なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい!   作:黒マメファナ

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静かな夜と騒がしい朝

 幼馴染さんが俺の家に泊まった。うちの両親は久しぶりに会えたということもあって大喜びだった。しばらく俺の部屋にいたけど、眠くなったからと帰っていく後ろ姿がほんの少しだけ違って見えたよ。

 因みに俺は全然眠れなくて悶々としていた。欲情とかじゃなくて、千聖さんと彼女の間に流れた空気について。

 二人は親友だ。千聖さんにとっては女優でもアイドルでもない彼女自身として向き合える数少ない友人として。幼馴染さんにとっては、気の許せる友達として。

 それなのに……あの空気は一体。ケンカでもしてる? でもだったら少なくとも幼馴染さんはそれを隠し通すとは思えない。一応まだあの約束は生きてると思うし。

 

「どうしたんだろう……はぁ」

 

 こんな時にSNSでリアル情報が呟けるアカウントでも持ってたら多少は愚痴を吐き出せる場所があるのだろうか。でも幼馴染さんと推しが親友で云々とかマジでクソリプ上等ネタじゃん。俺だったら即刻嘘松って送るかブロックするもん。キモくない? 推しとリアルで知り合いでそれに関する愚痴とかキモさ最大級じゃん。そもそも推しのプライベートとか出したくもないよ。

 だったらこの愚痴を解消する手だてはたった一つだ。二人の共通の知り合いとかに頼るところなんだけど。俺が知ってる人は風紀委員さん、彼女はあまり二人と仲良く関わっているようではないし、後は幼馴染さんと同じファストフード店で働いていて、尚且つ千聖さんとも近い距離にいる人がいるんだけど……ダメだ。俺はあくまでアイドルとはアイドルとしての距離がほしい。幼馴染の友人とか、幼馴染の親友の仲間とかそういう括りでプライベートなお近づきはしたくない。

 

「……あ、いるじゃん。ものすごい最低な考え方だけど」

 

 ただしリスクがある。曲がりなりにもその子もアイドルだということ。風紀委員さんにバレたら確実に殺されること。相手の性格上ちゃんとした回答が得られる確証はないということ。推しじゃないし話すこともないからそれでいいやとかいう最低な状態だけど。そうなればひとまず、次のお渡し会までこの件は保留にしておこう。

 

「ようやく寝れそうだ……って、あれ?」

「あ……」

「まだ起きてたんだ」

「うん……眠れなくて」

 

 さっき眠いとか言ってたじゃん、というツッコミはあとにするとして、幼馴染さんはリビングのソファの上でなるべく明かりをつけることなく、自分で持ち込んだマグカップに紅茶を淹れて啜っていた。紅茶なんて飲んだら余計に寝れなくなる気がするけどそこは流石紅茶党、リラックスできるからと苦笑いをしながら、俺のために隣を空けてくれた。

 

「キミも、寝れなかったの?」

「まぁ……うん」

「そっか」

 

 理由はいつもの訊くな、というオーラを全面に出しておく。こうしていると全く普通だよなぁ。さっきのあれはなんだったんだろうというくらいに、いつもの幼馴染さんだ。

 ふんわりとした柔らかくて甘いホイップクリームのような雰囲気、頬に浮かべる微笑は、穏やかな風に運ばれる雲のようだった。

 

「最近」

「ん?」

「……千聖ちゃんと、仲良いんだね」

 

 仲良い、かぁ。まぁそうなるのかな。パンツを見てしまって、見せられて……そんな呆れてしまうくらいの出逢いがあったけれど。

 千聖さんのこと、幼馴染さんは嫌い……だったりするのかな。それはそれで、悲しいことだけど。

 

「嫌いじゃないよ……好き」

「うん、ならいいんだけどさ」

「ただ、千聖ちゃんは嘘つきだから」

 

 嘘つき、その言葉がなんだか俺の胸にも刺さった。確かにあの人は嘘をつく。彼女が嫌いな嘘を。でも演技って、女優って、アイドルってそういうものだっていう認識が俺にはあった。プライベートじゃないもう一人の自分を演じなきゃいけない。ああして応援し続けてもらうには嘘をつかないと生きていけないんだと思う。

 そうすると、いつの間にか本当の自分が嫌いになってしまうんだ。誰にも見せないように、奥底に閉じ込めてしまうんだ。

 

「違うよ」

「え?」

「キミが言ってることは……全然違うことだよ」

 

 しかし、その言葉が嫌だったのか、幼馴染さんは拒絶した。また怒りが彼女の横顔に浮かび上がった。

 ──やっぱり、何かあったんだ。二人の間になにかがあって、亀裂が走ってる。そういうことなんだ。

 

「千聖さんと、ケンカしてる?」

「ケンカ……ケンカ()してないよ」

 

 ただ、彼女に確認した通りケンカではない。ケンカではないけど何かが二人の間で亀裂を生んだ。俺はそれをなんとかすることができれば、また二人は親友になれるのだと思う。そう信じたい。幼馴染さんと話をしている時の千聖さんは、すごくリラックスしていて、穏やかな雰囲気を纏っている。飾らない千聖さんが、そこにはいる気がしたから。

 

「ねぇ……?」

「なに……ってなにしてんの?」

「いいから、少し……訊きたいことがあるんだ」

 

 俺が決意を新たにしていると、その膝の上に優しい空の色をした髪が、溢れ出した水のように散らばって、紫の……冬に咲く背の小さな花のような瞳が、俺の顔をじっと見つめていた。

 つい先日千聖さんにもこれしたな……なんて思いながら俺は彼女の言葉の先を促す。というか嫌だとか言えないじゃんこの状況。ナチュラルに選択肢を一択にするのやめない? 

 

「キミにとって千聖ちゃんはなに? キミは千聖ちゃんの……なに?」

「なにって……」

 

 勿論答えは決まったものだ。俺にとって千聖ちゃんは推しだ。それが千聖さんであっても、推しなことに変わりない。彼女がアイドルである限り、俺は推し続けると決めてるから。二つ目の質問も必然、俺は千聖ちゃんの厄介認知キモオタだよ。彼女に認知してもらうことが生きがいの、気持ち悪いオタクだよ。

 

「そっか、じゃあ……私は?」

 

 それも考えるまでもなく俺の中に答えはある。幼馴染さんは幼馴染だ。物心ついた時には一緒にいて、親に帰るよと言われるまで仲良く遊んで、外や家の中で、沢山の時間を過ごした、幼少期のかけがえのない友達であり、疎遠になってまた会ってからは俺の話をちゃんと聞いてくれて色々なことをして助けてくれる、家族以外では一番距離の近いヒト……って言えばいいんだろうか。一言で片づけられないよな。

 

「一番……うん、わかった」

 

 ふわりと、幼馴染さんは微笑んだ。何がわかったのかわからないんだけど、どうやらその回答でよかったようで、彼女は起き上がりまた紅茶を一口、俺にとっては眠れなくなりそうな香りのするそれを飲み干した。

 

「ふふ……えへへ」

「なに……どうしたの?」

「一番かぁって思ったら、つい」

 

 やめてよ! そうやって笑いものにするんだ。一番って言ってもそういう意味じゃないからね? 確かにほら幼馴染さんは幼馴染だから女として見れねぇんだ……みたいなことにならない塩梅に思春期もとい中二病真っ盛りの時期が一番疎遠だったんだから俺は一応そういう意識もあるんだからね? だからってまるで口説かれちゃって笑っちゃうみたいな反応されるとコッチもいたたまれなくなるのであってさっきの言葉撤回させてお願いだから! 

 

「キミは難しいね」

「難しいって……何が?」

「性格とか、考え方とか」

 

 え、嘘、俺自分で言うのもなんだけどかなり単純明快バカ丸出しだと思うんだけど。

 驚いた顔をしていると、幼馴染さんは微笑みながらそういうところだよ、と笑った。どういうところ?

 

「キミが単純だ、って思ってるところが、難しいところ」

「……ごめんわかるように説明して」

「やだぁ」

 

 やだぁじゃないよ。急にそんな甘え声出さないでいただきたい。割とその、ドキドキはしてるんだからな? というか改めてまじまじと見ると、美人になったよなぁ。小学校の時から男子には人気ありすぎて若干いじめられかけてた記憶があるくらいにはかわいかったけど。今はなんか……って変なこと考えてるな、深夜だからか。

 

「実はさ……寝れない理由があるんだあ」

「ん? 枕がカタいとか?」

「ううん……その、ね? 匂いが……」

「匂い?」

 

 我が家の匂いのこと? 住んでる人には無臭に感じるけど他の人からするとわかるという家の匂い? そう言うと幼馴染さんはちょっとだけ恥ずかしそうに首を横に振って、自分の髪をくるくると指で弄り始めた。はて? 

 

「シャンプーの匂い、キミと同じ匂いがするから……」

「……あ、えっと」

 

 まってまってなにこの空気! むりむりむりむり俺耐えられないんだけど? 恥ずかしいってかもうかゆい! 全身の肌が痒い! これが、これがリア充だけが知ってるラブコメの波動……というやつなのか、いや羨ましくないわこれだって痒いもんなにしたらいいの、え、俺どうしたらいいのねぇ! 心臓の音と時計の秒針の音がやけにうるさいなぁもう! 

 

「ご、ごめん……っ、も、もう寝るね……おやすみ」

「お、お、おっ、おやすみ……?」

「……うん」

 

 耳まで赤くして去っていく幼馴染さんは間違いなく、お砂糖とスパイスと、あと素敵なナニカでできているに違いない。そしてかわいい子に限ってあるあるの性格がひどいとかじゃないからね。強いてあげるとするなら感性が若干ズレてるところと方向音痴なところ。こんなのよっぽどじゃなきゃ気にならないでしょ。方向音痴はよっぽどだからやや気になるけど。

 ──キミにとって千聖ちゃんはなに? じゃあ、私は? ただ、この時の表情はなんというか、俺にとって冷たく、怖いものだった。直感的に怖いと感じただけなんだけどとにかく、怖かった。

 そしてもう一つだけ引っかかったことがある。教えてはくれないんだろうという確信はある。だって幼馴染さんは()()()訊かなかったんだから。

 

「お前にとって俺はなんなんだよ……花音」

 

 訊かないってことは何かあるってことなんだけど、その蓋を開けてしまえば最後、俺と彼女は二度と、元の関係には戻れない気がしていた。

 だったら俺はわざわざ蓋を開けるようなバカな真似はしないさ。変わるってことはその分痛い思いをするんだから。

 また悶々とそんなことを考えていたけど、どうやら今度は睡魔も一緒に考えてくれたようで、いつの間にか俺は眠っていた。次に意識がはっきりした時にはもう、小鳥のさえずりと朝の眩しい日差しが俺の五感を刺激していて、跳ねた髪を撫でつけながらリビングへと赴くと、すっかり身なりを整えたいつもの幼馴染さんが迎えてくれた。

 

「おはよ」

「……ん、はよ」

「随分呆けた顔ね」

 

 なんか、あれだな……気恥ずかしいな。朝起きたら家族以外の、しかも女の子が迎えてくれるなんて。両親は既に出かけたのか。休日だからこそ趣味に全力ってのもまぁ、俺の親らしいと言えばらしいけど。俺は目を覚ましてついでに寝癖を整えるために洗面所に行ってから、今一度違和感の正体を探りにそっとリビングを覗いた。

 

「うん、おいしいわ。こんなの彼に食べさせてるなんてもったいないくらいね」

「もう、そんなこと言っちゃダメだよお……」

 

 おかしくね? 幼馴染さんはいいよ。昨日泊ったんだからいても不思議じゃない。けど問題はなんかもう一人いることだよね? 今日もキラキラオーラ全開の推しですねはい。見間違いかと一瞬本気で思いましたとも。

 

「今日はオフなのよ」

「オフなんだ、休日にオフって珍しいね」

「望まぬ形だわ。本来のスケジュールに向こうの都合で穴を開けられたのだから……次はもうどれだけ頼まれたって出演しないわよ」

 

 なんでしれっと幼馴染さんが作った朝食を口に運んでるんだろうこのヒト。というかどうやって入ったの? 幼馴染さんは幾らなんでも他人の家のドアを簡単に開けるような人じゃないし。

 

「ご両親とすれ違ったのよ」

「それで……なるほど」

「そうそう、親御さんのありがたい伝言も預かってるわ」

「なに?」

「現実を見ろ、ですって」

「余計なお世話だ!」

 

 第一それを推し本人に預けるってどういう神経してんの!? 現実見た結果こうやって推しが家にやってくるんだよこの野郎!

 そうじゃなくて推しと良い仲になれるかどうかのワンチャンに関する話だったらもっと余計なお世話だ! 最初からそんなもん感じてないんだよ! 

 

「芸能人にはあなたよりイケメンで性格もよくて甲斐性もある優良物件なんて腐るほどいるのよ、とお母様から」

「うるさいなぁ!」

「まぁ事実ね」

「知ってるよ!」

 

 分かり切ってるじゃないか。性格はさておくとして顔なんて多少は整ってないと芸能人にすらなれないんだし、甲斐性はそりゃあるでしょうね。

 それに自分を比べようだなんておこがましいこと考えてすらないよ。それを今更突き付けられたって本当に余計なお世話だ。

 

「この現状で私が奪い取れたと思う?」

「うーん、そだね……でも」

「ええ、私だって本気になりたいの、負けたくないのよ」

「……私だって負けないよ、絶対に」

 

 ──はっ! じゃなくて、今はそんな両親への恨み言じゃなくて千聖さんがなんのご用事で俺の家で朝ご飯を食べてるのかってところだ。そこに戻ってくると幼馴染さんは若干呆れ顔で、千聖さんはあからさまなオーバーリアクションで呆れていた。

 

「出かけるために決まっているでしょう?」

「え、そなの? どこに?」

 

 お出かけですか。俺としては折角バイトもないんだし一日パスパレの曲聴きながらゴロゴロしてたかったんだけど。そう言うと先に幼馴染さんの頬が膨らんだ。

 曰く、元々連れ出す予定だったそうで、暇かよ。だいたい何処に行く予定だったのかと問い返すと、彼女はとんでもないことをさらりと言ってのけた。

 

「水族館」

「……お断りします」

「ふえぇ……なんで……!?」

 

 なんでもくそもないです。男女で水族館とかもうそれはデートと呼んで差し支えのないものですので。そういうのはあうあうもごもごせずにきちんとエスコートできる方と一緒に行ってくださいな。俺はやっぱりゴロゴロしてる。

 

「うぅ……千聖ちゃぁん」

「よしよし、かわいそうな花音」

「ずるいね、そうやって千聖さんを盾に使うなんてさ」

 

 だが推しだろうと誰だろうと、デートにはいきません。そもそも水族館なんてデートスポット、キモオタ陰キャの俺が行ってうっかり見目麗しいカップルとか見ちゃったらそれだけで蒸発しちゃうでしょうが。

 

「なら私と行く? お忍びデート」

「すいません金目のものはなんでも持っていっていいので帰ってください」

 

 あなたが! 軽々しく! デートって言っちゃダメでしょ! 全国ウン万人のオタクたちが発狂しますよ!? でも実際に聞いたらそのセリフは金出せってナイフ突き付けられてるくらいの恐怖しかないです。通帳と印鑑持ってくるからちょっと待っててね。

 

「デートじゃダメなのね」

「ま、まぁね……」

「それじゃあ、三人だね」

「それしかないわね」

「もっとよく考えてほしい」

 

 三人、三人か……三人なら、まぁ形としてはデートじゃないし会話してたらカップルとか気にならないでしょうし、まだいい……かな。

 でも少なくとも千聖さんはアイドルなんだからやっぱり俺と歩いてるところ見かけたらスキャンダルだよSCANDAL。どんな瞬間だって運命だって確かなものが一つだけあるんだよ。知らんけど。

 

「大丈夫よ、悪意のある切り抜きをされるされない以前に、水族館は基本的に暗がりなのよ? そしてフラッシュ撮影は禁止だわ」

「パパラッチはフラッシュ焚かないと思うけどなぁ……」

「それに私は隣にいるこの子を巻き込んだというなら、その会社は徹底的にわからせてあげないと気が済まないタチなの」

 

 言ってること怖いんですけど、そんなこと過去にあったの? そういうと幼馴染さんがまぁ……あったね、と苦笑いをした。なにそれ怖い。

 でもオタクなんて基本アイドルに幻想かパンツ求めてる人ばっかだよ? 正直俺が別のオタクの立場で、俺みたいな陰キャキモオタクが、たとえ幼馴染さんを経由してるとしても千聖さんと仲良くプライベートで水族館なんて羨ましすぎてSNS特定して燃やすまであるよ。

 

「うだうだうるさいわね、あなたの選択肢は二つよ。三人で行くかそれともデートか」

「ええ……」

 

 それは選択肢一つだよ千聖さん……結局家でゴロゴロするって選択をくれないんだからひどいんだ。

 結局、俺は三人で水族館に向かうことを選ばざるを得なかった。それにしても水族館とか何年振りだよ、確か五年くらい前だよ最後に行ったの。

 というかそもそも、なんで二人すっかり元通りなの? 俺の一晩なんだったの? おかしいでしょ!

 

 

 

 

 

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