なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい! 作:黒マメファナ
推しのパンツを見た害悪ドルオタですどうも。
存分に罵ってほしい、いやマゾとかじゃなくてオタクとしての尊厳を保つためにこれはどうしても必要なんだよ。
そわそわと風呂上りの状態で俺はベッドの上に置いてあるスマホが震えるのを待っていた。時刻は午後十時少し前、あと数分の時間を、まるで執行の時とじっと待つ死刑囚のような気持ちで正座していた。
──午後十時、十秒経ってワンコール。俺は間髪入れずにスマホを耳に当てた。
「もっ、もしもし」
『こんばんは、白鷺千聖です♪』
あ、推しでそういう電話妄想してるとかそんなんじゃないからね? 千聖ちゃん本人だからね。
いつもイベントで聴く声のトーンは、俺の気分を高揚させた。もはや条件反射なのではと思う。だっていつもイベント中テンション気持ち悪いからなぁ俺。
「……それで、どうして? 電話なんて……」
『番号は誰から訊いた、とかそういうのかしら?』
「いや、出処はわかってます」
幼馴染さん一択でしょうどうせ。俺が訊きたいのはそういうことじゃなくて、どうして認知害悪厄介勢キモオタの俺に、殿上人であらせられる白鷺千聖様がプライベート回線を繋ぐということをしているのでしょうか、という質問なんだけど。ただし非通知なところはちょっとだけほっとした。
『単純よ、興味があったのだもの』
「興味って、便利な言葉ですね」
『そうね、イロイロ、想像できちゃうもの、ね?』
ああやめて、そんな甘ったるい声出さないで耳が孕む。
というか推しのボイスってお金払って買うものだと思ってたんだけど、これ通話料金だけでいいの? 今月のお給金全部つぎ込むとなんか新しいボイス聴ける?
『根っからの貢ぎ根性なのね』
「推しには金をかけることがオタクとしての幸せですから」
それが絶対ってわけじゃないけどしばしばオタクのマウントに使われるよね貢いだ金額ってさ。
オタクというイキモノは常に誰かと自分を比較して優越感に浸ろうとする。俺だってそうだよ。認知勢のアイデンティティは、ただのモブじゃなくて名前を憶えてもらってる、というマウント意識なんだから。
『それを自覚していながら、やめないのね』
「やめたら今の楽しいを否定しちゃうことになりますから」
『敬語はやめましょう? いつもイベントではタメ語じゃない』
「イベントはイベントでしょう」
俺は個人的に千聖ちゃんには認知されてるけど、白鷺千聖
『見下げた向上心ね』
「日本語で遊ぶのやめません?」
やめてほしいかな。千聖さんは俺のツッコミがたいそう面白かったかのようにくすくすと笑った。あ、笑った声はイベントの時とあんまり変わらないんだなぁ。
でもやっぱり俺は別に千聖さんとの距離を縮めたいわけじゃないから。オタクとしてそんな姑息で最低な行為に手を染めるのはダメです。俺には俺の譲れないジャスティスがある!
『それで、マジマジと見た感想は?』
「最高……じゃなくて、ああいういたずらはこれっきりにしてください」
『漏れてるわよ、本音』
──しまった! 見た瞬間は感情がついていかなかったけどまさか推しからパンモロというご褒美をもらって優勝したことがあまりに俺の中でまばゆい光を放ちすぎていたせいで! 脳内保存いたしまして、刻み付けて反芻して再び優勝して賢者タイムで罪悪感に駆られるまでが二時間前のハイライトですからねなにせ。この短い間に2Vしたんだよな、改めて考えるとキモいとか通り越して通報されてもおかしくない気がしてきた。
『ヌいたのね』
「……ノーコメントで」
『沈黙は時として雄弁だわ』
「詩人のようなことを言いますね」
『あら、素直にはなってくれないのね』
「多弁であることより沈黙することのほうが是とされるのが日本人の美的感覚ですからね」
ちなみに推しを人に勧めるのに沈黙は金ではなく禁。引くまで押せ、引くくらいなら別にどうでもいい語って殺せ早口でがオタクがオタクであるためのスローガン。推しに対して無口なオタクはにわかと謗られても文句は言えないという風潮があるし。つくづくオタクって日本人の美意識からは程遠いな。
「感想が訊きたかったのならもう切っていいですか?」
『ハッキリと口にしてほしいわ。色、装飾、感情、あなたの口から全部訊きたいのよ』
「はは、言うわけないですよね」
『私は金より銀を美しいと思うわよ』
そういう遠回しで詩人みたいな言い方をされると、千聖さんって案外ロマンチストなのかなと頭の隅っこで考えてしまう。多弁は銀、沈黙は金。昔はどっちのほうに価値があったんだろうね。今じゃ圧倒的に金なんだけど。
「なんで俺なんです?」
『ダメ?』
「気持ち悪いオタクですよ?」
『けれどあの子が黒いところを見せるヒトだわ』
そりゃ昔からかかわりがあればそうでしょうよ。知らないことなんて身体のホクロくらいなもので、黒いところなんて黒だとすら思ってない。バイオレンスだとは思ってるけどそれ以上の感想はわかないよ。異性ながらおそらく親友といっても差し支えないレベルだし。あくまで恋愛対象じゃなくて気の置けない関係ってだけだからね。
『つまらないわね、もうちょっとオタクらしくどもってもごもご言ってくれたらかわいげがあるのだけれど』
「残念ですね」
ちなみに内心は心臓バクバクで下向いてくちゃくちゃ言わせてるまであるよ。コーナーとぼそぼそ声で高速詠唱して差をつけるのがオタクの武器だから俺も例によって心の中ではあうあうもごもごどもっていますとも。でもキモいじゃん。パンピーにオタクの標準装備で立ち向かったら言葉の核兵器で滅びる定めなのよ。そうならないためには、生き残るために必要なものはパンピーに擬態することだよ。
『オタクの風上にも置けないわね』
「何度その言葉を聞いたことか」
『ああ、認知至上主義と古参って総じて嫌われるわよね』
「俺、どっちもですからね」
『そうね、オタ……ファンとの交流の場があった最初のイベントからいるものね』
おいこのヒトあろうことかファンのことオタクって言いかけたんだけど、信じられない。ひどすぎる。まぁ別にプライベートでファンのことキモオタとかカスとか呼んでても一切問題ないけど。個人の感想は自由だもんね。千聖ちゃんって丁寧で神対応が特徴なんだけど、どう考えても現在のまま並んだら待っているのは塩対応間違いなしなのが悲しい。世の千聖ちゃん推しよ、どうやらマジであの神対応は営業だったらしい。
『あら、その推しからプライベートな電話をかけてもらっているのに文句を言うのね』
「望んでないですから」
千聖さんはふう、とため息をつく。この人ホントに千聖ちゃんかと思う。いやパンツの話した時点で疑ってないけどさ。実は声のよく似た別人だったほうが俺の精神衛生上よろしいんだよなぁ。
『回りくどいのは嫌いなの』
「散々回りくどい言い回ししておいて? ……ですか?」
『ふふ、そうそう、その要領でいいのよ』
「じゃなくて」
『私はこういう言い回しをするけれどされると嫌なのよ』
「わがままですね」
『ええそう、私は強欲でわがままなの』
「俺の嫌いな女性のタイプですね」
『……かわいくない物言いだわ』
ん? なんか千聖さんの声にヒリついた、火傷をしてしまいそうな温度を感じた気がした。いや気のせいか。いくら親友の幼馴染とはいえこんな浪費クソドルオタにシャイニングエンジェル千聖ちゃんが感情の熱を上げるなんてあるわけないよねぇ?
「そもそもビジュアルがかわいいですかね俺」
『あなたデリカシーないのね』
「あいつにもよく言われます」
『直して』
「なぜ」
『欠点じゃない』
「そうじゃなくて、なぜ千聖さんに言われて直さなくちゃいけないのって言いたいんですけ──ど……あれ?」
ええー、なに? 通話切れてるんだけど、なんで? 確かにデリカシーのない物言いをした。したさ。だってこれ以上千聖ちゃんを崩してほしくないし、これ以上千聖さんを知りたくなかったから。これはあれだよ、推しの解釈違い。パスパレの千聖ちゃんならパスパレの千聖ちゃんしか知りたくない。意外な一面は知りたくても本性とか裏とかそういうのまで知りたくないからね。
──だけどやっぱり、千聖さんからは熱量を感じた。謎すぎる。なんで俺が千聖さんの怒りを買わなくちゃいけないんだよ。
そんなことを考えていたら、もう一度非通知で電話がかかってきて即座に応答する。
「も、もしもし?」
『明日、学校が終わったらすぐにファストフード店に来て』
「え」
『待ってるわね、それじゃあ──おやすみなさい』
俺が何か返答する前に、いやなんでという前に電話は切れてしまった。
なんで俺、推しに目をつけられたの? え、カツアゲ? 印税じゃなくて直接貢げってこと? それでグッズとかじゃなくてもらえるのが完全オフの塩対応とかいくら厄介オタクの俺でも嫌なんだけど。
うんうん考えてもわからなくて、悩みに悩んで俺は幼馴染さんに電話をすることにした。
『もしもし、どうしたの?』
「いや、実はさ」
それまであったことを彼女にすべて洗いざらい話すことにする。なるべく主観を入れずに、俺が実際に千聖さんに言われたことと俺の返答をざっくり、ただひたすらざっくりと説明した。
「それで、結局断る間もなく電話が切れたんだけど」
『うーん、デリカシーないね』
「持つ必要あるの?」
『あるよ、千聖ちゃんだってオフの時はただの女の子なんだから』
ただの女の子があんなクソ回りくどくてややこしい言い方する? 意味わからんのだけど。
ついに溢れ出た俺の愚痴に、幼馴染さんはひたすらに優しい声音でそれが千聖ちゃんって女の子なんだよ? と諭すような言い方をした。
『私だって、ほら、クラゲが好きなのって周りにあんまり理解してもらえないでしょ?』
「そうだなぁ……確かに」
『キミだってさ、自分がイベントでやってること、万人に理解されると思ってないでしょ?』
「思ってないね、オタク趣味だし」
そういうことだよ、と一旦言葉を切って彼女はカップから液体を啜ってそれを机に置く音が電話口から聞こえた。すごい集音だ。
どうやら夜のティータイムを過ごしているらしい幼馴染は、少しの間を置いて不安そうに問いかけてきた。
『千聖ちゃんのこと……どう思った?』
「めんどくさい」
『……そのくらいストレートなら、怒らなかったと思うなぁ』
だってめんどくさいじゃん。いちいち回りくどいのに俺がそれにリズムを合わせると嫌がるし、俺が散々オタクだから推しのプライベートなんて嫌だって言ってるのに聞き入れてくれないしで正直印象最悪なんだけど。
『じゃあ電話してもらった感想は?』
「最高……じゃなくて、えーっと」
『変態さん』
「えっ、これもダメなの!?」
ダメだよとバッサリ切られた。変態じゃないやい。誰だって推しの生ボイスが聞き放題だったらうれしいでしょ! 思ったのと違ったけど、それでもいつもサイリウム振ってる推しの声が耳元で一時間聞き続けられたという幸福を噛みしめてはだめだというの?
『はぁ……もう』
「ごめん、なんか……」
それでも呆れながらいいよ、と言ってくれるところ辺り、正直幼馴染さんは優しいというか甘いんだと思う。間違いなく彼女の甘やかされるがままに従ったらダメ人間になれる自信がある。ゆるふわ系ダメ人間製造機さんはどこまでも優しい口調で俺の話を聞いてくれる。
『それで、私一つ聞き損ねてたことがあるんだけど』
「え、なに?」
『……ファストフード店で最後、千聖ちゃんは何をしたの?』
うげ、それかぁ。言わなきゃダメ……だよなぁ。
彼女は妙に隠し事を嫌う。それは相互共に求めるもので、彼女も俺に隠し事はしないし、俺も彼女に隠し事はしない。そりゃなんだかんだで異性同士だし訊かれなきゃ言えないことの一つや二つくらいはあるだろうけど。
「あの時さ、俺にだけ見えるように、その……スカートを捲られて」
『え、見たの?』
「はい、バッチリ」
あの白いベールが俺にだけその秘密の花園への道を開いてくれた。美しくて白い足、あまり普段は見ることのできない太腿、その先にある彼女のイメージカラーと同じパステルイエローでレースのついた、ピンクのリボンがかわいらしいショーツ。ううん我ながら気持ち悪いくらい記憶してるな。
『……それで? 感想は?』
「……五体投地?」
『変態さん』
「あっ、ですよね」
いやだって、だってさ。千聖ちゃんはあくまで推しなわけで、アイドルだし顔の造形やスタイルはどう頑張っても平均値を大幅に上回ってるわけじゃん? そんな造形の整った女の子が覗かせる普段誰にも見せない秘密……ってめっちゃ興奮するでしょ。
『それ、女の子の私に言うの? それとも私はかわいくないってこと?』
「あの怒らないで正直に感想を言っただけだし、あなたもじゅーぶんかわいいからね?」
『……うん』
あ、機嫌治ったな。そりゃあちょっとくらい誤魔化したほうが彼女的にはよかったんだろうけど、だってあれはそんなこと考える前に最高です! って言いたくなる絶景だったんだから。あとお世辞抜きにうちの幼馴染さんはかわいい。なんでアイドルやってないの? ってくらいかわいいからそこんとこ間違えんなよ!
「というかそもそも感想を訊かないでくれ……変態以外の何物にも成れなくなる」
『もとから変態さんだけどね?』
「……うんまぁ言うと思ったけど」
ともあれ、やっぱり
それを否定しないとやっていけない陰キャクソゴミドルオタなのが俺だから。悪いことなんだろうけど、プライベートで知り合いになってオタクにすらなれないのは絶対に嫌だからな。
『それで、明日……私も一緒に行こうか?』
「いや、こうやって後で愚痴を言うと思う。そっちで付き合ってくれればいいよ」
『わかった、それじゃあ明日はおうちで待ってるね?』
「あ、え?」
『やっぱり電話より直接会って話したほうがなんか楽かな~って』
「そ、そりゃそうだけど」
いやいや、まぁ別に彼女が家に来たり俺が彼女の家にお邪魔することはよくあることなので問題はない。幼馴染でめっちゃ家近いから本来夜間じゃなきゃ話があったら電話じゃなくて直接話すくらいだし。
あの、ただですね、うちの親、最近帰りが遅いんですよ。
『うん、だからご飯とか作ってあげるね』
「ありがたい、最近コンビニ飯かファストフード店だから……じゃなくて」
『ん?』
「男女であることは気にしないと」
『あ~、変態さんだもんね』
いやそういうことじゃないよね。そこ笑い話で済ませるようなことじゃないからね。
そう言うと、彼女はまぁ大丈夫だよ、そんな長居するわけじゃないしと流されてしまった。いいのかそれで、まぁいいけど。所詮陰キャドルオタたる俺にまさか幼馴染でかわいい女の子に手を出せるような気概ないし。絶対二人きりで気まずい感じになっても何も起こらないし起こさない自信がある。推しのパンツに興奮してもリアル女子に対して興奮はできませんからね。
「ごめん」
『いいって、それじゃあもう寝るね……おやすみ』
「おう」
結局、千聖さんと一時間、幼馴染さんと一時間通話をしたため、すでに時計の短針と長針が頂点を向いて、長針が通りすぎていったあとだった。
やべ、SNSのチェックとかもしてないもんな。まぁいい、流し見して千聖ちゃんの投稿だけ全部いいねして寝るかな。
──あ、もちろん夢は推しのパンツを見る夢でした。あはは、もう変態さんでもなんとでも言ってほしい。脳細胞すべてが推しのパンツに染まったこの俺をなぁ!