【完結】ナンパした相手が男の娘だったときの対応法 作:金木桂
麻雀で負けた。最後に国士無双を振り込んでしまい、終局後「こんなに
問題は罰ゲームだった。麻雀を始める時に勝っても何も無いんじゃつまらなくね?とこれまた友人である林田が言い放ち、一位はビリに何でも命令が出来るという口約束が追加された。そのせいでいつもの麻雀より場が煉獄と化したのである。
「はぁ……さみぃ。帰りたい。炬燵に」
その罰ゲームの内容として僕、
適当な喫茶店に入ってぬくぬくと温まりながら早々に細川達に「あーすまん。10回くらいトライしたけどナンパ無理だったわ」とスマホで敗北宣言をしてバックレたいところだが、それも出来ない。何とあのバカ共、ナンパ成功するまで僕が徹夜で書いた明後日提出のレポートを拉致するつもりなのだ。つまりナンパに成功しなかった場合、僕はまた徹夜でレポートを仕上げなくてはならない。多少書いた内容は覚えているとはいえそれは勘弁願いたい。
僕は硬く冷たい、通りに置かれたベンチに腰を掛けながら、ふぅ、と息を吐いた。白い煙が立ち上る。
もし共学に通っていたならばクラスメイトか誰かに声を掛けて事情を説明して適当にそれっぽい写真を撮ってなあなあで誤魔化していただろう。だがそれは出来ない。弊学は男子校なのだ。それはもう、どうしようもなく男しかいないのだ。女子なんて幻中の幻で、言うなれば色違いポケモンくらい貴重な存在だ。学内には一人もいないため、当然彼女持ちの生徒は滅茶苦茶少ない上に周囲に知られたらとても面倒なので隠していたりする。チッリア充め、さっさとバレて弄られれば良いのに。閑話休題。
学内で解決するのは無理。また僕のスマホに異性の連絡先なんて入っていないためその線も無理。
────ホントにナンパをしなきゃならないんだよな……これ。
再び溜息。
ダメだ、全くやる気が起きねえ。そもそも人生でナンパとか一度もやったことないぞ。成功するはずがないし、アイツらもそれを分かってて言ってるんだろうな……。
時間だけが無為に過ぎ去って行き、その間にも様々な女が僕の前を通り過ぎる。休日を楽しむ女子大学生らしきグループやタピオカジュースを持った制服姿の女子高生。疲れた様子で駅に向かうOLに、はたまた園児服を着た僕の腰ほどしかない背丈の子……いやそれは流石にナンパの対象にしちゃいけないでしょ。
ぼーっと観察、悪く言えば見定めていると一人の少女を見つける。恐らく僕と同じくらいの年齢の出で立ち。服装は厚手のコートを着こなしているがスカートの下はいわゆる生足……寒くないのだろうか? ただパッと見では大胆な服装な割には色合いは地味でギャルではなく大人しそうだ。
……申し訳ないけど、あの子に声を掛けてみるか。
僕は心の中で苦虫を嚙み潰しながら腰を上げた。そしてその足で、意を決して少女へと話しかける。
「あ、あのー」
「……わ、わたしですか?」
少女は僕の言葉に気付いたように顔を見上げた。今までちらりとしか見えていなかった顔がはっきりと伺える。……ヤバい、思っていた以上に可愛い。いや待て、これガチでナンパじゃん。そんな本気でやるつもりなかった、って言うか僕自身異性と話したの何年ぶりなんだ?これから何を話せば良いんだ僕は?
長い銀髪から現れたのは西洋の名立たる陶磁器みたいに透き通った白い肌、まんまると無垢な青い瞳、ぷっくりとした薄い桜色の唇に雪見だいふくみたいに柔らかそうなほっぺ。背丈があまり大きくないことから多分中学生だろう。白状してしまえば今まで見たことが無いほどに彼女は美少女だった。
言葉に困ってどうしようかと考えると、少女は困ったように眉を曲げて思いついたように「あっ」と言った。
「もしかして……ナンパ、だったりしますか?」
はい、その通りです。察しが良すぎやしないかこの女の子。
絶対嫌がられるし迷惑がられるよな~と逡巡して、でも否定出来ない現実に奥歯を噛み締めながら。
「……はい。その、ナンパ、みたいなことをやっております……」
「……本当にナンパなんですよね?」
「ナンパです…………」
「何でそんな、その、自信なさげなんです……」
「ははは……訳ありで」
訳あり、便利な言葉である。これさえ言っとけば大抵何とかなる。菜崎流ライフハックである。
「そうですか……」
「はい……。今とかナンパ……大丈夫ですか?ナンパされたくないと言うならすぐに目の前から消えますんで遠慮なくお申し付けください……」
「ナンパって初めてされたのですけど……意外に
こんな穢れの無さそうな少女相手にナンパしている事実に罪悪感を覚える。ナンパもされたこともないなんて……多分他の大人とか友達が守ってくれてたのだろうな。偶然今日は誰も居ないだけで……マジで申し訳なくなってきた。
「……ごめん。僕ちょっと死にたくなってきた……良ければビンタしてくれないかな」
「ええっ……?それはちょっと……」
本気で罪悪感で胸が破裂しそうになって思わず口走ってしまった。危ない危ない、真正のドMと思われるところだった。
「ともかく、そうだね。そんな感じだからさ、まあ、アレ、喫茶店でもどうかなって……はい」
漸く本題が自分の口から言えた気がする。まあどうせダメ元だ。この失敗経験は次に生かせばいい。こんな可愛い子が簡単にナンパされる訳が────
「ふふっ……良いですよ。行きましょう喫茶店」
────訳が、無いと思ったんだけどなぁ。
────────
駅前の喫茶店は古民家を改装した風の内装を売りにしており、初めて入店したけどかなり雰囲気が良い。デートや女子会におあつらえ向けというような店だった。率直に言ってしまえば絶対に僕が普段利用しないような店だ。
そんな喫茶店の角席に陣取った僕+少女は世間話に花を咲かす他の客に囲まれながらホットコーヒーをずずずと啜りつつ張り詰めた空間で身を小さくしていた。
ナンパ成功したのは良いけど、何だろう。ものすっごい決まずい。僕自身が女性慣れしていないのもあるだろうし、相手の少女も男慣れしていないのだろう。物凄い距離感。
「え、ええと。……自己紹介しようか」
何とか無事に口火を切ると少女も少し安堵した表情で「は、はい。そうですね」と相槌を打ってくれた。
「じゃあ僕から。菜崎天麻、ここから五駅離れた長谷場大学付属高校に通ってる……くらいか」
「長谷場ですか……!頭が良いんですね」
「あははは……」
思わず愛想笑いが零れ落ちた。
確かに僕の通う高校の偏差値は60後半あるから県内では名前が知られているかもしれない。でも菜崎天麻のこの間の定期試験の成績なんかは3科目で赤点スレスレ、どころかギリアンダーだった上に他の科目も全て平均を少し割る程度の点数。学校は頭が良いかもしれないが僕自身はそうでもないと言うのが真実だった。
「じゃあわたし、ですね。佐々原ユキです。学校は円野中学に通ってます。後は……ええと……本日はよろしくお願いします?」
「よ、よろしくお願いします」
よろしく言われたので反射的に返してしまった。多少は弛緩したとは言え、まだこの奇妙な緊張感が無くなるには十分な時間が経っていないのだ。
にしても、と思いながら顔を見てみる。顔付きが同年代より幼いとは感じていたけどやはり中学生だったのか。道理でナンパ慣れて無さそうなわけだ。慣れてないのは僕も一緒だが。
それに丸野中と言えばこの近くの中学校だ。僕が通ってた中学校の一つ隣の学区の学校である。惜しいな、同じ学校ならそこから話題が展開出来たのに……!
ともかくこのままだと折角形になってきた会話のリズムがまた崩れてしまう。場を繋がないと。
「そうだな、趣味とかあったりする?」
「趣味…………ですか?」
「そう、趣味」
佐々原さんは不思議そうに視線を寄越して、それから難しそうな表情で「ムムム」と唸りながら考え込み始めた。
「趣味……趣味……」
「えーっと、突然言われても難しかったか?」
「敢えて言うならネット……です」
恥ずかしそうにもじもじと指を合わせながら言う。
ネット……。見た目以上にインドアであるらしい。斯く言う僕も人を揶揄するほどアウトドアな趣味をしているわけじゃないしな。
「ネットかぁ……SNSとかやってたりするの?」
「あー……えーと……やってません」
「そうなんだ」
となるとアレかな。ネットショッピングとかネットサーフィンとか、比較的浅くやっている感じらしい。
一気に会話が切れる予感があったので僕もそれに続く。
「僕は……僕も趣味って言えるほどのものはないけど、言うなればゲームだな」
「ゲームですか?」
「うん。あ、ソシャゲとかじゃないよ。買い切りのゲームばっかやってる」
ソシャゲも勿論やったことはあるけどアレは無限に金が消える。欲しいキャラがいても手に入る手段はSSR確率2%未満のガチャしかなく、入手確率を高める手段は雨が降った次の日のダムみたいに諭吉を放流するしかない。一方は買い切りゲームは本当にそれ一本買えば完結するから財布に優しいし長い期間楽しめる。
「分かるか分からないんだけどSEKIROとか最近はやってたりするなぁ。オンラインゲームとかも良いんだけど、やっぱり一人で100%に楽しめるゲームが一番心落ち着くんだよな」
「あそれ分かります!ぼ、わたしも一人で出来るゲーム好きです。RPGゲームとか弾幕シューティングとか音ゲーとか凄い好き」
矢継ぎ早に切り出された言葉に「あ、ゲームオタクなんだな」と思ったけど口にはしなかった。多分自分で言うのは恥ずかしかったのだろう、趣味で言葉に詰まっていたのはそれが原因だったのかもしれない。
「あーと、佐々原さんはどんなゲームやったりする?」
「わたしはFFとか
「結構やってるんだな」
「あ。……ちょっとだけです」
取り繕ったように頬を赤くしながら俯いた。今上がったゲームは全部やったことはないけど名前だけなら有名だし知ってる。特にジュニとか家庭用ゲームじゃなくてゲーセンのやつだ……思っていた以上にゲームするっぽいな佐々原さん。
「じゃあさ。折角だしこれからゲーセン行かない?お互いゲームするから丁度良いと思うし」
「行きましょう」
即答した佐々原さんに頷いて洒落た喫茶店を後にする。洒落た雰囲気の対価としてか値段も高いし多分二度と来ません。
再び襲ってくる冷気に身を凍えさせながら、拳を握って耐えつつ外に身を躍らせる。
僕も佐々原さんもこの寒さに辟易としており、自然と互いに早足になる。そのまま特に二人で会話することもなく、ここからほど近い、駅から三分の位置にあるゲーセンへと入店した。休日だからか親子連れの客やカップル客が多い。
あまり僕はゲーセンに来ることがない。アーケードゲームはやってないし偶に友人に付き合って入るくらいだ。故にこのゲーセンにも詳しくない。
「どこ行こうか?」
「そうですね……クレーンゲームとか見ません?色々と景品がありますし」
困った僕はこのゲーセンにも通じているだろう佐々原さんに聞いてみると、取り敢えず一階を回って見ようと提案される。否定する理由も無いので一つ返事で頷いた。
店内はクリスマスが近いこともあって普段以上に煌びやかな空間になっており、クリスマスツリーの装飾用照明からは自己主張するように様々な色の光が店内で弾けていた。
客の合間を縫って筐体の中に視線を向ける。クレーンマシーンの中にはビックサイズのお菓子の箱や人気アニメキャラのぬいぐるみなど様々なものが安置されている。佐々原さんはその一つに目を付けて立ち止まった。
「このぬいぐるみ、良いですよね。ちょっと欲しい……かも」
と、呟いて小さいポーチみたいなバックをごそごそと探ると財布を取り出した。いるかの形をしたポップなぬいぐるみだ……しかしデカい。デカすぎる。枕にしても有り余るくらいのサイズだ。
「あ、もしかしてこれも何かのキャラだったりする?」
「えー……多分違うと思います」
言いながら100円を投入して、ピロンと起動音が鳴った。佐々原さんはクレーンゲームはあまりやらないみたいで人差し指をボタンの上にそーっと乗せて「えっと……ここからぬいぐるみなら……2秒くらいかな?」と覚束ない操作でアームを操作する。しかし行き過ぎてしまったようで慌ててボタンを離すと。
「……菜崎さん、ここから代ってもらえませんか?」
「えっ……?」
「いや、あの、わたしじゃ取れる自信なくって……」
9回裏満塁2アウトノーストライク3ボールの大ピンチから投手交代を依頼された抑え投手のような気持ちだ。僕だって取れる自信あるはずないだろ……!
まあでも言ってても仕方ない、やるだけやってみよう。
大勢は既に決しており、アームは明らかにぬいぐるみの中心からずれた位置で次の命令を待っている。僕はボタンを押すと、目測でそれっぽい位置に来た時にここだとばかりに離してみる。期待感を煽るような音楽が流れ始めるが、アームはイルカの横っ腹を突き差すのみですぐに諦めて元の位置に戻って行ってしまった。まあそりゃそうだ。
「ごめん、普通に無理だった」
「いえ……!一回目に操作したわたしが全部悪いんです」
「そんな悪いだなんて思わなくてないって。じゃあ次僕がやってみるな?」
え?、と不思議そうな顔をする佐々原さんをさて置いて本日二度目のプレイ。あまりこの手のゲームはやったことないけど大体感覚は掴めた……かもしれない。
目測と感覚でアームを操作して、20秒もしない内に再び期待感を煽る音楽と共にアームが下降を始める。何とそのアームはぬいぐるみの両側面をがっちりと掴むと、遂には持ち上げて運び始め、ガコンと景品獲得口に重い音を立てて落とした。普通に駄目だと思ったけど意外にアームが強かったようだ。
「菜崎さんもそのぬいぐるみ欲しかったんですね」
「違うって。こんな大きなぬいぐるみ僕の部屋には置けないし。じゃなくて、これ」
「はい?」
「その、うん……。あげるよ、欲しかったんだろ」
キョトンと目を丸くさせると、時間を掛けてその意味を咀嚼して「いいんですか……?」と聞いてきた。
「勿論。そのために取ったんだからな。あ、お金なら僕は百円しか払ってないから気にしなくていいぞ」
そもそも僕が持ってても友人たちから気持ち悪がられ妹からは「お兄ちゃんかっわいー!なら今度一緒に雑貨見に行かない?気になるのあるんだ」と女性向けのファンシーショップに誘われるのが容易に想像がつく。男子高校生という生き物は繊細なのでその辺を超気にするのである。だから貰ってもらわなければ困る。真面目にガチで。
「ありがとう、ござい……ます」
「え、ちょっ……!?」
店内に置いてあったビニール袋に詰めてぬいぐるみを渡そうとしていると、佐々原さんは目をうるうるとさせて鼻声になった。泣いてる…………え、何でさ?
「ぼ、わたし、こんな親切にされるなん、て初めてで…………!」
佐々原さんは泣きながらぬいぐるみの袋を受け取った。こういう時どうすればいんだ。だってナンパした女の子にその謝礼代わりにぬいぐるみをあげたら泣き始めるなんて、慰めるにも出会って間もない佐々原さんのデリケートそうな事情に立ち入って良いのか……。
『あの男の人、女の子泣かせてるよ』
『ダメ、見ないの』
『店長、男性が明らかに未成年と見られる女の子を泣かせているんですけど警察に通報した方が良いでしょうか』
『あーそれは状況をもう少し観察しといてください。我々の勘違いって可能性もあります』
ヤバい。このままここにいたら何だかパクられる予感がする。
僕は「ちょっと疲れたなーお茶でもしよう、な?」と佐々原さんの手を掴んで店内を後にした。
そうして俯いたままの佐々原さんを伴ってまた冬の町。すぐ近くにあったカフェに避難するように僕と佐々原さんは入店すると、そこは奇しくも先程後にしたばかりのキラキラ喫茶店だった。
空いていた角席に逃げ込むように座ると、あ、と気付く。
「ご、ごめん!つい手握っちゃったけど……本当にごめんな」
「い、いえ……!気にしないでください」
「お詫びと言ったらアレだけどちょっと待ってて、適当に注文してくるから」
席を立って僕は列に並んでオレンジジュースを二つ注文する。ジュース二つで1100円……いくらこだわっているとは言っても学生的には納得できない値段だ。自販機なら240円で買えるのにな。
店員はさっき出て行ったばかりの僕たちに首を傾げていたが僕は愛想笑いを浮かべて誤魔化すとそのままジュースをテーブルに運ぶ。
「持ってきた。これ、オレンジジュースね」
「ありがとうございます……」
佐々原さんは受け取ると、紅潮した頬を隠すように下を向いてオレンジジュースを吸い始める。僕もそれに倣って意識をオレンジ色の液体に傾ける。……うん、まあ普通の味だ。確かに美味しいけど、これで一個550円か……今度こそ二度とか来ないからな。
数分ほどそうしていると佐々原さんは小さく口を開いた。
「初めて会った人に言うのもアレなのですけど……初めてだったんです。ここまで優しくされるの」
「……聞いても良いか?」
「はい。わたし、学校では虐められていまして友人がいないんです。虐められていると言っても直接的な被害がある訳じゃないんですけど……ただ何をしても無視されてしまうのです」
ポツリと、蛇口から床に滴る雫のような静けさを醸し出して佐々原さんは髪を揺らした。
無視、か。こんな可愛い子を無視するなんて……しかもまだ中学生だ。
「ちょっと立ち入ったことを聞いてもいいか?」
「はい……」
「佐々原さんってその、こんなこと言うとナンパみたいなんだけど見た目凄い可愛いからな。クラスメイトから人気無いのか?特に男子とかほっとかないだろ」
もし僕のクラスに佐々原さんがいたらと妄想してみる。ああ、絶対に告白ラッシュからの暴動に発展する。容姿はテレビの中から飛び出してきたアイドルみたいで、言動もお淑やかな美少女を放置する理由なんてない。と言うか男子校だから女子がいたら大体誰でもそうなるけどな。
「あの……そのことで一つ、告白しなきゃならないことがあります」
「告白?」
緊張した面持ちで佐々原さんは息を大きく吸い込んだ。告白って……もしかして。いやそんな、それはないだろ。だって会って三時間も経ってない。
とにかく何を言われても良いように僕は身構えると、今にも消え入りそうなほどの小声で佐々原さんは言った。
「はい……。実はわたし、女の子じゃないんです!」
「そうだったのか────はい?」
女の子じゃない?嘘でしょ?
マジマジと目の前の少女(少年?)を見つめてみる。女性的な顔立ちにスタイルも男みたいに角ばったものじゃなくスラリとしていて、おまけに声も柔和なそれで。なのに男?
「女の子じゃない」
「……はい」
「佐々原ユキは男の子である」
「……その通りです」
嘘だろ……何だろう、未だに衝撃が抜けない。騙されたショックというのはないが、思考を思い切り殴りつけられた気分だ。
「……じゃあもしかしてだけど、佐々原ユキのユキって漢字。僕は天から降る方の雪って思ってたけど……」
「理由の由に樹木のじゅで、由樹です……」
完全に男の子の名前……。ガチなのか……。
「本当にごめんなさい……!騙しているような形になってしまって……」
佐々原さんは空っぽになったオレンジジュースを脇によけ、頭を下げた。
……正直、僕個人としては別に構わないと思っている。確かに佐々原さんが女の子だったらよかったなぁとかあわよくば、みたいなナンパ的思考があったのは事実だが。だが結局メインはレポート奪還である。間違っても女の子漁りとかじゃないし、そんなことを趣味にするほど僕は遊び人でもない。
僕は頭を今なお下げ続ける佐々原さんに視線を向ける。
もしここで僕が「いいよ、佐々原さんが女の子でも男でも全然気にしないよ」とか宣わっても佐々原さんから罪悪感は消えないだろう。僕が本当に気にしていなくとも本人の中でその感情はずっと燻り続けるのだ。
だから、いま必要なのは許しの言葉じゃない。必要なのは対価だ。
「じゃあさ、一つ頼まれてくれないか?」
「は、はい……!何でも言ってください!」
「一緒に自撮り、しようか」
「……………………へ?」
────────
「お前、マジでナンパしたのか……?アレ合成とかじゃないよな?」
「ホントだって言ってるだろ。写真も一昨日送っただろ」
翌々日の朝のホームルーム前。
僕からレポートを奪い取って拉致監禁しやがったクソ野郎こと細川と教室の一角で話していた。無駄に足を組んで話してくるのがムカつくな、コイツ。
「……まあ、しゃあねえな。まさかお前が本気でやって、しかも女の子相手に一緒にチェキを取ることすら出来たなんてな。ほらよ」
「ったく。マジで次から罰ゲームの内容はもっと考えろよな。滅茶苦茶苦労したんだぞ」
細川は僕の書いたレポートをバックから取り出すとこちらへと差し出す。これで教師から怒られずに済む……。
僕が受け取ろうとすると、ぐっと細川は指に力を込めた。おい、んなことされたら取れないだろ。
「ところで菜崎。あんな美少女、何処で出会った」
「何処って……地元の駅前だが」
「俺に紹介とか……」
「するかよボケ。シバくぞ」
無理矢理引っ剥がす。多少紙が破けたがまあしょうがない。これは必要な事だったのだ。
そもそも彼女は少年である。文章が意味分からないかもしれないが本当にそうだから仕方ない。これがバレたらまた面倒なことを言い始めそうだから絶対に隠すし言う気も無い。……佐々原さんの事情も鑑みたら話せるはず、ないしな。
「ちぇ……名前くらい良いだろうが。ここは天下の男子校、出会いも何も欠片も無い。同性に囲まれたこの環境は言わば監獄だ。その友人である俺にちょ~っとばかし甘酸っぱい思い出のおそそ分けしてくれてもバチは当たらないと思うんですけどね」
「寧ろバチに当たるのはお前だよ。人を一人でナンパさせやがって……そんなに出会いが欲しいなら僕と同じようにナンパすりゃいいだろナンパ。ええ?お前が最初に僕に対して要求してきたんだぞ」
「んなこと言ってもフツメンのお前がそんな美少女とツーショット写真取れるほど仲良くなれるとは思わねえだろ普通!……いや。お前、まさかレンタル彼女使ったりとか……」
「マジでお前、次言ったら殺すからな。階段下ってるときに背後から突き落とすからな」
冗談だって何マジになってんだよ、と嘯く細川に僕は鼻を鳴らして、そこで丁度HRの始まりを告げる本鈴が校内に鳴り渡った。段々周りの喧騒は逓減していき、担任の先生が入ってきて教壇に立つと完全に静寂が訪れた。
先生が連絡事項を話している中、自然と考えるのは一昨日のことだった。
細川に出すナンパ成功の証拠写真を撮った後、更に彼女、いや彼とは色々話した。
『一つ聞きたいんだが……何でそんな、女性服を着てるんだ?あ、勿論言いたくないなら言わなくてもいいからな』
話題の流れからそんなことを聞いたりもした。そうすると佐々原さんは口を噤みながら、ぽつぽつと話し始める。
『わたし、友達いないじゃないですか……。元々根暗なのもあってあんまり交友関係とかもどうすれば出来るのか想像つかなくて……それで、「お前って女ならそこそこ良さそうだよな」と言われたことがありまして。それで思ったんです。もしかしたら女の子になれば友達が出来るのかもしれないと思って……その……不純な動機ですけど……』
瞳に涙を溜めた佐々原さんに、僕は衝撃を受けたのだ。
何だこの純白少女、いや少年は、と。
ここまで謙虚で可愛い顔立ちをしていて、その上にこの純粋無垢さと言ったら昨今見ないレベルの清らかさだ。話していた時もそれは感じていたが思い返せば思い返すほどその気持ちは強くなった。
この少年は絶対守らなきゃならない。そんな想いすら男子高校生ながら湧いてきたのだ。自分でもどうして生じたのか分からないが、とにかくこのまま放っといたら良くない気がした。
『……よければ連絡先、交換しないか?』
『え……良いんですか?』
『良いというか、佐々原さんが良ければなんだけど』
『是非!交換しましょう!わたし、貴方のことは信用しています!』
……だってコレ、ほっといたら変な人間に騙されて酷い目に合いそうだ。
そんなことを考えながら平日の始まりは過ぎ去っていった。
需要があれば続き書くかもしれないし、またネタ思いつけば書くかもしれない感じです。ふわっふわっか。