なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい!   作:黒マメファナ

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なにがどうなってるのかわからないんだけど

 とりあえずホテルにやってきた俺は、場所を伝えるとすぐにやってきた千聖さんに鬼の形相で迫られた。これにはさすがに正座だ。まぁ確かにずっと隠してきたことだもんなぁ。俺は大人しくしていよう。

 

「さて、説明してもらおうかしら? ()()()()

 

 因みに隣には幼馴染さんが同じように正座している。流石茶道部だけあってキレイな正座を見せてくれる。俺は既に足が痺れてきてるよ。

 じゃなくてね、話それたね。なんで千聖さんがこんなにお怒りかはわかってる方もいると思うけど念のため。

 ──元カノさんの話がバレました、以上。

 

「当然、知ってわよね? 花音?」

「う、うん……そりゃ、もちろん」

 

 なにせ中学の時に付き合ったことを一番最初に打ち明けた相手が幼馴染さんだもん。そりゃ知ってるよ。中一の途中から高二の夏になってすぐまでだからなんだかんだで四年近く付き合ってたんだよね。その間リア充だったのです、えへん。

 

「爆発四散しなさい」

「今は非リアでオタ充なんだけど」

「オタ充って言い方気持ち悪いわね」

「オタクはキモいんです~」

 

 俺と千聖さんの、なんか最近では見られなかったほっとするようなやり取りを幼馴染さんがおろおろと見守っていた。大丈夫、ではないだろうけど。今は幼馴染さんがいるから千聖さんもいつもの白鷺千聖を繕ってるだけ……だと思う。

 たぶん、二人でいたらまた別の空気になるよねぇ、きっと。

 

「やけに中学辺りの話を誤魔化すと思っていたら二人揃って、私に隠し事、ええそうそんなに私、信頼されてないのかしら?」

「信頼じゃなくてしゃべるとトラウマで精神がガリガリ削れるからしゃべらなかっただけなんだけど」

「……それも含めて、気になるじゃない」

 

 やだよ。なんで推しにこんな大して面白くもないどころか俺の顔が引き攣るような話しなくちゃならないんだよ。あ、幼馴染さんがしゃべらなかった理由は知らないよ? いやもしかしたらしゃべったら千聖さんが俺に向かうことを知ってて黙っていてくれたのかもしれない。いや、流石幼馴染さんは頼りになるね。

 

「……まさかあなた」

「え、えへへ……ごめんね千聖ちゃん」

「はぁ、いいわよ。私の仮説の穴を埋めるだけの情報は得られたのだし」

「うん、たぶん合ってる。だから私は……もう二度と誰にも渡さないって決めたんだあ」

 

 二人は二人でなにやら俺にわからない話をしていた。なんのことだろうと思ったけど女性同士の話に秘密はつきもの、ということらしいのでじっと黙っていた。ところで千聖さん、と幼馴染さんもホテルまでご足労をかけましたがお帰りは大丈夫なのですか? 

 

「ええ、同じホテルだもの」

「……は?」

「あ、じゃあ千聖ちゃん私とも一緒なんだあ」

「ん?」

 

 ナニイッテルノカ、ワカラナイ。

 うん? つまりパレオちゃんが是非、と勧めてくれた宿泊施設……いやビジネスホテルでいいんだけどと言ったのにもう予約しましたと押し切られたこの豪奢な高級ホテルは、金髪お嬢様……の傍にいた黒い服のおねーさんたちがフロア丸ごと貸し切った場所と、事務所が頑張ってフロア全部貸し切った場所とイコールなわけですか? 

 

「私たちは下の階よ」

「こころちゃんは眺めがいいからって最上階だったよお」

「つまりスイート貸し切りなのね……」

 

 恐ろしい。つまり打ち上げも下のレストランでやってたってことか。うわ世間狭いな! 俺がゴロゴロしてる間アイドルたちがそろって会食してたわけね。千聖さんはそういうのに出席することで、また新しい仕事が増えるのよと腕を組んでベッドに座った。

 ふむふむ、アイドルってしばしば枕営業がどうのって言われるけど、一般的にはこういうかたちなんだろうか。

 

「当然そういうのもあるわよ」

「えっ」

「私たちじゃないわよ、他のアイドルの話」

「……ああ、なるほど」

 

 いや心臓飛び出るかと思ったよ。当の千聖さんは俺のリアクションが面白かったのか予想通りだったのか、楽しそうに微笑んでいた。なんか機嫌直ってるのはなんでか幼馴染さん教えてよ。と思ったらお説教タイムは終わっていたようで既に幼馴染さんも正座ではなくベッドに座ってスマホを触っていた。

 

「なあに? 心配したの?」

「……なんでそんなに嬉しそうなのさ」

「さぁ?」

 

 というか話が終わったなら散ってくださいな。流石に事務所のスタッフさんとかに見つかっても俺はうまく言い訳もできないからね。

 千聖さんは少しだけ名残惜しそうにしていたけれど、チラリと幼馴染さんの方を見てからそうねと微笑んだまま手を振って部屋から出ていってくれた。はぁ……なんとか今日は許してくれたけど、またいつか元カノさんの話をしなくちゃいけないのかなぁ……胃が痛くなってきた。

 

「大丈夫だよ」

「そうかな、って近いんだけど」

「そう?」

 

 そう、とか言いながら更に近づいてくる幼馴染さん。最近ホンット距離感おかしいからねキミ。いや前々から、具体的に言うと小学校卒業するちょっと前あたりからこういうのは多かった。そりゃ子どもの頃はずっと手を繋いでたり、遊び疲れて二人してソファで寝てたりしてたらしいけど、小学校は流石に男女って意識が強くなっていくにつれて一緒に遊ぶけど、みたいなところはあった。でも、手に触れてきてみたり、肩に頭乗せてきてみたり、そうやって思わずドキっとしてしまう行動が増えてきたのが、そのあたりから。再会してからしばらくはなかったんだけど、また去年の冬あたりから俺か彼女になんかあると俺に触れてくるようになったんだよな。

 けどまるで小動物かのように、嬉しそうに俺の首辺りに顔を埋めて甘えてくるようになったのは、ほんの最近からだ。

 

「あの、さ」

「んー?」

「俺、この状況で正解が見つからないんだけど」

「こう、だよ?」

 

 幼馴染さんに右手を奪われ、彼女の頭の上に強制的に置かれた。えーっと?

 困惑してる俺に向かって幼馴染さんは撫でてと頬を膨らませた。ええ、俺がなの? なんかそれラブコメだよふえぇ、って感じだよね。

 

「私のこと触るの、嫌?」

「嫌じゃないけど」

 

 その訊き方めっちゃずるくない? そんなの嫌っていうわけにはいかないじゃん。髪とかサラサラでむしろ恥じらいとかなかったらずっとモフりたいくらいに気持ちいんだけど。ただね、相手が異性の人間だからさ。こんな毛並みの犬とか猫がいたら俺多分離れないよ。

 

「その褒め方は、なんか……嫌だなあ」

「え、あ、ごめん」

 

 どうすりゃいいんだよこの場合。どう褒めればよかったんだろうね。俺のこの濁った語彙力じゃどうにもならないよ。後は気持ちいとか? そう思案していたら幼馴染さんはもう、と溜息をついてからなんにも言わなくていいからと目を閉じた。

 

「キミは、なんにも話さなくていいよ」

「それって」

「私が知ってる限りを千聖ちゃんに教えてあげるから」

 

 正直、それは甘えてしまいたいくらいの魔力に溢れていた。でもそれでいいのかと思うわけで。いや話せるかといえばトラウマだし頭ぐっちゃぐちゃになって話せなくなっちゃうんだろうけどさ。

 

「でしょ? 私が……助けてあげる」

「……ありがとう」

 

 でも結局、こうなるんだよね。俺は意志薄弱なダメクソオタクだからさ。こうやって幼馴染さんに頼り切ることしかできないんだよな。

 本当に俺は俺のことが嫌いだ。どうにかして変えたいと思ったこの逃げ腰も、なんか最近特にひどくなってく気がしてる。

 

「大丈夫、大丈夫だから……ね?」

「……っ、俺、やっぱりあの時から、止まったまんま、かもしれない」

「そんなことない……前までだったら、こうやって私に吐き出してもくれなかったもん」

「それだけ弱くなってるってことかな」

「ううん、違うよ……」

 

 いつの間にか抱きしめていたはずが抱きしめられていて、頭を撫でられていたはずが頭を撫でられ、俺は幼馴染さんに、花音に向けて情けない言葉ばかりぶつけていく。元カノさんになにもしてあげられなかった後悔。何かできている気でいてひどく冷たい顔でバカにされたあの時の言葉、全部が俺から幻想を奪っていく。

 こんな男、千聖さんだっていつかは幻滅して目を覚ます。幼馴染さんだって、またすぐに違う好きな人を見つけて俺とは関わらなくなっていく。風紀委員さんだって、パレオちゃんだって、みんなみんな……こんなキモオタの傍に好んで近寄るはずもない。

 

「キミはどんどん前に進んでるよ。悔しいけど、私だけじゃなくて……千聖ちゃんのおかげで」

「そう、なのかな」

「うん、キミが気付いてないだけだよ」

 

 気付いてないだけか。なんて今はとてもそんなこと思う気にはならなかった。まだここでその通り、所詮はキモオタなのだから身を弁えなさいって言われた方がああそうだよなって思っちゃうくらいだ。そのくらい今の自己評価は最低ランクだ。マイナス思考が俺の身体を満たしていた。こうやって幼馴染さんに優しくされればされるほど、そのマイナスは俺を縛り付けていく。

 

「……ん、あれ」

 

 ぐるぐると回る感情に追い回され、体力が尽きたのかいつの間にか寝てしまったらしい俺が意識を取り戻したのは既に鳥の鳴き声と朝日が差し込む時間だった。やば、結局お風呂にも入らないまま寝ちゃってたということに気づいて流石に今日も出かけるんだからシャワーくらいはと思って身体を起こそうとして腕が重たいナニカに引っ張られ、倒れこんでしまった。

 

「……はい? え、え、なにこれ、どういうこと?」

 

 腕の重みの正体に視線を動かすと、そこにはキレイなスカイブルーの髪が散らばっていた。もちろん俺の髪じゃない。そりゃそうだその髪は……ちょっとウェーブのかかったふわりとした髪は……幼馴染さんのものだから。

 この子、かわいらしい顔で俺の腕枕で寝てらっしゃるんですよ。あり得なくないですか? 優勝してない。いくら俺の幼馴染さんがこんなに可愛くてもこれは大問題ですよ。

 

「んぅ……ちひろくん?」

「か、花音……お、お、おはよ」

 

 バレないようにそっと腕を引き抜こうとしたら、紫の花がゆっくりと咲いた。まずいこれはまずいですよ! というかまさかこんな朝チュン展開なんて望んでないでしょ。お酒とか飲んだわけじゃないのに昨日の寝た時の記憶がすっぽり抜けてるんだけどどういうこと? だが不幸中の幸いなことに起きたことで腕にかかっていた頭の重さがすっと軽くなった。そのタイミングで腕を抜いて、俺はシャワー浴びてくる! とベッドから抜け出し……その足元にあったものを踏みつけてしまった。

 ──えっと? この紫色のはなんですかね? パンツじゃないねブラだね。あとスカートと上に来ていたはずの服やタイツもあるね。俺は頭の中で引き算をする。ヘアアクセサリーは枕元にあって、衣服が……あ、この子パンイチですね。逃げろ! 

 

「シャワー……? あ、わたしも」

「待て待て、俺が先に浴びてくるから、いなくなるまでそのまま起き上がるなよ! 絶対に!」

「なに……どうしたの?」

 

 どうかしてんのはお前なんだよなぁ! 多分昨日は泣きつかれて眠ったんだろう。メンタル崩壊しちゃったしな? それに寄り添ってくれた幼馴染さんには感謝しかない。そう、ここまでは感謝しかない。

 なに人のベッドにもぐりこんで一緒に寝てる上に服脱いでるの? あれなの? もしかして寝る時の衣服は少ない方がよく寝れるタチの種族なの? 

 

「はぁ……はぁ……アイツ、バカ野郎」

「バカ野郎はどっちかしらね」

「そりゃウチの幼馴染さんでしょ……ん?」

「おはよう、お寝坊さん。浴室は左手、トイレは右手よ」

 

 洗面所では千聖さんが髪の毛を整えていた。なんで推しもいるの? 待って昨晩一体なにがあったの? 千聖さん確か帰ったよね。そういうと彼女は溜息交じりに荷物を取りに戻ったのよ。着替えをねと言い放った。着替え、つまり寝間着ですか。

 

「ええ、私が来た頃には既にあなたは夢の中にいたけれど、残念ね、推しのパジャマが見られなくて」

「ええそれは本当に残念だった……んじゃなくて、状況説明してほしいんだけど」

「その前にシャワー浴びてきなさい」

「はい」

 

 浴室に逃げ込み、ほどなくしてシャワーの音にまぎれて、まだ寝ぼけ声の幼馴染さんと、それを優しく介護する千聖さんの声が聴こえた。いや起きたら二人がいた、というのには一度遭遇してるけどさ。まさか同じ部屋にいただなんて考えるだけで背筋がカタくなってきそうだ。焦りですっかり時計を見ることを忘れていたけど、朝食の時間まではまだ少しあるらしく、千聖さんは花音もいるのだから早めに上がりなさいよ、と言い残して洗面所からいなくなった。つまり幼馴染さんも昨日風呂に入ってないということは、先に寝ちゃって、後で千聖さんはお風呂に入ったってことか。

 ──この浴槽に、千聖さんが……ごくり。っていやいや、そこまで変態じゃないよ。いっくらドルオタって言ってもね。推しが入ったってだけでお湯も抜けている浴槽を特別に見立てることなんてできませんともええ。

 

「随分と長かったわね」

「おはよお」

「お、おはよ」

 

 浴槽は冷たかった。お尻が冷たくて心が虚無になったよ。賢者タイムってやつだね。そしてそのテンションのまま俺は着替えて幼馴染さんと入れ替わった。ふぅ、女の子のバスタイムは例えシャワーであってもちょい長めというのは相場決まってるからね。ちょっと時間があるよ。その間に、千聖さんと話をしておかなきゃ。

 

「……それで、状況説明はしてくれるんだよね?」

「いいわよ、と言っても私がこの部屋に来た理由くらいは、想像つくでしょう?」

「そりゃもう」

 

 きっと俺のトラウマをほじくりに来たってことくらいは寝ぼけない頭で考えれば想像つく。でも俺から訊き出す前に既にメンタルがやられて寝てたから、きっと千聖さんは幼馴染さんと話をしていたんだろう。

 

「ええ……あの子から聴いたわ、あなたの話」

「そっか」

「色々納得したわ、あなたがどうしてそこまで自分を貶めようとするのか、どうして──」

「──わかったんなら、いいでしょ?」

 

 例え推しの声で、推しの顔が楽しそうだったとしても、その罵倒だけは聴きたくない。しゃべってほしくない。

 そこまで知ってほしいとすら思わなかった。やっぱり、俺は千聖さんとの距離間違えてるよ。

 

「どうして?」

「俺と千聖さんは、ドルオタとアイドル。机ひとつ分、ステージ分のスペースが適切だったんだよ」

「……っ、それは、そんなこと……!」

「俺にとって千聖さんは……あくまで推してるアイドルですから」

 

 これ以上、踏み込まれたくない。これ以上、千聖さんが俺を好きだとか言ってアイドルとしてよくないことをしているのを、見ていられない。じゃあどうしたらいい? 答えはすごく単純なことだ。

 戻ればいい。単純に千聖ちゃんを推していた頃に、単純にキモオタをステージから見下ろしていた頃に。柵に、折り畳みテーブルに、分け隔てられたその関係が俺と千聖さんにとってのベストなんだよ。

 

「そう、そういうことを言うのね……今なら理解してあげられる。あなたの言いたいことも、言わんとすることも」

「うん、なら──っ」

 

 ──さよならだ。という言葉は紡げなかった。頬に乾いた、じんとした痛みが走った。冷房で冷やされた頬が、熱くなっていく。

 平手打ちをされたことを、俺は理解するまでに数秒を要した。それだけされた意味がわからなかった。

 

「……なんで?」

「あなたは何も見えていないわ。わからない? わかる努力をしないのに、私のことを語らないで!」

「ち、千聖ちゃん……!?」

 

 幼馴染さんが慌てたように駆け寄り……叩かれた俺ではなく、叩いた千聖さんの肩に手を置き、心配そうな顔をする。

 千聖さんもそこで感極まってしまったようで涙を溢れさせて、幼馴染さんに抱きしめられるまま嗚咽を漏らしていた。

 

「ちひろ……私は、あなたの推し以外には、なれないの……?」

「ち、さと、さん」

「あなたは、私の、オタク以外には、なってくれないの?」

 

 その言葉が重かったのか、痛かったのか。俺はベッドに座り込むことしかできなくなってしまった。

 そしてなにより、泣きじゃくる千聖さんを宥めていた幼馴染さんの表情がなにも写していないことが、怖かった。

 

 

 

 

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