私も君も、ドル箱みたいな特別な人。

だから、雨の降る今日くらい、唄ってみない?

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電話口じゃなくて、君の声を聴いていたい

 子供のころ、車のドアガラスを斜めに伝う雨を指でなぞるのが好きだった。

 風に吹かれても表面張力みたいな感じで、必死に震えながら引っ付いているのが、なんだかすごくかわいらしくて。でも、後からやってきた雨粒と合体すると、重たくなってつーっと縁まで流れていく。

 

 ドアガラスだけじゃない。

 傘の骨の先端にある突起みたいなのに垂れているのとか、雨どいのから溢れているのとか。

 

 私はいつだって雨が降るたびに、流れ落ちていく雫の姿を探していたような気がする。

 

「楽しかったの?」

「ううん。よく分かんない」

 

 楽しかったのかな?

 なんか、そういう表現をするのは似合わないような気がする。

 

 私のそれは、習性いうか。本能というか。遺伝子に刻まれている預言みたいなものだったと思う。

 

「ふーん……」

「興味なさそうだね」

「ないっていうか、よく分かんないなって」

「そりゃそっか」

 

 私だって分かってないんだもん、君に分かるわけないか。

 

「でも、意味があるとか、楽しいとか、そんな理屈を抜きにしてやってることがあるっていうのは、俺にも経験あるよ」

「そうなの?」

「まあね」

 

 君はそう言って、スマホを取りだした。

 

「俺さ、これ買ってもらったの高校からなんだよね」

「みんなそんなもんじゃないの?」

 

 人によっては小学校のころから持ってるかもしれないけど、別に中学からだって高校からだって、そんなに差があるような気はしない。

 私だって中学の途中からで、でも別に高校から買ってもらったとしても、そんなに変わらなかった気がする。

 

「これ自体は別にどうでもいいんだ」

「どうでもいいんだ?」

「うん。……そもそもさ、電話する相手とか、いないじゃん?」

「……寂しいね」

「いや、そうじゃなくって」

 

 彼はちょっと苦笑した。

 

「学校で喋ってるのにさ、家に帰ってからも喋ろうって感じにはならないでしょ?」

「確かに」

 

 私も君も、そういうのを煩わしく思っちゃうタイプだ。

 

「そしたら話し相手って、家族しかいないわけ」

「ご飯作っといてー、みたいな?」

「今日帰り遅くなるよー、みたいな」

 

 それは結構、大事な話じゃない?

 

「そうでもないよ」

「そうなの?」

「そうなの」

 

 いつになく神妙な顔をするから、ちょっと笑っちゃう。

 

「スマホなんて無かったころはさ、家の鍵とメモが郵便受けに入ってるの」

「あー」

「だいたい学校帰りに買い物頼まれたって寄り道したら先生に怒られるんだから、家に帰ってから行くわけじゃん」

「ポイントカードもないしね」

「そうそ。だから、親からの連絡なんて家に帰ってからメモを見たら全部分かるわけでさ、本当はスマホなんかなくたってやっていけるんだよ」

 

 なんだか、文明にてーこーしてるようなことを言う。

 

「じゃあ、なんで買ってもらったの?」

「便利だったから、かな」

「べんり」

「便利」

 

 とっても分かりやすい。

 

「それで、話戻すんだけどさ」

「うん」

「親から俺に連絡するときはそれでいいけど、俺から帰る前に連絡したいときは困るわけじゃん」

「そうだね」

「だからさ、テレカ使ってたんだよ」

「テレカ?」

 

 上手く変換されない。

 

「テレフォンカード」

 

 ああ、なるほど。

 公衆電話だ。

 

「でも、公衆電話って今でもあるの?」

「今はあんまりないね」

 

 なんか、詳しそうじゃん。

 

「それなんだよ」

「それ?」

「俺がついつい探しちゃうもの」

 

 君の話がやっと本題に戻ってきた。

 

「あの頃は駅とかスーパーとか決めて使ってたから探したりなんてしなかったけど、スマホを使うようになってから、公衆電話を探しちゃうんだ」

「使わないのに?」

「うん」

 

 いきなりスマホが使えなくなる場面なんて滅多にないだろうし、なったところで公衆電話よりもコンビニで充電器を買った方が早い。

 

「おまけに、最近は公衆電話よりも、公衆電話のあった跡ばっかり見つかるんだよね」

「そんなのあるの?」

「あるよ。ほら、あそこの荷物置きっぽいのとか、あそこのタイルが妙にきれいなのとか」

「あー、ほんとだ」

 

 そんなの言われるまで気が付かなかった。

 

 でも、そういうものだし、そういう話だもん。

 理屈で探しているわけじゃないし、普通の人は意識してみたりなんかしてない。

 

 ガラスの向こうにある流星群も、公衆電話の残していった足跡も、私や君の根っこで眠っている夢みたいなものだ。

 意味も理由も必要ない。

 

「他の人にもあるのかな? 私達だけかな?」

「誰にだってあるんじゃない? ほら、家まで石を蹴って帰るみたいなさ」

「あー」

 

 ありそう。

 

「別に、俺達ってクラスにはあんまり席ないけど、普通じゃないってわけじゃないじゃん」

「ただグループに向いてないってだけだしね」

「だから、きっと、他のみんなだってこんな感じだよ」

 

 雫を探すのは私だけ。

 受話器を探すのは君だけ。

 

 私達はみんな特別で、みんなが特別っていう服を着ているから、半周くらい回って普通になっちゃう。特別な人達の集まりになっちゃう。

 

「いいね、そういうの」

「そう?」

「うん、才能あると思う」

「えー、詩人にでもなろっかな」

 

 君に褒められることなんてあんまりないから、すごく嬉しい。

 

「あー、でもさ」

「なに?」

「雫って、今でも探してるの?」

 

 それは──

 

「探してない、かな」

 

 君がスマホを持つまで公衆電話を探していなかったように、私も今は雫を探したりはしていない気がする。

 

「都会のけんそー、みたいなやつのせい?」

「うーん、なんか違う気がする」

 

 私がそれを探さなくなったのはいつだったかな?

 少なくとも、最近は探してない気がする。

 

「まあ、探してたら分かるか」

「え? なんで?」

 

 全然分かんなかった。

 

「だってさ、俺って隣の席じゃん?」

「うん」

「おまけに、そのさらに隣って窓じゃん?」

「うん」

 

 …………あ。

 

「もし雨が降ったらさ、いっつも俺の方を向いてるってことでしょ?」

「確かに」

 

 …………そっか。

 

「ねぇ」

 

 私さ、分かっちゃった。

 

「喉乾いたんだけど、なんかジュース買ってこない? ぼちぼち電車来るでしょ?」

「あれ? もうそんな時間?」

「うん」

 

 時計を見れば、君の電車が来る時間が迫っている。

 

「じゃあ、買いに行くかー」

「おー」

 

 教室と一緒で、君の隣を歩いて自販機に向かう。

 

「ふふっ」

 

 私は、雨が降ったら君の方を向く、なんて預言はされてない。

 だって私は、いつだって君の方を向いているから。

 

「楽しそうじゃん」

「まあね」

 

 なんとなく教室の隅っこにしか居場所がなかったとか、そんな理屈なんて必要なかった。

 

 私は理由もなく君の方を向いていた。

 雫の代わりに君の姿を探していた。

 

「何飲もうかなーって」

 

 理由や理屈がないっていうのは、半分だけ正解だったんじゃないかって、今思った。

 

「ねぇ、おごってよー」

「え? ……何飲みたいの?」

「考えてなかったー」

「えー?」

「自販機行ってから考えるー」

「電車の時間あるから、早く決めてくれー」

「がんばるー」

 

 私は今、新しい特別に気付いてしまった。

 

 雫を探すんじゃなくて、君を探す私っていう特別。

 

「君は何飲む?」

「え? ……考えてなかったわ」

「君も早く決めなよー?」

「えー? 君と同じのにするよ」

「私のと?」

 

 それに私は名前を付けない。

 

「いいでしょ?」

「いいよ」

 

 理由も理屈もないままでいい。

 

「何か飲めないのとかある?」

「……コーヒー?」

「子供じゃん」

「っさいな……いいだろ別に」

「うんうん。可愛い君には、オレンジジュースを選んであげましょう」

 

 だからさ、

 

「いやだった?」

「むしろ好きだけど……」

「やっぱり可愛いじゃん」

「う、うるさい……」

 

 君も早く、私を探すっていう特別に、気付いた方がいいんじゃないかな?




創作単語スロットより

・制服
・窓
・通話

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