デュエル・マスターズ Call of Creature -神話の喚び声- 作:モノクロらいおん
「しるす……? えーと……」
「書き記す、の記です」
「? ? ?」
「すまん。馬鹿は漢字もわからないんだ」
「あ、じゃあ書きますよ……こうです」
「……うん! 覚えた! 記君ね!」
「小学生レベルの漢字すら口頭でわからないか……」
とは言うものの、口には出さないだけで、変な名前だと澪も思っています。
大会で使っている名前と言っていた。つまりこれは、本名ではないのかもしれない。青崎はともかく、記、などという名前はまず聞かない。
「それで、春永さん、ですね。そちらは……?」
「ん、俺は……」
「澪君よ! 苗字忘れちゃったけど!」
「人が名乗る前に勝手に紹介すんな。というか苗字忘れたのかよ、何年の付き合いだと思ってるんだ」
「3年! ……4年だったかしら? とりあえずいっぱい!」
「3より大きい数が数えられない原始人以下かよお前は」
「……とりあえず、お二人の仲が良いことはわかりました。そういう関係ですか?」
「は?」
一瞬、澪は本気で頭が沸騰しそうになった。
しかし相手は中学生。子供相手にムキになって怒るというのも大人げないので、その怒りは無理やり叩き伏せます。
「ただの腐れ縁だ」
「お友達よ! 大親友と言ってもいいわ!」
「……こいつは自分の都合の良いようにしか世界を見てないから、話半分に聞いてくれ」
「はい。だいたい分かりました」
「今日、私にデュエマ教えてくれたのも澪君なのよ!」
「あ、初めての人だったんですね……どうしよう。僕、普段使いのデッキ1つしか持ってませんけど」
「まあそれでも構わんだろ」
「そうね。一緒に遊んでくれるだけで嬉しいわ」
「はぁ。まあ、そう仰るのなら、これで」
そう言って青崎少年は、デッキケースからデッキを1つ取り出して、慣れた手つきでカットします。
「始める前にひとつ。悪いが、こいつの後ろについててもいいか?」
「構いませんよ」
丁寧だがそれほど畏まった風もなく自然体。落ち着いていた応答。背格好や顔つきは子供ですが、精神面では木葉よりよほど大人な青崎少年でした。
澪からすれば、背伸びしているというか、こまっしゃくれている子供に映ります。それもまた子供らしいと言えばそうですが。
(……まあ、どうでもいいことか)
目に付くとしても、生意気な悪ガキというわけではないのなら、それでいい。大人な振る舞いをするというのなら、変に騒ぎ立てるようなこともしないだろうと、澪は結論づけました。
とりあえず今は、木葉と青崎少年の対戦です。あまり口出しはしないつもりですが、せめてルールミスはないように、彼女の手綱を握らねばなりません。
――手綱を握るって言うと、手放したくなるな……
残念ながら、そういうわけにもいかんのです。
――数時間後――
「《アストラル・リーフ》でダイレクトアタックです」
「みゃー! 負けたわ! 10連敗!」
「よくそんなにボロ負けするまで挑む気になれるよな、お前……」
10回。10回も対戦して、木葉は全敗。
これは木葉のプレイングもデッキも弱いというのもそうですが、純粋に、青崎少年も強かったのです。
(水のみのサイバーデッキ……手札を稼いで小型で速攻か)
コストの軽いクリーチャーを、大量の手札から大量展開。圧倒的な物量を、激流のように叩き付けるデッキ。
単純だが、とても強烈です。木葉のデッキでは、そのあまりの大軍を捌ききれません。
だから10連敗。トリガーで1体2体を処理したところで、効果が薄いのです。木葉のデッキとプレイングでは、処理できません。
「うー、記君強いー。澪君の百億兆倍強いー」
「頭の悪い数字を出すな」
「澪さん? は、対戦しないんですか?」
「俺はいい」
「えー? 澪君も遊べばいいのに。楽しいわよ?」
「いいんだよ俺は。そもそも、目的はお前がデュエマを覚えることなんだからな」
バイトという名目で、そのティーチングのために雇われたのが澪です。だから一緒に遊ぶために来たつもりはありません。
「というか、随分長いことやってるが、お前ら時間は大丈夫、なの……か……?」
「澪君?」
「…………」
「どうしました?」
急に語気が消える澪に、木葉と青崎少年の2人は怪訝そうに覗き込みます。
いつでもポーカーフェイスでクールな表情を崩さない澪。それが綻びかけ、そして絶句している。それだけで、彼が相当に驚愕していることがわかるでしょう。青崎少年はわからないにせよ、木葉はそれなりに長い付き合いです。なんとなく、彼の狼狽を察しました。
「なにかあったの? 澪君」
「……いねぇ」
「いない?」
「あぁ……“客がいない”」
その言葉を受け、木葉と青崎少年の2人も、ハッと我に返ったように、現実を認識します。
なぜ今まで気付かなかったのか。それほどデュエマに集中していたのか。
あれほど繁盛していた店は、奇妙なほど静か。人の声は皆無、物音もなく、それどころか、人の姿がない。
客も、店員も、澪、木葉、青崎少年。3人以外の人間が、綺麗さっぱりと消えています。
「え? あ、あれ? 知らないうちに閉店時間になっちゃったのかしら?」
「そんなわけあるか」
「そうですね。店を閉めるなら、店内に残ってるお客さんに声を掛けるはず。それに閉店したからって、店員はすぐに帰るわけじゃないでしょう。なのに、誰もいない。しかもそれに気付かなかったなんて……」
明らかに異常だった。
知らず知らずのうちに、現実と虚構が反転するように、日常と非日常が切り替わっていた。
そんなことは、あり得ないはずなのに。
その事象に、怖気が走る。正気に罅を入れるかのように、狂気が頭を殴りつけてくる。
そんな馬鹿げた出来事に立ちくらみそうになりながらも、澪は堪えました。
「と、とりあえず、閉店時間なら店を出なくちゃいけないわよね……」
「だから違うと……」
「しかし外に出るのは賛成です。店内の人が消えてしまった理由はわかりませんが、一度、移動するべきかと」
「……そうだな」
それは調査というより逃避の言い訳のようですが、異を唱える理由もありません。
3人は手早く荷物を纏めると、カードショップの出入り口まで来ます。そして、扉を開けようとしますが、
「あ、開かないわ!? 鍵掛かってる!」
「内側なのにか? おかしいだろ」
「だって開かないんだもん! ほら! ほら!」
ガチャガチャと何度もドアノブを回したり、扉を押したり引いたりする木葉。確かに、扉は開かない。
澪もドアノブに手を掛けますが、開きません。扉には鍵穴があり、やはり鍵が掛かっているようです。
「確かにこの手応え、鍵が掛かってるな……内側なのに鍵というのもおかしな話だが」
「私たち、閉じ込められちゃった……!?」
「落ち着け。変な造りだが、普通、店の鍵は店内にあるものだろ。最悪、ピッキングでも無理やりぶち破るでもいい。なんなら窓からだって――」
と、澪が振り返った、刹那。
――煙の中から、悪意が、こちらを睨み付けていた。
いつだって、非日常は唐突に。
カドショの犬小屋、ここからが本当の始まりでございます。