なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい!   作:黒マメファナ

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え、言い訳なんて聞くの?

「それで……事故で」

「そっかあ」

 

 その日の夜、俺はご飯を作りに来てくれた花音に事情を説明した。というか俺の表情が完全に死んでいたらしくどうしたのと切り出してくれた。ありがとう、おかげで言える。

 ドン引きされようとなんだろうとうっかり彩のパンツを見ちゃったことに変わりはないわけで。これで推し事に支障が出たら最悪俺廃人になるよ? 

 

「それは、私がフォローできることはないかなあ……」

「いや、いやそこまでしなくても大丈夫! 花音にはただでさえ世話になってるのに、そのくらい自分でなんとかするよ」

 

 これは遠慮とかじゃなくてマジで自分でなんとかしなくちゃいけないことだと思う。彩はプライベートの時はもうなんていうか本当にただの女の子だから。アイドルとして扱うよりもこうやって友人として接した方がうまくいく。だからって花音に頼るのは今後のアイドルとオタクの距離に支障が出る。推しは推しとして推したいんだもん、パンツを見ようとなんだろうと俺の推しは彩ちゃんだ。

 

「んーでも、千紘くん、口利いてもらえる?」

「……そこなんだよなぁ」

 

 問題は多数、俺の中だけで処理できるかどうかと言うとまず言葉を交わしてくれるかどうか怪しいってところはあるよね。拗ねると大変なんだよなぁ彩って……でも今回は俺も悪かったし、きっちり謝らないと。

 

「今日は置いといた方がいいよお」

「やっぱり?」

「うん」

 

 ゆるーく頷いてくる幼馴染さんに俺ははぁと溜息を吐いた。推しとプライベートで知り合うとこんな思わぬハプニングが起こるとは……ううん思い出しただけでご飯三杯くらいいけそう。こういう変態的思考がもうダメな気がするけど。

 

「変態さんだったんだ……千紘くん」

「あのね花音、男はみんなパンツ見たいもんだよ」

「それは言い過ぎじゃないかなあ」

 

 でもパンツにロマンを感じる男性が多いのもまた事実である。というか俺はロマンを感じる。溢れている。

 でもまぁ彩と同じく女性である花音にそれが伝わらないし気持ち悪いと思うのは当然だよね。これからはなるべく控えますはい。

 

「じゃあ、さ」

「うん?」

「千紘くんは……私の、パンツも見たいの?」

「……えっと」

 

 正直言えば見たいって脊髄反射しそうになった。危ない危ない、そうやって思考していくことが人間が人間である第一歩なのだろう。

 だが見たくないわけではない、だけど花音に嘘はつかないと決めている。さてどうすりゃいいこれ? 

 

「見たいって言ったら見せてくれるの?」

「えっ……えっと」

 

 よし、質問を質問で返すという無粋極まりない行動には出たけどなんとか誤魔化すことに成功した。外道? 鬼畜? いいんだよウチの幼馴染さんは天使だからそのくらい許してくれるの! 

 

「千紘くんが……望むなら」

 

 おっと? おっとお? 全く予想外の展開になって俺はフリーズしてしまった。

 恥じらいで耳まで真っ赤になった花音、そんな花音がそれでもとスカートを両手に握りしめていた。あれなにこのシチュエーションエロくない? じゃなくてヤバくない? 俺だって男だよ? いや、アイドルにブヒブヒ言ってる汚らしい豚さんですけども! 花音にパンツ見せてもらって、アレな雰囲気にならないわけないよね? 

 

「花音? 落ち着こ? 淑女の貞節を忘れないで」

「だめ……そうだよね、かわいい子のパンツ見たいもんね」

 

 しょんぼりが明後日の方向へ行ってる。違うよ、俺は花音がかわいくないからパンツ見たくないとか言ってるんじゃなくてパンツ見たいって俺が言ったら見せてくれるみたいなそういうはしたないことするのをやめようねってことだからね? 後それを見てしまった後の展開次第では俺は親に殺されるのでやめてほしい。

 

「私のこと、嫌い?」

「嫌いじゃないよ」

「好き?」

「好きだよ……でも」

「……そっか」

 

 好きとは言う。でも、俺はまだ関係を幼馴染から踏み込めないままでいた。

 花音に告白されたのは、元カノと別れて半年経ってからだった。その関係がいくら嘘だったとしても、俺は……元カレから花音を守る方法がわからないままだから。

 

「ごめんね花音……」

「いい、それでもいいから抱きしめて」

 

 花音の傷を、俺は癒してあげられないんだ。

 お互いに別の恋で傷を負ってしまった俺たちは、まるでその傷を舐め合うようにして名前だけは恋人として一緒にいた。でも、中身は花音の片想いのまま。お互いに吐いてしまった嘘がお互いの関係を苦しめていた。

 

「私はね……千紘くんになら、なにされてもいいよ」

「それは」

「わかってるよ、そういうことできないんだって。でも……私はそうだから」

 

 この関係は、彩どころか周囲には内緒である。周りはただ付き合ってるとだけ。でも多分俺は……段々とわかってきたことがあった。

 ──俺の花音への好きは、花音が俺に向けるむせ返るほど甘くて、苦くて、なにもかもがごちゃまぜになった好きとは根本から違うものなんだなって。

 パレオちゃんや紗夜さん……なにより彩との関係がそれを教えてくれていた。

 

「でも……わがまま、帰る前に一回だけ……」

「……いいよ」

 

 頷くとするりと花音が俺の首に腕を回してくる。細くて白い腕、潤む瞳はまるでパンジーの花のような可憐さと、残酷さがあって、俺は背中に手を回して彼女を受け止めた。

 唇が触れ合う。半年で積みあがったキスの数はもう数え切れるものじゃなく、俺が唯一花音に許してる、恋人としての触れ合い。

 

「ん……」

「送っていくよ」

「うん」

 

 初めてのキスは甘酸っぱい味がした。それは確かに覚えている。だけど、いやそれを覚えてるからこそ、花音とのキスは……甘いのに物凄く雑味でいっぱいで、いつも吐きそうになる。いっそ前みたいに自分のこと嫌いでいられた方が、こんなに残酷な優しさなんて、まるでゆっくりと心臓にナイフを突き立てていくような慈悲をかけなくて済んだのかな。

 

「……っ!」

 

 花音を送っていった帰り道、そんなぐるぐると頭が痛くなるような思考を巡らせていた時に着信音がした。通常誰かからの電話はしゅわどりなんだけど、パスパレボリューションズは彩だけに設定している着信音だ。

 

「もしもし?」

『……もしもし』

 

 うわめっちゃ不機嫌そうだ。でも電話をしてくれるくらいには冷静になってくれてドルオタとしては感謝感激雨あられなわけで、また胸に詰まって吐きそうだった感情が彩の声を聴いてすっとなったから意図せず弾んだ声でどうしたの? と問いかけた。

 

『言い訳』

「はい?」

『私のパンツ見た言い訳をして』

「……風のせい」

『ガン見した』

 

 うっ、確かに。ガン見しました思わず。まだ覚えてるよ色も装飾も、と言ったらまためちゃくちゃに怒られるし、多分バカ正直に最高でしたなんて言ったら思いっきり電話切られるだろうということもあって慎重に言葉を選んでいく。

 

「ほらあれだよ、咄嗟のことで」

『えっち』

「そういう言い方しないでよ」

『花音ちゃんいるくせに』

「……そういう言い方しないで」

 

 ズキリと胸が痛んだ。嫌なヤツだな俺って、本当に最低だ。

 そこで素早くそうだねごめんって言えない俺は、なんというか女誑しみたいだ。オタクの敵でしょ、リア充とウェイ系と異性関係がルーズなヤツ。あれねセフレとか作っちゃうやつね。俺はなんだかどんどん最後のヤツに近づいている気がする。なんでかはおいおい説明するとして。彩がそうじゃなくて! と話題を変えてきた。え、パンツの話じゃないの? 

 

『そっちは千紘くんじゃなかったらもっと重要だったけど、今はそれより千紘くんのSNS、燃えてるよ?』

「は? なんで?」

 

 待って今日は確かに彩ちゃんに対して風が強かった話をしたら次の周回で初めましてと言われた話は投稿したけど、それ以上になにか燃えるようなこと、そう思ってSNSを付けたら通知が物凄いことになってた。あー、またこれか。アホみたいに重いのでログアウトして逃亡用アカウントで覗く。

 

「あー……こっちかぁ」

『そう、なんか巻き込みでリプされたからなんだろうと思ったらさ』

 

 そう、彩の公式のアカウントの方にリプを飛ばしたんだよ、その呟きにぶら下がって暴言の嵐だ。すげぇことになってる。

 しかも内容は彩ちゃん関連じゃなくて、パレオちゃんとご飯に行ったことが原因みたいだった。

 女オタオタって嫌われるんだよね知ってる。厄介認知勢な上に女オタオタとかマジかお前状態である。違うよ! 

 

『パレオちゃんとご飯行ったの?』

「誘われたからね」

『ふーん』

 

 その時に二人で歩いて蕎麦屋まで行ったのがパレオちゃんの囲いに見つかったらしい。まぁあのツートンツインテじゃ目立ちたくなくても目立つよなぁ。彩ちゃん担当のオタクは俺のこと嫌いなヤツ多いし、そもそも彩ちゃん相手に認知されようとする行為そのものが悪という風潮まである始末だ。千聖ちゃん担当見習え、アイツらみんな認知勢で同担拒否ばっかだからな? 

 

『私は誰とご飯行こうが自由だとは思うけどさっ、花音ちゃんがかわいそうだよ』

「花音には言ってあるよ」

『……いいって言ってるの?』

 

 花音は基本束縛嫌いなんだと。というか俺に嫌われたくなくてびくびくしてるだけとも言うけど。本来の花音は嫉妬深くて独占欲が強いタイプだってのは今更彩に言われなくたって知ってるよ。というか関係ない会話の途中で花音の話しないでって再三言ってるよね? 

 

『あ、ご、ごめん』

「……いいけど」

 

 しまった、なんかイライラして彩に当たっちゃった。推しなのに、友達なのに。

 話を戻して、部屋に戻ってマジマジと自分の炎上してるSNSを眺める。対応めんどいなぁ……というかみんなのパレオちゃんなのにどうとか言われてもむしろ囲われてるの俺の方だし。

 

「なんか、この思考が敵を増やす原因な気がしてきた」

『千紘くんすぐマウント取るもんね』

「……うわ今すっごい刺さった」

『ありのままの事実だよ』

 

 うるさいなぁ!? そうやって彩はすぐ俺のことド正論でいじめてくるんだけどそれ楽しいの? 即座にうん割とと言われてしまい、俺は言葉を失ってしまう。俺の推し、実はプライベートだと割かしサドだった模様。もう一人サド枠いるから正直もうお腹いっぱいだよ。あの人の毒舌が一番いじめだもん。

 

「これ、放置が正解かなぁ」

『鍵の方、パレオちゃんと連絡できるの?』

「前に炎上したからメッセージアプリ教えてもらってる」

 

 その際ちゃーんとお互いのSNSは不干渉ということになったよ。彩は神戸のライブのことを心配してくれたんだろう。推されてるな俺……ふっ、すまんなオタク、推しから来てほしそうにされるオタクってそうはいないよな。

 

『あ、そうだ』

「なに」

『神戸ライブの後、泊まるところ一緒だったよ』

「マジか」

 

 確かに彩に泊まる場所話したけどさ、パレオちゃん……まさか狙った? そんなわけないか。とはいえ運命の悪戯? まぁ嬉しいからいいんだけどさ。

 彩は終わったら千紘くんのところ遊びに行こうかな~とか言い出した。スキャンダルになるのでやめましょう。

 

『アイドルじゃなきゃ友達として接してくれるって言ったのに!』

「そうじゃない」

 

 俺は確かにアイドルとしての彩ちゃんとは別に、こうやって知り合った友人として彩と話をしていて楽しいとは言った。彩がそれでいいなら友達として接するとも。でもそれができるのは俺だけで、彩を知らない人からすれば、前の俺のようにあ、彩ちゃんが! ってなるわけじゃん。体裁を気にしようよってことね。

 だけど彩は納得がいかないようで、むう、と唸った。

 

『私は千紘くんとお話しがしたい!』

「電話でよくない?」

『やだ!』

「わがまま……」

『だって!』

 

 だってじゃないが。幾ら友達として、とは言えそのプライベート感の薄い宿泊施設で、というのはちょっと軽率だと思うよってこと。

 ──俺が心配してるのは、俺のせいでずっと願っていた彩の夢が断たれること。まだまだ二年目だよ? 一年でうなぎ登り、鯉が竜になる勢いだったとは言えまだまだ二年目、記念イベントだってちゃんと行くし……というかこのために最初神戸パスしてたし、俺は彩のこと、彩ちゃんのこと応援してるんだから。

 

「俺は彩の夢に頑張る姿があったから、自分のことをもっと好きになろうって思えた。辞めちゃったスポーツを始めよっかなってきっかけにもなった」

『……うん』

「そんな彩が俺のせいで干されたりしたら……嫌だから」

 

 ここで嬉しいからって甘やかしていいよ来て話そうよ、なんてことも言えるんだけど、そんな優しいだけの言葉で結果として彩が傷ついたらなんの意味もない。

 俺はいくら優しくなくたって、厳しくたって、彩が夢に向かう姿にペンライトを振っていたいから。

 

『ふ、ん……もうっ、千紘くんはホンットに私のこと好きだね!』

「好きだよ?」

『──っ! えへへ……じゃあ、そろそろ寝るね』

「うん」

『おやすみ~!』

 

 おやすみって言う割には物凄く元気な声だったけど寝る気あるのかな? 夜更かししたらまた千聖ちゃんに怒られちゃうよ?

 とはいえ彩の元気な声に当てられて俺もなんだか目が冴えてしまってるよ。やっと下火になってきたSNSのアカウントを再ログインして、チェックする。フットサル面子は別アカウントに連絡してきてくれて、パレオちゃんからもメッセージが来ていた。

 大丈夫、そんなこと気にして縮こまるほど、俺はもう俺のこと嫌いじゃないから。

 

「ふふ……やっぱり寝る気ないじゃん」

 

 知り合いや友達の温かい言葉によかったと思っていると、彩ちゃんのSNSが更新された。目が冴えちゃって寝れないのでゲーム中……という投稿にいいねを付けておいた。リプライ送ったら燃えるのわかってるし。

 そしてすぐさま千聖ちゃんに見つかって彩、ちゃん……? とにこやかな顔文字がついてる。あーあ怒られる。どうやら千聖ちゃんは撮影が長引いて今終わったようだ、タイミングが悪いね。そっちにもいいねしておこう。時に千聖ちゃん、実はそのタイミングでわざとなのかどうなのか知らないけど、おねーちゃんと夜ポテト! とかいうアイドルとしてあるまじき投稿してるメンバーいますけど。

 

「賑やかだなぁ、パスパレって」

 

 だから推せるんだよね。こうバンドって括りなのか大失敗から始まったスタートだからなのかわからないけど、メンバーがすごいほのぼのしてるんだよね。

 一歩一歩積み上げてきたものを感じて、激動の一年を迎えようとしているパスパレ、そのリーダーと知り合いになって、パンツを見てしまった。それが新しくて慌しい日常と涙と笑顔に包まれた始まりの日だった。

 

 

 

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