なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい!   作:黒マメファナ

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幼馴染さんはあくまで幼馴染さんなんだよね

 モヤモヤする。胸がすっとしない。

 千聖さんに頬を叩かれたことが、じゃない。それはいいんだ俺が悪いってことくらいは理解出来た。

 でも、それでも推しは推しのまま推したいんだ。しょうがない。嘘をついて恋人ごっこをして……それが千聖さんの幸せになるとは思えない。だからこれでいいんだって思える。問題はそっちじゃなくて、その後。千聖さんはあの涙の後、朝食前に何事も無かったかのようにいなくなってしまった。

 

「……ねえ千紘くん?」

「な、なにかな?」

「折角美咲ちゃんがこころちゃん連れ出してくれたのにこの状況の説明してくれてもいいと思うんだけど」

「ええっと……?」

 

 とは言え現在は別件でピンチなのでそんな暇はない! 幼馴染さんがお怒りなのです……ふえぇ、めちゃくちゃ怒ってるよお。

 あのですね、原因は多分、目の前でニッコニコ笑顔でパンフ持ってるあの子ですよね。

 

「花音さんの飼われている服から察するにこちらがオススメかと!」

「……うんありがとう、えっと?」

「パレオのことはパレオとお呼びください!」

「パレオちゃん……あはは」

 

 そうなんだよ、パレオちゃんが案内人として名乗り出ちゃって、それが幼馴染さんには不満らしいね。初めて来る場所、しかも俺が慣れてないとなれば必定幼馴染さん必殺スキルが発動するわけで。迷子ですよ迷子。そうなれば黒髪ちゃんに申し訳が立たなさすぎる。金髪お嬢様? 知らん。ともあれこのツートンメイド、パレオちゃんがいることで助かってるんだけどなぁ。

 

「ばか」

「なぜ」

「気遣いはできてもデリカシーがないから」

「……はい?」

 

 なにを言ってるのこの子。その様子にパレオちゃんも疑問だったのか、到着したお店で服を選んでる最中幼馴染さんの隙を見計らって、こそっと耳打ちを……って近い近い!

 

「あの、パレオ、なにか粗相致しましたでしょうか……?」

「いや……してない。むしろ迷子スキル持ちの幼馴染さんをエスコートできてて尊敬する」

 

 難解でございます、と唸るパレオちゃんに安心する。よかった、なんだかこうやって幼馴染さんの言葉に首を捻る仲間ができたのかと思うと嬉しい。そしてこのパレオちゃん。有能すぎてそろそろ俺からもなにか返さないといけないよね。

 

「なにか買う? 俺のお金の範囲で……ならなんだけど」

「え!? いえいえ! お気遣いいただき恐縮でございます……! ですがそのお金はヒロ様が推しのために汗水流して手に入れた推しのためのお金! パレオなんかにはもったいなさすぎます!」

 

 超全力で断られた。まぁパレオちゃんお金持ちっぽいし。俺の雀の涙じゃダメだよな。けどなぁ、俺は元々貢ぐことのほうが性に合うし、こう貰いっぱなしというのは居心地が悪いんだよ。

 

「……それでしたら」

「お、なんかある?」

「せ、僭越ですが……よくやった、と言ってもらえないでしょうか?」

「ん?」

「ああいえ、出過ぎた真似でした! お忘れくださいませ!」

 

 えっと? あせあせと俺から目を逸らすパレオちゃん。よくやった?

 ああなるほどね。なんだそんなことなら無料であげられるよ。しかもよくやった、だなんて上から言えるほど俺は偉くないから。

 

「ありがとう、パレオちゃん。飴もあげとくね?」

「──っ! パレオ、感激しております!」

 

 うーん、犬だ。犬系だよねこの子。こう小さなことでもはしゃいで喜んでくれるところとか、モフってあげたい。あげたいけど我慢しよう。彼女は犬系というだけだからね。女の子の頭モフったら通報されちゃうもんね。

 

「ああどうしましょうパレオには既にご主人様、チュチュ様が……! ああでもヒロ様をご主人様とお呼びする手も……! いけません、いくら魅力的とはいえ申し訳ございません、浮気者なパレオをどうか蔑んでくださいチュチュ様……!」

 

 気づいたら怖いことになっていた。チュチュさま?

 やっぱりパレオちゃんも変な子だなぁ。半分以上言ってる事の意味がわかんないんだけど、そのわかんないってのがヤバいんだよね。

 パレオちゃんはそこでショートしたらしくしばらく頭を冷やしてきますと外に出ていった。ああ、俺を一人にしないで……! 

 

「千紘くん、ちょっといい?」

「ん?」

「ねね、見て見て、どう? 店員さんにオススメされたんだけど」

 

 幼馴染さんに呼ばれてフィッティングルームの方を向くといつもと違う雰囲気の彼女がいた。語彙力ないからかわいいとか似合うくらいしか言えないけどかわいいし似合ってる。肩が出てる青白チェック柄の膝上ワンピースにウエストには大きなバックル。ヒールのサンダルと麦わら帽子が似合いそうな雰囲気だ。うんうん、今夏だもんね! 夏だしね!

 

「そ、そう……? えへへ、よかった。他にもね、色々あって例えばさ」

 

 褒められて嬉しかったらしい幼馴染さんはぴょこぴょこと跳ねそうな勢いで色んな服を持ってくる。あれあれ、さっきの不機嫌は? どこ吹く風といった感じで、かわいらしい服を見せてくれる。

 けど、なんでかな。全部スカート短い。夏の薄着でそれじゃあ……パンツ見えちゃうよ? 

 

「見たいの?」

「いや見たいわけではないよ?」

「千聖ちゃんのは見たがってたのに?」

 

 推しのパンツはそりゃね? 見たいよ。推しのパンツだもん。あと今朝のブラ踏んじゃった事件は忘れてないからね。そういうと、幼馴染さんは頬を赤らめて見られちゃったんだよね……と胸元を腕で隠した。

 

「待って見てない」

「嘘はダメって約束は?」

「いやマジで! 見てない!」

「……本当に?」

 

 嘘つかないって約束してるのに疑うなよ! 上体を起こす前に気づいたから見る前に逃げたんだよ! そういう意味だと下着よりヤバいもん見なくてセーフだったからあそこにあったブラはナイスプレーってとこだな! 

 

「あ……でも昨日の下着の柄、知られちゃったんだ」

「え、いやあの……あのですね……」

 

 なにそのリアクション。そんな真っ赤になって俯かないでよね!? 

 そりゃね? そうなんだけど、そこまで恥ずかしそうにされると俺まで思い出して照れちゃうわけで、あのあの、ごめんなさいお金なら払うんで!

 

「えっとね、怒ってないよ? だいじょうぶ」

「いやむしろ怒ってくれた方が俺の精神状態がいいまである」

「ふえぇ……!? や、やっぱり、そういう趣味が……」

 

 ありません断じてありえない。ここでいいよなんて言われると脳裏に推しのイタズラな笑顔が思い浮かぶだけで。それはそれでいよいよ推しのパンツ見すぎてて末期だなとか思うけどね? 

 そんなことを言っていると幼馴染さんがむっと頬を膨らませた。え、なに、なんか不満があるというの? 

 

「あるよ」

「え、あるの?」

「うん」

 

 あるんだ……そう思っていたらぐいっと手を引かれて、フィッティングルームに連れ込まれた。驚く間もなく、幼馴染さんはしーっと俺の鼻に指をあててきた。いやいや、なにしてんの? 狭い部屋に幼馴染さんに押し込まれて……って幼馴染さんもいるけど。というか何が狙いなの? 

 

「あの下着ね? 卸したての新品だったんだ」

「え、えっと?」

「……どうだった?」

 

 ど、どうだったって……感想訊いたらダメなやつでしょ。そもそもブラ単品でしか見てないしそれじゃあどう頑張ってもレビューしようがないしそもそもレビューしないからね。女性の下着に感想とか変態の所業でしょ! やったことあるけどさ! 

 

「そうだよね……見られないと、感想言えないもんね」

「う、うんそう、だから……」

 

 言い訳をしたところで気づいた。なんで幼馴染さんはわざわざ俺をここに連れ込んだんだろうか。それにはとある理由があるからではないのか。

 見ないと感想が言えない。それは逆を返すなら……()()()()()()()()()()()()()()と彼女が考えていたら、どうだろう。

 

「待って、待て待て、そんなことが許されると思うの? ねぇ、こうなったら俺のほうが立場危ういんだけど?」

「そうだよお、だから……静かにね?」

 

 ああ、やっぱそこまで織り込み済みだったってことか。幼馴染さんは俺をフィッティングルームの奥まで……入口から一番遠いところまで押し込んで、今日はね、と一歩俺から下がった。

 おかげで視界に膝下まで視界に入るようになって……ピンクのかわいらしいスカートをめくりあげて、黒色のそれをどうかなと見せつけてきた。

 ──レースで透けるように見えるような黒にピンクのリボン、それはまるで幼馴染さんの心なのではと感じていた。

 

「……なんかさ」

「うん」

「ピンク色とかかわいらしいカラーの中にある黒って……幼馴染さんの本性?」

「そうかもね」

 

 あっさりと、まぁ当然か。俺には嘘をつかないって言ってるもんね。俺の言葉ににこりとほほ笑んだ。

 やっぱり怖い子だよ。俺は前々からそれは感じていた。時折、彼女から冷気のような恐怖を感じることがある。その正体がきっと黒色の下着なんだろう。この子は天使なんかじゃないんだなってことがその下着に現れてる。

 

「……千聖ちゃんにはあげないよ」

「な、なにが?」

「キミの一番」

 

 ぞわっとした。確かに怖さがあるヤツだったけど……え、こんなに昏い目をするような子だっけ。キミの一番って、俺は……そっか俺は幼馴染さんの一番近くにいて、幼馴染さんは俺の一番近くにいる人だから。それが変わることを、恐れてるのかな?

 

「そっか」

「え?」

「だからそんな怖い顔するんだね」

 

 ふと納得してしまった。幼馴染さんは恐れてるから、怖いんだ。

 臆病で、怖くて震えていて、それでもそれが誰かに伝わらないように必死に……俺はそんな恐怖を彼女に強いていたんだな。

 ──俺のこと、ずっと好きだったんだね、花音は。

 

「……え、あ……」

「わかった。納得した……花音は俺のこと、ずっと恋人になれなかったから、そうやって怖いんだね」

「……う、うん」

 

 認めてしまえばこんなに楽なことはない。今までの幼馴染さんの行動全部がその一言に詰まっているから。

 だからこそ、俺は彼女を優しく、とっても優しい言葉で拒絶する。

 

「ごめん、俺はお前のこと、幼馴染さんとしか見られないんだ」

「……っ、なんで」

「なんで。それが俺にとって一番だからだよ」

 

 ずるい言葉だよな。俺だってそう思うよ。でも仕方ないじゃん。例え推しが俺のことを好きになったとしても推しはあくまで推しでしかないように、俺にとって幼馴染さんは幼馴染以外には見ようがないんだよ。どれだけ好きと囁かれても、それは俺にとって苦しいだけだ。だれかに好かれるようなヤツじゃないし、クソオタクだよ? 延々と推しに貢ぐだけのクソ野郎に、幼馴染さんみたいな子が惚れていいものじゃない。

 

「そんなこと……言わないでよお」

「ごめん、俺のわがままだ」

 

 店員にバレないようにフィッティングルームから出ていく。また、俺は傷つけて失望させて生きてく。

 どうしてこうなったんだろうか、俺は俺のまま……ただのオタクとして。それじゃダメなのかな。

 

「あ、ヒロ様……雨が」

「ホントだ」

「パレオ、傘買ってまいりますね!」

「……うん」

 

 独りにしてほしかったから、頷くことにした。雨に打たれるのもいいけど、そうしたらパレオちゃんに心配されてしまうよ。でもやっぱりちょうどよかった。きっと今の俺は、まるで雨に打たれたみたいな顔してるだろうからね。そうやって一人で放心していたら、どこかで見たことのある男が、幼馴染さんの手を引いていた。

 

「……え?」

「あっ……千紘くん……!」

「どけ」

「え、ちょ!」

 

 無理やりどかされて、俺は茫然とそれを見守ることしかできなかった。一体なにがあったのか全くわからないままで、幼馴染さんが一瞬だけ助けを求めるようにこっちを振り向いたことで漸く彼女が、なにがなんだからわからないうちに連れ去れていってしまったことに気づいてしまった。

 

「あれ誰、なに? なにがあったの?」

「なにぼーっとしてるのよ! 追いかけるわよ!」

「ち、千聖さん!?」

 

 なんでここに千聖さんがという疑問は後にして、俺は千聖さんについていく。正直何がなんだかわかってない。わかってないけどとにかく今は推しの必死な顔から緊急事態だということを察することしかなかった。

 

「あの男……! やっぱり見間違いじゃなかったわ」

「誰、だったの?」

「バカね! 水族館であなたもあのいけすかない顔を見たでしょう!?」

 

 超絶お怒りの千聖さんの言葉に俺は重く鈍りすぎてしまった頭でもようやく彼がなんなのか、そしてどうして幼馴染さんを連れていったのかがわかった。

 え、痴情の縺れにしてはすごい事件の予感がするんだけどこれ推しのパンツがどうのって話じゃなかったっけ!? 

 

「そんなの後でいくらでも見せてあげるわよ、花音が無事ならそれで!」

「いやあの、それは幾らなんでも自分の下着の価値がわかってないんじゃ」

「わかっているわよ。私が自らスカートをめくってどうぞとオタクに見せる価値なんてオタクの人生狂わせるくらだってことは私が一番わかってるわよ!」

 

 前例いるもんね! でもつまりはこれを放置しては俺のちっぽけだけど大事な人生が狂うくらいの事件ってことだよね。たぶん、千聖さんはそういうこと言ってるんだよね? 

 ええそうよって言ってくれるほど余裕がないから確認のしようがない。千聖さんが語ってくれたのはあれが水族館で見た幼馴染さんの元カレさんってこと、この間の遊園地でもなんならホテルでも姿を目撃していたこと。

 

「なにより陰キャで友達もいないボッチコミュ障の気持ち悪いドルオタに負けたってことでプライドをズタズタにされてストーカーになるようなゴミ男よ、なにするかわからないに決まっていたのに……! 私としたことが、周りが見えてなかったわ」

 

 俺のことで頭がいっぱいだったとのたまう千聖さん。待ってこんな状況なのに照れてしまったよ。俺もしかして緊張感ない? そして俺は今日の幼馴染さんの行動でこれにも気づけた。そっか、元カレを振ったのは、振れたのは俺が元カノさんと別れたからってのが根底にあって、幼馴染さんの元カレはそれを知ってたんだね。俺だけ今更この事実に気づいたよ。

 

「あ、千聖さん、パレオちゃんを置いてって……!」

「はいこれ、通話つながってるわよ」

「スマホ? えっともしもし?」

『はーい! パレオでございます!』

 

 なんで千聖さんがパレオちゃんの連絡先を知ってるのかはこのさい置いておこう。というかパレオちゃんどこにいるの? と問いかけると花音さんを追いかけていますです! と言った。

 

「え、行動早!」

『行動力と思い切りがパレオの強みですっ!』

 

 そう言ってまるで犬のような息を吐きながら……ええ、走ってるのね。走ってるのに息が切れないようにしゃべる方法知りたい。俺もキーボードやったらできるようになる? もしかして二面背面当たり前にできなきゃ無理? あ、じゃあできなくていいや。

 

「花音に」

「……ん?」

 

 あの、あなたもですか。そういうツッコミはさておき、千聖さんはちひ……と何かを言いかけて言葉を切った。代わりに深い深いため息を吐きながら花音に告白された、もしくは気づいたのねって言ってきた。

 

「どっち?」

「気づいた、ほうだけど……」

「……そう、そうじゃなかったら今すぐあなたの鳩尾にグーで殴るところだったわ」

「……殺す気?」

 

 ええそうよと言われてぞっとした。この人怖いよバイオレンス! だよ。暴力の記憶だよ。それから次は足を見て平気なのと訊ねられた。ああ知ってるんだっけ。平気平気。実は選手生命が断たれるほどじゃなかったんだ。ただ入院してる間に読んだラノベが面白すぎて前よりももっとオタクにのめりこむようになったらどうでもよくなっちゃっただけだから。

 

「……あなたって本当にバカなのね」

「ひど」

「最後の質問よ」

 

 こんな時に質問攻めってどういうことなのと思ったけど、ふとこんな時じゃなきゃダメだったのかもと思ってしまう自分もいた。

 だから俺は黙って千聖さんの声に耳を傾けた。

 

「花音と、付き合うの?」

「……幼馴染さんは、幼馴染だよ」

「そう」

 

 千聖さんに向けた断り方と同じもの。でも俺にはそれがすべてだった。千聖さんは推し。推しは推しのまま、推しとして推したい。でもパンツは見たいって思ってしまうところがオタクの悲しいサガだけど。さっきの幾らでも見せてあげるにも若干ウズっとしてしまった調教された俺もいることだし。

 そしてそれと同じようにどうあっても、幼馴染さんは幼馴染のままで俺も幼馴染さんの幼馴染でいたい。だから正直パンツは見たくなかったよ。男女ってことをどうしても意識しなくちゃいけなくて、それを取っ払うのは無理だからね。

 ──千聖さんはそれ以上なにも質問はしてこなかった。ただ一言、本当にバカなのねと悲しい目で言って、また幼馴染さんを追いかけることに集中していった。

 

 

 

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