デュエル・マスターズ Call of Creature -神話の喚び声- 作:モノクロらいおん
最初に異常を検知したのは、嗅覚。
不快感を催す異様な臭気。死体安置所の腐敗の臭い。それは真正面から、彼らに怖気を植え付けるには十分すぎる臭いだ。
そして、次に視覚。
カードショップの端。部屋の隅。自分達が、さっきまでカードゲームをしていたテーブル。
その角から、煙が噴き上がっている。
火事ではない。これは、ものが燃える黒煙ではない。火の気はなく、漂ってくる臭気は炎などという情熱的なものではない。もっと冷たく、無惨で、残酷な死の臭いだ。
煙は部屋中に撹拌することはなく、一定の範囲で燻っている。それどころか、煙の中からなにかが顔を出す。
いや違う。煙の中から顔を出したのではない。煙そのものが、顔を形成したのだ。
次に脚が、続けて腕、身体。全身が、姿を現す。
それは、全身が青い膿のようなもので覆われた、獣のような、いまいち輪郭が判然としないものだった。
頭のような部位には、ギラギラと凶悪に光る眼が見える。脚のような部位が伸びる身体があり、ゆっくりとだが脈動を始め、それが生き物のようであると、辛うじて予想できる。
いや、しかし、生き物、のようである、としか言いようがない。
それは犬とも猫とも、狼とも獅子とも、龍とも悪魔とも言えない。実に奇怪、実に奇妙、実に不可思議な、人の想像の外にある、怪物だった。
(――――)
一瞬、脳が理解を拒む。否。元よりそれは理解できる代物に非ず。常識も倫理も超えた。人智の中にない、“なにか”だ。
その刹那、3人の運命は回り、転がる。運否天賦。賽の目のように、デタラメに、理不尽に、彼らを非日常に引きずり込んでいく。
正気の削れる音がする。あり得ざる恐怖が躙り寄ってくる。
「な、んだ……ありゃ……!?」
さしもの澪も、この異常事態に動揺が隠しきれません。
なにもかもが意味不明で理解不能ですが、わかっていることはただひとつ。
他者の悪意、害意に敏感な澪だからこそ、察せられたのか。あるいは誰でも分かるほどの、それは大きな気を発しているのか。
どちらにせよ、かの化物は、明確な殺気を持っている。
獲物を狩る猟犬のような、ギラついた眼を、膿の中から覗かせている。
「っ……逃げるぞ!」
「え? え?」
「ボサッとすんな! 状況わかってんのか!」
「いや、あれ……なにかしらね?」
「こんな時まで能天気にしてんじゃねぇクソ馬鹿女!」
「クソは流石に汚いわ! 失礼よ澪君!」
「うるせぇ! いいから逃げるぞ!」
とは言ったものの、出入り口の扉は開かない。外への脱出は不可能。
窓は、途中に化物がいる。あれの脇をすり抜けて窓から外へ……危険すぎます。澪ひとりならともかく、木葉や青崎少年が同じように走って脇をすり抜けられるかどうか。
逃げ道はない? いいえ、リスクはありますが、ひとつだけありました。
(……カウンター奥。恐らく、店の倉庫か事務室かがある扉……!)
少なくともそこは出口ではありません。下手に突っ込んでも袋小路になるかもしれない。
しかし非常口がある可能性も否定できない。窓があれば、化物の脇を通り抜けることなく外に出られるかもしれない。
その先は未知の領域。しかし化物は青い膿を垂らしながら、こちらに近づく気配があります。このままでは、襲われることはほぼ確実。
一時凌ぎでもいい。とにかく、動く。
出たとこ勝負なんて大嫌いでも、今までそうやって生きてきた。
澪は叫び、駆け出します。
「あそこだ! 走れ!」
「ま、待って!」
「急げ! あいつはヤバい! なにされるかわかんねぇぞ!」
「でも、記君が……!」
「あん!?」
澪は青崎少年へと視線を向けます。
「あ……ぅ……!」
彼は、固まっていました。賽の目の悪戯でしょうか。ほんの僅かな、一時的なものでありましょうが、狂気に陥っております。
極度の恐怖により、身体が硬直していました。彼はまともに動けないでしょう。
「餓鬼め、世話の焼ける……! こいつは俺が請け負う! お前は先に逃げろ!」
「う、うん……!」
木葉はパタパタと、鈍い足取りながらもカウンター奥の扉へと駆けます。
澪は青崎少年を抱え上げ――小柄で華奢な体躯のお陰で軽い――その後に続きます。
そして化物は、そんな彼らに対し、咆えるように唸り、床を蹴り飛ばす。
狂気なる脅威は、すぐ背後まで、迫ってきた。
「澪君! 記君!」
扉を開け放ち、2人を迎え入れようとする木葉。記を抱えて飛び込もうとする澪。
そんな彼らの背後で、空を貫く音が、小さく響いた。
「――澪君!」
木葉の声に、思わず澪は振り返ってしまった。
化物が、猟犬のように、獲物を喰らう眼を光らせ、大口を空けていた。
餓えた口腔から舌のような細長いものが、まっすぐに、澪へと伸びていく。
――避けられ――
――ない。
格闘技の訓練もしていない。スポーツをしているわけでもない。喧嘩で鍛えたわけでもない。
初期値で回避なんて、よほど運が良くないと、成功するものではありません。少年を抱えたままというのであれば、なおさら。
化物の舌は、澪の背中に――深々と突き刺さった。
回避の初期値はDEX(器用さ、敏捷性)×2。DEXは通常なら3d6。即ち、人間であれば回避初期値は最大36%。あなたは3割に命を預けられますか? 作者は回避に技能ポイント振るのが好きではないので3割どころか2割弱で割り切ってます。