筋肉だよ、お兄ちゃん!   作:人参が嫌いな兎獣人

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ヒーローになれるよ、お兄ちゃん!

 

 僕──緑谷出久には、双子の妹がいる。

 

 

 

 

「諦めた方が良いね」

 

 医師の言葉に放心する。世界の約八割の人間が何らかの能力──〝個性〟を持っているこの超常社会。個性を使って悪い(ヴィラン)をやっつける正義の味方、〝ヒーロー〟に憧れた僕は、齢四歳にしてその夢は叶わないのだと突きつけられた。

 

 〝無個性〟。この超常社会において珍しい、なんの個性も持たない人のこと。

 僕は無個性だった。何の力もない、何もできない。

 ──ヒーローに、なれない。

 

 その事実が重く心にのしかかる。

 

 そんな僕に、さらに追い討ちがかかる。

 

「妹さんの個性は素晴らしいね。こんなに強力な個性は滅多にないよ。よかったら、個性を詳しく調べるために検査入院してみないかい?」

 

「ぜったいにやー!!」

 

 妹──緑谷入那(イリナ)は僕と違って個性を持っていた。それも、とても強力で圧倒的な個性。ヒーローになれば、大活躍できるであろうすごい個性。

 

 入那は生まれながらにして何でも持っている。子供とは思えない知性に最高の個性、足も速い。

 

 反対に僕には何もない。何もない。

 

 ヒーローに憧れた僕はヒーローになれないのに、ヒーローに興味のない入那が最高のヒーローにだってなれるのはなんたる皮肉か。

 

「ごめんねえ出久……ごめんね……!!」

 

 ああ、違うんだお母さん。

 あの時、僕が言ってほしかったのは……。

 

「お兄ちゃんは、ヒーローになれる!」

 

 これだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見上げるほどに巨大なロボットが視界を埋める。重厚な鉄の塊。動くだけで鉄筋コンクリートの建物がガラガラと崩れ、その拳の一撃で世界を揺らす。

 圧倒的な存在感。圧倒的な脅威。

 

 人の体で太刀打ちしようとすることが烏滸がましい。

 これは──正しく災害だ。

 

 当然、戦う理由は無い。

 災害に立ち向かうことの無意味さは、一万年と続く人類の歴史が証明している。

 

 けれど。

 

 ふいに、視界の端に少女が映る。

 瓦礫に足を挟まれ、動くことができない少女。

 その後ろから大きな音を立ててせまる巨大ロボット。

 

 逡巡は──無い。

 

 迷いも──無い。

 

 考えるよりも先に、すでに体が動いていた。

 

 巨大ロボットに向けて駆ける。

 身がすくむような威圧感。されど、その程度がこの足を止める道理はない。

 

 災害のような脅威だろうと、何の能力も持たない無個性だろうと。

 そんなものは理由たり得ない。

 

 誰かが助けを求めてる。

 それだけで、十分だ。

 

This way(こっちだ)

 

 巨大ロボットの拳が迫る。だが、遅い。

 この程度の速度ならいくらでも躱せる。

 だけど、躱せない。

 背後には守るべきものがある。

 

 故に、迎撃。

 振り下ろされる巨大な鉄のこぶしを、体の全ての力を集約させた右脚で、思いっきり蹴り上げる。

 

 ──ボ。

 

 冗談みたいな音が鳴り、拳と右脚が激突する。

 

 わずかに拮抗し、競り勝ったのは僕の右脚だった。

 

 拳を弾かれて少しだけ仰け反る鉄の体。

 だけど、それだけ。僕の全力で蹴り上げた拳は、かなり凹んでいるが、言ってしまえばそれだけだ。

 

 でも、それが分かればそれでいい。

 僕の──無個性のただの蹴りで外装が凹むほどにダメージを与えられるのであれば、倒せない道理はないのだから。

 

 ──ボ。

 

 僕の拳と脚が、鈍い音を鳴らして鉄の巨体に突き刺さる。

 一撃で倒せないのなら、倒せるまで、殴り続ければいい。

 

「もう、これで、終わってもいい。……だから、ありったけを」

 

 僕の連撃がロボットをボロボロに破壊する。

 時間はすでにほとんどない。こいつが最後の敵だろう。

 だから、ありったけを。

 

「お前も、もう、おやすみ」

 

 やがて、遂に巨大ロボットはその活動を停止して、崩れ落ちた。

 その体は見るも無惨。

 僕に殴り続けられたせいで原型をとどめていないほどに派手に破壊されていた。

 

 だけど、僕の手足もボロボロだ。

 鉄を殴り蹴り続けたのだから当然だ。手は擦り剥け、ダラダラと血を流し、靴はこの戦いについてこれなかったのか、いつの間にか消えていた。

 

 お互いにボロボロ。

 それでも、僕の勝利だ。

 

 振り返る。

 

 唖然とした顔で僕を眺めるたくさんの人。

 いつの間にか瓦礫から足を抜け出していた少女。

 

 脅威は去った。

 暴虐を尽くす鉄の巨人は地に沈み、ここには人だけが立っている。

 

 僕は笑う。憧れたあの人のように。人々を安心させるように歯を見せて笑う。

 

「もう、大丈夫。……僕が来た」

 

 歓声が、街を満たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オイオイオイ! 倒しちまったぜ! クレイジーだな!」

 

「鍛え上げられた筋肉だ……素晴らしい」

 

「ちょっと……!? この子無個性よ!」

 

「はぁ? そんなわけねえだろって……マジかよ!」

 

「個性届けを出していないだけだろ。さすがにこれで無個性はありえん」

 

「増強系か? 何にせよすごいな」

 

「あのロボット倒した奴は何年ぶりだ?」

 

「みなさん、見てなかったんですか? 彼は、瓦礫に足を取られた少女を助けるために動いたんですよ」

 

「ヒーローの本質は、自己犠牲。……大物になるかもな」

 

「この子がヒーロー科に入学してくるのが、今からでも楽しみだな」

 

 喧々囂々とするモニター室の中で、一人静かにモニターを見つめ続ける男がいた。

 枯れ木のようにやつれた体、逆立つ金色の長い髪。そして、弱々しい体とは真逆の、強い意志を秘めた鋭い眼差し。

 

「彼ならば……あるいは……」

 

 ──私の〝力〟を受け継ぐに値するかもしれない。

 

 男は静かに、笑みを浮かべた。

 

 

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