なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい! 作:黒マメファナ
私ね、千紘くんのことが好き。
カレシがいたのに、花音はそうやって俺に告白をしてきた。当然俺は断ったさ、俺にもカノジョがいたからね。でも、花音はそれでも、嘘つきと一緒にいてほしくないと俺に訴えかけてきた。
──じゃあ花音は、今のカレシに嘘をついてるんじゃないの? そんなひどい言葉が言えたら、どんなによかったのだろう。
「お待たせ花音」
「ううん、大丈夫」
「そう、じゃあ行こうか」
「うん」
きっかけは些細なことだった。そもそも形だけとは言え付き合って半年ほど、その中で二人は一度だってデートってものをしたことがなかった。俺が断り続けていたのもあるんだけど。
「デートをしたことがない……正気ですか?」
「驚きです……」
俺はそのデートのちょっと前くらいにいつものファストフード店でパレオちゃん……えっとオタ活中じゃないかられおなちゃんか、れおなちゃんと紗夜さんにそのことを打ち明けた。一緒に事情として幼馴染っていう安心感から抜け出せなくて、怖くて、結局片想いをさせてしまっていることも、一緒に話した。
「なるほど、それで二人はややぎこちないのね」
「納得しました」
「俺のせいなんだけどさ……」
そして、怖がりなのは向こうも……いや向こうの方がよっぽど怖がりだ。いつだって俺のこと気にして、デートなんて迷惑がかかるかも、なんて言って絶対誘ってこない。そういう子だ。
けど、それじゃあいっつも花音を悲しませてばっかりで、俺はそれはそれで嫌なんだよ。
「ならば千紘さんから誘うのが良いと思います!」
「だけど、俺が誘っていいのかな」
俺は花音に気持ちが薄い。というか恋愛感情じゃないことを色々な人と関わることで理解してしまった。そんな俺がデートに、だなんていいのだろうか。勇気がないんだよ結局さ。このまま、なあなあに関係を続けていくという怖さが、俺を臆病にしていた。
そんな風に下を向いた俺に厳しい言葉をかけてくれるのは紗夜さんだった。
「進めるも壊すも、まずは行動あるのみよ」
「そうですよ!」
流石行動で苦しかった過去から抜け出した紗夜さんの言葉と行動で今の世界へと進んだれおなちゃんの同意は説得力が違うなぁ。
行動あるのみ……か。人生は選択肢の連続だからと紗夜さんはポテトをかじりながら言った。そうだよね、停滞してるだけじゃダメなんだよ俺にとっても、花音にとっても。
「誘ってくれてありがとう」
「ううん、いいよ。よくよく考えたらいつも俺は花音にもらってばっかりだから」
「そんなことないよ?」
「そうかな」
「そんなことない。千紘くんにはいっぱいもらってるから」
そんなこと言われてもなぁと思い当たらないプレゼントたちに疑問符を浮かべていると丁度イルカたちがファンサをしているところだった。こういうの見るとはえーお前らもアイドルなんだなぁって思う。水槽の端に近づいて子どもからイチャイチャとしてるカップルを笑顔にしてるんだもんね。
「イルカさん、好きなの?」
「いや、水族館なんてそれこそ小さい時とか元カノとしか行ったことないなぁって思ってて」
「そっか」
元カノさんと行った時は、なんか二人きりってのが気恥ずかしいし他のヤツに見られたくないって思いでロクに楽しくもなかった気がする。おかげでめちゃくちゃカノジョが不機嫌になって大変だったことも一緒に思い出したよ。嫌な思い出だな、忘れたかった。
「じゃあ、さ……今日は私が、キミに楽しいって思い出をあげる」
「花音」
「水族館なら任せて……ね?」
花音はそう言って俺の手を引いてくれる。もう誘っただけで嬉しそうだったのに、意気揚々と俺に水族館の生き物たちを説明してくれる。特に花音が好きなのはクラゲとペンギンで、この二つは特に説明に熱が入っていた。
「ふう……いっぱいしゃべったら、ちょっと疲れちゃった」
「すごい丁寧な説明でわかりやすかったよ」
「えへへ、よかった」
今はクラゲの場所で休憩を兼ねていた。ふわふわと泳いでるのか浮いてるのか流されてるのか、わからない状態のクラゲを花音はうっとりとした……ううん、なんというか視線がアレなの。恍惚って言ったらいい? とにかく何か質の違う視線を感じてしまう。
「あ、あの花音?」
「ん?」
「……自覚ないやつか」
「な、なにが……えっ?」
わからなくていいよ、というかそのままでいて花音は。時々花音は男性にとって毒のような存在になりえるよね、触れると腫れてしまう毒を持った、クラゲみたいに。でも痺れるような、甘い毒を持ってる気がする。
「ねぇねぇ」
「どしたの?」
「甘えても……いい?」
「……いいよ」
「やった♪」
断れるわけないよね。上目遣いで、おずおずとしながらもがっちりと俺の腕をその腕の中に抱き込んでおいて、許可なんて取ってないでしょこれもう一種の脅迫だからね。
二の腕の辺りに頭をこすりつけて甘えてくる
「……すき」
「ありがと、花音」
「うん」
ちょーっと、いやほんのちょっとだけ人目を憚らなかったかなぁとは思った。けど、俺は止める気には全然ならなくて……ほんの少しだけ泣いてしまった。暗がりだからバレてない、とは思うけど。
一通りイチャイチャとしてから、俺と花音は予定通りイルカショーのために席を確保した。二人とも着替えは持ってなかったからあんまり濡れないところを確保して、待ち時間に花音が水筒のお茶を飲みながら肩に頭を預けてきていた。
「私ね……千紘くんとこうしてのんびりするの、幸せだなぁ」
「花音は日向ぼっことか好きだよね」
「うん、紅茶とおやつがあったらもっと好き」
「花音らしい」
「千紘くんがいたら、もっと」
「……今日はいつもより言葉が多めだね」
そうかなぁと花音がほほ笑んで、俺をその紫の宝石の中に閉じ込めた。
そして、始まってみんなの視線がモニターに吸い寄せられた瞬間、クラゲを眺めていたものに似た色を放つ表情のまま、花音は俺にキスをした。
「今日……夜ごはんなにがいい?」
「花音の……好きにしていいよ」
「わかった♪」
俺は、やっぱ最低だなぁって思う。
思っても、花音を振り切れない自分だからなぁ……幼馴染はやっぱりクラゲのように毒を持ってる。そして、クラゲは肉食性。その刺胞毒で麻痺させ、大きな口で飲み込んでいく生き物……花音はそう言っていた。
どうも、氷川紗夜です。現在私は同じ学校に通う丸山彩さんとRASのキーボード、鳰原れおなさんと水族館にやってきているわ。
──誘ったのは私ですが、丸山さん、レッスン等は大丈夫ですか?
「紗夜ちゃんこそ」
「私はちゃんとお休みをしましたから」
「や、休んだんですか……パレオもですけど」
鳰原さん……ええっと髪の毛の色を変えている時はパレオさん、と呼ぶべきね。パレオさんもサラリととんでもないことを口にしたわね。まぁRASは昼はみんな忙しくて夜から練習が始まることもしょっちゅうらしいし、大事を取って、ということらしい。私は……今頃湊さんたちは、練習しているでしょうね。
ですがこれは私にとって、いえ、三人にとって重要な……覗き見になろうとなんであろうと重要な一日なの。Roseliaのみんなに熱弁したら納得してくれたことだし。
「私たちの目的は一つよ、丸山さん、パレオさん」
「そう、ですね」
「……うん」
白崎さんは罪作りですね全く。なにより丸山さんがここにいるのが本人には青天の霹靂ではありそうですが。中学生を誑かしているなんてやはり通報した方がよかったかしら。
当の犯罪者は現在恋人である松原さんとなにやら楽しげに会話をしていたところでした。イルカショーを見て、お土産を買って帰る……といったプランかしら。そう思っていたらショーの始まりの時刻になりモニターに映像が映し出された。
「……あ」
「どうかして……っ」
その隙を狙ったように、松原さんが、彼にキスをした。丸山さんがそれを見ていて上げた……なんの感情が籠められているのかは定まらない表情で上げた声だった。ズキリと胸が痛んで、私もきっと丸山さんと同じ顔をしているのだとすぐにわかった。
そのまま松原さんが耳元で何かを話していて……時折白崎さんの身体が強張っている。なにをしているのかしら?
「あれは……多分足触ってますね、千紘さんの」
「脚……って」
「ここです」
パレオさんが自分の太腿の辺りを指した。なるほど……結構きわどいことをしている気がしますが、あの二人なんだかイルカショーそっちのけでイチャイチャとしているわね? 私にもそういう恋人同士ですることとか、そっちの知識はほとんどないからいまいち二人のしていることがわからなくて首を傾げた。
「紗夜ちゃんって……やっぱり」
「……彩ちゃ、彩さんはおわかりなのですか?」
「……えっ、もしかして通じるの私だけ?」
どうやらそのようなので解説してください
「む、むっつりじゃないもん……」
そんなことより、松原さんは望む答えが得られたのかするりと離れていった。なんだったのだろう……あの子はやはり、私は怖いと思ってしまうわね。それはパレオさんも感じているようで、難しい顔をしていた。
「パレオは確かにヒロ様、千紘さんに対して……好意、持っているんだと思います。けれど千紘さんがパレオにその愛しているという感情を向けてくださらなくても、千紘さんが幸せならそれでいいとさえ思います」
「……すごいわね」
「けど……けどダメなんです。あのヒトは千紘さんを苦しめる……そう思ってしまうんです」
浅ましい嫉妬からくるものだと、パレオさんは思っているのね。けれどその感覚なんとなくわからなくもないから、私は黙っていた。
やがてショーが終わり、白崎さんと松原さんは立ち上がり仲睦まじい姿を見せながら歩いていく。
きっと今日のご飯の話でもしているのかしら。話し合いながら……けれど向かっている先に違和感があった。
「……方面が違うわね」
「どうしてだろう?」
「あ、建物に入ったみたいですけど……?」
ここは、と見上げると十八歳未満は本来立ち入ることのできない場所だった。煌びやかな装飾のあるビルのようなお城のような建物……所謂、ラブホテルというやつだった。
普通に、何の感慨もなく……あの白崎さんが。ドルオタとしての自分に誇りをもっていてなおかつどこか明るいムードメーカーのような雰囲気のある優柔不断が売りの白崎さんがなんの迷いもなく松原さんとホテルに入った?
「ありえないわね……」
「あの時、なにか言ったのかな?」
「まさか……脅迫ですか?」
いくら松原さんでもそんなことは考えにくいとは思うけれどただ……それ以上は憶測でしかない。だから私たちはここで追跡を諦めるしかなかった。
悔しいけれど、これ以上は私には手に負えないわね。白崎さんのあの時の言葉に嘘は感じられなかった。
感じられないというかそもそも白崎さんは物凄く嘘が下手だ。だからこそ、信じられなかった。
「俺……花音のこと、どうしても幼馴染としか見れないんだ」
「恋人……ですが?」
「うん。お互い不安定でさ、しかも花音、元カレがストーカー化しちゃって……俺が守らなきゃって思ったんだよね」
「そんなことが……」
白崎さんは悲しそうな顔で当時のことを話してくれた。元々松原さんは昔から彼を思っていて、けれど自分の軽率な、真綿のような優しさが彼女を傷つけて、別の女性とお付き合いをしてしまったこと。そこで離れた間に松原さんは追いつめられるまま迫られ付き合った。けど二人はまた出会い、同時に白崎さんが別れてしまったことで彼女のすべてが崩壊して、一方的にフった形になった。
「ホントはね、ずっと後悔してるんだよ、花音もさ……だから一度向き合わなきゃいけないんだけど」
「相手は、ストーカーですよ?」
「うん。だから向き合わせられなくて、俺が花音を盲目にした」
優しさのナイフで、俺が花音の眼をくり抜いたようなものだとわざと抉るような言葉で私たち二人を
自分はどうあっても松原さんを手放せないから。彼女をダメにしたのは自分だから責任は取るという意味を込めて。
「朴念仁とはこのことだわ」
「えっと……?」
「私が、そして彼女が、あなたのそのどうしようもなく優しさで人を傷つける癖があることくらいわからないわけないでしょう?」
「です! それにもう、私も一度抉られました!」
鳰原さんの口添えで更に立場の悪くなった白崎さんは、口をもごもごとさせてでも、と煮え切らない態度をとる。そういうのはいいの。傷つく覚悟なんて最初からできているわ。それこそあなたに松原さんがいると知って、その気持ちを自覚した日……私は家に帰って一人で泣いたのだから!
「ありがと、二人とも……」
「謝るくらいなら私と幸せになってほしいわね」
「私は……えっと千紘さんが幸せならそれで」
「そうじゃなくて、俺は一度、この絡まった糸を切っちゃおうと思う。そのためのデートでもあるんだ」
なるほど、相談というのは口実で、勇気が欲しかっただけなのね。
だから私は背中を押した。終わらせるための初めてのデート。そして最後のデート。私たちはそれを見守るために……内緒で、とはいえついてきたはず。
「……なにがあったの? 白崎さん」
だけどこの日から、私がいくら連絡しても、パレオさんや丸山さんがいくら連絡しようと返事はなかった。
同時に、ファストフード店にも来なくなった。パレオさんと丸山さんはもうすぐに控えたパスパレの一周年イベントにも出る気はないのかと肩を落としていて、このまま終わってしまうのかという落胆は私にもあった。
──彼は選択肢を間違えた? そう思っていた時だった。
「花音?」
「あ、千聖ちゃんいらっしゃいませ? どうしたの?」
「白崎さんを出しなさい。呼び出して、今すぐ」
「……千聖ちゃん?」
それは天使の福音か悪魔の呼び声か。
松原さんの親友でもある白鷺さんが、丸山さんを連れて烈火のような怒りを露わにして松原さんの前に立ちはだかった。
──雨の日の午後、事態は急展開に告ぐ急展開を迎えていた。