なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい!   作:黒マメファナ

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俺が向き合うべきものは

 帰り道は、ほとんど無言だった。千聖さんからは勿論、花音からの連絡も来なくて、パレオちゃんに話しかけられ、それに答える静かな……行きからは比べものにならないくらい静かな帰り道だった。

 それがライブの余韻とかならよかったんだけど、そうじゃないからなぁ。

 

「はぁ……」

 

 帰ってきてもこのため息。ファストフード店……だと知り合いが来ちゃうから近くの喫茶店で、時間をただただ浪費していた。

 そんな時、いらっしゃいませー、と言う店員さんの声が一際明るくなった。常連さんになればあんなかわいい子にああやって出迎えて貰えるのはいいよなぁとかテキトーなことを考えていたけど、その店員さんが続けた名前に俺は顔をあげた。

 

「紗夜さん、ブラックでいいですか?」

「ええ、あとあの男との待ち合わせですので」

「はい──ってえぇ!? さ、紗夜さん!?」

 

 待ち合わせ? そんなことした覚えもなにもないんだけど。間違いなくその声、その顔は風紀委員さんだ。

 いつも通りキリっとした表情はクールビューティー。けれど俺に向けてくる言葉はいつも寒風が吹きすさぶ。

 

「お待たせしました」

「待ってません」

「そう、それはよかったわ」

「そういう意味じゃないんですけど」

 

 というかここの常連さんなのか。次からは足を運ぶのやめよう。やがて無言だった彼女はブラックコーヒーの香りが運ばれて、それを一口含んでから、探しましたよと口を開いた。

 

「……探したって」

「言葉も理解できなくなりましたか」

「なんでって意味ですけど」

「話し相手を求めているでしょう? ライブやイベントの後は」

 

 その習性はあるけど、風紀委員さんがだからって探す理由には繋がらない気がするんだけどそこんとこどうなの?

 そんなリアクションに彼女は少し無言になった後で、ゆっくりと顔を近づけてきた。なに、近いよ。

 

「……なにかありましたか?」

「え」

「いえ、この質問は嘘をつかせてしまいますね……少し、移動しましょう」

 

 ブラックコーヒーを飲み干してから着いてきてと言われ、俺は戸惑いながら俺の分まで会計を済ませてしまった彼女に着いていく。ずんずんと進んで、やがて一軒家にたどり着いた。表札は氷川とあって……!? ここは氷川さんのおうちでは? 

 

「どうぞ、あそこに比べたら粗末なものになってしまいますが」

「え、えぇ……」

 

 なんで俺、ここに連れられてきたんだろう。何もわからない。しかも彼女の部屋に。風紀委員さんの髪からする良い香りと、飾り気のない部屋にある参考書よりもたくさんの楽譜や教本でいっぱいの本棚とギターが目に止まった。

 

「ど、どうして?」

「さては両方に告白されましたか?」

「……な!?」

 

 ズバリストレートに言い当てられ、俺は驚愕のリアクションをしてしまう。ここで嘘をつけない自分が憎い。風紀委員さんに聞かれたら間違いなく罵倒罵詈雑言の嵐だというのに。それを覚悟していると、やはりそうでしたかと納得した上で……頭を撫でられた。なぜ? 

 

「辛かったのね」

「……え、え?」

「自分にはドルオタとしての想いしかないのにどうして、そんなことを考えていたのでしょう?」

 

 なんで……わかっちゃうんだよ。こんなキラキラと、しっかりした自分を持ってる人に。俺は風紀委員さんが、紗夜さんが羨ましいよ。俺にはドルオタとして気持ち悪く推しを推すことしかできないのにさ。

 

「ええ、だから私はあなたを助けるのです」

「……意味が」

「私にはギターしかないと思っていたから」

 

 ギタリストとしての技術と練習量、それだけが紗夜さんの心の支えだった。そこに誇りや矜恃なんて前向きなものはなにもない。

 日菜ちゃんへの憎しみと自分への怒り。それだけが紗夜さんを動かしていた呪いだったことを聞かされた。

 

「けれど湊さんに、Roseliaに出逢い、日菜と向き合い……私にはギター以外にもたくさんのものがあると知りました。私の音があると、知りましたから」

「それは」

「あなたは昔の私ととてもよく似ているわ」

 

 だから放っておけなかったのかもしれません。そんな紗夜さんの言葉はこれまでの凍てついたものからは考えられないくらい暖かくて優しかった。

 まさか紗夜さんがそんな大きなものを、重たいものを抱えてるなんて知らなかったよ。ただのシスコン毒舌さんだとしか。

 

「でも……俺の手に残ってるものなんて、紗夜さんのギター程良いものじゃないと思うんだけど」

「どうして?」

「え?」

「あなたは、オタクとしてペンライトを振る時、どのように感じますか?」

 

 そりゃ、楽しい。楽しいし、なんというかスッキリする。推しを推す、という行為に俺はいいようのない高揚感とか達成感とかそういうものを感じてるよ。

 紗夜さんはそれがあたなの手に残っているものですと微笑んだ。

 

「楽しい、高揚する、自然と笑みがこぼれ、応援できることを誇らしく思う……それが、あなたにとってのオタ活、ではありませんか?」

「そう、だね」

「それが良いものでないはずありません。あなたは、どんなあなたも愛してあげるべきです」

 

 花音の幼馴染としての俺、千聖ちゃんを推すオタクである俺、二人と友達になった俺、二人が恋人になりたいと願った俺。

 どんな俺も等しく俺で、そこで良いものや悪いものを作ってしまうことがよくなかった。なんでだろう、その言葉はすっと俺の中で確かなものとなって胸に滑り落ちてきた。

 

「俺に……できるかな」

「できるかではなくやる」

「は、はい」

 

 相変わらず厳しいけど、紗夜さんは俺に前を向かせてくれた。どうして、最初は妹に近づくキモオタくらいにか感じてなかったのに、こんな……部屋に案内してまで俺のことを? 紗夜さんはそんな俺の言葉にふっと微笑みを浮かべて、決まっているじゃないと楽しそうに爆弾を投げてきた。

 

「放っておけなくて、気付いたら……あなたと話をするのが好きになっていたからよ」

「へ、ええ? それって」

「勘違いしましたか? 以前にも言いましたがあなたのような男と恋人なんて死んでも御免ですと」

「ひどくね!?」

 

 ちょっと待ってほっこりしたし確かにちょろっと勘違いしましたけど、いくらなんでも酷すぎでは? あくまで話し相手ってことねはいはい。別に俺はいいけど、それで他の人に勘違いされても知りませんからねと言うと気にしないと言い切られてしまった。

 

「別に連れて歩く人のステータスをいちいち気にするほど、私は落ちぶれてはいませんよ」

「さらっとステ低いって言ってない?」

「そういうところがダメなのよ。そこですぐさま自分が低いからそう言われたのだと思わないようにしなくては」

 

 話はそこで終わり、俺は紗夜さんに見送ってもらって氷川家を後にした。変わるのってすごく大変だと思うんだけど、わざわざ俺のために声を掛けてくれたってことを大事にした方がいいよなぁ、なんて考えて振り返った瞬間なんか仁王立ちしてる人がいた。

 まるでアイドルの出待ちだな、みたいなテキトーなこと考えるけど、この人がアイドルで俺がそのアイドルのオタクなんだよなぁ。

 

「さぁて、じっくり話を聞かせてほしいものね」

「……俺のセリフなんだけど」

 

 推しに出待ちとかご褒美かと思うんだけど、なにせ千聖さんがアイドルモードじゃないからなぁ、どうだろう。俺としてはあの時話してくれなかったことをちゃんと聞かせてくれるんだったらいいんだけど。

 

「私じゃなくてあなたの話を聞くのだけれど」

「そうやって逃げるんだ?」

「は? 今日態度でかいわね」

「……ええ」

 

 理不尽なり。とはいえ夜に立ち話もなんなので一応家に上げることにした。今日は遅くなります、じゃないんだよなぁ。千聖さん来る日は例外なく早く帰ってきてほしい。特に最近はそう思うことが増えた。推しと家に二人きりって正直心臓に悪い。スキャンダルとか起こして干されたらそれだけで俺、息ができなくなるからね。

 

「はい、おいしい紅茶らしいけど」

「いただくわね」

「う、うん」

 

 あーあ、前回のことがあるせいでめちゃくちゃ空気が悪い。ホントに最悪の空気でマジで今日ほどオタク辞めたいと思うことは一生に何度あるだろうってくらいだ。でも、せめて最低限、向き合うことだけはしなくちゃいけない。例えその結果にこれからずっと塩対応されようと……あ待って想像したら泣けてきたやっぱ無理。千聖ちゃんに塩対応されて認知勢としても敗北したらガチで自殺しかねないよ。俺にとってオタ活は生きる糧、千聖ちゃんの笑顔がカロリーなんですはい。

 

「はぁ……」

「な、なんで溜息」

「この後に及んで……よりによって私の態度に気づいておきながらそういうことを言うなんて」

「でも……俺は」

 

 そう、俺は千聖ちゃんの、パスパレのオタクなんだ。それ以上でもそれ以下でもないしなれない……そう思ってたんだ。

 でもそれは違った。紗夜さんにそれを教えてもらった。きっと今の自分にはなれないようなものでも、きっとなれる。オタクの時の俺もオタクじゃない俺のこともいつか好きになれる日が来るって。

 

「俺……やっぱり千聖さんとは恋人にはなれません」

「どうして?」

「俺が俺のことを好きになれないから」

 

 でもそれは今じゃない。今すぐ好きになれって言われたって土台無理な話なんだ。だって俺だし。こんなドルオタって趣味がなければロクに会話もできないコミュ障陰キャボッチの俺のこと、どうあっても好きになる要素がないからね。でも、それでもそんな欠点だらけでダメな俺のことをずっとまっすぐに見てくれた幼馴染さんがいた。ステージの上と下っていうもどかしい距離を壊したいって思ってくれた推しがいた。

 変わりたいって女の子のために、俺が下を向いてるのはダメなことを紗夜さんから教えてもらった。

 

「だから……変わりたい」

「……そう」

「うん、変わりたい。花音のために、千聖さんのために」

「私はもういいわ」

「よくない、そうやって諦めないでよ」

 

 やっぱり、千聖さんはそうやってわかったフリして身を引こうとしてたんだ。

 やだよ、嘘つかないでよ。俺は嘘が嫌いなのわかってるでしょ? そう言うと千聖さんはわかってるわよ、けど、と悲しそうに下を向いた。

 

「わかるでしょう? 私の人生は嘘で満ち溢れてる。女優として、アイドルとして、全て……演技(ウソ)なのよ」

「そんなの」

「当たり前? なら今ここであなたを好きと言ってそれが嘘でないという保証はどこにもないわ。私が、()()を好きでいることを、確定してくれるモノがないのよ!」

 

 溢れたような叫び声、俺は言葉を失ってしまった。

 思ってたよりずっとずっと、おっきな感情だ。花音の時にも思ってたけど、やっぱり俺や元カノさんが持っていた好きなんてちっぽけなものなんだなと思い知らされるには十分すぎるほど、千聖さんが吐き出した感情は、黒く重たかった。

 

「……だから私は、千紘に好きになってもらえるだけの資格がない。芸能人(うそつき)である以上、千紘に手を伸ばしてはいけないの」

「そんなことないよ」

 

 そうだよね。俺だって嘘をつかれるって思った人と付き合うのは嫌だよ。だって前例が前例だよ? 何年嘘をつかれたんだろう? 何年、俺は彼女の本当の気持ちをわかってあげられなかったんだろうって何度も何度も後悔した。後悔したからこそ、それでもオタ活をして千聖ちゃんに笑顔を向けられて嬉しくなる自分が赦せなかった。認められなかった。

 

「……どうして?」

「千聖さんは、嘘つかないでしょ?」

 

 はっと目を見開かれてしまう。そんなびっくりするほどのことじゃないと思うけどなぁ。考えたら普通のことでしょ。そんな風に俺を嘘で傷つけるだなんて悲しい表情をしてくれる千聖さんが俺を好きで、もし付き合ったとして、元カノのように嘘で傷つけるだなんて思えない。そもそも千聖さんって冗談じゃないくらい優しいしね。ほら、親友のために怒れたり、俺が不甲斐ない性格してるから、俺のために怒ってくれたりとか。

 

「……なんでそんな急に、わかっちゃうのよ」

「今まで、見ないようにしてきただけなのかも」

 

 でも千聖さんが俺のことを好きだと言って、それから色んな見方が変わった。そして紗夜さんの忠告や花音のあのシーンは、俺にとってその見た景色の色を全部変えちゃうくらいの衝撃だったよ。

 

「バカ、遅いのよ……バカ」

「ごめん、全然……なんにも気付かないで」

「私も……意地を張って、嘘をついていたわ。あなたのこと、二度と千紘だなんて呼ばないだなんて……諦めて、それで……私は」

 

 ああ、そんな優しくて残酷な嘘をつかせてしまったのは俺だ。俺が千聖さんに、優しさを凶器に変えさせてしまった。

 なら、俺はそんな残酷な優しさをもう与えないように、与えられないようにするしかない。

 

「あのさ、千聖さん」

「……なぁに?」

「今から、バカみたいな、優しくもないこと言うね」

「ええ」

 

 これは花音にも伝えなきゃいけないことだ。

 俺はまだ変われない。けど時間をかけて、それでも……それでもいいならって俺はなんか調子乗んなとかオタクのクセにって言われるかもしれないけど。自分を好きになるってことはきっと、こういうことでもあると思うから。

 

「好きでいて、振り向かせようとしてくる千聖さん、すっごくかわいかった。俺はまだ全然自分のこと好きじゃないし、応えられなんかしないけど……俺のこと、追いかけていてほしい。いつか、俺が自分を好きになれた時、その時また返事するから」

「……嫌よ、ふふ」

 

 言葉とは裏腹に千聖さんは涙を浮かべながらも笑ってくれた。そして、もたれかかってきて……なんか前だけじゃなくて後ろにも体重がかかってる気がする。このフローラルで上品な香りは、嗅ぎなれてる時点でアレだけど、ウチのさいかわ幼馴染さんではありませんかね? 

 

「いつの間に?」

「千紘くんにお話しがあるからお邪魔してもいいですか? って連絡したらいいよって」

「……あ、そう」

「千聖ちゃんをフったところあたりから、いたんだ」

「早かったね」

 

 ってことは花音も軒並みさっきの話聴いてたってことね。まぁ二度説明しなくて済むからいっか。

 そう、花音。ただの幼馴染さんじゃない。俺のことずっと好きでいてくれた人。俺はあなたにも同じことを言ってもいいよね?

 

「だめ」

「え?」

「……って言っても、私はキミといられるわけじゃないよね」

「うん……ごめん」

「謝らなくていいよお……酷いくらいに優しい時よりも、ずっと、助かってるから」

 

 優しくない方が花音や千聖さんを救ってる、なんておかしな話だけど。俺はそうやって二人の涙を止めることができた。また三人でわいわいできる日々が始まるんだってことに俺はほっと一安心だった。

 

「なに勝手に終わってるのよ」

「へ?」

「そうだよ、終わってないよお」

「え、は?」

 

 あの、二人とも? これでハッピーエンドめでたしめでたしじゃないの? そう思っていたけど当たり前だよね。二人にとって俺はなんとしてでも振り向かせたい相手。そして、二人の関係は親友であり恋敵、ライバルみたいなものだから。

 

「さて、一緒に寝ましょう千紘?」

「は……い、一緒は、その」

「ふうん……そういうえっちなことで釣るの、よくないと思うよ?」

「更衣室に連れ込んだ人のセリフとは思えないわね?」

「あの、え?」

「……ねえ千紘くん? お風呂入ろ? 幼馴染だもん、昔はよく入ってたでしょ?」

「入ってないよねぇ? そういう幼馴染じゃなかったよねぇ俺たち!」

「忘れちゃったんだあ……」

 

 一体何が始まるって言うんです? 大惨事大戦だ。

 あのね、正直疲れるから誰か代わってほしい。ホントね、贅沢かもしれないけど。だから俺はまだこんな贅沢ができるほど自分を認められないんだってば! というか帰れ! 二人とも今すぐ家から出てってくれるかなぁ!? 

 

 

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