カチリ。
撃鉄が下ろされ、続く炸裂音。放たれた黒銀の弾丸は、寸分違わず怪物の眉間を貫いた。
続けて二発、三発。頸部と心臓部を撃ち抜かれ、3メートルに及ぶ猿型の化け物は動きを止めた。
「はぁ……はぁっ、クソッタレが」
慣れた手付きで銃をリロードし、瓦礫に腰を下ろす。玉のような汗が頬を伝う。男は赤く濡れた迷彩服をはだけ、空を見上げた。
薄白いキャンパスに描かれた無数の糸。彼方を飛び交う戦闘機は、その連携を以て赤目の黒影を撃墜する。
周囲を見渡せば、倒れたビルと無数の残骸。ひび割れ血が染みたコンクリートが大地を覆う。
地平を望めば、立ち並ぶ黒銀の柱。今も資材を運ぶ航空機と護衛機が空を駆け、絶対の境界を築いている。
平和を生きた人の誰が、この戦場を日本と思うだろうか。時とともに紅に染まりゆく世界で、無為に問いを投げ掛けた。
あの日、世界は戦火に包まれた。ガストレアと呼ばれた異形の化け物が、大地を、空を、埋め尽くした。人は必死に抗ってこそいるが、このザマだ。逃げ惑い、蹂躙され、ようやく見つけた
笑い話だ。食物連鎖の頂点から蹴り落とされ、自然の摂理に淘汰されようとしているのに、愚かにも生に縋りつくのだから。
男は自嘲気味にハッと笑う。ふと、自分のものとは異なる息遣いを感じた。首を回し、背後に目を向ける。巨大な赤く燃える瞳が、男を見つめていた。
「あああああッ!」
振り向き様に発砲。しかし胴体に着弾し、致命傷には至らず。それは猫のガストレアだろうか。咄嗟に思考を巡らせるが、形容しがたい姿に答えは出ず。
激昂したガストレアが男に飛びかかる。衝撃でピストルが宙を舞う。背中から地面に叩きつけられ、呼吸が止まる。マウントポジション。ガストレアを目前に、逃げることは不可能。
死。
その言葉が頭によぎった刹那、懐から黒銀の塊を3つ掴み取った。バラニウム製強化グレネード。
「死にやがれ!」
腕が噛み潰される激痛。直後、視界が赤白く染まった。
――。
――意識が朦朧とする……。音が間延びして聴こえる……。
――これは、ドイツ語か……?
「いや、むしろ好都合か。国のために戦う自衛隊員なら、助けない方が問題だ。では、手術を始めようか」
――。
どれほどの時間が経ったのか。気づいた時には戦争は終わっていた。
目を覚ました男を迎えたのは病院の天井だった。医師によれば、頭部が爆散したステージⅣガストレアの死体の下敷きになっていたところを発見。大規模な手術が行われ、なんとか一命を取り留めたのだという。
体の至るところにバラニウムの破片が突き刺さり、左半身を中心に重度の火傷。左腕に関しては完全に吹き飛んでいた。生き残れたのは奇跡という他ない。
男の左腕には神経接続式の義手が装着されていた。違和感はあったが多少のリハビリで十全に動くようになった。火傷の痕もなく、死に瀕していたとは思えないほどの健康体となっていた。
まもなく退院した男が見たのは、醜き箱庭だった。モノリスの結界の庇護の中、つかの間勝ち取った平和を謳歌する人々。醜悪な平穏。気持ち悪いほどの生への執着に怖気がした。
そして男は民警となった。
少女は冷めた眼差しで男を睨んだ。男は強く舌を鳴らした。少女の髪を鷲掴みにして顔を上げさせ、心底嫌そうにその冷えきった目を見据える。
「戦いの基本はコミュニケーションだ。嫌でも俺達はパートナーになる。礼儀は弁えろ。いいな?」
「……はい」
返事を確認すると、男は手を離した。少女の長い黒髪がくしゃりと落ちる。
「ったく、面倒だな。来い」
踵を返し歩く男の3歩後ろを少女は歩く。その目は困惑した様子で男の背を見ていた。
鬱蒼とした密林。月明かりの遮られた暗闇の中、ガストレアウイルスがもたらしたジャングルに迷彩服姿で男はいた。
「アルファワン。目標を確認した」
暗視ゴーグルを通した視線の先には巨大な爬虫類型のガストレア。体に対し不釣り合いに小さい翼を携え、その姿はさながら空想のドラゴンのようだ。推定、ステージⅣ。
『ガンマワン。こっちでも確認できたぜ』
「オーケー。ベータツーは目標の気を引き付けろ。その隙にアルファツーとガンマツーで目標を叩く。ベータワンは退避、ガンマワンは周囲の警戒を」
通信機から各員の承知した旨が伝えられる。男――アルファワンは小さく頷いた。
「俺はヤツの目を撃つ。不用意に音は鳴らすなよ。以上、作戦開始」
通信機と入れ替えるようにスナイパーライフルを構える。サプレッサーを装着すると同時に小柄な人影が
ドラゴンの頭部に鋭い飛び蹴りを当てた人影は、反動を利用して宙に飛び上がる。木の幹に着地するように足を着けた青い髪の少女は、腕の代わりに生えている大きな飛膜を持つ翼を広げて木の幹を蹴った。
木々の間を翼を駆使して跳び回りヒットアンドアウェイを繰り返す青髪の少女を前に、ドラゴンは怒り狂いがむしゃらに攻撃を繰り出す。対し青髪の少女は死角から迫る攻撃すらも悠々と躱し、踊るように打撃を加えていく。
「ナイス」
アルファワンは
突如として視界を半分失い、戸惑ったように地団駄を踏むドラゴン。結果生まれたその隙が見逃されるはずもなく、2つの影が飛び出した。
長い黒髪を闇夜に棚引かせる少女が、彼女の身長の2倍はある太刀がドラゴンの左脚を深く切り裂く。
高く飛び上がった栗色の髪の少女が、彼女の体を丸めたよりも大きいハンマーをドラゴンの右側頭部に叩きつける。
ハンマーの強烈な衝撃を殺そうにも、斬られたばかりの左脚では踏ん張りが利かない。ドラゴンは立っていることができず、地響きと共に転倒した。
『ガンマワン。NNE方向から蛇型ガストレアが接近中だぜ。推定到達時間は3分』
「ノープロブレム。もう終わる」
再び
両目を失ったドラゴンをハンマーの殴打と太刀の斬撃が襲う。ドラゴンの最期を見届けることすらせずスナイパーライフルを片付け、コンパスに目を向ける。通信機を手に持ち顔を上げた時には少女達の姿はなく、ドラゴンは既に事切れていた。
「アルファワン。目標の討伐を確認、撤退する。ベータワン、ライト。」
『あいよ』
短い応答の後、ハッキリ目視できる程度の光が1秒間暗闇を照らす。草木をサバイバルナイフで掻き分け、アルファワンは光源のあった方向へ移動を開始した。
時間にしておよそ50秒。アルファワンは5人の人影を目視した。
「ホイホイガストレアに見つかんなデカブツ」
「どっかのバカが爆弾使いやがったのが悪い」
2メートルを悠に越える巨躯の大男。アルファワン同様迷彩服と暗視ゴーグルを身に付け、広々とした左の肩に腕が翼となった青髪のイニシエーターを座らせている。
「ベータワンいじる暇あったら早く逃げるぞ。作戦中だろ?」
「ん、そうだな。すまないガンマワン」
同じく迷彩服に身を包み暗視ゴーグルを付けた細身の男。その傍らでは栗色の髪のイニシエーターが、赤目を輝かせつまらなさそうにハンマーを指の力だけで回している。
「遅い」
「少し遠かったんでな。迎えに来てもよかったんだぞ?」
「冗談じゃない」
「だろうな」
剥き身の太刀を地面に刃が着かないよう持つ黒髪のイニシエーターは、冷たい眼差しでアルファワンを睨む。アルファワンは肩を
「S方向へ退避する。総員続け」
全員の応える声と同時に移動を開始する。ものの10秒後にはその場に人の気配は無く、遅れて来たガストレアはそのままどこかへ去っていった。
退避中。無数の銃撃音が夜闇に響いた。アルファワンは片手を挙げ続く全員を停止させる。音を確認。明らかに1人や2人の銃声ではない。大規模な戦闘が起きている。
音を頼りに移動を再開した。苛烈なその音に森が起きるピリついた気配を感じる。しかし銃声の密度は徐々に減り、さほど経たない内にパタリと止んでしまった。
再びの静寂。慎重に歩を進める。じっとりと汗が滲む。やがて開けた場所に出た。まるで感じることの無かった風が通り抜ける。月明かりが荒廃した住宅街を柔らかく照らす。
銃撃音が鳴り響く。今度は密度は薄い。だが、同時に聴こえる
「アルファツーとベータツーは先行して援護」
「了解」
「はーい」
「ガンマツーはプロモーターの護衛を」
「ほいほい」
「目標数不明、ガストレアを掃討する。作戦開始だ」
応。
青髪のイニシエーター――ベータツーが跳ね飛び上がり翼を広げ滑空。それを追うように朽ちた家屋の屋根へ跳び移る
栗毛のイニシエーター、ガンマツーは最後尾に着き3人のプロモーターは音を殺して走り出した。
走る途中、別の方向からも銃撃の音が聴こえたが、他の音が介在しないことからピストルを撃ち合う音だと結論付けた。であれば優先度は明白。
やがてガストレアの群れを見る。森から絶え間なく表れる大小様々なガストレア。そのほとんどが獲物にたどり着く前にバラニウムの弾幕に屠られている。目を向ければ驚くべきことに、弾幕の主は瞳を赤く煌々と輝かせた少女1人。銃器を巧みに持ち替えながら、照準の正確な銃撃とリロードを並行するそれは神業と言う他ない。
しかしそれでも全てのガストレアを仕留めることは敵わない。爬虫類と思われるガストレアの死骸を盾に弾幕を突破して少女に迫る類人猿型ガストレア。あと数歩で長い腕が届く。と思われたが、そこで類人猿型ガストレアの首が落ちる。力を失い倒れるガストレアの死骸を蹴り飛ばし、血に塗れた太刀で空を斬る。アルファツーは、次の標的を見定めて姿を消した。
ふと影を感じて見上げれば、宙を舞う鳥型のガストレア。死角である上空から弾幕の主を仕留めようと降下してくる。その巨大な影に迫る小さな影がひとつ。ベータツーはガストレアの翼に体当たりし、バランスを崩したガストレアは墜落した。すかさずガストレアは起き上がろうともがくが、それよりも早くベータツーの構えたピストルによって葬られる。
弾幕を張る不動の砦とそれを守護する2人の戦士によって、砦の後方、小規模な戦闘音の聴こえる場所への侵略を押し止めていた。
プロモーターの3人とガンマツーは、ガストレアの襲撃を退けながら素早く砦の傍らまで潜り込む。1人で終わりの見えない戦いにに立ち向かおうとした少女は、先頭のアルファワンを視界の端に見ると口を開きかける。それを制すように、アルファワンは膝を地に着け少女の背に手を添えた。
「因子の解放を抑えろ。無茶はせず援護に徹しろ」
有無を言わさぬ口調に、一瞬、少女の手が止まった。
「後は俺達がやる」
アルファワンは立ち上がる。
「総員、ガストレアの殲滅に当たれ!」
張り上げた声に呼応するように、各々が武器を構えた。
はじめに火を吹いたのはベータワンのガトリングガンだった。かつてミニガンと呼ばれたそれに酷似した機関銃は、夜より暗い弾の嵐を並み居るガストレアに叩きつける。
続く断続的な炸裂音。アルファワンが
短時間で押し上げられた前線まで進んだガンマワンは、アサルトライフルでガストレアの脚を執拗に狙う。イニシエーター達の援護を受けつつガストレアの動きを止めれば、大口径弾が飛来しその頭蓋を撃ち貫く。
それは抗戦などではなく、一方的な蹂躙だった。殲滅だった。虐殺だった。たった3組のペアの参戦により、相討ちに終わるはずの戦いは全く別の結末を迎える。
「あなたはいったい……」
彼方で轟々と唸り声を上げる長大な構造物。『天の梯子』は力を滾らせ、その機械の瞳に獲物を捉える。
「俺か? 名乗るものでもないが――」
刹那、空を一条の光が走る。それはあまりにも一瞬で、轟音はあまねく音を塗り潰し、夜闇を切り裂いた。
その異名を
「――『
これはガストレアを殺すことに生きる意味を見出だした、一人の男の物語である。