なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい!   作:黒マメファナ

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あなたにとって

 なんかミスったかなぁ、と思わなくはない。だって千聖さん、俺の家に来てからずっと……ひたすらに無言なんだもん。でも俺に心当たりがないせいで余計にビクビクしてしまう。いやだって、絶対原因なんか近いところに転がってるじゃん。なのにわかんないってこれはお説教パターンだよ。

 

「あの……紅茶、飲みます?」

 

 だがしかし嘘のつけない俺はこのように挙動不審になってしまうのである。隠し通すなんて無理無理、絶対無理。

 むしろよく話しかけたなってくらい自分を褒めてあげたいよ。

 

「そうね、もらうわ」

「う、うん」

 

 ちょっとだけほっとした。顔を合わせてはくれないけれど、返事をくれた。返事をくれるだけで取り敢えずは一安心だ。

 だけど、この悪い空気はなんとしてでも変えねばなるまい。俺はそう誓っていた。なにせ折角推しが家でくつろいでくれてるんだもん。こんな空気の悪い状態のまま放置はしたくない。

 

「隣、いい?」

「ええ」

「それじゃあ、おじゃまします」

「ええ」

 

 相槌は適当、というかどこか上の空に近い。けどずっと眉根が寄ってる。お腹痛いのを我慢してるみたいな顔で、どこか体調が悪いんじゃないかってことも考慮に入れておく。俺としてはそっちの方が原因がはっきりしていて安心できちゃうんだけどなぁ……ちゃんと薬もあるし。

 さて、ぼーっとテレビを見ている間に残念クソドルオタワトソンの推理タイムでもしようか。

 推察ポイント一つ目は彩ちゃんとの遭遇だ。あの時の表情は千聖さんにしては余裕が剥がれていた感覚があった。これはきっと俺と一緒にいるところをうっかり見られたことで、まずいと思ったんだろう。何せ男と仲良くご飯、なんてアイドルにとってみればスキャンダル以外のなにものでもないからね。

 推察ポイント二つ目は俺の左手にしっかりと刻まれた千聖さんの爪痕。直接的な意味で肌に感じた千聖さんの思考は、何やら爆発しそうなものをなんとか抑えているような、そんな印象があった。唇も噛んでいたようだったし、そこにあるのは怒りと、悔しさだ。俺にはその出所はまだわかってない。

 推察ポイント三つ目は今の放心状態だ。今ここに怒りの原因や悔しさの原因がなくてぶつけどころがない、そんな感じでもあるようだけど。

 以上のことから察知できるのは、千聖さんが彩ちゃんに俺といるところを見られて、その時の会話から何かが悔しくて怒りを感じた? あれ全然ダメだ推理できてねぇし。

 

「……何そんな隅っこでぼーっとしてるのよ」

「え、いやテレビを」

「嘘、全然目線合ってないわよ?」

「そ、そうだね……ごめん」

 

 よく見てらっしゃることで。気まずくて項垂れていると、千聖さんは無言で自分のすぐ右隣りをたたいた。え、なに、こっちこいってこと? その仕草はまるで甘えたいけれど甘えてると思われたくない猫の気難しさのようで、戸惑いながら俺は千聖さんのすぐ横に座った。

 ──すると、千聖さんはそっと俺の左手に触れてきた。

 

「……えっと?」

「痛かったわよね……ごめんなさい」

「まぁ、痛かったけど」

 

 痛かったよ。痛かったけど、それは千聖さんの痛みだと思うことにしてるんだ。やりきれなくて、苦しくて、それをどうにかして吐き出すために俺の左手が犠牲になった。だからこれは痛くて苦しくて当然なんだと思ってるよ。

 

「バカね」

「一応、千聖さんの気持ちを汲もうとした結果なんだけど……」

「変に優しくされても、嬉しくないわ」

「えー」

「言ったでしょう? あなたの優しさは、残酷すぎるわ」

 

 前に言われたことだったっけ。残酷な優しさ、幼馴染さんの話をしてた時のやつだね。あの時も言ってることがそれほどわかってないんだけど、そろそろわかるように説明……はしてくれなさそうだね。

 

「千聖さん」

「なぁに?」

「ずっと寄ってる」

「……あ」

 

 苦しそうな顔しないでよ。俺はいつだって推しの笑顔が見たいよ。そのためならなんにも俺に明かさないでいい、何も言わないでいいから……そのためなら俺はどこまでも優しくなれるからさ。この気持ちも、千聖さんは残酷だって言うんだろうけど……俺にはそれ以外の方法がわからないんだよ。

 

「もし、ほんの少し……」

「ん?」

「……私が推しであることを忘れてほしい、と言ったら?」

「どういうこと?」

 

 千聖さんはそんなことを言って、過去これまでにないくらいの距離で俺をじっと見つめてきた。俺には眩しすぎるご尊顔、でもその表情はまるで張り詰めた糸のようで。

 できる、とすぐに言えなかった。もしもそのまま、イベントにも来ないでほしいと言われたら……そんな風に思ってしまったから。

 

「無理よね」

「あ、ち、千聖さん」

「けれど、ありがとう。すぐにいいよと言われたら……あなたを嫌いになっていたかもしれないわ」

「え」

 

 それはよかった、と思うと同時に千聖さんの言葉に過剰反応してしまった。嫌いになっていたかもしれない。対人コミュニケーションにやや難のあるオタク並の感想だけど、嫌いになるところだったってことは、現状は……本人から否定されたはずの妄想が湧き出てしまった。いかんいかん、現実を見ろ。こんなんだからキモオタコミュ障とか言われるんだよ。

 

「はぁ……ごめんなさい、落ち着いたわ」

「よかった」

「ええ、これは……ちゃんとご褒美をあげないといけないわね」

 

 ご褒美、という言葉にすっかり調教されてしまった俺はドキっと心臓が跳ねるようだった。これまでのご褒美は基礎基本パンツですし、他には膝枕だし……男として喜ばないわけにはいかないわけでして。しかも推しのよさすぎる顔ときちんと整えられた肉体、キレイすぎる脚を覆い隠すベールたるスカートが捲られ、普段は見せることのない男のロマンが詰まったパンツ。推しが着用してるってことに意味があるのであって、結局同じパンツを購入したところでここまでの興奮、に近いこの湧きたつ喜びは感じないわけであって、ともかく推しは推しでちゃんと推してるんだけどそれはそれとしてパンツ見たいよねってこと。これは変態ですね、変態でサーセン。

 

「けれど、足りるかしら?」

「足りるって?」

「この間の、ちゃんとご褒美をあげられてないのよね」

 

 ああ、確かに。水族館の時のやつもなんだかんだでもらってないよね。見せてくれるって約束したのにちょっと残念だなと思って……いやいや、別に幼馴染さんのためなんだから千聖さんのご褒美がなくても頑張りますとも。

 

「こうなっては仕方ないわね。同じご褒美ばかりではその価値が下がってしまうものだし」

「あ、あの……俺は別にねだってるわけじゃ」

「わかってるわよ。私だってその覚悟はある程度してきたつもりだわ」

 

 人の話を聞いてくれるととても嬉しいんですけど。それ独り言だからね千聖さん。

 そりゃあ、そうやって俺が頑張ったことに報いようとしてくれるところはやっぱり千聖さんって優しいところもあるんだなぁ、普段はめちゃくちゃサドだけど、と思うよ? この思考がもう千聖さんに調教されてると言われたら最早何も言い返せないけど。でも流石にパンツ以上にアレなご褒美なんてないだろうからちょっとだけ待ってみる。

 

「……ブラも、一緒に見せたらいいかしら」

「ぶっ!?」

 

 なんかとんでもないこと言い出したんだけどこのヒト! 前にも下だけじゃなくて、みたいなことは言ってたけどさぁ! 大丈夫かな俺の推し、本格的に露出狂に目覚めてしまったんじゃないかと疑ってしまいそうだよ。もっとこう、アイドルらしい清楚さがほしいかな! オタク的にはさ! 

 

「私にスカートを何度も捲らせておいて、怖気づくのね」

「いや、ハードルの高さ違うんだけど」

「どう違うのよ」

 

 そりゃあアレだ。俺と千聖さんがこうして言い合いをするくらいにはプライベートとしての関わりができたきっかけにもあるように、女性のスカートは……もちろんそれを避けるためにスパッツを履いてみるだとかの方法はあるけど、捲れてしまえばそこに待っているのはパンツ、という男にとっての桃源郷だ。だがそれは捲れる()()でいい。あの日のイタズラな春風のように、その桃源郷を目にするチャンスは案外あるものだ……と思う。

 それに対してブラはよっぽどじゃないと見えないでしょ? それこそ胸元が空いてて覗き込んだら、とか、割と意図しないといけない部分があるよ。俺は人生で一度たりとも女性に着用されたブラジャーというものを見たことがないんだもの。ガードの硬い千聖さんならなおのこと、それは本人が服を捲るなりしないと見ることの敵わない楽園だ。

 

「考えなおそう? ブラを見せるって、上からだよね?」

「花女の制服はセーラー服なのよ? 下から捲った方が手っ取り早いわよ」

「それはアウトでしょ!」

 

 いやボタンを外されて鎖骨や谷間、肩のラインが見えるのもなんかダメだと思うけど、捲るということはナマの腰のライン、へそなどの部位を同時に見せることになるじゃん。それってまずくない!? アイドル衣装は割とへそ見せてることもあるけどそうじゃないじゃん!? それに俺の頭の中に浮かんだシチュエーションがよくない。ソファの上に膝立ちになる千聖さん、制服の上とスカートを同時に捲る……その動きが、っていやいやいや、なに妄想してるんだ俺、ここは良識あるキモオタとして、止めないと! 

 

「はぁ、なに葛藤してるかわからないけれど、見たいの? 見たくないの?」

「見たい! んだけど流石に俺の精神衛生上悪いんだよ!」

「随分と素直に言うようになったわね……?」

 

 そりゃね。隠すのもバカらしいくらいに見たいよ! というかこんなにかわいくて美人でとにかく顔のいい推しが自分の前でサービスショットを惜しむことなく出そうとしてるんだよ? 本物のカメラは諦めても脳内シャッターは超高速連写間違いなしだからね。

 

「早くしないとあの子が来て、またお預けになるわよ……どうせもう気になって頭がいっぱいなのでしょう?」

「うっ……そりゃ、そうだけど」

 

 あの、こんなこと今更言うのはなんだけど、千聖さんはそれでいいの? いやアイドルなんて、女優なんてこの状況に似たようなものだと言われたら俺は黙るしかないんだけどさ。

 名前を売って、顔を売って、それは貢いでくれる。応援してくれるファンへの返礼、今で言い直すとご褒美という形で応えてくれる。それと変わる状況ではないのだとしても。

 ──それは、()()()()()()()正解ではないよね? 

 

「……アイドルとして」

「うん。ホントはもっと前から言うべきだったんだろうけど」

 

 でも千聖さんが見せてくれるその景色は、やっぱり俺がテンションを上げてしまうのには十分すぎて、反論することもなかった。あとちょっと慣れてしまったというのも原因にあるよね。でも、それはまずいよ。確かにパンツが見たいか見たくないかで言えば断然見たい派だけど、それより前提として推しは推しとして推していたいって気持ちが強い。

 もちろんパンツを見せてきたくらいで今更推しに幻滅なんてしないけど、それでもアイドルとして見過ごせない行動を繰り返す推しは……オタクとしてちゃんと諫めるべきだったんだ。

 

「あなたは、本当にバカなのね」

「え」

 

 俺の勇気ある行動、だと自分で思ってたのに、千聖さんから返ってきた感情は……左手に刻まれた爪痕と全く同じものだった。

 いつもは呆れるか微笑みながらの言葉が、怒りを伴っていた。思わず肩が強張った。そして次の瞬間、俺は物凄い力で肩を押され、一瞬眩しいと思ったリビングの電気が、長い髪と紫水晶の瞳に遮られた。

 

「……千聖さん?」

「見なさいよ……素直に、オタクとかアイドルとか、そういう建前なんて捨てて見たいって言えばいいじゃない」

「え、ど、どうしたの……?」

 

 頬に、熱を持った水滴がぴちゃりと跳ねた。驚く間もなく、それが千聖さんの涙だということはすぐにわかった。

 なんで泣いてるの? なぜ千聖さんが、俺の推しが泣かなきゃならないんだ。風紀委員さんは、これを予言していたとしたら……でも俺にどうしろって言うんだ。

 そう戸惑う間もなく、千聖さんはとんでもない行動に出た。

 

「ちょ、千聖さん!?」

 

 つい最近夏制服になった千聖さんの紺色のリボンが床に落ちた。それだけではとどまらず、千聖さんはセーラー服の襟辺りにあったホックを外して、初めてプライベートで会った時

 に、スマホで見せてもらった黄色のブラジャーが、惜しげもなく俺の前に晒された。

 ──って冷静に状況説明してる場合じゃないよね!? 千聖さんついに錯乱して脱ぎだしたの!? 待って俺には既にキャパオーバーなんだけど。

 

「今触ったら襲われたって言ってやるわ」

「……ナチュラルに脅迫しないでよ、ねぇ……千聖さん」

 

 俺の制止を振り切った、それどころかスカートのホックにまで手をかけて、まるで最初からそこには千聖さんを締め付けるものがなかったかのようにストンと馬乗りになって下にいる俺の腰当たりにスカートはただの布と化して、黄色のショーツが露わになった。磁器のような白い肌、ほんのりと上気してるのか、流石の千聖さんも恥ずかしいのか肩や頬には赤みがさしている。

 

「私は、あなたのなんなの? これだけまだ接しても、私はアイドルのままなの?」

「……だって、千聖ちゃんは、推しで……」

「それじゃあ()はどうなるのよ。白鷺千聖は、どうしたらいいの?」

 

 ぐずぐずと千聖さんは子どものように泣きじゃくっていた。俺はもう感情の処理ができずに、放心するしかなかった。

 だけど、俺はそれを受け止めることができない。幼馴染さんに向けられた言葉と同質の、けれどもっともっと切羽詰まった、感情の波を伴っていた。

 

「そ、それじゃあ……千聖さんにとって俺ってなに?」

「こういうことをしてでも傍にいてほしい相手よ」

「──っ」

 

 淀みのない答えだった。震えてはいたけれどまっすぐな声だった。そして、上半身を起こした俺に、千聖さんは首に手を回して抱き着いてきた。

 これは確定、なんだろうか。風紀委員さんの言った通り、千聖さんが俺を? 本当にそんなことがあっていいのかな。

 

「……ごめん、千聖さん。俺は」

「言わないで……私は、私の気持ちを初めて、捨てたくないと思えたの。だから」

「……うん」

 

 ここで、千聖さんは矛盾した言葉を放った。彩ちゃんに俺のことを好きかと問われた時にきっぱりと否定してみせた言葉。そして今俺に抱き着いて泣きながら肯定ととれる言葉。どっちが本当の千聖さんなんだろうか。下着姿になるなんて捨て身なんだからフツーに考えれば後者が真実なのだろう。でも、それと同じくらい俺には腑に落ちないところがある。

 ──市場価値。俺の男としての価値が果たしてそこまであるだろうか、というところだ。結論から言えば千聖さんのような人がこんな半裸姿にならなきゃいけないほど、俺は魅力的とは言えない。幼馴染さんも風紀委員さんも、もしもこの質問をすれば頷いてくれるだろう。

 

「とんだご褒美になってしまったわね……ごめんなさい」

「ううん、大丈夫」

「私の気持ちを大事にしたいから……しばらくは」

「わかった」

 

 制服を拾って着替えながら、千聖さんはそうやって力なく、まるでただの少女のように笑った。

 嘘をつくメリットは感じられない。でも嘘ではなかったメリットも……あるとは思えない。俺はそんな迷いを抱えながら、幼馴染さんがやってくるまでの時間を千聖さんと手を繋いで過ごした。

 胸が痛い、俺は何か大きな間違いをしてる気がする。どうしてなんだろう。俺はただ、推しを推しとして推したいだけなんだけど。

 

 

 

 

 

 

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