なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい! 作:黒マメファナ
緊急事態です。本当に緊急事態です。幼馴染さんが何物か、ああいや元カレさんなんだけど、その元カレさんに連れ去られていきました。出かけ先でなんでか知らないけどそんな事件が起きてしまうなんて、本当にお相手の行動原理が全く理解できないところにあるよ。
『こちらパレオでございますヒロ様どうぞ』
「……パレオちゃん実は楽しんでないかな?」
『そんなはずありません! パレオは純粋に、それは純粋なまでにヒロ様のお役に立てるという喜びに満ちておりますよ!』
いやそっちじゃない。あの、俺じゃなくて本来の飼い主の元へおかえりください。中学生が飼い犬なんてパレオちゃんに首輪じゃなくて俺の手首に輪っかが嵌りますよ? あのというかそこまで緊張感ないのはなぜ?
「相手が犯罪を犯すほど根性のある男なら私だってもう少し焦ってるわよ」
「いやすでに拉致やストーカーは十分犯罪かと」
「私が言ってるのは強姦や殺人といったのっぴきならない犯罪のことよ」
「ああ、そう……」
あのね、幾ら通常モードとはいえね? 千聖さんは推しなんだから推しの声で強姦とか殺人とかそういうのやめようよ。
口に出さなくていいことだと思うんだよ俺はさ。
『ただいま正面入口付近の駐車場で揉めていますですオーバー』
「私たちが到着まで監視に専念しなさいオーバー」
「あの? やっぱり遊んでない?」
オーバーじゃないが。もしかして本人も知らない千聖さんの中に潜んでいたミリタリーオタクの性が顔を出してるのかな? ソ連軍歌とか歌わないでね?
あとパレオちゃんはそろそろご主人様増やすのやめようね。
『推しはご主人様足りえません! 敬愛すべき神に他なりません!』
「いいわね、ついてきなさいパレオちゃん」
『イエス・マム! 聖戦の勝利は常に女神たる貴女に──!』
もうやだこの二人。シリアス時空に帰して。俺前回までの幼馴染さんに告られ断ってどうのっていうちょっと重い話をしたいよ!? あなたたちはシリアス保たないの? もうちょっと雰囲気変えてこ? 空気を読むことがオタクにとって必要なスキルだよ?
というかそもそもパレオちゃんって隠密スキルなさすぎでは? だって髪色ツートンツインテじゃん明かにオタクとして悪目立ちするための色してるじゃん。
そう思っていると前方に前述の髪色が様子を伺ってる姿が見えて……うーん目立ってる。
「ちっ、千聖ちゃん……ほんものの千聖ちゃんです……すぅ」
「おいこらそこのドルオタ? 近くにアイドルがいたくらいでめいいっぱい空気を吸って同じ空気味わおうとするな? せめてその至近距離のご尊顔を脳内メモリギリギリ限界まで使って保存しておくくらいで留めとけ?」
「あなたも同類よ?」
はい同類でした申し訳ねぇ。じゃなくて、今はそれより緊急事態なわけで、あんまり緊急感してないなこの二人のせいで。俺もギャグ時空に飲まれかけてる。
幼馴染さんがピンチなことに変わりがないんだから俺がなんとかしなきゃ。
視界の先には何やら言い合いを続けている幼馴染さんとその元カレさんが見えた。
「待ちなさいクソオタク」
「は……ってぇ!」
ひ、ヒール! いや推しでもありえないんだけどヒールで足の甲踏んだな!? 止め方まだ色々あったでしょ! 恨みの視線を千聖さんに向けると、静かにしなさいようるさいわねと怒られた。くっそ理不尽だね、ありえないくらいにどうしたらいいのかわからないくらいなんだけど。
「な、なんで、行かないと……」
「落ち着きなさい」
落ち着けないでしょ!
幼馴染さんのこと考えたら今すぐにでも、そんな逸る気持ちを千聖さんは毅然とした態度で諫めてくる。
「無駄な正義感を晒すのはいいけれど、殴られでもしたらそれこそ花音が悲しむわよ」
「け、けど……じゃあどうしたら」
確かに幼馴染さんが悲しむことになったとしてもさ。それで怖い目にこれ以上遭わないならそれに越したことはなくない? ヒーローになりたいわけじゃないけど、ここは敢えて殴られにいけば……その隙になんとかならない?
「バカね、大バカよ、バーカバーカバーカ」
「ヒロ様はもう少し、自分を大事になさってください」
しかし女性陣の反応はけちょんけちょんもいいところだった。というかなんか小学生みたいな煽り方してくる推しがいた気がする。気のせいじゃない。なんとかなるかならないかと言ったらなるけど、そんなものを誰も求めてない、ということらしい。パレオちゃんが優しく教えてくれた。パレちゃん推せる。
「……は?」
「ち、千聖さん顔怖い」
「これだから陰キャ童貞キモオタは」
「ヒロ様、いくら静観すべしとは言え、緊張感持ったほうがよろしいのでは……?」
うわーん! なんかパレオちゃんにまで辛辣なこと言われた! 俺の周囲には珍しいサド属性のない子だと思ってたのに!
千聖さんはごめんなさい。軽率でした。俺の推しは千聖さんだけです……と言っていてふと思ったんだけど推しって制限されるものだった? え、もしかして今、独占欲出された?
「うるさいわね、あなたは私を推してるのでしょう? その推しの前で他の推しを作られて嬉しいと思うの?」
「う、嬉しくはないですね……」
「そういうことよ」
「ところであの……」
「いつもの呼び方でいいわよ、それか様」
「しれっとグレードアップしてるよ」
「千聖様は、いつまでこうして見ているだけなのでしょう?」
様付けでいくんだ。他人に喋る時とイベントの時は千聖ちゃんだけどそれ以外の時の呼び方に困ったっぽいな。つくづく俺とシンパシーを感じる。流石は生粋のドルオタだよね。
えっと、そうじゃなくて俺もパレオちゃんの疑問と同じものを感じてたんだけど。
「……これは助けるために追いかけてるわけではないのよ」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、それに助けるにしても、おそらく既にいつもこころちゃんが傍にいる黒服さんたちも配してあるわ。後は私の指示一つ」
「え、ええ……」
だから緊張感なかったんですね。既にあの男は詰んでると。幼馴染さんがカレと向き合うために。
──だって彼は加害者だけれど振り回された被害者でもあるのよ? そう溜息を吐きながら。
「被害者?」
「そう。あの子が一番嫌うものの、被害者」
「嘘、でございますね」
幼馴染さんは……花音はずっと、嘘を吐いていた。付き合うという嘘。それからも恋人としての日々を作った嘘。それを俺が現れたことで急激に手のひらを返した。やり方とか今の行動とか性格上問題は多々ある人だけど、そういう意味で言うなら、まだあの二人の恋人関係は、終わったとは言えてないわけだね?
「だからこれは、第三者が関わらず、なるべく花音自身で解決すべき、ってこと?」
「やっとわかったのね、コミュ障オタクくんには難しい考察だったかしらね?」
「けれどやはり男女ですし、既にこの状況、これ以上罪を犯すなら介入する、という体制でございますね?」
「そうよ、パレオちゃんは賢いわね」
あれ? 格差がすごい。俺も褒めて伸ばされたいよ? すぐさま千聖さんには褒めたことあったかしら? と言われて黙ってしまえるくらい罵倒されてるけど。あれだよ、それだから俺は成長しないバカで陰キャコミュ障キモドルオタなんだよ。
「人のせいにしないで。元はと言えばあなたがカノジョさんのことを考えてなかったのが悪いんじゃない」
「……それは」
「それでいて私にまであの言葉を掛けて、どうしてか怒られた理由もわからないようじゃ成長がなさすぎてお説教する気にもならないわよ」
「はい……ごめんなさい」
藪をつついて蛇を出す。言葉通り変なところ突いたら俺の過去がドバっと溢れてきた。だからめちゃくちゃ怒ってるし、今日一回も名前で呼んでくれないんですね? 今まではね、一回くらいは気まぐれで名前呼んでくれてたんですよ。似た名前ってのが嫌だからあんまり耳に入れてないけどね。でも今日はホントに一度も呼ばれてない。その代わりにキモオタだの罵倒が入ってくるくらいには、千聖さんは怒ってた。
「──と、お説教はしないって言ったんだったわ」
「え」
「してほしいの?」
「今日は流石に」
「……バカ、遅いのよ」
え、なんでそんな悲しそうな罵倒されたの? 何が遅かった? やめてよ、俺に気づかせてほしい。今日お説教されなきゃ俺は一生このままだよ。
──お説教されないまま、一生千聖さんに名前を呼ばれなかった、なんて、俺は嫌だ。そう訴えていたらパレオちゃんに阻まれ首を横に振られてしまった。
「ヒロ様……今日は」
「でも」
「……ごめんなさい」
謝らないでよ。向き合わせてよ。こっち向いて、俺とちゃんと話してほしい。俺が聞き逃したこと、遅くてもなんでも、ちゃんと言葉にしてほしい。ちゃんと千聖さんの言葉で聴かせてよ。その時は、推しじゃなくても、いいからさ。
そんな漸くシリアスな雰囲気になったせいなのか、向こうも動きが始まったみたいだ。俺はそっとそれに聞き耳を立て、千聖さんやパレオちゃんもそれに続いた。
「……ごめん、私……」
「どうして、なんで……っあの時の言葉は、嘘だった?」
「──っ!」
元カレさんの悲痛そうな声が聴こえた。こう冷静になると、彼はおかしなことは言ってないよね。彼にとって、幼馴染さんはそうまでして付き合いたいと思えるくらい好きだったんだろう。俺がバイト代のほぼすべてを推しに捧げているというところと違いはあるだろうか?
どっちも狂ってる、それが答えだから。
「答えて、花音」
「……うん」
「嘘を許せないと僕の手を払ったのに? キミは僕に嘘をついていたの?」
それは仕方がない。そう言ってもおかしくない状況ねと千聖さんは言葉を発した。あ、もちろん前に見せてくれた俺とパレオちゃんだけに聴こえるほとんど唇を動かさないやつね。
内容は俺がそうなんじゃないかなと思ったことほぼそのまんまだった。
「気づいていたのね」
「俺のことをずっと好きって気付いたから、なんとなくそうなんじゃないかなぁって」
「ええ、花音はあなたしか見えていなかったのに、彼が追い詰めたとはいえ嘘をついていたのよ」
視野が狭い。俺もか、だけどなにより二人の平行線にしかならなかった状況が問題だったんだな。しかもある日を境に突然、俺が幼馴染さんにカノジョと喧嘩したことを相談した頃から急になんだから彼も納得できてないわけだ。
「うん……でもキミはそれを責められるの? 私に何個も何個も嘘をついたキミが」
「……花音、フラれたんだろ」
「話逸らすね、なんでそう思ったの?」
「だから言ったんだ。あのオタクはお前のことなんて見てない。言葉に耳を傾けてもない」
「私の質問は無視?」
「そっちだって」
むっとしたけど確かにと千聖さんが頷いていた。見てるし聴いてるとは思うんだけど、だったらもっと何年か前に気づいてもよかったと思うわよと言われて言葉が返せなかった。そうだよね、だってずっと同じ感情を向けてたんだもんね。
「僕にとって花音が全てだった」
「私は千紘くん以外からそんな言葉は聴きたくない」
「それは無理だ」
「──私、もう戻りたいんだけど。こんなところまでついてきて……言いたいことはそれなの?」
「こんなところまでついていったのはお前だろ」
フツーの痴話げんかになってきたね? 千聖さんももう安心しているようでゆったりと見守っている。過去を蔑ろにしてきた幼馴染さんを、親友を見守る目で。
パレオちゃんは恋とはこうも面倒なのですねと達観したことを言っていた。ホントだよね。恋愛ってとんだ面倒だと思ってしまうよ。推しを眺めていた方がずっと楽だ。当たり前だけどさ。
「……私、キミのこと好きじゃないよ。キミが千紘くんのことを言ったように、私もキミのことをちゃんとなんて見てないし、聞いてないから」
「どうして……っ!」
「私は、もう私にも救えなくなっちゃったから……変だよね、フラれちゃったのに、それでも……千紘くんしかいないんだあ。誰にもあげないって思っちゃうんだ」
「花音……?」
「幼馴染さんは幼馴染でしかないんだって……他の何かには、なりたくないんだって……あはは、笑えちゃうよ……っ、わたしは、ずっと……幼馴染じゃない他の何かになりたかったのにさ……っ」
おや? と様子を覗くと幼馴染さんは、花音はボロボロと涙を零していた。それに、元カレさんは何かを言おうとして口を閉じ、手のひらを開いて閉じて、また俯いた。
──俺は、こんなにあの子を傷つけたのか。他の何か、恋人、夫婦、そんな何かに憧れてずっと傍で幼馴染でいるという嘘を吐き続けた彼女は、ここで砕け散った。
そんな何も言えなくなってしまう様子の中で俺は、ふと千聖さんと目が合った。
「なぁに?」
「……千聖さんも?」
「そうよ」
「何がでございますか?」
「ごめんなさい。パレオちゃんには聴かせてあげられないお話なの」
「かしこまりました」
そういうことなんだね。推しは推しのまま推したい、なんて俺のエゴでしかない。わかり切っているようで、俺が全くわかっていなかった話。そもそも千聖さんは俺に推されている立場でいたかったわけじゃない。幼馴染さん……ううん、花音と同じだったんだ。
「僕は、僕なら……キミを他の何かにしてあげられる、と言っても?」
「……うん。千紘くんじゃなきゃ……嫌」
「……っ! どうして、あんなヤツを」
「わかんないよ。幼馴染だったら、誰でもよかったのかも。それとも、いじめられた小さい頃に私を守ってくれた人が別の誰かだったら、その人だったのかも」
「それなら」
「好きに、理由なんていらないよ……キミはいっぱい好きに理由をつけるけどね……私はそう思うんだ」
もし、もしもあの日、ビラをくれたのが彩ちゃんだったら? 日菜ちゃんだったら? そんな彼女たちが千聖さんと同じように俺のことを覚えていたらどうなってた? 花音の言葉を聞いて俺はその重さを知ることができた。
「千紘くんはタイミングがよかっただけ……でもそのタイミングがよかったから、私は好きなんだ」
それが花音が元カレさんに向けた最後の拒絶の言葉だった。彼はそっかと一言声を発して。急に連れ出したこと、ここまでストーキングしてきたこと。嘘を沢山ついていたこと、全てを謝罪していた。花音もそれに対して、私もごめんねと謝られた彼は、応援はしてやらない。けど僕が惚れた女をフッたことくらいは後悔させてやったらいいよと、笑った。
「うん……ありがと、ふふ」
「やっと笑ってくれた」
「キミのそういうところは、嫌いじゃなかったから」
花音はそれから、彼が去っていくのを見送っていった。俺は、それがどうにも納得いかなかった。なんでだろうね。本当にただただ単純に納得がいかなかった。なんで急に二人が仲直りしてるの? どうしてあんなことをされた花音が笑ってるの? それに対して千聖さんがまたバカねと溜息を吐いていた。
「だから言ったでしょう? ストーキングしてきた時はどうしようかと思ったけれど、それほど問題ではなかったって」
「けど」
「あなたの気持ちなんて知ったことないわよ。特に花音と相手からすれば」
冷たい言葉だった。でもそれは紛れもない真実だった。俺の気持ちは俺しか救えない。花音の気持ちでは花音しか、千聖さんは千聖さん。全部、一人で回ってる。全部、独りで完結してる。
──やっぱり人間って独りなんだなと強く感じてしまうようで、俺はとてもやりきれない思いを感じた。
「パレオちゃん」
「はい」
「……やっぱり今日、送ってってくれる?」
「はい、もちろんでございます……ヒロ様」
花音と一緒にはいたくない。もちろん、千聖さんとなんて論外だ。
二人が俺のことを好きだとお互いに知っていたという事実、そして誰も俺が維持しようとした関係を大切だなんて思ってもないところ。なにより独りであることが寂しくて泣いてしまいたくて、それが惨めで嫌だったから。
──家に帰ってから、俺は散々に泣いた。どうしたらいいかもわからずに、まるで赤ん坊みたいにわんわんと。