なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい! 作:黒マメファナ
俺は貢ぎ根性丸出しの気持ち悪いドルオタではあるが、それすらも負けている人物が一人だけいる。それはまだ中学生って言うんだから驚きだ。
とはいえ、それほどかかわりがあるわけでもなかったその子に、俺は何故だか一緒にイベントに行くことを打診された。いや、SNSで次のイベントの話してたしそのせいかもしれないけど。
「ヒロ様! お待ちしておりました!」
「ど、どうもパレオちゃん」
本名は知るところではないけれど、パレオ、というハンドルネームは知ってる。向こうも俺のヒロ、ってハンネを知ってるけど、様とつけられてしまうとなんだか変な気分になってくるね。
腰が低くて、丁寧な女の子だった。ただそれゆえに最初にパレオちゃんを囲ってた人たちは大体、この苛烈なまでのパスパレへの愛に離れていく。まぁなにせ彼女、割と相手にもそのガチを要求してくるところあるからなぁ。
俺はそんなガチ中のガチ勢のお眼鏡にかなってるってことなのかな。
「というか、用意してもらった車って」
「はい! コチラです!」
うん? どういうこと? なんで後部座席に謎の広々空間があるの? なんで? そんな驚きをしているといかがされましたか? とピンクと水色のツートンカラーのツインテールを傾けながら訊ねてきた。いやいかがされたもクソもないんだけど。
「ヒロ様になるべく、快適な空間を提供できればと思いご用意致しました!」
「快適、なるほどね」
鼻息荒く、パレオちゃんは前のめり気味に内装についてつらつらと説明を始めた。いやえっと、セレブ気分がもう既に怖いんだけどパレオちゃん。パスパレ関連にめちゃくちゃ羽振りがいいなと思ったら庶民感覚じゃなかったか。
「さらに! モニターには各種パスパレのライブも写せます! 完備でございます!」
「おお、てかモニターでか」
「はい! サウンドは巨大ステレオ! ライブのような迫力間違いなしでございますよ!」
セレブ感覚のオタクってこうなんだなぁと思った瞬間でした。でもパレオちゃんの雰囲気ってなんかお嬢様ってよりは、メイドっぽいよね。物腰の柔らかさとか言葉遣いとかあとお辞儀の仕方が物凄い丁寧。いや貢ぎ根性の話はしてませんともええ。
「ヒロ様はこちらを」
「これは……」
手渡されたのは黄色いサイリウム。持ってしまえばもう止められない。俺とパレオちゃんは車の中で、叫んでサイリウムを振り回してオタ活に勤しんでいた。やっぱり俺も彼女も生粋のオタクだった。というか多分顔を合わせて会話したことのある異性の中で唯一俺と趣味の範囲で話が通じる人間なんだよね。いつもは推しが多少は理解してるけど幼馴染さんとか風紀委員さんは全くドルオタの話しても伝わらないんだよね。だから思わず楽しんでしまう俺がいた。
「やはりヒロ様はオタクの鑑のようなお方だと思います!」
「そうかなぁ」
「はい! なによりもアイドルにまっすぐですから」
アイドルにまっすぐであることか。そうじゃなくて俺は極度の陰キャだからオタ活にまで人間関係だとかそういうのをとやかく指摘されたくなくて好きなやつと好きなように推してるってだけ。だから俺が守るのは向こうが決めたルールだけ。マナーとかそんなんは俺がやりたいようにしかしないし。フラスタとか興味もない。
「フラスタ、以前も参加していませんでしたね」
「そりゃあね、俺は俺個人で千聖ちゃん推しやってるから」
「界隈に興味はない、と」
「そう。ましてや界隈にお金を払う意味も感じないし」
フラスタなんて俺が至上としている千聖ちゃんからの認知には遠いものだし。俺が主催すれば話は変わるだろうけど俺そんな人が集まるほどじゃないんだよねぇ。それならそのお金でグッズ買うかCDをもう一枚買うよ。
「素敵なお考えです」
「いや持ち上げなくていいよ」
「何故です? 素敵だと思ったから素直に言葉にしたにすぎません。オタクである以上、目指す姿はヒロ様のような方だと思っております」
「オタクとして、かぁ」
きっとSNSで発信したら即座にブーイングが飛んできそうな発言だなぁ。
彼女はきっとそういう常識にはとらわれない子なんだなっていうのがわかった。自分が信じたものに、惹かれたものに一直線に進むというのは、少し……いやかなり羨ましいな。
「パレオは、ただ不器用なだけです。髪の色を変えるのも、他に方法を知らないからなのです」
「そっか」
「けれど、表現することは好きです! だから不器用なりに精一杯、パレオが信じることを全力でやろうと決めているのです」
なんていうか、しっかりした子だなぁ。俺が中学生の時はなんっにも考えてないただの陰キャキモオタクだったし。表現することについて考えるとか、そういうことは考えようともしてこなかった。
いや今も、あんまり考えてないよ。ただみんなに流されてミックス入れて、コールするだけだもんなぁ。それ以上になにか表現することが必要だなんて思ったこともないよ。
「ヒロ様はそれでいいと思います」
「ってかなんで今日は様付けなの? 前はさん付けじゃなかった?」
「今日はお客様ですので」
なるほどね、お客様対応だとこうなると。やっぱり物腰がお嬢様じゃないよね。現地につくまで俺とパレオちゃんは車内でライブを堪能し、終わりましたら連絡を差し上げますと言って別々に歩きだした。今日は流石に遠征なこともあって俺一人だから話し相手ほしかったんだけどなぁ。なんだかんだで一人が嫌な俺は寂しさを紛らわせるためにSNSのTLを荒らしながらとぼとぼと歩いていると、ふいに知り合いの顔が俺をバッチリと捉えていた。
「あれ? キミがどうしてここに?」
「……いやそれ俺のセリフなんだけど」
「あなたは誰かしら? 花音の知り合い?」
「えっと、キミは初めまして……だよね?」
「ええそうね、初めまして!」
片方の女性は何を間違えることのない俺の幼馴染さん。あとは隣の少女には見覚えがあるようなないようななのでとりあえず握手をした。誰だろう? 金色の長い髪が素敵な、まるで太陽みたいな子。幼馴染さんの知り合いに確か……ああ、ハロハピのメンバーさんか!
「私はね、千聖ちゃんに遊園地の入場チケットをもらったんだあ。せっかくだからって」
「あたしと美咲はそれに付き添っているの!」
「みさき?」
「ああ、えっともうすぐ来ると思うんだけど」
首を傾げながら、それが千聖さんの策略だということにはとっくに気付いているさ。あのひと、予防線張ったな? この間パレオちゃんからの連絡を知った千聖さんは二人きりにさせてはならぬと判断して監視役に幼馴染さんを付けた。どこまで幼馴染さんが知ってるかは……わからないけど。
「ところで──今日は女の子と一緒に来てるって聞いたんだけど……ほんとう?」
「一緒だったけど今は別れてるよ」
「そっかぁ……行き道、ずうっと二人だったんだ」
あの、あのですね幼馴染さん? なんでそんな底なし沼みたいなハイライトの消えた目をしてるの? 瞳孔開かれるとめっちゃ怖いんですよ。わかっててやってる? うんわかっててやってるねこの子は。
「そっ、そうだけど、キミらはよく俺より早く現地にいるね?」
「途中まで新幹線で、そこから車だったから」
「……新幹線、羨ましい」
「うん、こころちゃんが車両一つ貸しきっちゃって」
「……はい?」
うーんなに言ってるんだろう。新幹線車両丸っと貸し切りって、パレオちゃんのリムジンみたいな車にもびっくりしたけどそれ以上のマネーイズパワーを見せつけられた気分になった。弦巻マネーイズパワーシステムで俺も超絶レベルアップを遂げたりしませんかね。とそういえばこのお嬢様はマジで世界に名だたる名家のお嬢様だったことを思い出した。豪邸、俺もみかけたことあるし。
「それで、今日はなにか楽しいイベントがあるのかしらっ?」
「パスパレのライブ……だよね?」
「うん、そうだね」
そりゃ幼馴染さんは知ってるか。そもそもここまで来ることを決めた情報リーク元が千聖さんだもんなぁ。金髪お嬢様はそれを聞くとキラキラの瞳をさらに輝かせてきた。どうやらパスパレのライブに興味をお持ちらしい。
「ごめんごめん遅くなって……って、ああ、どうも」
「どうも? えっと、初対面?」
「ですよ。って言ってもあたしは話を聞いてて一方的に知ってましたけど……彼女から」
そう言って黒髪の女の子は幼馴染さんを差した。黒髪さんは素朴な印象でなんか、ほっとするなぁ。というのも知り合いの女性がみんなみんな個性的だからな。幼馴染さんも推しも、風紀委員さんも……パレオちゃんもそっちの部類だし。
「パスパレのライブに行くわよ!」
「まだ早いよお、こころちゃん」
「今からは物販だから」
「ぶっぱんってなにかしら? たのしいこと?」
「全然楽しくはないよ」
お嬢様が何やら楽しくないのにどうして行こうとしているの? と首を傾げていた。楽しくないけど推しのグッズが欲しいからだよ。千聖ちゃんは割と人気高めですぐ売り切れちゃうし、会場限定生写真がほしいし。生写真は一人頭五種くらいの二十五種ランダムだけどな! 生写真は何故トレーディング要素あるのだろうかと小一時間問い詰めたいところではある。なにせ当たらなければ何をするってオタクに交換を申し出なくちゃならない。それで交友が増える場合も当然あるんだけど、まったくもってあれの交流に意味を見出せない生粋のボッチコミュ障なんよこっちは!
「それなら、あたしが一緒に並んであげるわよ! ただひとりで並んでるだけなんて、つまらないじゃない」
「まぁそうだけど」
それは金髪お嬢様が並んだからって面白くなることではないでしょう。と思っていたら幼馴染さんと黒髪ちゃんも並び始めて、特に幼馴染さんが肩を寄せてきて、近くにあるカフェやら途中にあったアウトレットモールなどの名前を出して俺の方を見てきた。え、俺もついてくの? 別に三人で行ってくればいいのでは?
「はぁ……ばか」
「なんで?」
「いや今のは、言っちゃだめなやつだったと思いますけどね」
「そうなんだ……」
よくわからないけど黒髪ちゃんが言うにはそういうことらしい。わからないなりになんとなく俺がいなくちゃ幼馴染さんは納得しないってことだけは察したので、後でパレオちゃんに帰りは大丈夫そうだってことを伝えておこうかな。多分ご令嬢様と新幹線だなこれは。
「あそっか、それじゃあ帰りは一緒かあ」
「よかったですね」
「うんっ」
そう花が咲くように笑ってから、幼馴染さんはピタっとまるでそこで時が止まってしまったように笑顔のまま凍り付いた。なに、どうしたの?
首を傾げて見守ってるけど、彼女は凍り付いたまま動かない。
「えっと、アイツなにしてるの?」
「あはは……嬉しいんですって」
「一緒に帰るのが?」
「そりゃ──って花音さん顔怖いから、落ち着いて」
「美咲ちゃん?」
「ああもうわかりましたから、そんな顔しないでください」
二人はなんの話をしてるんだろう。けど同じ高校の一つ学年が違うはずなんだけど、やっぱり同じバンドのメンバーってだけで随分と距離が近くて楽しそうだ。なんだかまた幼馴染さんの違う一面を見た気がしたよ。
「どうかしら?」
「何が?」
「笑顔だわ! 楽しくなってくれて嬉しいわ」
「ああ……うん、ありがとう」
「ええ、どういたしまして!」
確かに、金髪お嬢様が来てくれなかったらこうして幼馴染さんの一面を見ることもなかったし、しゃべってもなかっただろう。ただ無言でスマホを眺めながら物販に並んでるだけだったはずの時間も、楽しく短くなっていた。
これが幼馴染さんが言ってた、世界を笑顔にするバンドのリーダーってことか。
「あの」
「ん?」
目的のものを購入し……何故か金髪お嬢様まで色々と買ってたけど、物販に並び終わった俺は列から出たところで黒髪ちゃんに話しかけられた。改まってどうしたんだろうかと思っていたら、黒髪ちゃんは幼馴染さんの名前を出した。
「アイツが、どうかした?」
「いえいえ、どうかしたとかじゃなくて……なんて言えばいいのかな、年下で別にそういうヒトもいないあたしの意見なんて無視してくれて構わないんですけど」
「う、うん」
「あのヒトはホント暴走しがちなところあるから、感情とか行動とか」
「ああうん確かに」
なんかすげー前置き長かったけどそれは確かにそうだよね。時折一人でずんずん突っ走っていってちゃうんだよね。でも俺はそんな彼女に助けられてばっかりだからなぁ。学校が終わってまっすぐにファストフード店に行って、すると丁度入ったばっかりの幼馴染さんに会って、終わるまで待ってから一緒に帰る。そんな日常に俺は救われたようなものだから。
俺の心を抉った嘘を癒してくれたのは、幼馴染さんとの日常と、推しのイベントなんだよね、なんだかんだ半々くらいだ。
「なるほど、花音さんが焦れるわけだ」
「え?」
「いえいえ、こっちの話です」
黒髪ちゃんの言ってることはあんまりわからなかった。
でも、彼女が幼馴染さんのことを思って色々俺に何か言ってるんだなってことは確かだよね。最近友人の友人と話すことが多いからみんな案外誰かのために色々と考えてるんだなぁってことが発見だったりする。
──俺は、あんまりそういうのないなぁ。あ、強いて言うなら推しや幼馴染さんが一秒でも多く笑っていられるようにってくらいかな。そんなこと言うとまた、千聖さんにはバカねって言われそうだけど。
「あー楽しかったぁ!」
「あたしもとーっても楽しめたわ! ああやってみんなで声をそろえるのって楽しいのね! 今度ハロハピでもやってみようかしら!」
「あーそれもいいかも」
「そうだね、考えてみよっか」
結局、ライブはライブでこの三人と一緒に観てしまった。宿泊施設は流石に別々だったのでパレオちゃんの車で向かっていった。明日はたまたま会った幼馴染さんやそのバンド仲間と出かけるから帰りは大丈夫ってことを伝えたら、少しだけ迷ったような表情を見せてからではっ、と前のめりになった。
「パレオもお供します!」
「え、ええ!?」
「ぜひぜひ、ヒロ様のお友達や幼馴染様にもご挨拶をと思いまして」
「え、いいのかな……って、ごめん、その前に電話かかってきちゃった」
「お構いなく!」
番号は当然のように非通知……もう非通知が通知みたいなもんだ。俺はスマホを耳に当ててると、もしもしと声が聞こえてきた。いつものプライベートの推しの声だった。今日はパスパレも近くで宿泊&打ち上げだって日菜ちゃんが言ってたんだけど?
『そうよ、あなたもどうせ近くで宿泊よね? ホテルの名前を言いなさい』
「なんでナチュラルに脅迫口調なんですかね?」
「ひ、ヒロ様、脅迫されているのですか!?」
いや違……わないけど、千聖さんはこれがデフォだし最近なんだか仄かに慣れてきた感じある。マゾじゃないよ。
でもそんなパレオちゃんの声が聴こえたらしい千聖さんが、めっちゃくちゃ不機嫌そうな声音を出してきた。
『ふうん、ハロハピを侍らせていたと思ったら、今度はまた中学生とフタリキリなのね』
「いや違わないけど違う」
『通報した方がよさそうね、紗夜ちゃんにも報告しておこうかしら』
なんでそこで風紀委員さんの名前が出てくるんですかね!? あのヒトなら嬉々として通報しかねないからやめて! 俺のそんな様子を、少しだけおろおろと見守っていたパレオちゃんがふと首を傾げた。
「カノジョさんですか?」
「えっ、あ、いや違うよ」
『そうよって言いなさい』
「いや言わないし」
「違うのですか? 確か以前、いらっしゃると伺っていたのですが」
『え……?』
「──あ、それは」
しまったそうだった。パレオちゃんは初期からのパスパレオタクで俺とも繋がりがあったから知ってるんだ。あの子、がどういう子で俺との間に一体なにがあったのかは知らないけど、いたってことだけは知ってるんだ。そして千聖さんはいたってことすら知らない、と。
地雷を踏みぬいた音がした。さて、俺は一体これから千聖さんになんと言われるのだろうね。当然、聞いてないわよ、って言葉は入ってくるだろうけどさ。