漫画家を目指す青年・佐々木哲平24歳。良い漫画が描けないある日、自宅の電子レンジが雷に撃たれ中から未来の日付の週刊少年ジャックが出てきてしまう。

 2018年8号。表紙を飾る新連載は『アクメージョ』。

 果たして佐々木哲平は未来の週刊少年ジャックをどうしてしまうのか?

 継続!

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 この作品はフィクションです。実際の団体、個人とは一切の関係はありません。


バイクカラドクズワーストライダー

 ——鳴り響く轟音と、閃光。

 

 焼けるような臭いと、水浸しの床。

 脱力の最中、不意に鳴り響くレンジの音とともにそれは現れた。

 

 週刊少年ジャック。2018年8号。

 

 それは今から10年後に発売されるはずの、未来のジャックだった——。

 

   継続

 

 紙を捲る音がする。慣れた手つきで数十枚の紙束を読み進めていく。

 それは漫画のネームであった。

 

 ネーム。それは漫画における設計図のようなもの。一般に市販の漫画とは専用の原稿用紙にペンで描かれたものであり、ネームとはコピー用紙などの普遍的な紙に鉛筆やシャーペンで描く漫画の基礎になるものだ。

 

 ネームを読む男——菊瀬はどこか光の無い目で最後のページを追うと、目を伏せる。

 

「うん、まあ全然面白くないね」

 

 ため息交じり、放るように返される原稿に、向かい合う男——佐々木哲平は予想外の返答に目を見開いた。

 

「え……!?」

「ありがちな設定だし、とにかくキャラが薄くてつまらない。

 まあめちゃくちゃダメな部分があるわけではないんだけど、良いところが一つも無くてそれが致命的」

「全ボツ……って……事ですか」

「うん全ボツ」

 

 頷いて、菊瀬は席を立つ。

 

「なんていうか、佐々木君の漫画って普通過ぎるんだよね。個性がないっていうか……君にしか描けないものを描いてきてよ」

 

 仕事立て込んでるから、と煙草を取り出し喫煙所へ向かう菊瀬。

 佐々木哲平は後を追うと、無言のまま喫煙所の扉を開ける。タバコを吸う菊瀬は困惑を顔に出すが佐々木哲平は構わず言い放つ。

 

「明日……もう一回見てくれませんか!? 描いてきますから! ネーム!」

 

 

 

 

 場所は東京都千代田区一ツ橋、遊栄社。

 

 週刊少年ジャック編集部。

 

 1968年に創刊されて以来、数々のヒット作を世に送り続けてきた漫画雑誌『週刊少年ジャック』を制作している現場だ。

 そこは『編集者』により雑誌が作成される場であるとともに、連載の決まっていない作家と編集者が打ち合わせをする場でもある。

 菊瀬は編集者だ。作家の漫画を見極め、雑誌に載せるか否かの判断をする者。

 

 そして。

 

 佐々木哲平、24歳。

 彼の肩書は漫画家であった。雑誌に載る漫画を描く者。

 漫画家と言えど新人賞の受賞歴があるのみで連載の経験はない。いわゆる新人。漫画家の卵。『漫画家』というものは漫画を描くことを仕事とし、生活ができる者のことを指す。彼の場合は肩書のみの漫画家であった。

 

 

 

 熱量で訴えること、なんとか翌日の13時に新作漫画のネームを見せる約束を取り付けた佐々木哲平は遊栄社を全速力で後にした。

 

 東京の往来を全速力で駅まで駆ける青年。しかし佐々木哲平になりふり構っていられる余裕はなかった。

 おしいのは時間だろう。

 

 週刊少年ジャックには新人漫画家の読み切りを載せる増刊号『赤マルジャック』が存在する。

 赤マルジャックに載せる読み切り漫画を決める掲載会議が明後日あり、その会議に佐々木哲平は自分の漫画を出す予定であった。今日の打ち合わせで菊瀬にチェックしてもらい、1日かけて手直し。万全な状態で会議に選出する腹積もりが、良いところが一つもないと言われ返されてしまったのだ。

 明後日の会議に出すためには明日までにネームを完成させなければならない。

 

 当然漫画というものは一朝一夕で出来上がるものではない。漫画の設計図であるネームに関してもそうだ。続きものであれば不可能ではないが、新作ともなれば数日程度ではまず不可能である。

 

 しかし佐々木哲平は『明日』ネームをチェックする約束を取りつけた。

 無論、掲載会議は今回だけのものではない。

 数年に一回というわけでもなく。赤マルジャックは1年の間にゴールデンウィーク、お盆、年末年始の3回発刊される。したがって掲載会議は1年の間に3回と行われるものである。

 それなのにも関わらず、次回の会議でなく今回に拘るのには理由があった。

 

 佐々木哲平は明後日の掲載会議の翌日、25歳になる。

 

 佐々木哲平(24)は佐々木哲平(25)になるのだ。

 

 25歳ともなれば一般に人は定職に就き安定した生活を送っているものだろう。

 しかし佐々木哲平(24)は漫画家だ。それも肩書のみの漫画家。普段は漫画家を目指す裏でアルバイトと、連載している漫画家のアシスタントをして生計を立てている。

 

 志望漫画家、肩書漫画家、職業無職、実質フリーター。

 

 そんな生活がいつまで許されるのか。その疑問に佐々木哲平は時間制限をつけた。

 

 それが25歳。25歳になったら漫画家になれないルールはない。25歳になったら漫画を描くのが下手になるのではない。25歳になったら誰かが邪魔をしてくるわけでもない。

 

 25歳になっても無職は、みっともないのだ。

 

 他の誰でもない、佐々木哲平25歳が惨めに感じるのだ。

 

 だから佐々木哲平(24)は明後日の連載会議を目標にネームを作成する。

 誰に決められたルールでもなく、最後のチャンスと決めた明後日の会議を目指して。

 おしいのは時間だ。

 おかしいのは頭だ。

 

 

「出来た……よし読んでみよう客観視客観視うんっ面白いこれならきっといけるはずだ」

 

 帰宅してから一晩明け、不眠不休でネームを描き上げた頃には昼の12時であった。

 菊瀬との打ち合わせは13時。今から遊栄社に向かってギリギリ間に合うような時間になっていた。

 暫定無職24歳青年は、駅まで全力疾走する。

 おしいのは時間だ。

 電車の中では寝過ごさないように漫画用のペンで腕を刺しながら時間を待つ。

 おかしいのは頭だ。

 

 

「お待たせ、じゃあ見ようか」

 

 打ち合わせのスペースにつき、約束の時間から3時間半が経った頃菊瀬は現れた。約束を取り付けた際、菊瀬は『手が空いたら一瞬見てあげると』言った。だが3時間も待たされるとはだれが思うだろうか。

 

 しかし佐々木哲平の心は折れない。

 

「はい! お願いします!」

「はいはい」

 

 この日ばかりは、菊瀬の速読も佐々木哲平には長く感じた。

 

「……はい、読みました」

「どっ

 どっ

 どうですか?」

 

「空っぽだわこのネーム。何にも詰まってないよ」

「……、え……」

 

下されたのは無慈悲な選評。

 

 菊瀬が指摘したのはキャラクターについてだった。

 漫画の顔そのものであるキャラクター。それに個性がないのだと。

 佐々木哲平の描く漫画のキャラクターには目新しさがなく、数多の新人漫画家を見定めてきた菊瀬にとっては飽きるほど見てきた個性なき凡百のそれであったのだ。

 

「何かないの? 佐々木君の伝えたいメッセージとか。自分にしか描けないと思えるようなもの」

 

 菊瀬は問う。

 それはジャックの漫画賞応募ページにも書かれていることだ。多くの漫画家志望が挙って応募する漫画賞において、求められているのは作家の独創性。

 人を引き付ける唯一無二の個性なのだ。

 

しかし佐々木哲平には——答えることができなかった。

 

 いくらかの問答の末に、菊瀬は席を立った。

 

 ネームが掲載会議に出されることはなく。

 最後のチャンスは無情にも崩れ去ったのだ。

 

   継続

 

 降りしきる雨の中、佐々木哲平は傘も差さず帰宅した。

 ペンを刺しても傘は差さない。それも佐々木哲平の金欠ゆえだった。

 

 それだけではないかもしれない。

 

 佐々木哲平の沈んだ心が、冷えて冷め切った心が雨の冷たさを感じさせなかったのかもしれない。

 

 走馬灯のようにフラッシュバックされる記憶。

 

 親の反対を押し切って漫画学校に進学し、友と競い合い、ジャック新人賞の佳作を受賞して。

 漫画家になるために、東京へ越した——。

 

 時間が経つにつれ、親との電話から感じる、どこか心配した声。

 

(今から口を開けて……息を吸って……『やめよう』って言えたら……、……やめよう)

 

 漫画家を、漫画家を目指すのを、夢を見るのを、やめよう。

 

 自分を言い聞かせるために。

 

 佐々木哲平は息を吸う。

 

「やめ」

 

 その刹那、轟雷が響き渡った。落下地点は——まさにこの家。

 

「ぴょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 

 あまりの驚き衝撃に佐々木哲平は奇声を発しながら仰向けの状態から1mほど飛び上がる。

 おおよそ人類には困難な跳躍。この世の神秘がそこにはあった。

 

「かっかっか雷!? 落ちた!!?」

 

 その超人的躍動に本人が気づくことはなく、佐々木哲平の意識は雷の影響か燃え盛る冷蔵庫へと向けられた。

 

 一般的な冷蔵庫の上には電子レンジが載っており、さらにその上には学生時代に友人から贈られたロボットフィギュア『フューチャー』くんが載せられており、その3つがまとめて炎上していた。

 

「いやああああ何で!!?! バケツ持ってて良かったぁぁぁぁあああああああ!!! ぬあっ!!? 冷蔵庫溶けた!!? 開かなくなってる!!電子レンジぃいいいい!!! まだ使えんのかなコレ!!岡野君にもらったフューチャーくーーん!! 割と心の支えにしてたトコありました!!」

 

 炎上冷蔵庫消化実況生放送を終えた佐々木哲平はその場にへたり込む。

 

 漫画家を諦める決意の言葉は最後まで発することができなかった。その胸のわだかまりを想ったその時だ。

 

 不意をつくように。

 

 無機質で。

 

 機械的に。

 

 電子レンジが音を鳴らしたのは。

 

「チーン」

 

「は?」

 

 それは電子レンジにありきたりな温め完了を告げる警鐘。

 

 佐々木哲平にはその事象が理解できなかった。

 先ほどまで炎上していたのだ。温まっているのだからレンジが鳴るのは至極当然のことだ。しかし佐々木哲平は何も入れていない。

 何も入れていないのに加熱完了の警鐘を鳴らすとは、一体全体何事であろうか。

 

 訝しみながら電子レンジを開ける佐々木哲平。

 

 そこにはあったのは、よく見慣れた雑誌。

 9割以上を再生紙で構成した親しみのある分厚い少年誌。超人一家の腕試しに用いられ数冊重ねて破られるあの雑誌。

 

 ——週刊少年ジャックだ。

 

 佐々木哲平がジャックを手に取ると、その表紙は見覚えの無いものだった。

 ふと裏面を見れば、そこには2018年8号の文字。

 

 カレンダーを見やれば、2008年の文字。

 

「ひっ」

 

 思わずジャックを取り落とす。

 それは今から、10年後に発刊されるはずの週刊少年ジャック。

 

 恐る恐る再度ジャックを手に取り、まず目次を見る。

 

「え……こち亀がない……!? 休載か……? ハンタまだ休載中!? こち亀の名前がない……まさか! あのこち亀が終わったのか!? 」

 

 知っているのは休載の●NE PIECEとHANTER*HANTER、載っているものでは金魂のみだ。ANARUTOはHORUTOという似たようなタイトルに変わっていた。

 時の流れとはなんとも残酷か、BURIITCHやREB●RNといった看板作品も名前がなかった。

 

「マジかコレ……10年も経てば全作品入れ替わってても全然不思議じゃないけど……」

 

 気を取り直して表紙を見る。女性が描かれていた。今のジャックには少ない、T〇L●veるのような絵柄だ。

 

(新連載『アクメージョ』……原作が『イツキタシヤ』作画は『宇佐々木くろ』……聞いた事ないな……10年の間に出てきた新人って事かな……?)

 

 意を決し読み始める。見たことないジャックを、未来のジャックを。

 

 新連載の部分を読み終えた佐々木哲平はジャックをレンジに戻すと無言のまま玄関へ向かう。ドアを開けて、外へ出て、そして——

 

「面白れぇええええええええええええええええええええ!!!」

 

 叫んだ。

 

「なんだアレ!? 面白過ぎる!! キャラも設定もドラマも完璧!! 俳優という題材もジャックじゃ見たことない!!」

 

 佐々木哲平は思い知る。これが個性ということなのだと。菊瀬の求めた目新しさ、独創性はこういうことなのだと。

 

「ヤバイ……なんか思い出したらなんか震えてきた……!!

 そ……そうだ……!! もう一回読もう!! 確か冷蔵庫の上に……」

 

 ジャックをもう一度読もうとする佐々木哲平だったが、そこにジャックはなかった。

 まるで初めから何もなかったかのように、冷蔵庫の上、電子レンジの中には何もなかったのである。

 

「あれ無いぞ確かにここに置いたはずなのにどこにいったんだ10年後のジャッ……はは……馬鹿か俺は……あるわけないだろタイムスリップなんて……きっと徹夜でおかしくなって夢か幻聴でも見たんだ……」

 

 佐々木哲平はまるでおかしくなってしまったかのように独りでに呟いた。

 そういうことだった。

 佐々木哲平がそう呟いたのだから、そういうことだった。

 

「こうしちゃいらんねえッ!!! 描かなきゃ!!!」

 

(だろうとかまわない!! 俺の頭から出てきたのは紛れもない事実!)

 

 机に向かった佐々木哲平は紙と鉛筆を取り出す。

 そして描くのだ、先ほど見た幻覚——個性に溢れたあの漫画を。

 

『アクメージョ』を。

 

 そして佐々木哲平(24)は、佐々木哲平(25)になった。

 

 

   継続

 

 翌日。それは例の掲載会議が行われる日であった。

 

 佐々木哲平はジャック編集部のあるビルの前にいた。

 

「あ……そういや菊瀬さんと打ち合わせの約束してなかった……」

 

 携帯から菊瀬へ電話する。

 

『もしもし佐々木君? 何の用?』

「すいません……今から1分でいいのでネームを読んでいただけませんか……? やっと面白いものが描けたんです……」

『え? 今から?

 いや無茶言わないでよ。ってか会議の〆切り昨日だし普通に無理』

「でも会議まだですよね? お願いします! これでダメなら僕、漫画家諦めますから」

『はあ? 知らないよ。勝手にやめれば?』

 

 まともに取り合うことなく電話は切られる。

 すると佐々木哲平は無言のまま、ビルの中へ入っていった。

 

 制止を促す警備員に逆らい、ジャック編集部まで駆ける。

 

 不法侵入であったが、佐々木哲平は人生を掛けた思いで強行突破した。

 

(やっちまった! でも本当なんだ! 嘘みたいに面白いものが描けたんだ!! きっと世界がひっくり返る! 奇跡が起きたんだ! だから……!)

 

「菊瀬さん!!!」

「!? 佐々木君!?」

 

 菊瀬、強襲。

 突如ジャック編集者の一人である菊瀬を襲ったのは、警備員を退け不法侵入してきた数年と芽を出さない新人漫画家暫定無職実質フリーター25歳男性だった。

 

「ネーム……! 読んでください!!」

「いやいや……意味わかんないから!!」

「お願いします!! 読んでください!! これが最後でも構いません!!」

「ちょっ、ああ、もうッ——

 

 ——しつこいなぁ!! 才能ないんだよ!!!」

 

 菊瀬は佐々木哲平の差し出すネームを払い捨てると激高した。

 

「白紙と変わらないんだよ君の漫画は!! 何も描いてないのと同じだ! 今までさんざん義理で見てきたがもう来ないでくれ!!

 ……何が奇跡だ……君みたいな才能の無い奴はたとえどんな奇跡が起きようが漫画家にはなれない! そういう世界なんだプロを舐めるな!!」

 

 堰を切ったように吐き出されたのは、佐々木哲平への非難であった。

 佐々木哲平は膝をつきヨツンヴァインなる。そこへ——

 

「——すごいなあ~」

 

 一人の男が、床に散らばったネームを集め出した。

 

「へっ編集長……!」

 

 菊瀬が驚く。その男はこのジャック編集部を取り仕切る編集長であった。

 

「菊瀬~お前誰に才能あって誰にないのかわかるのか~すごいなぁ~

 俺20年やってるけど未だにわかんねぇよ~すごいなぁ~」

「そ……それはその……すいません言い過ぎました……」

 

 ばつが悪そうに菊瀬は言う。

 編集長はネームを集め終わると、佐々木哲平の前に立つ。

 

「でも君も君だよ~? 許可なく会社に入ってきちゃダメでしょ~?」

 

 そう、佐々木哲平がここの足を踏み入れるには編集部の人間に許可が必要なのだ。それはどんな漫画家でも同じ。手続きなしで押し掛けるのは不法侵入なのだ。

 

「申し訳……ございませんでした……」

 

「どうしてここまでしたの? 次の会議待てばいいでしょ?」

「……待ちました……僕は……待ちました……

 僕は僕を待ちました……いつか漫画家になれるって……でももうダメなんです……きっと今日がダメなら……明日なんかないんです……」

 

 返答になっていなかった。しかし佐々木哲平がそう言ったのだ。そういうことなのだ。

 意をくみ取った編集部の人間は神妙な顔つきになり、静まり返る。

 痛いほどの静寂に編集長は言う。

 

「でも罪は罪だよ」

「ッ……!」

「まっ作品に罪はないか! 読んでみよっと! 僕、佐々木君の受賞作好きだったしね」

「……え?」

 

 編集長は打って変わって明るい雰囲気になると、佐々木哲平の持ってきたネームを読み始めた。

 

 そして、読み終えた編集長から最後の審判が下される。

 

「これは……増刊には載せられないな……」

「……!! これでもダメなのか……!!」

 

「本誌に載せるべきだ! 面白い! 凄いよこの漫画……!!」

 

 そう、編集長は言い放った。

 

「え……!?」「は!?」「ええ!?」「マジっすか!?」

 

 編集部から驚愕の声が上がる。

 通常、新人漫画家というのはまず新人の漫画を載せるための増刊号に載せられる。そこで読者から支持を得た者が、次のステップとして本誌に読み切りを載せることになるのだ。

 それが通常。それが通例。だから、いきなり本誌というのはそれだけの評価であると言える。

 他でもない、編集長が下した評価だ。

 

 一体どれだけの漫画なのか、編集部は驚愕と期待に興奮する。

 

 ネームが編集部の人間に渡る。すると。

 

「うおおおおお!!! めっちゃ面白え!!」「なんだよコレ!!」「俳優漫画なんて初めて見た!」「泣いた……」「大ヒット間違いなしでしょ! すぐ連載させましょうよ!」「た……確かにこりゃあすげぇぞ」「佐々木君って本当に新人!?」

 

 巻きあがる賛美の嵐。

 これまで佐々木哲平の漫画を冷たい瞳で見下ろしていた菊瀬でさえ、取り乱しながら、

 

「あこっあこっこっこっコレ……ほんほんとに佐々木君が描いたの……?」

 

 

「はい! 僕が描きました!」

 

 佐々木哲平は答える。胸を張って、菊瀬の目を見て、はっきりと。

 

   継続

 

 本誌に読み切り掲載を決めた佐々木哲平は一度実家に帰った。原稿のクオリティを上げるために専門学校時代の仲間にアシスタントを頼み、万全の状態で漫画を描き上げた。

 

 そして実際に週刊少年ジャックに掲載された『アクメージョ』は、本誌の連載陣を抑え人気アンケート圧倒的1位を獲得した。

 これは読み切りでは異例のことだった。

 

 喜びに浸った佐々木哲平が実家から東京に戻った時。彼は驚愕の事実を知ってしまうのだ。

 

「嘘……だろ……?」

 

 東京。自宅。焼けた、レンジの中。そこでは、10年後のジャックが生成されようとしていた。

 まさにこの世の事象とは思えない光景だった。電子レンジの中で、ジャックが中心部分から渦を巻くようにして形成されていくのだ。

 

「チーン」

 

 レンジが鳴る。そこには未来の日付のジャックが鎮座する。

 佐々木哲平が東京に戻っていない間にも未来のジャックは送られ続けていたようで、床には数週間分のジャックが散乱していた。

 冷蔵庫の横、目立ちにくいところには、あの日佐々木哲平の読んだ『アクメージョ』1話の載ったジャックも確かにあった。

 

「夢じゃ……なかったのかよ……!!」

 

 そう、佐々木哲平の描いた『アクメージョ』は盗作だったのである。

 

「うわああ!! なんて事をしてしまったんだ俺は……!!!!」

 

 脳裏に浮かぶは人の顔。

 

 泣いて喜ぶ母の顔。

 申し訳なさそうに頭を下げる菊瀬。

 称賛する専門学校時代の仲間。

 

(違う……『アクメージョ』は俺の作品じゃなかったんだ……)

 

 

 

 

 同日。佐々木哲平は祝いを兼ねた打ち合わせの席に来ていた。

 場所は都内の飲み屋。菊瀬から変わった新しい担当編集の宗岡と向かい合っている。

 

「読み切り1位おめでとー!!」

 

 真っすぐな称賛の言葉に佐々木哲平は苦笑う。

 

「で! どうなの連載ネームは! 構想だけでも……」

 

 嬉々として聞く宗岡に佐々木哲平は答える。

 

「『アクメージョ』は連載にするつもりはないんです」

 

 理由は単純明快、盗作だからだ。

 人が心血注いで作り上げた魂の結晶である作品をパクるなど、同じ漫画家(仮)である佐々木哲平の良心が良しとするはずがなかった。

 

 しかし宗岡が頷くことはなかった。

 

「ええっ!!? もったいないよそんなの!! 『アクメージョ』は絶対に連載すべきだ!!」

「そう言っていただけるのはありがたいのですが……正直……『描く気が起きない』と言いますか……」

「じゃ、じゃあどうなるんだい!? 主人公の……朝凪京の生活は!! 白山精子の映画だって完成しないままだ! 妹との約束も果たせないままかい!?」

 

 宗岡は必死に佐々木哲平に語る。

 漫画はデタラメではないと。キャラクターは生きていると。

その先を渇望する読者がいるのだと。そして今回の読み切りに寄せられた、大きな紙袋いっぱいのファンレターを差し出す。

 

 ファンレターの数もまた、新人の読み切りにとって異例の数。

 そこには読者の想いが、『アクメージョ』によせられた称賛の言葉が書き連ねられていた。

 

 宗岡は言う。

 

「描くか描かないか最終的に決めるのは君自身だ。君が決めればいい……!

 でも忘れないでくれ! きっと僕らは死ぬまで待つことになるんだ! この素晴らしい物語の続きを!」

 

 

   継続

 

 帰宅し佐々木哲平は未来のジャックを読んでいた。1話目以降、『アクメージョ』のその続きを。

 

(面白い……! 面白過ぎる!! 『アクメージョ』!!)

 

溜まったジャックの『アクメージョ』をすべて読み終えた佐々木哲平は、ただ涙を流していた。

 

『アクメージョ』という物語のその至高性、尊さに。

 佐々木哲平は、魅入られていた。

 

「描かなきゃ……」

 

 呟く。

 未来から贈られてきた10年後の週刊少年ジャック。そこに載っていた漫画を今の段階で公表してしまったということは、この世界ではもう『アクメージョ』は存在する作品、よって10年後に元の作者である『宇佐々木くろ』と『イツキタシヤ』が『アクメージョ』を描くことはないということだ。

 つまり、今この瞬間の世界線において佐々木哲平以外に『アクメージョ』の続きを描ける人間はいないということなのだ。

 

 

 後日、佐々木哲平は連載ネームを宗岡に提出した。

 宗岡は『尊い……』と言いながら涙するばかりだった。

 

 佐々木哲平は覚悟を決めたのだ。真相を隠したまま『アクメージョ』を世に出す覚悟を。

 

 罪の十字架を背負ったまま『アクメージョ』を世界に届ける覚悟を。

 

   継続

 

 連載が始まった『アクメージョ』は好調で、毎回上位の人気順位を維持し続けた。

 

 多忙の週間連載ではあるが、佐々木哲平には未来のジャックがある分順調に連載が続いた。

 

 そして1年が過ぎた時だ。

 何気なく眺めていたのは週刊少年ジャック。現代で発売されたの最新のジャックの新人賞のページで、その企画は行われていた。

『ストキン炎』。ジャックにある新人賞の一つで、原作者志望の新人へ向けたネームのみの企画だ。

 

 その入賞者に、その名前はあった。

 

『イツキタシヤ(18)』。

 

 そう。かの『アクメージョ』の作者の名前だった。

 

「イツキ……タシヤ……?」

 

 驚愕とともに口にする。

 

 本来『アクメージョ』でイツキタシヤがデビューするのは10年後——今からなら9年後のはずだ。

 まさか自分の行動が未来を変えてしまったのではないか。

 そう推測する佐々木哲平であったが、イツキタシヤを本人であると確証得ることはないまま、いたずらに時は過ぎていく。

 

 

 2年が過ぎた頃。

 

 そのジャックは、届いてしまった。

 いつものように最新の『アクメージョ』探す。前号では『大河ドラマ編』が盛り上がりを見せていた。一体今回はどんな展開を見せるのだろう。

 

 ジャックを開いた佐々木哲平の目に映ったのは。無機質な文字列だった。

 

 

 

        『アクメージョ』

        連載終了のお知らせ

去る8月8日、本誌連載作品『アクメージョ』の原作者

イツキタシヤ氏が、東京都警により逮捕されるという事件がおきました。

私たち編集部は、これを厳しく受け止め、読者に与える影響の

大きさと社会的責任を考え『アクメージョ』の連載を、

前号の36・37号合併号を持ちまして終了することといたしました。

あわせて10月2日(金)発売予定のコミックス第25巻も販売を

中止いたします。

『アクメージョ』は、多くの読者の支持を受けて

2年間にわたる連載を続けてきた作品であり、それがこのような

形で終了するのは、編集部としても本当に残念なことです。

『アクメージョ』を毎週楽しみに読んでくださり、

また応援してくださったファンの皆様、本当に申し訳ありません。

これを受け、編集部は思いも新たに、より一層読者に夢や希望を

与えられる雑誌作りに励むつもりです。

 

 

 

 文面を理解するのには時間を要した。

 少しして、ようやく頭に入ってくる。

 

「イツキくんが……捕まった……?」

 

 言葉にして、その事を理解する。

 

「嘘だ……。……。これは……夢だ……。……。そうだ……きっ……きっと夢を見てるんだ……俺は……。イツキくんが捕まるなんて……嘘だ!

 嘘だ……! イツキくんが死ぬなんて……嘘だ……!」

 

 理解しても、受け入れることなんてできなかった。

 

「なんでだよ!! なんでイツキくんが捕まらなきゃいけないんだよ!! なんなんだよこれ!! ふざけんな!!」

 

 叫べども、ジャックの紙面は変わらない。

 突如突きつけられた現実に、佐々木哲平は次第に言葉を失う。

 

 

「10年……10年か……29歳でなんで……一体何があったんだ……」

 

 考えを巡らせる佐々木哲平は思い至る。

 

(イツキくんが捕まる未来を変える為に……その為に未来のジャックが俺の元に来ていたのか……?)

 

「まさか……イツキくんの逮捕の未来を変えるだけじゃなくて……続きを描かせるために俺の元にジャックが来続けていたのか……?

 俺に何かできないのか!? わからない事だらけだ! 俺はどうしたらいいんだ……!!!」

 

『ダッ』

 

 その時、誰かが喋った。

 

『ダッ、ダダッ』

 

 誰かではない。冷蔵庫の上、電子レンジ上、ロボットのフューチャーだった。

 

『フューチャーサンダー!』

 

「えっ……? フューチャー君がしゃべっ……」

 

 その刹那、電子レンジ内に可視化するほどの謎の電撃派が生まれ、下の冷蔵庫の表面を焼き焦がす。

 そして露出した冷蔵庫の表面、そこには文字が浮かんでいた。

 

 

       描け

    [佐々々々木哲平]

罪の源流は未だだだ消滅していません。

   アクメージョを継続させ。

   【イツキチャン〕》を

      救って。、

 

 

   継続

 

 あの日から、佐々木哲平は『アクメージョ』の続きを描くことに専念した。

 

 流れるように時間は過ぎ去り、半年が過ぎた。

 連載が未来ジャックに追い付いて、自分で話を考えるようになって多少順位を落としたが、持ち直し今では何とかやっていけている。

 

 順調と言えた。

 夏のある日。ふと一つの手段に気づく。

 

 取り出したのは携帯電話。かける相手は宗岡だ。

 

「宗岡さん、イツキタシヤさんってご存知ですか? ……去年のストキン炎で入賞していた……、ええ。興味があって。今、何をしてるか……。

……え? 捕まっ……た?」

 

 携帯を取り落とす。

 

(嘘だ! だってまだ彼は19…)

 

 佐々木哲平はすぐさま携帯で調べる。

『イツキタシヤ 逮捕』

 ペンネームで情報が出るわけない、そうとはどこかで理解しつつもとにかく検索する。

意外なほどにあっさりと、真相に辿り着いた。

 

『女子中学生にわいせつ行為』

 

 内容はその通り。東京都内での連続痴漢行為を行ったとして小さなニュース記事ができていた。

 自転車に乗り、追い抜きざまに体に触れる痴漢が多発していた。

 容疑者は五木他者(イツキタシヤ)(20)。本人は漫画家を自称しており、週刊少年ジャックで連載を目指し活動していたと供述したらしい。

 

 逮捕日は、8月8日。

 

 

   継続

 

 佐々木哲平は冷蔵庫と向き合う。

 佐々木哲平は電子レンジと向き合う。

 佐々木哲平はフューチャーと向き合う。

 

「おい……ふざけんなよ……どういうつもりだよ……!」

 

 そして、激高する。

 

「イツキくんが痴漢で捕まってしまうなら、どうしてそう言ってくれなかったんだよ!!そう言ってくれれば!! いくらでも止める手段はあったはずだろうが!!

 それを何で悠長に『アクメージョ』を描けだなんて予言にしたんだよ! おかしいだろ!」

 

 何も語らないはずのおもちゃのロボットに、叫ぶ。

 

「何がしたかったんだよお前は!!」

 

 ロボットは語らない。その代わり——

 

 ——冷蔵庫が開き、中では謎の異空間が渦巻いていた。

 

 これは何かの誘いだ、そう判断した佐々木哲平は意を決し、冷蔵庫の中に入っていった。

 

 

 冷蔵庫に入った佐々木哲平は気を失っていた。

 気が付いた時、佐々木哲平は椅子に腰かけており謎の空間にいた。

 足元は真っ白だ。壁、そんなもんは無い。地平線はなく代わりに真っ黒な異空間が渦巻いている。

 

「なんだここは……俺は一体……」

 

『ここは「時空のは狭間」——或いは「物語の空白のページだ」』

 

 眼前にはもう一脚の椅子があり、そこには何者かが腰かけていた。

 何者か、ではない。何物か。正確には腰かけてもいない。

 

 椅子にはロボットのフューチャーが置かれており、言葉を発していた。

 

「俺はお前に文句を言いに来たんだ……痴漢で逮捕されるならどうして言ってくれなかった! そうとわかればいくらでも妨げる手段は……!」

『試したさ、「いくらでも」な。それでも逮捕は免れなかった。漫画を描かせずと、恋人を作ろうと、風俗に通わせようと、あらゆる人物に説得を試みさせようと、

 

 無理やりなにもできない環境に閉じ込める手段さえ試した。しかし止められなかった』

 

 フューチャーくんは衝撃の事実を告げる。

 痴漢逮捕とは一人では完結しない。容疑者がいて、被害者がいて、警察がいて初めて成立する。

 しかし、どんな状況にしようとも最終的には同じ結末を辿るというのだ。

 

『罪の源流は彼の「夢」だ。いかなる世界線……環境に置かれようとも、その実を滅ぼすまで夢を追い続けてしまう。

 ならばその「夢」を別の方法で満たすしかなかった……。』

「それと俺に『アクメージョ』を描かせたことに何の意味があるんだ……!」

『「アクメージョ」の続きを生み出すことで、五木他者の欲望を満たそうとしたんだ。しかし逮捕される未来は変わらなかった。

むしろ中途半端に刺激したことにより今までで一番早く逮捕された』

 

「どうして俺だったんだ……?」

『君が作画担当に名前が似ていたからだ。一定以上の作画スキルを備えていたからでもある。それに、未来のジャックを送って「アクメージョ」だけを丸写ししたのは君だけだった……』

「それは……! だって……!!」

 

 佐々木哲平は何も言い返せなかった。全て事実だ。

 

『私の使命はなんとしてでも五木他者を守る事。だが彼の罪の源流から解放するには彼以外の人類を滅ぼすしかない。だがそれは同時に五木他者の生存を困難とする。もう疲れた。

私の電池残量も残り僅かだ。これから彼が死亡する5日前に時間を戻し、そこで時間の全てを止める』

 

 それはおそらく最終手段であった。解決手段がないからこそ発生するすべてを解決せずに満足する逃げの一手。

 佐々木哲平にすらわかる。そんなもの、逮捕されて牢屋の中にいるのと一緒だと。

 だがそれを超える代案を佐々木哲平は持ち合わせていなかった。

 

『どうしても捕まってしまうというのなら、せめて無罪のまま時を止め、彼が逮捕されていない世界を永遠に残す

 君には私の一存で多大なる迷惑をかけたと思っている』

 

 フューチャーが贖罪として提示したのは、2つの選択肢だった。

 

『1つ目は五木他者が捕まった世界で生きていく。

 2つ目は、これまでの記憶を消し、雷が落ちなかった世界へ戻り彼と関わることなく生きる。このいずれかだ』

 

「わかった……。なら俺が選ぶのは……は1つ目だ。『アクメージョ』のファンの為にこのまま『アクメージョ』を描き続ける……!」

 

 そう、それは初めから佐々木哲平が決心していたことだ。

 罪の十字架を背負って世界に『アクメージョ』を届け切る。それが佐々木哲平が己に課した罰なのだ。

 

『成程。承知した』

 

 答えるなり、周囲の空間が歪みを増していく。

 

「最後に教えてくれないか……お前は一体、何者なんだ?」

 

『私は……人の「想像する力」が生んだ幽霊だ。

つまり、とある作家によって生み出された物語にとって必要だったキャラクターに過ぎないということだ』

「?」

『それでは……武運を祈る』

 

 

 

 気づいた時には、目の前には冷蔵庫があった。上には電子レンジが載っていて、その上にはロボットのフューチャーが載っている。

 

 当然、ロボットは喋らない。

 動かない。

 目の前のそれは——もうただの玩具だ。

 

 室内の熱さを感じ窓辺に寄る。窓を開けると真っ青な空が広がっており、爽やかな風が吹き込む。

 もう夏も、半分が過ぎていた。

 

 

   『パクタージュ-pact age-』——了

 

 

 




 この作品はフィクションです。実際の団体、個人とは一切の関係はありません。

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