なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい! 作:黒マメファナ
──それは、俺が高校二年生になったばかりの頃。SNSで知り合ったヤツに教えられてアイドルグループというもののライブを見に行くことになった。とあることが重なって話題を呼んでるんだとか。
曰く、現在ガールズバンドなるものが流行っている。アマチュアもプロも色んなグループがしのぎを削っている中生まれたアイドルとバンドの融合という新しい切り口である。
曰く、女優の白鷺千聖がアイドルとしてそのメンバーになっているということ。
そんなことを熱弁されたけど二次元に生きている俺からするとピンとこない話だった。ガールズバンドが流行りってのはお店とかでやたらと流れるから理解はできたけど、そもそも白鷺千聖って誰。なんか名前似てるの嫌なんだけど。
「千聖ちゃんのこと知らないの!? 子役からずーっとやってる女優さんだよ?」
「いや、俺ドラマとかこれっぽっちも興味ないし」
「はぁ……」
そんな反応をされて俺は溜息をつかれてもなぁと頬杖をついた。興味なかったらダメなもんかね。オタクはこういう自分の思ったことしかしないからオタクなんだなと感じなくもないけど興味を惹かれない以上面白くないんだからねぇ?
「というわけで、週末は見に行ってくる」
「
「……そういう言い方やめてよ」
なんだかんだでもう四年も付き合ってるカノジョにそう言われちゃって、ちょっと嫌だなって思ったものの、恋人ってのはそういうもんだと諦めて埋め合わせのために手帳を開いた。バイトしなよって言われるけど、別に今お金がとか思ったこともないし。
そんないつもの日常、いつものちょっとだけ退屈だった世界はあっという間に奪い去られるその、始まりだった。
「アテフリって?」
「要するに口パクってこと、演奏も歌も、予め録音したのを流してただけ」
「なにそれ、そんなのにお金を払わせてたの!」
確かに、そういうのもわからなくないけど、アイドルなんてそんなもんでしょ。そうじゃなくて、俺が問題だと思うのは機材のトラブルなんてもので台無しにしたことだと思う。俺たちは楽しんでたよお披露目ライブそれが録ってるものだったとしても。
「わかんない」
「わかんなくていいよ」
「わかりたい」
「知らないよ」
ウチのカノジョさんはどうしてこう、わからないことにも全力なんだろうか。いやいやおかげでいつも助かってるよ。ラノベとかアニメとか興味持ってくれてたし、なんなら一緒に視聴してくれたこともあるしね。そうやって中二病全開の時も、こうやって多少なり落ち着いた今も傍にいてくれる彼女が、俺は大切だなぁって思ってるからね。わかりたいならちょっとくらい説明はしてみるけど。
「うーん」
「わかんないでしょ?」
「そだね」
まぁこうやって説明してもわかんないってなることも多い。でも今回の新しいものは大外れだったなと思っていた。このまま消えるようなジャンルだとそう思っていた。
──あの雨の日にチラシを渡されなければ、もしかしたら今でも流行っていくパスパレにあんなコンテンツ、なんて唾を吐いていたかもしれない。
「お願いします、パスパレ、ライブやります……!」
「……あ」
それは白鷺千聖ちゃんだった。雨に濡れた手で必死に通りすがりに訝しまれながら……多少は張り付いたその、目のやり場に困ってしまう姿を見られながら、それでも必死に次こそはという思いを伝えていた。
誘ってきたSNSのヤツはあれで愛想を尽かしてしまったらしく、断られてしまった。カノジョさんにも、やめときなよって言われた。それでも俺はあの雨の決意はそんな生ぬるいものじゃないと判断した。そして、真のパスパレの誕生を目撃した。
「ありがとうございました~!」
ライブが終わって、帰り道。五人の少女たちがお見送りをしてくれた。雨に打たれていた彩ちゃんも千聖ちゃんもいた。手を振って達成感に満ちた表情をしていた彼女たちを見て、よかったと思っていると、千聖ちゃんが不意に俺の顔を見てあ、と声を出した。
「……来て、くれたんですね」
「あ、お……覚えて、いたんですか」
「ええ、はい……ありがとうございました」
その万感の思いをこめた感謝の言葉に、俺は堕ちてしまった。この子は推せる、そんな風に感じることができた。
この子のこと、もっと応援したい。そんな衝動に駆られるまま、俺はイベント情報や本人のSNSを追いかけるようになって……気付けばすっかりドルオタになってしまっていたのだった。
「
「笑った! そうやって笑われるからバレないようにしてきたのに!」
「だって、あんまりにも似ているから……ふふ!」
うっかり定期券に名前が書かれていて、それを知られた時には……今だと二つの意味でなんだけど、笑われてしまった。だからあんまり他人にも名前を名乗りたくないし呼ばれたくはないんだよね。特に幼馴染さんには昔ちひろちゃんって呼ばれてたから。千聖ちゃんとちひろちゃんってめっちゃ似てるでしょ。しかもちゃん付けされるとめちゃくちゃ女の子っぽい音だしね。俺としてはヒロって呼ばれるのが一番嬉しいところでもある。SNSの名前もそれだしね。
これが俺と千聖さんが関わるきっかけ。千聖さんは丁度幼馴染さんから俺のことを聞いていて、パスパレで千聖ちゃん推しのオタクやってることも知ってたから、誰なんだろうって思ってたらしい。名前を認知されたのも、その名前が覚えやすかったから。でも、あの雨の日のことを確かに、彼女は憶えてくれていたんだ。すっかり害悪認知厄介キモオタに成り果てた俺にしてみれば、それだけで嬉しいことだ。
「あら、先に来てたのね」
「まぁ、多忙な千聖さんよりかは早いよ」
あれから一年が過ぎた。なにやら色々と取り巻く環境が変わったような、そうでもないような。俺は退屈はしない日常を過ごしている。大切な幼馴染と、そしてプライベートで知り合ってしまった推しと。
というかあんなことがあったのに、千聖さんは見た目ケロっとしていた。俺の方が若干目を合わせづらいんだけどなぁ。そう言いながらも呼び出されて推しの顔が見たくて来てしまうあたり俺もとんだマゾなのかもしれない。
「なぁに? 居心地が悪そうな顔ね」
「悪いんだけどね……この間のことで」
「気にしなくていいわよ。あの時はどうかしていたわ」
どうかしていた、か。それじゃあやっぱり、あれもなかったことになってるのかな。
──それじゃあ私はどうなるの。白鷺千聖は、どうしたらいいの? そんな風に俺に抱き着いてきた彼女の言葉は、なかったことになってるらしい。
「それで、私は提案したいのだけど」
「なにを?」
「……今日、二人きりで少し過ごしたいわ」
「はい!? なんで?」
「なんで? 私はあなたになんと言ったか覚えてないのかしら?」
「え、どれ?」
「私はしばらくは私の気持ちを大事にすると決めたの。最低でも夏休みの間は覚悟しておくことね」
自分の気持ちを大事にすることで相手に覚悟を強要するのはどうかと思うんだけど。でもどうやら、しばらく……少なくとも夏休みの間は自分の胸にある気持ちに嘘を吐かずに向き合うと決めてしまったらしい。その結果、こうしてアプローチをかけてきたというわけだね。推しに推されるというレベルを軽く通り越してる。正直困る。
「あの、幼馴染さんには?」
「もちろんナイショよ。だからこうしてバイトのない時に呼び出したじゃない」
それでミスって彩ちゃんに動揺させられたせいであなたがそうして退路を断たれてしまったことに気づいてほしかった。いや気付いて振り返らないようにしてるのか。今日は彩ちゃんもいないし大丈夫だろうって計算なんだな。因みにいつもの如くナチュラルに脅迫をされることはわかりきっているためダメなんて言いません。
「すっかり、慣れてしまったわね。ここに来るのも」
「推しに慣れられるなんて、なんてコメントしたらいいのか迷うね」
「のたうち回って苦しんで死んでしまうくらい嬉しいって言えばいいわよ」
「よくないね」
「推しを独占できて嬉しくて飛び降りたい、というのは?」
「千聖さんは俺を殺したいの?」
相変わらずの言葉の応酬が何故だか安心してしまう。あんまりにもいつも通りのテンションすぎてこの間の言葉が嘘なのかとか自分の気持ち、というものが俺が想定しているものと違うのではないかとかそういう余計なことを考えてしまうんだよなぁ。
「紅茶を淹れたら、隣へいらっしゃい」
「うん」
「今日はお土産も買ってあるのだから」
手に持ってたのはケーキだったのね。紅茶にケーキ、ううんロイヤルな千聖さんにはめちゃくちゃ似合いますね、英語も堪能だし、これはもうクイーンオブロイヤルなのでは? 女王陛下って呼んだ方がいい?
「ふざけたこと言ってないで早くしなさい」
「はいはい、ただいま」
コトンとカップを机に置いて、千聖さんにフォークを手渡す。ケーキかぁ。あんまり生クリームとか食べ過ぎるとくどくてダメなんだけど、と逡巡していたら、千聖さんに大丈夫よと口に突っ込まれた。
「……ほんとだ、甘さも控えめでくどくない、これは俺もイケるよ」
「でしょう? やっぱりここで間違いなかったわ」
「うん、おいしい」
千聖さんは俺の反応に安心したように微笑みながら一口頬張った。あーっと、間接キスとあーんのダブルコンボをサラっとされてしまったことに気づいた俺はくどくない甘さ控えめの生クリームで胸やけしそうなんだけど。甘いよこれ、甘くて痒い。これラブコメアレルギーだ。
「千紘くん」
「──! はい!」
初夏なのにカサつく肌を掻いていると急に、というか初めてプライベートの千聖さんに名前を呼ばれた。いつもは名前にさん付け、もしくはヒロくん呼びだったけど、この真剣な声音に俺は背筋を伸ばした。
「私は、あなたが好きよ」
「──そ、そっ、それは……以前のような興味がある、という意味で?」
「恋をしているの、あなたに」
突然の……いや多分俺にとっては突然でも、千聖さんにとっては何度も何度も繰り返しシチュエーションを重ねてきて、万感の想いで口に出したんだろうと思うほど、ゆっくりとした口調だった。芝居がかってるわけでもない、飾らない素直な言葉。夢にも思わないよ。推しに告白されるなんて。
「返事は、いらないわ。この気持ちは……私がアイドルをするためには、芸能界で生き残るためには、捨てなければならないモノだから」
「……そう、だね」
「それにあなたは、付き合おうとは、言ってくれないでしょう?」
「……うん」
わかっててくれてほっとしたけど、それでもやっぱりごめんね、千聖さん。俺は誰かを好きになるとか、カノジョとか、付き合うとか今は考えたくもないんだ。俺にあった四年という時間を全て……本当に全て無意味だと断じてきた、あの過去が過去にならない限り。
「ねぇけれど……二人きりの間くらい、止めなくていいわよね」
「な、なにを?」
「手を繋ぎたい、抱きしめて、抱きしめられたい。ずっとあなたに触れていたいという気持ちを、よ」
抱きしめるのは無理だからせめて背中なら……と俺は譲歩した。お腹あたりに千聖さんの白くて、なんだか小さな手がベルトのように巻き付いて、彼女の体温が背中に伝わってくる。手に触れて重ねると、密着が強くなって、まるで我慢していたもの全てを吐き出すように、甘えられてしまう。
「おっきいのね、背中。あんがい姿勢もいいし、こういうところは変にオタクっぽくないわね」
「猫背は直してかないと怒られるからね」
「ふふ、言ったわねそんなこと」
そうだよ。まだ最初の頃に千聖ちゃんに猫背は止めた方がいいですよって教えてもらってから頑張って矯正してたんだから。身長以上に大きくみられるようになって嬉しくて千聖ちゃんに報告もしたよ。そこからしばらくは二人でイベントの思い出話に花が咲いた。
と、そんな時スマホが震えて、千聖さんがピタリと止まった。さっきまですごく笑顔だっただけに少し真顔が怖かった。
「んー? 次のイベント、移動手段はどうされる予定ですか? かぁ」
「次、というと遊園地の?」
「そう」
パスパレ初の遠征ライブ。遊園地の運営と提供して地方に出てやってみようという試みなんだけど、まさか彼女から連絡が来るとは全く想像もしてなかった。このヒトは交友が狭いことで有名な子で、俺が知ってるのはSNSでの名前、あと顔も、一応挨拶くらいはしたことあるし。年齢が年下ってことと、危ないくらいパスパレに心酔してることくらいかな。
「女ね」
「女の子だよ、背は結構高くて大人びてたけど、中学生だったはずだよ」
「女オタは囲われるのが常でしょう? あなたも姫を守護する騎士の一人というわけね」
それがなぁ。この子ガチすぎてみんなヒくんだよ。なにせ好きすぎてツインテールの髪色をツートンにしてくるくらいだし、それゆえに目立つし。ガチ恋勢よりガチだから界隈内ではパスパレのヤベー奴として知られてる。あとなんか最近ガールズバンドも始めたことを呟いてたね。
「その子なら知ってるわ。というかあんな目立つ子、認知できないわけないけれど」
「だろうね」
やっぱり知ってた、箱推しだしなあの子と思いながら話を送られてきたダイレクトメールに集中する。特にまだ決めてない、と返事をすると即返事がきた。オタク並の速さ、俺でなきゃ見逃しちゃうね。
「え、マジか」
「どうしたの?」
「よければご一緒にどうですか、って。知り合いに頼んで交通費なしで行けるらしい」
「……死になさい」
「なんで!?」
いや俺ぶっちゃけ交通費出したらグッズ買えねぇじゃんって死んでたからありがたすぎる提案なんだけど、当の推される側に痛烈に罵られた。理不尽では? 理由を問おうとしたら、この間同様、また押し倒されてしまった。
「その子、顔はかわいい子よね?」
「え? ああまぁ確かに」
「──っ! バカ!」
「ええ……?」
「わかりなさいよ、私はいつだってあなたへの想いでどうにかなってしまいそうなのよ」
そんな必死な顔されても、俺には何が何だか。あの子とはオタ友……ですらないんだよ。ただSNSで相互フォローしてるだけ。いやまぁここまでガチでパスパレ推しであの子とマトモに話す人物ってそう多くはなくて、だいたいは千聖さんが言ってた騎士さんたちばっかりなんだけど。
──尽くされるより尽くす方が、貢がれるより貢ぐ方が性にあってまして……オタクですから。
困ったように、そんなことを言ったあの子に共感したから共に貢ぎ隊をやってるわけですよ。千聖さんが嫉妬するようなことはなにも、なにもないんだから。
「……あなた、貢がれてるわよそれ」
「ええ? そう?」
「推されてるのね、その子に」
ああめっちゃ拗ねてる。というか前だったら物凄い冷たい顔で罵ってたくせに俺に抱き着いて離れないんですけどこのヒト。待って、あなたサド成分どこにおいてったの? そして俺はサドでもないからちさ虐とかそういうの可哀想で見てられないタイプだからね?
「ええっと、こうすれば……いいですか?」
「ええ……ふふ、推しの髪に気安く触れるなんて万死に値すると思いなさい。人生最後の贅沢として、今の幸福を刻みつけておくといいわ」
髪を撫でてあげたらいつもの勢いで罵られた。にやけながら言われてもイマイチ迫力には欠けるけどあれなんだね、千聖さんは余裕がないとサドじゃないファッションサドだったことが判明した。なんだそれ、一瞬ときめいたよ。