なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい! 作:黒マメファナ
出ていく時に、花音からカードキーを渡された。これで入ってきてって、あそこは一応彼の部屋なのだけれど……あの子はもう。
着替えや化粧道具を手下げに入れて、私が二度目に部屋に入った時、既に彼は夢の中にいた。
あどけない寝顔、けれどその表情は……あんまり晴れやかとは言えないもの。
「えへへ、いらっしゃい」
あなたの部屋じゃないわよ。そう言いたいのを堪えて愛想笑いだけをしておく。私は彼女に、親友である花音に彼を取り合うカタチでは絶対に勝てない。今日だって、過去の話は私だけが知らないうえに追い出されるように部屋を出され、その間になんの話をしたのか知らないけれど……悔しかった。
涙の中で花音の腕の中で安心したように眠っているということが。私では、彼はそんな顔をしてくれないのに。
「随分と優越感ね」
「ん、千聖ちゃんにはあげないよ? 私の」
「その眼、怖いからやめなさい」
備え付けのケトルでお湯を沸かして、彼をベッドになんとか運んだ私と花音はまるで喫茶店にいるような雰囲気で、話を切り出した。あなたたちの中学時代に、一体何があったのか。どうして花音が悲しみ傷ついたのか、どうして彼は元カノさんとお付き合いをして、そして別れたのか。詳細を教えてほしかった。
「カンタンだよお、あのヒトは私から千紘くんを奪った。でも千紘くんについていけなかった、それだけ」
「それじゃあ簡潔すぎてわからないわ」
「……私ね、中学入ったばっかりの時に、フラれてるんだ」
フラれたって言っても告白したわけじゃないんだけど、と続いたけれどその言葉は少し衝撃的だった。花音のことを拒絶したのか彼からだった。その事実は今の花音に依存している彼からすると……印象が違うわね。
「そんなことないよ……根っこは一緒。だって、昔の千紘くんね、ラノベとかアニメが好きだった」
「ええ、それは……聴いたことがあるわ」
千聖ちゃんに出逢う前は二次元オタだったんだ、って言っていた。パスパレに出逢ってドルオタに転向した割には生粋ね、なんて笑ってあげたけれど、それが花音を拒絶したのと何か関係があるのかしら? せいぜい俺は二次元しか愛せないんだキリッ、くらいの中二病とかそういう痛々しい笑い話ではなくて?
「その言い方は酷いよお……まぁ、確かに小学校高学年辺りからオタクさんだったせいで女の子は気持ち悪がってたから拗らせてたけど……」
「生粋ね」
「染まりやすいんだよ、自分でハマった趣味に」
ああそういうタイプなのね。これが一般的な若者なら流行に染まりやすい味気もなにもない男になっていたのに、どうして自分の趣味にこう一直線なのかしら。まぁそこがかわいいポイントでもあるのだけれど。推されて悪い気はしないというか、もっと構ってあげたくなるタイプよね彼。
──話が逸れたわね、明後日へ。
「あ、うん。でも私はほら、昔から千紘くん大好きだから一緒にいたくて話を聞いてたんだけど」
「……そうなのね」
おかしいわ、今サラっとマウント取られたわね。本当に昔から、それこそ仲良くなってお互いの話をし始めた頃から隙あらば自分……ではなく幼馴染の話をする子だったわ。しかも最近だとこうして私を牽制してくる始末だし。
でも、ああそうね。今の彼もその状況ならきっと同じこと言うわよね。彼は、千紘は最初、花音がわかってくれてるんだと思っていた。けれどそうじゃないことに気づき始めて、わかんないなら無理に話聞かなくてもいいよと優しく断ったのね。
それがひどく彼女を傷つけることも知らずに。
「それがすっごく悲しくて、寂しくて……でも私は諦めたくなくて話しかけてて、そんな時に、あの子が現れたんだ」
その子は、中学からの知り合いだった。当時サッカー部で即レギュラー入り確実だった千紘を追いかけるようにマネージャーに……!? 待ちなさい今なんて言ったのかしら? それ花音の誇張表現とかではなくて?
「え、うん。サッカー上手だったんだよ。すごい怪我しちゃってからやめちゃったんだけど」
「……だから無駄に」
「そう、筋トレは日課だーって」
また話がそれたわね、ええ確かにサッカー部の新人エース、なんて言われたらモテるわよね。顔はフツーだものね。フツーというのは芸能人並にいいわけではないけれどブサイクではないのだから。
「うん、それで……オタトークができるカノジョが欲しかった千紘くんは、その子と付き合ったんだ」
「オタクだったのね」
納得したように息を吐くと、花音は悲しそうに首を横に振った。まさか……
その言葉を花音は肯定した。彼が良いと言っていた本を借りて、必死に付箋塗れにするくらいには彼を振り向かせるために必死だったらしい。
「でも、それじゃあ」
「うん……怪我でサッカーもやめて、高校も別になって、多分もう冷めかけてたんだと思う……それなのに、更に千紘くんは新しい趣味を見つけちゃった」
「……ドルオタ」
ドルオタ、アイドルオタク。彼はSNSで誘われてパスパレの……私たちのお披露目ライブに向かった。そこで他のオタクと同じように落胆していれば、よかったのかもしれないわね。
あの雨の日、私は彩ちゃんの熱意にあてられ必死にビラを配っていた。こんなの無意味かもしれない。こんな努力をさらけ出すみっともないことをして、それでも来てくれなかったらどうしようか、そんな迷いを抱えながら、最初に受け取ってくれた相手が、千紘だった。ライブの後、出迎えで同じ顔を見た時、私は本当に安堵したのをよく覚えている。千紘が私を推してくれるようになったのはそれがきっかけというのだから、運命というのは不思議なものね。
「決壊しちゃったんだ。ほら千紘くん、自分の興味ないものにはとことん興味ないでしょ?」
「オタクだものね」
「うん、カノジョさんは千紘くんに流行りのドラマとか俳優さん女優さんとかそういうのを薦めてたらしいんだけど全部断られてたんだって。それも不満だったみたい」
確かに、それは彼にも悪いところがあるわね。自分の趣味は他人に理解してほしいけれど他人の趣味は興味ない。そんなの怒って当然よ。私だってムカっとしてしまうわ。
そこで、二人は別れた。実はアニメにもラノベにも興味がなかったこと、サッカーをしてたから好きになっただけで今の彼にはなんのいいところもないただのクソオタクだと罵って、優しい嘘を全て手のひらを反す形で一方的に。
「……それで彼は、自己評価が延々と低いのね」
「うん。拗ねてるだけだよ……そんなことないのに」
自分には価値がない。ただアイドルを追いかけることしかできない無能だと、自分自身を縛り付けている。そしてなによりそんな
──なによ。あなたの方が……よっぽど嘘つきじゃない。バカね本当に。
「それで、花音はその子が、千紘の元カノが嫌いなのね」
「うん、大嫌い。その程度で冷めちゃうクセに、私から彼を奪って飽きて捨てたなんてさ……許せるわけないでしょ?」
「顔が怖いわよ」
自分が泣き喚いてでも手に入れたかったものをあっさり手に入れて、冷めたからいらなくなった。確かに花音からすれば許されたものではないわよね。
そのタイミングで、電話がかかってきた。麻弥ちゃんからの電話でもしもし? と出ると少し焦ったようにどこにいますかと言われた。
「なにかあったの?」
『ああいえ、マネージャーさんが千聖さんがいないと』
「⋯⋯言ってなかったかしら」
「ち、千聖ちゃん⋯⋯」
私としたことがうっかりしてしまっていたわ。マネージャーに花音のところにいることを伝えてもらえるように言うと、麻弥ちゃんは花音さんいるんスかと前置きしたうえでわかりましたと笑み混じりで語った。なによその含み笑い。
「なぁに? 麻弥ちゃん?」
『い、いえいえ。ジブンは応援してます……とだけ』
「麻弥ちゃん? 待ちなさい麻弥ちゃん!」
切れたわ。本当に待って欲しい、どこまで広まってるの!? 私ちゃんと隠してたわよね? 日菜ちゃんかしら? いえでもこの間正しい認識を教えたところだし。いえ、そんなことよりマネージャーにも一応連絡をしておかなくては。麻弥ちゃんへの伝言だけではなにか嫌な予感がするわ。
「ええ、はい。友人の部屋に、上の階にいますよ。はい……違います。あなたまでそういうことを言うのはどうかしてます。マネージャーとして仕事をしなさい。またお説教が必要かしら? ええ、はい。悦ばないで、本気で気持ち悪いわね」
至極声だけは真面目にからかってくる性格の悪いマネージャーと電話で一通り悶着した後もう一度部屋にやってきた時には、花音は既に彼の腕を枕にして、彼を抱き枕にしてすうすうと寝息を立てていた。寝ても醒めても独占欲の塊ね、本当に。
「でも、私だって……欲しいのよ」
彼に名前を呼ばれたい。千聖さんでも千聖ちゃんでもなく。優しい声で、愛おしい声で、抱き締められたい。
全部許してあげたいし、アイドルとして、芸能人としてこんな最低な想いを抱いていることをいいよと言って欲しい。
──あなたがいるから私はアイドルなの。ただの推されているというだけで、そんなに何度も下着を見せるほど軽くないわよ……千紘。あなたはそれをどう思っているかわからないけれど。
「……帰るのも面倒ね、お風呂入ってそれから考えるとしようかしら」
せっかくユニットバスではないホテルなのだから浸かりたいという思いでお湯を張っておく。それをぼーっと眺めて、お湯に私の気持ちを、思考を浮かべていく。
どうしてあんなオタクを、私自身でも驚いているのよ、これでも。言ってしまうと鼻につくかもしれないけれど私は引く手あまたなのよ千紘。あなたより顔が良い人にご飯に誘われるし、あなたよりも性格のいい人からアプローチされたこともあるわ。それでも、それでも私が惹かれたのはあなたなのよ。
「そうよ……あの日、私たちを信じてくれたあなただからなのよ」
それがわからないなんて、本当に……ほんっとうにバカなんだから。知らないわよ。私だって永遠にあなたを追いかけたりしないわよ? あんまりひどいと、他の人に靡くわよまったく。
湯船に浮かぶのはいつの間にか彼の顔だった。笑った顔、怒った顔、寂しそうな顔、照れた顔。普段はのほほんとしてるくせに、私に会った途端によく動くところが好き。認知厄介勢でもなんでもいいから、あと少し、あと少しなのよ。
柵を越えて私を連れ出して、折り畳み机を引き剝がして私の手を取って抱きしめて。私を、推しじゃないところに連れていって。
「……我ながら、センチメンタルでロマンチックね」
まさか恋をしてこんな風になるだなんて思いもしなかった。もっとリアリストだと自分で思っていたのに、こんなに頭の中が千紘でいっぱいになるなんて。
彼の前で泣いてしまうだなんて思いもしなかった。それが逆に私の中で彼でいいのだって気持ちの整理になったからよしとしているのだけれど……流石に下着姿になったのはやり過ぎたとあの日のことを思い返すと恥ずかしくなってしまう。
ぶり返してしまった羞恥は洗い流して、洗面所でドライヤーで乾かしながらやや眠くなってしまい本格的に部屋に戻るのが面倒になってきていた。
「もう……ここで寝ようかしら」
けれど問題はベッドが多少大きいとは言え一人分しかないこと。既に千紘と花音が占領しているのでこれ以上は狭いかしら。けれど見た感じ二人とも寝相がよさそうね……いけるかしら。
ここで私はすっかり彼と一緒に寝ると後で羞恥に悶え後悔することになるということにまで頭は回っていなかった。化粧を落として、しかもよりによって私は抱き合う二人を見て唇を尖らせ、千紘の背中に顔を埋めてお腹に手を回した。
「……ふふ♪」
それが私が覚えている私自身の寝る前の記憶。目覚めたら丁度朝焼けがキレイな時間だった。目の前が暗くてなにかしらと考えてから慌てて離れてから、布団を出て伸びをしてから足元にブラジャーが転がっているのを見つけた。これは……ひょっとしなくても花音のよね? ああ、あの子寝る時いつも薄着だったわね。下手をするとパーカーとショーツだけで寝てるって聞いたことあるわ。
どうしようか悩んだけれど二人は……まだ寝かしておくわ。朝食の時間に間に合えばそれでいいもの。
「さて、またカードキーを借りるわね、千紘♪」
マネージャーに連絡して、って寝てるわ……使えないわね。さておき部屋に帰ってジャージに着替えて、髪を整えて、バッチリ朝のランニングの支度を整える。こうやって少しずつ体力づくりはしているのよ。誰にもバレてない……とは思うけれど。
一時間ほどしてから汗を流して、私服に着替えていく。そこで歯磨きの用具を彼の部屋に置き忘れたことに気づき、そっと部屋に戻ってついでに歯磨きをしたところで。部屋が騒がしくなる。起きたのね。そして目の前に花音がいて……しかも半裸だから驚いたのね。ふふ、面白い寝起きね。
「はぁ……はぁ……アイツ、バカ野郎」
いらっしゃい。乙女が身だしなみを……丁度終わったところだけれど、その場に入ってくるなんていい度胸してるじゃない、とは言わないでおいてあげて、バカ野郎はどっちかしらねと言ってあげた。朝イチに居るとは思わなかった私が罵倒しちゃうのもほら、かわいそうじゃない? でもそもそも花音に抱きしめられたまま安心して子どもみたいな寝顔をしていて私がやってきたことにすら気付かなかったのだからこのくらいは許されるわよね? そう思っていつもの対応をして洗面所を出たところでショーツだけの花音に出くわした。
「あ……ちさとちゃん、おはよ」
「ええおはよう花音」
「ちひろくんは……?」
「彼ならお風呂よ、とりあえず顔洗いなさい?」
「……ん」
シャワーの音が聴こえたタイミングで花音を誘導する。なんて刺激的な朝なのかしら。花音が彼の家に泊まった時よくなにもなかったわねと思ってしまうくらいだ。
そこで、かごに脱衣された彼の服が目に止まった……私も散々見られて、もとい見せているのだし、少しくらい。
いえだめよ。相手が見せられて喜ぶという変態というある種の上下関係のようなものなのだからここで彼と同レベルに落ち込むのはいただけないわ。けど、ああどうしてこうも気になるのかしら。
「ふえぇ……いつの間に私、脱いでるの……!?」
今気づいたのね。身体を隠し慌てて洗面所から出ていく花音を追うようにしながら私は彼に花音もいるのだから早めに上がりなさいよと言っておいた。あといくら私が入ったからって浴槽に発情しないわよね? そんなにバカじゃないわよね?
「……あげないよ。千聖ちゃんにも、誰にも」
「彼はあなたのモノではないわ」
「私が一番、千紘くんに必要なのは推しでも鞭でも、オタク仲間でもないもん」
「それを決めるのは……彼自身よ」
とは言うけれど……きっと私ではないのでしょうね。わかっている。過去の恋に傷つき臆病になったのなら、まず私はありえない。
──私は
だったら私がすることはひとつ。演じてみせるわ。あなたに恋して、あなたに失望して他の誰かと幸せになるまで……当て馬になってあげるわ。
だから……さようなら、私の好きな人。あなたのことを千紘とは、もう二度と呼ばないわ。