なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい!   作:黒マメファナ

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間違いは些細な嘘から

 推しと幼馴染さんの距離が最近、どうにも間違ってる気がしてならない。

 いや前者はパンツから始まった謎の関係ではあるし、後者はそもそも幼馴染なんだけどさ。そうじゃなくて、ええっとなんて言ったらいいの? 妙に相手を女性として認識してしまう行動が多くなってきたんだけどどうなのこれってことであって別にその俺ってモテてるぜとか言いたいわけじゃないんだけどさ。俺は水族館のことを交えながらそう相談した。

 

「エセモテ自慢なら男友達にでもしてください。それともそんな友達もいないくらいアイドルオタク生活充実している寂しいヒトでしたか」

 

 そして冒頭からこの切れ味である。これ俺泣いていいよね? いつも言ってるけどさ、そんなひどいこと言われて喜ばないからね? 切れ味抜群すぎて崩れ落ちるレベルだからね? 

 ファストフード店にて、お相手はいつものサドと暴言にステを振ってる風紀委員さん。これで実は不器用ながらも優しくて最近お菓子作りにハマってるとかいう俺からすれば思考が宇宙空間までぶっ飛ぶレベルのプロフィールをこの間ばったり会った妹の日菜ちゃんに教えてもらった。女子力あったんですね。

 

「ええと、とりあえず罵倒はさておきお返事をいただけませんかね?」

「あなたのような方とお付き合いなんて死んでもごめんです」

「そっちのお返事じゃない!」

 

 告白もしてねぇよ! なんでそんな切れ味マシマシにフられなきゃなんないの? ホントに意味わかんないんだけど、さては俺のメンタルを死の淵に追いやろうとしてるの? 追い詰めて殺せば妹に余計な虫がつかずに済むとか考えてるの? もしそうだとしたらシスコン以前に病みすぎててこれ以上会話もしたくないんだけどね? 

 

「では、ここからは真面目に」

「いつも真面目にしてほしいです」

「……結論から言うと、あなたは好意を持たれている可能性があります」

「え? えっ?」

 

 何を勘違いしていたのか知りませんがそれくらいで騒ぐなんてうんたらかんたらと説教が始まるもんだと思ってたのに、拍子抜けする返事が風紀委員さんの口から飛び出てきた。絶対じゃない、可能性がある、と強調したこともあるけどそれでも、風紀委員さんの目にもどうやらあれが男性に対する女性のアピールとして見えるらしい。

 

「二人とも魅力的な女性です。あなたのような良いところも発見できないアイドルオタクにその気持ちを持った経緯は、残念ながら私にはまったく、一ミリも理解ができませんが……そうとしか考えられない状況、というものがあることは事実です」

「う、うん……なんでそう攻撃してくるんですか?」

「あなた……二人に何をしたの?」

 

 風紀委員さんの目がすっと細くなった。誤解です! 俺はなんにもしてません! というか敬語じゃなくなると余計に怖いんだけど。俺はただ推しには推しとして、幼馴染さんには幼馴染として、俺が思う通りに接してただけなんだけど。それじゃあ俺が好意を持たれるには足らないんでしょ? 

 

「ええ足りません。あなたのような男性がモテるにはもうその女性の弱味を握ってるとしか……まさか!」

「まさかもなにもないですけど!?」

「いえ、あなたは持ってるはずです、彼女たちの弱味を!」

 

 風紀委員さんが迷探偵さんにクラスチェンジしてらっしゃる。真実はいつも五つ六つありそうな雰囲気である。俺の働いてるカラオケボックスを当ててきたホームズ千聖さんを見習ってほしいです。そんな雰囲気を醸し出していると、迷探偵さんはズバリ、と容疑者たる俺にキレイな人差し指を突きつけてきた。

 

「パンツです」

「は?」

「あなたは白鷺さんのパンツを見ていますね?」

「……ああ、うん確かに」

 

 脅迫の材料としては十分です! と風紀委員さんはパンツパンツ連呼しながら結論を付けた。いや美人さんがドヤ顔でパンツパンツ言っちゃだめでしょ。そもそもそれで脅されてるの俺の方だし。未だに電話とか断ろうとするとパンツの話されるよ? いや俺ちょっとのお金でいいとは思ってるけど明日のパンツだけじゃ生きていけないタイプなんで。

 

「では松原さんは、幼馴染としての恥ずかしい過去などで」

「それは知らないかな」

「二人とも違う……となると迷宮入りですね」

「早っ」

 

 もしかしてこのヒト、バカなの? お勉強ができるできないじゃなくて純粋にバカなんじゃないかと思ってきたよ。ほら日菜ちゃんも勉強は相当できるどころかやらせたらなんでもできるタイプだけど常識だけはどんなに頑張っても身についてないじゃん。あと良心とか、そういう人間性にかかわるとあの妹さん、相当欠陥品もいいとこでしょ? まぁこんなことシスコン迷探偵さんには口が裂けても言えないんだけど。

 

「もう、相談する相手間違えましたね」

「他に誰かいるのですか?」

「……いないけど」

 

 ちなみにイベントで日菜ちゃんに相談したけど全くこれと言っていいほど役には立たなかったよ。姉妹揃って……もう推しと幼馴染さんのことを知ってて俺が話せる人誰もいないんだけど。

 

「けれど、これだけは言えることよ……相手が自分に好意を持ってる、という想定でいるべきです」

「……ありえないでしょ」

「そんなことを言っていると、いつかあなたは大切なヒトを傷つけることになりますよ」

 

 流石に、笑える状況じゃなかった。その瞳はバッチリと何の感情も写すことなく、ただ目の前で狼狽える俺だけが写っていた。

 彼女は本気でそう言ってる。ありえないと思う。だって俺だよ? 彼女も言っていたけど顔が特別いいわけでも、体型がいいわけでも、性格がいいわけでもない。女性が俺に魅力を感じてくれるところなんて、どこにもない。

 ──キミにとって千聖ちゃんは、何? じゃあ私は? 不意に俺は幼馴染さんが俺に向けた言葉が頭の中で波紋を生んだ。

 

「私が何を言ってもお節介にしかならないとは思いますが……あなたは客観的に見ようとすると著しく自己評価が下がりがちです。偏見は瞳を曇らせることになりますよ」

「肝に銘じます」

 

 偏見は瞳を曇らせる、か。確かにそうだよな。オタクだからという偏見は、何も非オタが持つものじゃない。実のところオタクというものに身を沈めてる俺たちが一番、オタクに偏見を持ってる。レッテルを必死で貼って自分を守ろうとしてる。

 

「あら、さっきまで誰といたの?」

「風紀委員さん」

「……そう」

 

 風紀委員さんが席を立って十分くらいしてから、また同じ制服を着た女性が俺の向かいに座った。パステルイエローがパーソナルカラーで、まるで水晶のように透き通った紫の瞳を持つ、我が推しの千聖さん。というかなんで来た瞬間に俺が誰かと一緒にいたってわかったの? 

 

「どうしてもなにも髪の毛落ちてたわよ、机に」

「気づかなかった……ってかつまり誰といたかも」

「まぁ、この髪色では二択になってしまうけれどね、ワトソン君?」

 

 流石千聖さん。どこぞの迷探偵とはわけが違うね。けれど誰といたかまでわかったのなら次はどうして一緒に、って言葉になるわけで……結局また千聖さん相手に適当に誤魔化すことになっちゃうのかぁ。なんだか心苦しい。

 

「なんの話をしてたの?」

「大したことじゃないよ。イベントで日菜ちゃんのところに行ったからさ」

「……そういうことね」

 

 嘘ではないよ。風紀委員さんが俺に話しかけてきた理由はそれだから。向こうからすればいつの間にか知り合いになってるからさ。誤解を解くのにすごく時間がかかって、その流れでなんでイベントで日菜ちゃんのところに行ったかって理由を話して、ついでに相談したってだけで。

 

「俺としてはもう行くつもりもないんだけど」

「あら、どうして?」

「どうしてって、俺千聖ちゃん推しだからね。お金がある限り貢ぐ相手は推しがいいよ」

 

 もちろんパスパレはみんな魅力的なアイドルたちだと思う。その中でもひと際俺を惹きつける輝きを持ってた人が、千聖ちゃんだっただけだけど、俺はその惹きつけられたって時の気持ちをずっとこうして抱いていたいんだから。

 

「はぁ……相変わらずの貢ぎ根性ね」

「オタクですから」

「本当、救いようのないオタクだわ」

 

 くすくす、と千聖さんは可笑しそうに笑ってみせた。ううん、この笑顔だけで本当はお金が取れると思う。特にステージやイベントで見せる時よりも、背伸びしている感じのしない、白鷺千聖本人の素直な笑顔ってのがまたポイントだよね。それで、何か食べませんか? 俺が全額奢りますよ。

 

「いらないわよ」

「え、でも」

「そっちじゃなくて、お金の方よ」

「あ、そっちか」

 

 バッチリ買ってるじゃんって言おうとしたらそういうことではなかったらしい。相変わらずのアップルパイと紅茶だけだけど。

 アップルパイは揚がるの待ちのようで、1と数字の書かれたボードがトレイに置かれていたが、そのタイミングでお待たせ! とかわいらしくよく通る声がした。

 

「お待ちのアップルパイ……で、す……?」

「ありがとう彩ちゃん」

「う、うん……えっと、えっと……?」

 

 しまった。そういえば彼女のことを忘れてたじゃん。

 丸山彩ちゃん。パスパレのリーダーでボーカル担当。そのかわいらしい歌声でオタ……んん、ファンのみなさまのハートを鷲掴みにしてみせるピンク担当。清楚系ながら動きがかわいらしいところがまたオタク向けだよね。

 ──そうじゃなくて、そんな丸山彩ちゃん。なんと幼馴染さんと同じファストフード店のバイトだったりする。なんでアイドルなのに未だにバイトしてるのか非常に謎なんだけど、幼馴染さん曰くパスパレ以前からお世話になってるからせめて卒業するまで、だそうだ。パスパレのオタクたる俺としてはなるべくの接触は避けて通ってきた、特に千聖さんといる時は避けてきたつもりなんだけどなぁ。油断してた。

 

「ち、千聖ちゃん! どういうこと?」

「花音の幼馴染なの、彩ちゃんも顔を見たことくらいあるでしょう?」

「そ、そりゃそうだけど! この人、パスパレのイベントにも来てるじゃん! しかも千聖ちゃん推し!」

 

 うげ、なんで認知されてるのさ。これには厄介ゴミクソ認知勢の俺も苦い顔だ。俺はオタクとしての俺を認知されたいのであってプライベートな自分を認知されたいわけではないと何度も言ってるんだけど。

 そしてこれには千聖さんもびっくりだったようで、少しだけ目を丸くして慌てて取り繕っていた。

 

「ええそうよ。でもお互い仕事とプライベートを分けてるの」

「確かに」

「う、うう……納得いかない」

 

 そうそう、俺もちゃんと推し事とプライベートは分けてますとも。千聖ちゃんと俺、千聖さんと俺、どっちのやり取りもまったく違うものだからね。最近のイベントでは終ぞアイドルとしての千聖ちゃん以外に出逢わなかったし。

 ところで彩ちゃん、千聖さんの一瞬の動揺に気づかなかったのね、納得しにくい苦しい言い訳してることからも明らかでしょ。

 

「か、花音ちゃんは……知ってるの?」

「当然じゃない」

「むしろプライベートの繋がりのきっかけだし……ね?」

「ええ」

 

 彩ちゃんがすっごく怪しむような顔でこっちを見てくる。やましいことはない。パンツ見たことがあるのと、さっきの風紀委員さんの言葉がちょこっとだけ引っかかってるだけで。動揺してるわけじゃないから、平気平気。

 

「ねぇ千聖ちゃんって……好きなの? この人のこと」

「──っ!」

「最近、すっごく楽しそうだなぁって思う時あったし、ひまりちゃんもあれは恋する乙女のリアクションです、なんて言ってたよ」

 

 まさかのドストレートな問いかけが、まったく予想だにしない人物から投げかけられていた。やば、心臓がバクバクしてきた。思わず反応したせいだろうか、千聖さんのローファーのつま先が俺の足の甲に刺さってる。痛い、痛いです千聖さん。でも、さっきの話が話だけにその答えがすごく……気になってしまう。

 ──千聖さんははぁ、とため息をついて、まるで呆れたように眉根を寄せた。

 

「何を言ってるのかしら? 私が芸能人でいるために何を捨てて、何を諦めて生きてきたか、今更わからないほど彩ちゃんはバカではないでしょう?」

「そっ、そうだけどさ……!」

「ひまりちゃんが言った、だからどうしたの? 私以上に私を知る人なんて……いると思うの?」

「……それは」

 

 完全にお説教モードだった。強いなぁ、と思うと同時にどこかで安堵と、ほんの少しの落胆が俺の胸にやってきた。

 そりゃそうだ。俺だって幼馴染さんから聞いてる。千聖さんは芸能人であるために、女優として高みを目指すために、フツーの人が望むような幸せを全て捨てた。恋心なんてアイドルにもなってしまった今じゃ特に、白鷺千聖にとって障碍でしかない。考えなくても、当然の回答だったよ。

 

「千聖ちゃん……」

「勘違いさせてしまったのなら謝るわ……行きましょう」

「あ、うん」

「すっかりあの子の料理にハマってしまったわ、お腹は空かせておきたいじゃない?」

 

 幼馴染さんにも連絡していることは知ってたけど、まだ約束の時間には到達してない。そもそも今日は幼馴染さん、部活あるって言ってたしね。だからしばらくここでのんびりしようって提案だったんだけど……どうやら俺は思った以上に気を抜いてたみたいだ。彩ちゃんを振り切って、俺ははい、と千聖さんにアップルパイを手渡した。

 

「ありがとう。けど食べ歩くのはやめておくわね。行儀が悪いもの」

「そうだね」

「……?」

 

 これからは、今まで以上に気を付けなきゃね。なんだかんだですっかり、俺は千聖さんとの、千聖ちゃんのプライベートの時間を楽しんでる。推しだから、とかじゃなくて、俺は共通の知り合いを持つ友達だと思ってるから。それも言い過ぎかもしれないけど。

 ただ、それが千聖ちゃんの芸能活動の妨げになるのなら、俺は喜んでトカゲのしっぽになるさ。そう思ってすっと一歩離れたら、すごく威圧感のある表情に変わった。なんで!? 

 

「こっち」

「え、でも」

「私がいい、と言っているのよ? なにを躊躇うのかしら?」

「……うん」

 

 怖いんだけど、千聖さんホント、怒ると怖い。幼馴染さんもそうだけど何で普段穏やかで優しいヒトはこう、静かに冷たいのに火傷をしそうな熱を持って怒るんだろうか、その技術俺にも分けてほしい。なにに使うかなんて決まってないけど。

 

「ごめんなさい」

「ん? なにが?」

「こんな逃げるような感じになってしまって」

「あー、いいよそれは。だって千聖さんだって、勘違いされたままいても気分悪いでしょ?」

「勘違い……ええ、そうね」

 

 でも俺としてはむしろモヤモヤが半分解決してよかったって気分だ。幼馴染さんの方はまだ未解決だけど、少なくとも千聖さんの口から、間接的にとはいえ男女の関係を仄めかすような好意じゃないってことがわかったんだから。やっぱりだいたいこんな顔が恐ろしくいい推しと同じくらい顔がいい幼馴染さんの両方から好意を持たれてるなんて考えただけでも悪い気分になっちゃうよ。幼馴染さんの元カレも相当イケメンだしなぁ。

 

「千聖さん?」

「最悪だわ……本当に」

「え、うんそうだね?」

「こんなに……こんなにままならなくて悔しいと思ったことは、生まれて初めてよ」

「……ん?」

「私の欲しいものは……こんなに近くにあるのに……!」

 

 物思いに耽っていたら、千聖さんが物凄く、苦虫を嚙み潰したような表情になっていた。手を強く、痛いと感じるほどに握られる。そんなに嫌だったのかと俺は黙って受け入れることにして、そのまままた歩き出した。爪が食い込む痛みを左手に感じながら、それ以上どっちも会話をすることなく、家へと向かった。

 ──ん? よくよく考えなくても、これ二人きりか? まぁ大丈夫でしょう。俺は推しに手を出すほどゴミカスクソオタクになった覚えはないしね! 

 

 

 

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