なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい!   作:黒マメファナ

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両手に花持ち水族館へ

 この状況はなんだろう。この感情はなんだろう。目に見えない視線(エネルギー)の流れが俺の身体中に刺さって抜けない。見世物は俺じゃなくて水槽のほうだろうが! 

 ほら見ろ、イルカがサービスしてくれてるんだから、そうそう、俺なんて見ても楽しくないだろ! 

 

「イルカさんだよイルカさん」

「ちょ、はしゃぐのはいいけど腕……俺の肩が」

 

 はい、見世物になってる理由は右腕に千聖さん、左腕に幼馴染さんがいるせいですね。わー俺ってば両手に花だなぁ、驚くほど嬉しくなくなってしまうのはなぜでしょう。目立つのは罪だからだよ。なんだかんだで悪目立ちする趣味を持ってるキモオタの俺にとってみれば目立つってのは一種の恐怖でしかない。ただでさえ出る杭は打たれちゃうのが世の常なのに文字通り今の俺はたたかれるし燃やされる。炎上だけは勘弁して。

 

「どうしたの? 随分顔色が悪いようだけど」

「いや暗いからわかんないでしょ」

 

 そうね、なんてしれっと言い出す千聖さんはいつもより楽しそうだ。幼馴染さんは楽しいが既に行動に出ているが千聖さんはやっぱり楽しいは表情に出ているのみ。落ち着いてるなぁ。

 

「なに達観してるのよ。折角の役得なのよ? もっと狂喜乱舞、転がりまわりながら全国のオタクに懺悔して私に貢ぎなさい」

「転がらないから」

 

 ごめんなさい全国の千聖ちゃんオタク! パスパレのオタク! 良識あるドルオタの皆様! 推しと美人の幼馴染に挟まれて水族館なんて行ってごめんなさい! これからも誠心誠意を持って千聖ちゃんにお金を使うことをここに宣言します! よっしゃ行くぞー! 

 

「私じゃなくて水槽を見なさい?」

「わかってるよ」

「本当かしら?」

 

 覗きこまないでくれますかね? 暗がりとはいえ推しのご尊顔をその距離で直視したら目が潰れてしまいます。眩しい笑顔が憎らしい! いややっぱり千聖ちゃんの笑顔はご褒美です! 

 

「ねぇ? 二人とも……水族館、だよ?」

「はい、すみません」

「そうよ、公共の場よ?」

「千聖ちゃん?」

「……はい」

 

 目が笑ってなかった気がする。まぁまぁ、こんなのいつものことだ。幼馴染さんのダークサイドは割と底なし沼のような恐怖がある。ただし今日はその鋭利な切っ先を千聖さんにも向けていた。つ、強い……人を振り回し楽しむことに定評のあるサド女王をいとも簡単に押さえ込んだぞ。小柄な日本のカブトムシが案外大柄な海外のカブトムシに勝てるということを知ったくらいの衝撃がある。

 

「イルカショーが観たいわね」

「意外だね」

「大人になってから、水族館なんて行かないもの」

 

 恋人なんていないし、別に好きなものがあるわけでもない。そうやって久しぶりの水族館に静かにはしゃぐ千聖さんはなんだか新鮮だ。と言ってみるけど自身もめちゃくちゃ久しぶりだもんなぁ……五年ぶりくらい?

 そんな千聖さんも幼馴染さんに誘われてようやく俺も両手が自由になった。あの状況色んな意味で心臓に悪いもんね、本当。

 

「とても気持ち悪い顔をしていたけれど……なに考えていたのかしら?」

「世界平和について」

 

 やば、千聖さんに気づかれた……けどここはテキトーに誤魔化しておこうはいオッケー。いくら気付かれようとも心のうちまでは俺の口から出さなければセーフ。ぶっちゃけ余裕っすわ。ドヤ顔で千聖さんを見下ろしていたら物凄い顔をされた上で、なんと幼馴染さんを呼びつけやがった。

 

「へぇ、なに考えてたの?」

「ち、千聖さん!」

「あら、さっきのように世界平和、だなんてテキトーな嘘をつけばいいじゃない」

 

 あの、ちょっ、ずるじゃないのかなそれ!? 俺と幼馴染さんの約束をそういう悪用するのはさぁ! ってかなんでそんなに怒ってるの? 笑ってるのに目がマジで怖いんだけど!? 

 

「……その、さっき二人が密着してたから」

「から?」

「や、柔らかかったなぁ……と」

 

 そうです、二人の胸部装甲に想いを馳せておりましたとも。腕にぎゅっDAYS♪ される度に気持ちと心臓がぎゅっDAYS♪ してたよ。今血圧測ったら高血圧症だと判断されちゃうくらいにね。というか二人揃って近いんだよ。キモオタなめんな、触れられただけで好きだと勘違いしちゃうじゃんか。

 

「どうせ公開してるスリーサイズほどないわよ」

「え? あ、そなの?」

「……バカ、変態、最低」

 

 ええ!? なんで!? いや推しのお胸の感触に口許緩ませちゃったら言われてもおかしくないけどなんで今の会話の流れで罵られたの!? 理不尽さに目を丸くしていたら幼馴染さんに苦笑いされてしまう。

 

「あれ、私のなんだあ」

「なにそのビックリ仰天の暴露話」

「ちょっと! 言わなくてもいいでしょう!?」

 

 そう言われてふと両者を見比べてしまうと、確かに、同じというには千聖さんの方が若干小振りに思える。しかし恋愛経験薄い童貞クソキモオタの俺からすれば女性特有の柔らかさだけでご飯食べれちゃうからなぁ。気にならなかったよ。

 

「……どうせ盛ってるのは私と彩ちゃんくらいなものよ」

「その爆弾発言は聞かなかったことにする」

 

 日菜ちゃんはサイズ通りでイヴちゃんはちょっと成長したので逆にやや梳き気味。麻弥ちゃんに至っては結構梳いてるらしい。いやだから聞きたくないってば。

 内情を暴露しないでよ。俺これでもパスパレのオタクなんだが? というか気にしていたんだ。割と千聖さんは自分に自信がある方だと思ってたんだけど。

 

「その話はいいから、次行くわよ」

「はーい。行こ」

「うん」

 

 千聖さんが自爆した気がするけどそれはさておき、次は大人気ペンギンコーナーへと足を運んだ。ここのブースはそれなりに明るいので千聖さんはお忍びスタイルになって俺から少し離れていた。んん、推しが遠い……。

 

「ペンギンさんって色んな子がいてかわいいよねえ……」

 

 俺としては未だにペンギンにさんをつけるあなたがよっぽどかわいらしいと思うんだけどどうだろう? いや、セクハラになるかもだし言わないけど。容姿やその他を褒められて嬉しいのなんてガチで但しイケメンに限る案件でしょ。にちゃぁと笑ってデュフフ、キミ、かわいいねなんて言えば間違いなく次に会話する相手はポリスメンだ。人間正しくなきゃ価値なし。俺らブサメン生きる価値なしの敗北者なんだよなぁ。

 

「俺、三種くらいしかわかんないんだけど」

「どの子?」

「あの……コウテイペンギン、だっけ? とアゴヒモペンギン、あとは……」

「うんうん、アゴヒモは合ってるけどあの子はコウテイペンギンじゃないんだぁ」

「え、そうなんだ」

 

 キングペンギンというらしい。幼馴染さんはこれがコウテイだよと画像を見せてくれたけどしょーじき違いが全くわからん。間違い探し? 首を傾げているとずい、と身を乗り出してきた。顔近いよ。

 

「コウテイペンギンは名古屋と白浜の水族館にしかいないんだよ? 飼育環境難しくてね、そもそも生息域が──」

 

 あわあわ、水族館好きの魂に火を付けてしまったようで。いつもはおっとり彼女なはずの口からフルオート射撃。理解できない単語が俺の足元に空薬莢のように零れていく。途中からほぼ聴いてない。

 でも、ふと俺が語ることに夢中になってる時……幼馴染さんはこんな気持ちなんだろうかなんて、そんなことを考えた。そうするとまるでヘッドショットをされたように目眩がして心臓が苦しくなった。

 

「彼、もう耳に入ってないみたいよ」

「……え、あ……ごめんね……?」

 

 いいよ、となんとかリアクションを取った。人の振り見て、ってわけじゃないけど、俺って普段から幼馴染さんにこうなのかなと思うと怖くて仕方ない。まるで彼女に常に銃を突きつけていたことを知ったようだ。それだけ興味のないことを延々としゃべられるってことが当たり前じゃないってことだよな。

 

「あの……本当に、ごめんなさい……」

「あ、えっと……」

「キミと来たの、初めてで……その、すっごくテンション上がっちゃって」

 

 謝ってほしいわけじゃない。なんなら謝るのは俺の方だ。俺は、彼女を楽しませたくて話をしていたということではないけど、それ故に彼女の感情を今まで完全に無視してきたことへの罪悪感が汗のように吹き出していた。やばい、こうなるとなんとなく視線を合わせるのも気まずい。

 

「ねぇ、千聖ちゃん……」

「あれはあなたのテンションを見ていつも気持ち悪い顔で推しについてベラベラしゃべってた罪悪感を今更ながら痛感してるところよ」

「なんだぁ……そんなことかあ」

 

 そんなことで済ませていいものか。いやいいはずないでしょ。

 けど幼馴染さんはすっかり安堵したようで、あの子はケープペンギンだよ、とまた気を取り直して解説を始めた。というかケープペンギンとは? 白黒だとフンボルトペンギンしか知らないんだけど。

 

「フンボルトはもうちょっと顔のピンクが多くて首のところの線がもっと広いんだよ」

「……そ、そうなんだ」

 

 あとは似た種類にマゼランペンギンというのがいるらしい。これは顔のピンクが更に少なくて首の線が一本多いらしい。まるで当然のように語られてるが知らんがな。

 更に言うとこのケープペンギンとやらはアフリカに生息している唯一のペンギンらしい。ケープ地方に生息してるからケープペンギン、まんまじゃん。

 

「このフンボルト属は比較的あったかいところの生息なんだけど、特にケープペンギンは都市部でも生息してるペンギンで、ヴァスコ・ダ・ガマが記録したことで歴史上で初めて人類に確認された個体なんだあ」

「へ、ヘぇ~」

 

 詳しすぎる。いや知ってたさ。幼馴染さんがペンギンとクラゲなど、水族館で一般的に見られる生物に並々ならぬ愛を注ぐヒトだってことはさ。なにせどうしてもクラゲと触れ合いたいとのたまいエチゼンクラゲに触れたヤツだ。幸い毒がそれほど強くない種類だったものの……腫れるとわかってても触れられずにはいられなかった、と供述した時の彼女の目は間違いなく狂気を孕んでいた。怖い。

 

「イキイキしてるわね、あの子」

「そりゃそうだよ」

「そうね」

 

 幼馴染さんはおっとりしててあんまり普段は自分の気持ちを表に出したりはしないけど、人一倍自分の好きなものに対して愛を持っているヤツだ。それを踏みにじることを、嘘をついて傷つけることを誰よりも許さない、そんなまっすぐなところがあるヤツだからね。

 

「私の自慢の親友だもの」

「俺の自慢の幼馴染だもん」

「……俺のってなによ、気持ち悪いわね」

「そっちこそ、私のってなに?」

 

 そしていくら推してやまない俺の最高の推しであろうが幼馴染さんに対して独占をしようとするのは許せない。俺の、なんて言うのはちょっと傲慢が過ぎるかなぁと思わなくはなかったけどここで押し切られて幼馴染さんとの時間がなくなるのは嫌だからね。徹底抗戦の構えです。

 

「……恥ずかしいんだけどなあ……」

 

 しみじみと呟かないで、俺も恥ずかしくなってきたから! すると千聖さんはふん、と鼻を鳴らしてきた。なにその勝ち誇った顔。別に負けてないし。俺は負けてない! どう頑張っても勝者なしだよこれ。早くそんな幼馴染さんの本命、クラゲを見に行こうよ。

 

「うわ~、やっぱりいつ見ても、癒される~♪」

 

 再び暗い屋内で色とりどりのライトに照らされるまるで宇宙を漂うように非生物的な見た目の透明なモノがふよふよと水流に流されていた。

 個体名はミズクラゲ。彼女曰く傘の模様からヨツメクラゲとも言うらしいこのクラゲは今俺たちが目撃しているように泳ぐのが得意ではなく流されて生活をするのが主らしい。雌雄異体、つまり見ればオスメスが見分けられるらしいけど……うーん、わからん。

 

「なによりもこのまあるくてキレイな半透明なのがいいよねえ……」

「わかる?」

「キレイ、という点においては」

 

 恍惚の表情してるところ悪いけど、あなたの親友若干引き気味だよ? あ、花柄の模様のヤツ見っけた。どうやらこれは胃らしく、個体によっては三つや五つの子もいる、とのこと。クローバーみたいですね。あれは三つ葉で四葉が幸運だけど。

 ミズクラゲの他にも、色んな種類のクラゲがいるみたいだ。幼馴染さんはそれを一種一種、一つの水槽をじっくりと観察し、恍惚の表情を浮かべていた。なんていうか、それ他所の……特に男に見せないでね。

 

「ん?」

「いや、あの」

「あろうことか幼馴染に手は出さねぇと言っておきながらあなたの表情にムラムラしたらしいわよ」

「違うよ!」

 

 違わない気もするけど俺が個人的にムラムラしたわけじゃないよ! なんとなくその……若干性的な、そうフェロモンのような色香を放ってたってだけなんだよ。ん? なんかどう説明しても俺は墓穴をせっせと掘ってるだけな気がするワン、ここ掘るワンワン。

 

「え、えと……パンツ、見る?」

「そういう扱いしないで!」

「ちなみに私は紺色よ」

「サラっと暴露しないでもらえるかな!?」

 

 言いたかったの? なに、やっぱり見せたがりの変態でしたか? それに便乗して幼馴染さんが私はみ……というところまで口に出して固まってしまった。いやホントに、ホントに知りたいわけじゃないからね? 推しのパンツは見たいけど幼馴染さんのパンツは見たいわけじゃないよ! 

 

「……私じゃ、ダメ? 魅力、ないよね……」

 

 そういう問題じゃないよね。魅力はあるよ、そりゃね。だって隣を歩いてるだけでなんとなーくカップルに見られたら申し訳ないなぁと思うくらい美人になったしかわいくなった。そんな清楚でかわいらしい彼女が恥じらいながらも見せてくれるシチュエーション、男として食いつかぬわけがあるまいて。なんか一瞬口調がバグったな。

 

「じゃあ、見たい?」

「そ、そういうのいいから……そろそろイルカショー始まるよっ!」

「……ヘタレね」

 

 この推しうるさいなぁ!? ヘタレて当然でしょ! だって相手が相手だよ? いや千聖さんならいいわけでもないけど。こう、正直にパンツが見たい! ってほど離れたところにいる女の子じゃないんだよ、彼女は。少なくとも推しとは違ってステージや机なんてものが存在しないくらいにはさ。

 

「バカ」

「え、なんで」

「わからないならもっとバカよ、バカ」

「え、あの、千聖さん?」

 

 しかし、千聖さんは途端に機嫌が悪くなってしまった。イルカショーの観客席に座って、これまた両手に花なのに右手の花がずーっとそっぽ向いてる。明るい場所に出たから近寄ってこないだけかもしれないけど、それにしてはムスっとしてる。

 

「私、助けてあげられないからね?」

「……助けてくれてもいいと思うんだけど」

「ダメ」

 

 厳しい。幼馴染さんが若干厳しい。普段はめちゃくちゃに甘いんだけどこう、千聖さんが絡むとその甘さが半減するのはなんでだろう。そんなことを考えながらぼーっと始まるのを待っていると、ふいに幼馴染さんの名前を呼ぶ声がした。

 

「え……」

「久しぶり、だよね。花音」

「どう……して……」

 

 幼馴染さんの目がこれでもかというくらい見開かれていた。声の主は、爽やかな青年だった。背が高い。きっと俺よりも五センチは高いだろう。スラっとしているのに筋肉質。腹筋が贅肉に隠れてる俺よりもちゃんと体型に気を付けてるんだなぁとわかる。服装がおしゃれだ。トレンドのトの字もないギリギリ幼馴染さんと千聖さんに見てもらったからなんとかなってるレベルの俺とは、もはや比べるべくもない。

 なによりもその彼が引き連れていた男女三人のグループはみんな華やかな印象があった。ウェイ系、なんて一言で片づけてしまうのは簡単だけど、それは明らかな敗北だと悟れるには十分すぎるくらい、みんながみんな、誰かに見られるのを当たり前とした佇まいをしていたとy

 

「なに? アンタの元カノとか?」

「まぁ、そうなるかな?」

「え、めっちゃかわいいじゃん! ねぇ、キミ今フリー?」

「あ、えっと……」

「ちょ必死かよ、流石にキモイからやめなって」

「ボクの前でそういうことしないでよね」

 

 最後の男の言葉とあの笑った顔でピンときた、道理で見たことがあったんだ。この男、あれだ。幼馴染さんの元カレさん。俺はほんの数回しか目撃したことなかったけど、確かにこんな感じの爽やかで優しそうなオーラあったよなぁ。いや、イケメンってすげぇな。というか完全に俺や千聖さんが空気だったのでせめて幼馴染さんに話しかけて一人じゃないよアピールしようとしたら、千聖さんに腕を掴まれ、相手に聞こえないように小さな声で……ってそれどうやってやるの。普通に耳元に近づけてないのに俺がちゃんと聞き取れてなおかつ怪しまれない話し方できるの? 役者って怖いね。

 

「今どうでもいいこと考えてたわね?」

 

 ごめんなさい、と俺は目線で謝ることにする。千聖さんみたいな高等テクニック持ってない、となると俺ができるのは声を出さずに話すことだけ。虚しい。というかなんでこの状況で千聖さんは静観しろって言い出したんだろう。

 首を傾げた俺に対して、千聖さんは知りたいことがわかるからよ、と前を向いたまま呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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