なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい! 作:黒マメファナ
私が
──十人に聞いたら九人は間違いなくイケメン、って言うんだろうなあ。それが、私が抱いた彼への第一印象。気さくで、話が上手で……優しい人だった。
「ボク、キミのことが好きだ、絶対キミを幸せにする。付き合ってほしい」
「……え」
何度かプライベートでも顔を合わせることが増えて、少しに遠くにできたカフェに連れて行ってもらった日の言葉だった。
一瞬で全てを飛躍したような告白に、私はフリーズしてしまった。それが春の終りくらいのこと。
「ごっ、ごめん……なさい」
私には忘れられない好きなヒトがいた。今は疎遠になってるけど、今はそのヒトには片想いすら許してもらえなくなっちゃったけど、私はまだあきらめきれてなくて……だから勇気を振り絞って、断った。
彼は断られるとは全く思っていなかったかのように、笑顔が凍り付いた。嫌な、寒気がしたのをよく覚えている。暖かい日差しだったのに、肌が粟立つほどに恐怖を感じたから。
「そっか」
「あ、あの……私」
「いいよ……今はね」
今は、その言葉通り、私はどんどん首を絞められた。
バイトの先輩が何気なく言った。断ったんだって? どうして? って。それを聞いた時、私は思わずトレイを落としちゃうところだった。
その話を横で聞いてた男のヒトが他に好きな人がいるとか? と明らかに全部を知っているように問いかけてきた。目の前が、真っ白になるくらいの恐怖がそこにはあった。
バイト先だけじゃなくて、クラスもバンドも、私を責める程ではないけれど、みんなが
「ごめん、ボクが相談したばっかりに」
「……ううん」
「でもみんなに祝福されるのって、なんだか嬉しいね」
祝福? 呪詛の間違いじゃないの? でも弱った私には何もできなかった。何も言えなかった。またここで彼を怒らせて、次は周囲に攻撃されたら、私はあっという間に潰されてしまう。私が充実してると感じた全てを奪った彼は私に手を差し伸べた。ボクがキミを幸せにしてみせるよって。
──それはまぎれもなく、ボクを選ばなければキミを不幸にするという残酷なまでの優しさだった。私に、断るという選択肢は……残ってなかった。
「うん、付き合うよ」
「本当? よかった! よろしくね……花音!」
それが、私のハジメテのカレシ。そして私から本当の感情を奪った、勇気を奪った張本人だった。
それが、今目の前にいる。目の前で、何もなかったかのように笑ってる。寒い、あの頃と同じ季節なのに、寒くて堪らない。
助けて……そう思っても彼は声を掛けてくれない。うん、わかってる。彼はそこで話しかけれるほど外向きの性格じゃない。アイドルを、親友を追いかけるオタクさんで、その趣味だけに全部を懸けてる人。
──でも、私を助けてくれた人。彼がいたから、私は今、本当の感情を持ってるんだから。
「じゃあ帰ろう花音」
「うん」
高校一年生の秋が終わる頃のこと、私はカレと手を繋いでバイト先を出て、送ってもらったところだった。最初は会いたくなくてバンドの練習をしてたのに、今度は彼にバンドそのものを潰されてしまった。彼の言葉で、私は捨てられて、新しいメンバーが代わりにいた。そんな絶望の中、カレがゆっくりと自分だけに依存するように、両親との遭遇を考えていた時の、環境を整えてる最後の段階だった。
「あれ、花音?」
「……え?」
「やっぱそうだ。久しぶり」
そこにいたのは、幼馴染くんだった。物心ついた頃から一緒にいて、でも中学が別だったことと、
──丁度、彼がいなかった時だったから、私は久しぶりだねと笑いかけた。相変わらずお話しするのは苦手みたいで、それがなんでか逆に安心した。
「な、なんか……お互い大人になった、な」
「だね」
彼は背が随分伸びてて、声も低くなっていた。男の人になったんだ、という感慨とそれなのに微塵も昔の好きが……ううん、昔よりももっと確実で輪郭のハッキリした好きが溢れるのがわかった。
たった一度あっただけ、それだけなのに、幼馴染くんはカレの鎖を吹き飛ばしてくれた。
「ホントに働いてる」
「えへへ、どう?」
「サマになってる……って当たり前か、もう半年やってるんだもんなぁ」
「キミもバイトしてるの?」
「いやぁ、どうにも気が乗らなくてさ。ほらラノベとか、アニメ見るだけだとそんなにお金いらないし……」
バイト先にも会いに来てくれた。嬉しいし大好きだなあって気持ちがもっともっと大きくなった。いつの間にか私は、私の気持ちを取り戻しかけていた。
──それを明確に全部取り戻して、カレに別れを告げることができたのは、高校二年生になったばっかりにこころちゃんに勇気をもらって、ハロハピのみんなとの出逢いも原因の一つなんだけど。
「一年ちょっとぶり……くらいかな? なんか雰囲気変わったね」
「そうだね……キミは、あんまり変わってないね」
「あ、いい意味で?」
「そんなわけないでしょ?」
本当の感情を彼に向ける。幼馴染くんが横でちょっとだけ肩を強張らせたのがおかしくて、それが勇気に繋がる。
私はあなたが嫌い。自分の感情のために周囲を使うその態度が気に入らない。手に入ると思い込んでるその根性が気に入らない。私を下に見る、その眼が……大嫌い。
「冷たいな」
「そう? 返事してるくらいには優しいんだけどなあ」
「……なんだそれ」
さしもの彼も不機嫌そうに声音が歪んだ。下にいるはずの私に口答えをされて気に入らないって、そんな雰囲気だった。一緒に遊びに来たグループのメンバーもその冷たいやり取りに不穏な気配を感じたみたいだった。やや離れ気味に彼を見守っていた。
「また独りでクラゲでも見に来てたのか?」
「ううん、会ったことあるでしょ? 私の大切なヒト、彼と一緒だよ」
また隣で肩を強張らせた幼馴染くん。そうそうキミのことだよ? 私の大切なヒト。私の好きなヒト。
そんな愛おしい幼馴染くんを背中に感じていたら、目の前の彼が悔しそうに口許を歪めていた。千聖ちゃんがすぐ近くにいたらイケメンなのに性格が破綻してるせいで台無しね、あんなのと顔面偏差値で比べてお似合いなんて言われても嬉しくないし、それくらいなら今すぐあなたに裸を見られて処女を散らした方がマシよ、なんて幼馴染くんに言ってそうだなあ。千聖ちゃんは役者なせいか表情と、あと口許をほとんど動かさずに声量を調整してまるでイルカさんが超音波を出すみたいに秘密の会話ができるってすごいスキルを持ってるんだよね、あれ真似したいけどできないよ。
「あんなオタクのどこが気に入ったんだよ」
「全部」
「……は?」
「全部だよ?」
あ、えっと……隣で幼馴染くん聞いてるのすっかり忘れちゃってた。ふえぇ……どうしよう、流石にバレちゃって……なかった。なんか千聖ちゃんに横やりのタイミングレクチャーされてたよ。聞かれなくてセーフ? ううん、千聖ちゃんとの距離が近いからアウト。後で構ってもらわないとダメです。
「お前──」
「な、なっ、なぁ! もうすぐ始まるみたいだな!」
「そうみたいね、楽しみね、あなた?」
「待ってあなたの言い方おかしくない? 距離おかしくない? 計画と違うくない?」
「ツッコミ禁止よ、上手にできたらご褒美あげるって言ったのに、見たくないの?」
「見たい! じゃなくて!」
──うーんと、私怒っていいところなのかなこれ? いいタイミングで彼の話の腰を折ってくれたのは嬉しいよ? 嬉しいけどさあ……ずるい。
すっごく密着してカップルのように仲睦まじい姿で、仲良く言い争ってる。いいなぁって顔になっちゃうよ。千聖ちゃん、前は応援してあげるわよ、なんて言ってたのに……いつの間にか本気になってみたいの、って私から幼馴染くんを盗ろうとするんだもん。ええっと、なんだかそわそわしてきちゃった。私もえいってくっつきたい。
「じゃあ、さよなら」
「どうして……ボクはまだ」
彼はまだ何か言いたそうにしていたけど、チラリと後ろのお友達を確認して諦めたように去っていった。やっぱり私、嘘つきは嫌い。付き合ってた時も、裏では私の悪口を言ってたこと知ってるんだから。人の口に戸は立てられぬって言うでしょ?
「だ、大丈夫?」
「ありがと」
「え、いや、えっと、お礼なら俺じゃなくて、千聖さんに」
「千聖ちゃん
「あなたも難儀な男に目を付けられたものね」
呆れたような、つまらなさそうな声と顔。最近、千聖ちゃんは私にもこんな顔をすることが多くなった。いくら私は役者としてじゃない千聖ちゃんと知り合って、それをほとんど意識せずに友達になったとは言え、彼女は初対面からいきなり素顔で話してくれるような人じゃない。
本人も気付かないうちに、その壁みたいなものを乗り越えちゃってるんだと思う。そうした理由はもちろん……彼に会いたくて。彼と一緒にいたいから。
「ってか千聖さん、いつまでくっついてるの……」
「嫌かしら?」
「全然むしろご褒美ですありがとうございます! じゃなくて……恥ずかしいんです」
幼馴染くんの鼻の下が伸びてる。むう、私がすると困った顔するくせに。千聖ちゃんにはデレデレするんだ。そんなヤキモチのまま、私も幼馴染くんの腕を抱き寄せた。ビクっと反応して途端に彼は戸惑ったように私の顔を見た。ごめんね、助けてあげることもできたんだけど、それじゃあ私が満足できないから。
「顔緩んでるわよ、また胸のことでも考えていた?」
「ちがっ、違いま……せん」
「変態さんなんだあ」
「それは違う!」
「どうせまた私と花音の胸を比べていたんでしょうね」
「比べてはないって」
やっぱり朝、千聖ちゃんと話した通りだなあってことを痛感した。この水族館で幼馴染くんを二人で振り回してた時、今みたいに挟んで私と千聖ちゃんがコンビネーションを発揮してる時、彼はちょっとだけ安心したような顔をする。
口には出さないでしょうけど、彼は私とあなたの雰囲気に気づいてると思うわよ。千聖ちゃんは紅茶を飲みながらそう言っていた。だから話し合って、なるべく二人が険悪な雰囲気にならないように決めた。千聖ちゃんのことは好き、だから仲が悪くなんてなりたくなかったから、すごくありがたい提案だった。
──でもね、私は彼をもう誰にも渡さないんだ。もう二度と。例え親友だったとしても譲れないよ。幼馴染くんの隣は……一番近くには、私だけ。
「イルカショーもこの年になっても楽しめるものね」
「うん、かわいいよねえ」
「いやあのさ……なんで俺を挟んで会話するの? というかなんで二人とも今日は近いの?」
イルカショーが終わって、三人でまた魚たちが気ままに泳ぐ水槽の横を歩いていく。会話に入ってきた幼馴染くんが疑問符を大量に浮かべているけど、私と千聖ちゃんは答えることはなかった。含み笑いと誤魔化し笑いをしてる私たちを交互に見て彼は肩を落とした。うんうん、時には諦めることも大事だよ?
「それにしても、さっきの元カレ……大丈夫そう?」
「どうだろうねえ……」
千聖ちゃんと二人きりになったタイミングで心配そうにつぶやかれたけど、私は正直に首を傾げることしかできなかった。
あのヒトは欲しい物は全部駄々をこねて手に入れてきたタイプだよ。愛されタイプって言うのかな? だから引き下がることを知らない。まるで自分が世界の中心だと信じて疑わない三歳児みたいに、泣き喚くだけだから。
「
「……ありがとう」
友達なのだもの、当たり前じゃないと笑う千聖ちゃんは、頼もしかった。幼馴染くんにはほとんどなにも説明してないけど……まさかまだ付き合ってる、とは思われてないよね? バイトをやめたことは知ってたはずだけど。
「そのことなのだけれど」
「うん?」
「私が知りたくて、彼から情報を訊き出した時に……少し」
「え、知ってるの?」
「ええ」
そんなことしてたんだあ、と言うと千聖ちゃんはもしもあなたがまだ迷惑しているようだったら力になってあげたいじゃない、と唇を尖らせていた。ありがとう千聖ちゃん。でもまさかこんなところで会っちゃうなんてなあ。もしかしたら私が水族館好きなの知ってたから、狙ってたのかもしれないけど。
「ところで」
「ん?」
「彼と何があったの? 中学時代に」
「あー、えっと……」
気になるよねえ。絶対幼馴染くんはしゃべろうとしないだろうし、けど嘘は下手だもんね。
なんて説明したらいいのかな。色んなことがきっかけだったと思うけど……一番は、アレ、だよね。
「また今度、ゆっくりお話できる時にするね」
「花音……?」
「ごめんね……私もまだ、あんまり、上手く話せる自信がないから」
あの時のことを思い出すと、色んな気持ちがぐちゃぐちゃになって、収集がつかなくなっちゃうから。
でもそれまでは家が近くだからとにかく顔をよく合わせて挨拶することが多かったのに、その日をきっかけに高校生になるまで顔を合わせることもなかった。
当時はお互いケータイを持ってなかったから連絡を取る方法もわからなかった。
「お待たせ」
「随分と長かったね──ったい! なにするの!?」
「今の言葉のどこに踏まれない要素があったのかしら?」
うーん、ごめんね。今のは私も擁護はできないかな。足の甲を思いっきりヒールで踏みつけるのは確かにどうかなあと思うけど。
でもそんなことを言われちゃうくらいに長く待たせたことは事実だからちゃんと謝罪の言葉はかけておく。
「ごめんね」
「いや、お前が謝るのか……いや別にいいけどさ」
「デリカシーのない男に謝罪するほど、私の腰は低くないわ」
「自分で言わないでよそれ」
「踏まれたくないならもっと努力することね、オタクくん?」
「ま、まぁまぁ」
言い合いを始めちゃった二人を制して、そこからは三人でゆっくりと家路についていく。千聖ちゃんを送って、少しの間だけの……二人っきり。
ちゃんと私の歩幅に合わせて、少しだけゆっくり歩いてくれる彼の脚を見ながら、一歩一歩夢の終りに向かっていると、ふいに名前を呼ばれた。
「なに?」
「あのさ……あの男のこと、俺じゃ、何ができるかって言われたら、全然、なにもできないんだけどさ」
「うん」
「……今度は、ちゃんと教えてほしい」
「……うん」
ああ、好きだなあ。ため息が零れそうなくらいに、私の胸の中に甘酸っぱくて、少し苦しい気持ちでいっぱいになった。幼馴染くんは精一杯の勇気を持って、その言葉を言ってくれた。勇気がなくて、助けて、とすら言えなかった私よりもずっと強い言葉をくれる。
「それじゃあ、頼らせてもらうね」
「いや、俺よりか千聖さんの方がずっと頼もしいかもしれないけど」
「あー、うん確かに」
「そこは嘘でもそんなことないよって言うところじゃないかな?」
そんなこと言わないよ。だって私、キミには嘘をつかないから。言いたくないことや言えないことは言わないけど、それを隠すために嘘は絶対につかない。だから、そんなに落ち込まないで。
──私は、何があっても絶対にキミの傍にいるから。私は、キミから離れていかないから。
「それじゃあ」
「ああ、また明日、だな」
「うんっ」
また明日、その言葉が私にはなによりも嬉しいことだった。明日は学校が終わって、バンドの練習が終われば、また彼に会える。その約束を幼馴染くんからしてくれたことが、私にはまるで宝物のように感じられた。
大好きなキミの声が好き、大好きなキミの笑顔が好き、大好きなキミが好き。
──誰にもあげない。