しか出ないのどうして??

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君に祈りを

 ケイト・ダイヤモンドがかつてのクラスメイトの葬儀の場についた時には、すでに太陽が地平に姿を隠そうという頃だった。歓喜の港からの船に乗り損ねてスマホに入っている連絡先に端からSMSを送る羽目になったのだから、その日のうちにたどり着いただけ良しとすべきなのかもしれないが。

 

「ケイト・ダイヤモンドさん、来てくれてありがとう」

 あらかじめ言われていた通りいつもの明るいオレンジ色で頬のダイヤ(スート)を描いてきたケイトにそう声をかけたのは、胸郭の炎を失ったオルト・シュラウドだった。ケイトが学生だった頃から、デザインこそ多少の変化が見られるものの(おそらく機能の面ではケイトでは想像もつかないほどの進化を遂げているのだろうが、少なくとも見た目の上では)、その胸元以外には変わりのない姿の少年だった。

 

「オルトくん?イデアくんのところにいなくていいの?」

 

 太陽(ヘーリオス)を発電所へ押し込め、(セレネー)の純潔を踏み荒らし、鰭持たぬ身で海の深淵(トリトーン)まで潜り、(ニュクス)をブルーライトで照らしあげる。魔法を定式化し、怪奇現象の条件を確定させ、魂と生命とのありかを数式によって書き記す。この十五年間というもの、神秘の解体の最先端には常に異端の天才(イデア・シュラウド)がいて、その傍らには常に科学の申し子(オルト・シュラウド)がいた。

 

「兄さんの身体への挨拶はとっくにしたし、それに兄さんの傍には魂の僕がいるから」

 そして、今もそうなのだと、永遠の少年は語った。

 

 魂がなくても彼は動くのか、とケイトは驚き、そして納得した。異端の天才、「あるいは魔導工学(げんだい)のプロメテウス」。彼の兄はそう呼ばれている。人と紛うばかりのオルト・シュラウドの「心」は、真正、イデア・シュラウドの作り出したものだったのだろう。人と紛うばかりの、彼の機体(からだ)と同等に。

 

 今日のこの日に嘆きの島を訪れたケイト・ダイヤモンドが魔法の産物であるように、ここで微笑むオルト・シュラウドは工学の産物だ。

 

 このケイト・ダイヤモンドは実体ある幻影だ。二段階目の舞い散る手札(スプリット・カード)人間(ケイト)の手による作り物のダイヤモンド。1500℃5GPaの中で合成される透明な結晶と同じような、量産性のある人間。オルト・シュラウドとの差異は自己魔力の有無くらいだろうか。

 

「兄さんの希望で、兄さんに会うのは一人ずつなんだ。ケイト・ダイヤモンドさんも並ぶ?」

 

 ケイトはイデアの天才性を知っている。その三十年と少しの生の後に残された綺羅星のように輝く功績を、誰にも追いつけなかった宝石よりも眩い奇跡の数々を、僅かなれども知っている。

 

 倫理と法に誰より立脚するものとして法曹界に君臨するリドル・ローズハート。「上は雲上から下は冥界まで」をキャッチコピーに海中へ資本主義を持ち込んだアズール・アーシェングロット。表立っては語られないが、夕焼けの草原の近代化を推し進めるレオナ・キングスカラー。この二十年以上芸能の第一線から引いたことのないヴィル・シェーンハイト。慈悲深きもの、恵みの擬人化、カリム・アル=アジーム。そして、魔法を技術から機能に落とした男、イデア・シュラウド。

 

 この惑星(ほし)の底を暴き、天の彼方の衛星(つき)恒星(たいよう)に手を伸ばせるまでに重力工学の歴史を推し進めた彼は、きっとマレウス・ドラコニアよりも長く歴史に名を残すだろう。ケイトが生まれたときにはまだこの世の神秘の一欠片だった魔法を家電の機能の一つにまで落とし込んだ彼は、神のものだった奇跡を人の手の中まで墜とした彼は、逆説的に神の一端に加えられて然るべきだろう。かつて医薬でもって死者を引き戻したアスクレピオスのように。

 

 その彼は今、白い布に包まれて灰まで焼かれるのを待っているはずだ。

 

「じゃあ、お願いしよっかな。あ、スマホ預けた方がいい?」

「そんなことしないよ。マジカメに写真が投稿されてたら消しちゃうかも知れないけど……」

 ここにきたことを、ケイト・ダイヤモンドが知っていればそれで十分なはずだ。あとは言葉を濁せばいい。それに情報の共有手段は、公共の目に触れる場所だけではない。

「けーくんもそこまで非常識じゃないって」

 まるで学生時代のような口調と一人称でもって、オルトの言葉を笑い飛ばした。このケイトが知っているだけの時代のように。もしかしたらこのオルト・シュラウドも知識としてしか知らないのかもしれない、けれどケイト・ダイヤモンドとオルト・シュラウドが確かに共有していた時代のように。

 

 今を生きる「ケイト・ダイヤモンド」が、少なくとも十人はいるのを、知っている者はケイト自身だけだ。今このとき正確に何人いるのかは、ケイトたちのうちのどれも知らないだろう。舞い散る手札(スプリット・カード)は階層を追うごとに指数関数的に持続時間が落ちる。三段階目のカードが使えばなんとか十分はケイトのままだが、その次なら五秒と保たない。少なくとも、この二段階目の人工ダイヤ(ケイト・ダイヤモンド)が造られた時点ではそうだった。

 

 ケイト・ダイヤモンドの「第零段階」が天然石であるかどうか、実のところケイトは疑っている。人工石と天然石を峻別するのは来歴であって、結晶そのものは何も語らない。ケイトも、自分が何段階目かを、否、手札(カード)がユニーク魔法を使えること自体を、言うつもりはない。

 

「この中だよ」

 遺体の安置されたテントには屋根も明かりもなかった。本当に外との視線を切るだけのものらしい。大人数に顔を覗き込まれるのを必死に拒否するイデアが目に浮かぶようで、ケイトはなんだか可笑しくなってしまった。

 

 すっかり日は沈み、月明かりと星が空を覆うようになっていた。イデア・シュラウドがいるこの場所にモニターの一つもないのを奇妙に思う。あの、青く燃える魔力は、僅かに、本当に僅かにだけ残っていた。魔力の残滓が燃えるその髪は、ケイトの指の幅ほどもない。目元の青が、記憶の中のそれと違う色のように思って、ケイトは顔を近づけた。その青は、唇がその内側から色付いているのとは対照的に、アイシャドウで塗られていた。

 

 イデアが、ナイトレイブンカレッジで一寮を任されるような魔法士が、なぜあれほど魔法を嫌っていたのか、ケイトは知らない。イデアはいつだってケイトを突き放して、たとえば食事をする姿でさえ、無理矢理に同行させなければ見せなかった。ただ、こうしてイデアの亡骸を見れば、その恐怖と不信とは決して所以のないものではないということだけは確信できた。ケイトも相応に力ある魔法士であるから理解できる。この体は、人間よりもむしろ人魚や妖精族に近しいものだ。魔力だけでできたケイトよりは実体に近いけれど、ケイト・ダイヤモンドよりもこのケイトに近いものだ。

 

「さようなら、イデアくん」

 このケイトが死んだとして、ただ魔力痕として残るだけだろう。けれど最初のケイト・ダイヤモンドが死んだとしても、きっとケイトはイデアと同じ場所には行けないのだと思う。それは一種、安堵と祈りだったのかもしれない。人間としてのケイト・ダイヤモンドも、共通幻想としてのケイト・ダイヤモンドも、そのどちらでもないこのケイト・ダイヤモンドと同様に、辿り着けない場所があることへの。

 

 英雄は伝令神ヘルメスに連れられて天上に、凡夫は死たるタナトスに連れられて地底に。死者がそのように分けられるとすれば、イデア・シュラウドは誰よりも空に昇る資格があるだろう。きっと連星だ。最期まで、兄に付いて逝ったオルト・シュラウドと隣り合って、引き合って、あの髪のように104Kの炎を燃やしているはずだ。

 

 ケイトは、炭素単結晶(ダイヤモンド)だ。地中で生まれ、飾るために磨かれ、やがて付加価値を失ったその時に地へ還るものだった。輝石の国のダイヤモンドに生まれついた女たちが今でもそうであるように。けれど、ここで眠るように目を閉じている男には、きっと天然石の指輪よりもダイヤモンドカッターの方が余程馴染みがあるだろう。粉末状の微小な人工結晶の方が、0.2g単位で計測される輝きよりも、余程近しい物だったろう。イデア・シュラウドは、ケイト・ダイヤモンドよりも舞い散る手札(スプリット・カード)に、代替可能な人工物に、安心感を覚える人だったのだと思う。

 

 いつかこのケイトが、あるいは天然ダイヤ(ケイト・ダイヤモンド)が、そしてその先のいつかに人工ダイヤ(スプリット・カード)の最後の一つが、死ぬ日には、どんな星が空に瞬いているだろう。今日とは違う星が浮かんでいるといい。二つか、あるいはもっと。

 

 パシャリ、と夜空の写真を一枚撮って、マジカメに上げる。#さよならイデアくん#魂の昇る先#明日の空には双子星が増えてるかも?



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