なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい!   作:黒マメファナ

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汗かいちゃったから

 色々わからないことはあるけれど、一応は千聖さんの口から内心を聞き出すことができた。一歩前進といえるだろう。だけど俺にはまだまだ難問がある。そう、幼馴染さんもまた千聖さんくらいに距離が近いことだ。そりゃ小さい頃は仲良しだったし、距離も近かったけどさ。もう俺と幼馴染さんはそんな無邪気になれる年齢じゃない。なのに距離感が近いんだよね。

 

「それじゃあ、ごちそうさま」

「うん、また明日ね」

「ええ」

 

 二人が手を振って別れるのを少し離れたところから見守り、ドアが閉められたところで幼馴染さんがくるりとターンした。ふわりと優しい香りがして、いつものかわいらしい笑顔で帰ろっかと()()()()()()()()()()

 ──えーっと? なにやってんすかね。意図がわからずに立ち止まると、今度は左手がさらわれた。

 

「手を繋ぎたかっただけだよ」

「そ、そうですか」

「うん……なんで敬語なの?」

 

 そんなの緊張しちゃうからに決まってるでしょ。手を繋ぐことってカップルだったり女の子同士だとあっさりしちゃいがちだけどそれを慣れてない人間にとってはすごく緊張しちゃうことだと思うんだ。何がって手を繋ぐということは常に触れ合ってるってことだ。手汗とか、握りながら歩かなきゃいけなかったり、握る強さだったり。

 とにかく、意識せずに手を繋いで歩くってのは案外難しいってことだ。

 

「手汗とか気にしないよ?」

「俺は気にするんだよ」

「神経質?」

「違う! 汗だよ汗、汚いでしょ」

「私は気にしないってば」

 

 コイツってやっぱり強引なところあるよね? おっとりな見た目に似合わぬ鋼鉄の精神力持ってるし、あの水族館の時も……威圧してきた元カレ相手に一歩も引かないどころか、一歩踏み出していくあの強さ、見習いたいところだよね。

 

「ふふ」

「なんで笑ってるの?」

「あれはキミが隣にいたから……負けたくないって思っただけだよ」

「俺が?」

「うん」

 

 あの間、俺はただ千聖さんに止められていただけですけどね。後は話の腰を折るタイミングとセリフをレクチャーされてたっけ。なんか予定とは違って焦ったけど、俺たちの言葉で相手との会話が途切れたのは事実だった。

 

「だから、いてくれてありがとう」

「俺は何も……」

「いいの、私がありがとう、っていいたいんだもん」

「そっか」

 

 ふわりと幼馴染さんは優しく笑う。よかった、一時期はなんだか様子がおかしかったけど、今はいつもの彼女だ。流石にね、三年ほどブランクがあったって一番近くにいるってアドバンテージとして表情から機嫌とか悩みがあるないとかは少し察知できたりする。幼馴染だしね。

 

「ねぇ」

「ん?」

「……千聖ちゃんと、なにかあったの?」

「えっ」

 

 だがそれは幼馴染さんも同様だったようで唐突にそんなことを呟いた。何かあった、あったとも。物凄いことがあった。でも彼女には教えられないし教えたくない。だって彼女の親友、まぁ俺の推しなんだけど……千聖さんが俺に半裸になったんだよ?

 

「言えないようなこと……あったんだ」

「あ、えっと、その……」

 

 はいその通りですけど幼馴染さんが言う言えないことがなんなのかが知りたい。俺の中には最悪から予想通りですまでとんでもない振れ幅のものが頭に浮かんだよ。違います誤解です。

 

「まだ何も言ってないけどなぁ」

「だ、だってさ」

「大丈夫、言わなくてもいいから」

 

 ほっとした。ここでどうしてもしゃべってと言われたらもうどうしていいのかわかんなくなっちゃうから。更に千聖さんが、まだ信じられないけど、俺に大きな感情を向けているということが幼馴染さんに伝わるのもなんか嫌なんだよなぁ。

 

「嘘ついちゃわなきゃいけないくらいなら……言わないでいてくれた方がマシだから」

「……ごめん」

「いいよ、大丈夫」

 

 静かな道に幼馴染さんの笑顔がぽつりと寂しく咲いた。なんで、幼馴染さんは傷ついてるんだろう。疑問に思うまでもなく原因は俺だ。鋼鉄の精神力を撃ち抜くほど酷いのかとショックを受けたくなるけど、どう考えても何故か打たれ弱くなってるだけだよね? 

 

「キミは、優しいよ」

「そう?」

「うん……いっそ残酷なくらい」

 

 また、それか。残酷な優しさってなんだよ。俺はそんなの……いや、俺は知ってるよな。その残酷な優しさってやつがなんなのか。

 俺だって傷つけられたんだ。例えそれがどんだけ俺の過失だったとしても。

 

「ごめんね、嫌なこと思い出させちゃった?」

「まぁ……ちょっと」

「私ね、まだ千聖ちゃんに教えてないんだ……あのこと」

「そうなんだ」

「うん」

 

 それはよかった。ほっとしたよ。千聖さんに、というか幼馴染さん以外の誰にも知られたくないくらいの過去だよ。黒歴史ってやつ。俺と幼馴染さんが嘘をつかないって約束をして、今の関係に近づく直接の原因。俺が知る限りの残酷な優しさ。やり切れない嘘。

 

「ねぇ」

「な、なに?」

「わ──!」

 

 やり取りをしてるうちに、段々と彼女の家が見えてきた時だった。立ち止まった幼馴染さんは、繋いでいた右手の指を俺の左手の指の間に侵入させた。さっきよりもよっぽど密着し、サラサラの手の感触がする。思わず後ずさりをしてしまい、手を繋いでいた幼馴染さんが前に倒れ込む。

 

「か、花音……あぶなっ、ごめん思わず……!」

「ううん、ナイスキャッチ、だね」

「呑気に言うね!?」

 

 スマートにキャッチはできなかったけどね。おかげで幼馴染さんが俺に倒れかかる形になってるのをどうにか抱きとめてる状態だ。あまりよろしい感じじゃないよね、精神的にも。なんか幼馴染さんはやたらと楽しそうだし、実はサドだよねやっぱりお前もさ。あと離れてもらっていい? 

 

「このまま名前、もっと呼んで」

「なんで?」

「いいから」

 

 わけがわからないまま、俺はもう一回幼馴染さんの名前を呼んだ。本当は呼び捨てにするのは気が引けるけど、思春期になってまでちゃん付けで呼んでるのがカッコ悪いっていう思考に至って今の状況なんだよなぁ。

 

「もっと」

「は?」

 

 なに、一体何がどうなってるの? そう思うくらいまるで子どものように俺に縋りついてわがままを言い出した幼馴染さんに俺は目を白黒させるしかなかった。

 彼女は俺に名前を呼ばれたがってる、なんで? その意図が不明すぎるんだけど。もうちょっと解説してほしい。

 

「やだ」

「やなのに、わがままは言うんだ?」

「うん」

 

 なんか幼児退行してない? なんなのこの子。やだってなんやねん。

 俺はただ単純に名前を呼ぶことで幼馴染さんの何が満たされるのか、満足するのかが知りたいだけなんだけどな。それも説明を拒否するなんて。

 

「私はっ……私は、キミの幼馴染なんだよ? ()()()()なのに……私はなんで名前で呼んでくれないの?」

「……え?」

「私は幼馴染さんじゃないもん、私は……松原花音(わたし)なの!」

 

 は? なに、なにどういうこと? なんで急に幼馴染さんが泣き出したの? なんで怒ってるの? 何も理解できない。幼馴染さんのことが急に何もわからなくなってしまった。

 でもわかることもあった。同じだ。この熱さも怒りも、言葉だってさっき推しにもらったばかりのものだ。

 

「キミはいっつもそうだよ。私のことも千聖ちゃんのことも、記号にこだわって……なんにも見ようとしない……キミは酷い人だよ」

「それはお前だって」

 

 俺は幼馴染さんが俺のことを幼馴染以上の記号で呼ばないことを知ってる。俺と同じように名前を呼ぼうとはしない。なのにどうして幼馴染さんは怒ってるんだよ。意味がわからない。

 

「嫌がるのに? キミが言うじゃん。名前で呼ばれたくないって」

「そうだけど」

「私は違うもん」

 

 ──それは、凄く怖いことだよ。幼馴染さんを松原花音として見ること、推しを白鷺千聖として見ること、それは俺の中で何もかもが崩壊してしまうような恐怖を抱いてしまった。彼女たちをそのままで見ること……それは()()()と同じだから。

 

「俺は……あの子で思い知ったよ。俺が俺であり続ける以上、アレを繰り返すことしかできないよ」

「そんなこと……っ」

「じゃあ()()は理解できるの? 俺がしゃべってること、ドルオタの話に!」

「──それは」

 

 思わず口から出てしまった言葉に、幼馴染さんは目いっぱいに涙をためながら声を詰まらせた。

 なんだか俺がとんでもなく悪いことをしてる気がする。気がするだけじゃないんだろうなぁとは思うけどもう、俺も後には引けなかった。話を聞いてはくれるけど、理解してるわけじゃないから。

 

「理解、できてないよ……でも、でもキミの話を聞きたかった。自己満足かもしれないけど、キミが話をしてくれるのが、嬉しかったよ……?」

 

 そんな優しさなんて、いらなかった……わけじゃない。俺はその優しさに救われたから。でもそれ以上に、幼馴染さんに申し訳ないって気持ちが強かった。昔からそうだ。まだドルオタじゃない時から、ただアニメやラノベの話をし始めた時から、松原花音って幼馴染さんはわからないながらも話を聴いてくれていた。

 ──カッコ悪いな俺、そういうのもう……()()()()卒業しなきゃだよな。

 

「ごめん……これからは、そういうのいい」

「え……まって、なんで……!?」

「もう大丈夫だから」

 

 幼馴染さんの目が見開かれた。今度は彼女の方が、何を言ってるのかわからない、理解できないというように困惑と疑問で埋め尽くされた表情をしていた。

 昔は割と喜んでくれてた気がするけどな。わかんねーのに無理して聞かなくていいよって言ったよな、確か。

 でも、なんかおかしい。なんというか、幼馴染さんはバグってしまったようにその場に呆けるだけだった。

 

「やだ……やめて」

「……なに?」

「──っ、や、だ……やだ、よう……っ」

「花音!?」

 

 息が苦しそう。それが過呼吸だと気付くのに少しだけ遅れてしまった。前後もわからなくなってしまったように、フラフラとそれでも俺に倒れかかってくる。すごい勢いで肩が上下するのに、むせて止まらない。見てる方が痛くなってしまうくらいだった。

 

「ど、どうすればいいんだっけ、えっとスマホ、スマホは……」

「や、だ……いか、ない、で」

「……花音?」

 

 検索しようとしたら、その手を握られてしまった。行かないで? なにを言ってるのかわからないけど、過呼吸は強いストレスを感じると起きるんだった気がする。つまりひとまず彼女は俺のせいで強烈なストレスを受けてしまったってことで、それを取り除けるのも俺だけだ。ええっと、こういう時はもうどうこう言ってられないよな? 行かないでって言われたんだ、離れないって意思表示をすれば大丈夫だよな? 

 

「大丈夫、大丈夫だよ……花音」

「ち、ろっ、くん」

「ん、俺だ」

 

 めちゃくちゃ恥ずかしかったけど、抱き留める恰好だったまま、彼女の後頭部と髪を撫でる。背中に手を回してさすってあげる。

 すると効果はあったようで多少息が苦しさを帯びなくなっていった。相変わらず呼吸の吸うと吐くが激しく早いけど、ひとまずストレスは軽減できたらしい。

 

「スマホで止め方調べるから、手、放していい?」

「ん、わ、かった」

「あんまりしゃべんなくていいから」

 

 花音は小さく頷いて、俺の肩に顔を埋めた。苦しいことに変化はないよな、強制的に呼吸させられるんだ、相当負荷がかかるだろうし、激しい呼吸は急速に脳の酸素を奪う。時間が経ち過ぎたら頭痛だってするし辛いだろう。

 ──えーっとなになに? 過呼吸は体内の二酸化炭素が急激に減少することで引き起こされ、呼吸中枢によって呼吸が抑制されて息苦しくなる。この息苦しさを脱しようと更に呼吸をしようとしてまた二酸化炭素が減少、悪循環になる症状……じゃなくて、もうこの際概要はどうだっていいし、解決法はどこだよ! 

 

「あ、あった……ええっと、ストレスを和らげた上でゆっくり深呼吸させること……花音、ゆっくりだって」

「う、ん……すぅ、っ、はっ、あ……んっ」

「……だ、大丈夫?」

 

 こんな時になんですが、声がアレなんだけどどうしたらいいと思いますか男性諸兄? 元々さ、花音って甘い声質してるじゃん? それが若干……んっと、嬌声? っぽい高い声を上げられると精神的に悪いよね。ううん、この危機的状況の中俺の変態さ加減はいつも通りでした、なんだか脳内の推しに叱られたよ。なにピンチの親友に発情してるのよこの変態と冷めた目もされてそうだ。いや喜ばないからね。

 

「……変な、こと、考えて、ない?」

「いいからゆっくり吸って吐いて」

「あ、あとで……いい、わけ、きくからね」

「頑固だな、ほら」

「すぅ──っ、はぁ……はぁ……」

 

 ようやく、花音の呼吸が落ち着いてきた。手が凄く冷たくなってるけど、血中の二酸化炭素が減るとどうやら血管が収縮しちゃうらしい。なるほどね、と思いながら温めるように手を握ってやると、嬉しそうに微笑んだ。

 

「えへへ……やった」

「何がやった、だよ。いや俺が悪いんだろうけどさ……こんな苦しんだくせに」

「だって、ち……えっと、キミからぎゅーってしてくれて、大丈夫だよって名前、いっぱい呼んでくれたから」

 

 まだやや荒い呼吸をしているけど、どうやら精神的負担はなくなったらしい。鋼鉄のメンタルって言ってたけど、やっぱり俺が関わるとどうしてこう脆くなっちゃうのかね? というか焦ってわたわたしたせいもあって俺汗かいちゃったよ。もう夏近いのに外でこんなに長くいたら夜でも熱中症になる時代ですよ。

 

「私も汗、かいちゃった」

「気を付けろよ、血管が収縮してるってことはより冷えたら風邪引くんだからな?」

「そうなったらキミに看病してもらおっと」

「……お前さぁ」

 

 やっぱ鋼鉄のメンタルだわ。それどころかお風呂入りなよと言ってくるくらいにはメンタル最強だった。両親いるとはいえ仮にも異性を風呂に誘いますか? 二人で汗かいたからお風呂借りますって言ったら弟くんの精神衛生上や情操教育に悪くない? 

 

「大丈夫、最近目を合わせてくれないから」

「反抗期か」

「うん、私のことすぐブスとかノロマとか、そう言うことばっかり」

「まぁこんなかわいい姉ちゃんいたらそうなると思う」

 

 美人でかわいい姉ちゃんだ。歳がそれなりに離れてるせいもあって幼馴染さんは家じゃ無防備だろうし、思春期には毒すぎるんだろう。中学入ったら間違いなく羨ましがられて、あんなブスとか言っちゃうんだろうなぁ。いいなぁ若いって。

 

「かわいい……そっか、かわいい、かあ」

「どうしたの?」

「キミも昔は私にひどいこと言ってたのになあって思ってさ」

 

 知りませんね。あれですよ若気の至りってやつ。あのな? ラブラブだとかもてはやされたら躍起になって誰があんなヤツとって言いたくなるもんよ。あんなのと結婚するくらいなら豚小屋で一生過ごすわとか言ってた気がする。反省。正直幼馴染さんと結婚できる男性めちゃくちゃ羨ましいと思いますはい。

 

「……ばか」

「なんで罵倒した今?」

「ばかだなあって思ったから」

 

 というわけで、何も解決してないけどひとまずは最悪の事態だけは避けたらしいことを俺は帰り道を歩きながらそう思った。

 ──はぁ、なるべくなら頼りたくないんだけど、これは風紀委員さん案件しかないな。どれだけ罵倒されようがなんだろうが、今日のイベントは俺一人で消化するには重すぎるんだよなぁ。

 ああそうそう、幼馴染さん宅では弟くんに姉ちゃんのパンツ、見たいんだろって水色の布を渡された。ちげーよ! そのままのパンツが見たいんじゃなくて履いてるのがいいの! まだお子ちゃまにはこのどうしようもない性癖はわからんだろうがな! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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