なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい! 作:黒マメファナ
何を間違えたのか、俺とパレオちゃんそして紗夜さん、三人での焼肉食べ放題のはずが、とても華やかなものになっていた。いや、パレオちゃんも紗夜さんもね、見目麗しいのに変わりはないんだけどさ。すごい打ち上げに巻き込まれている気がしなくもないんだけど。
「麻弥ちゃんそっちのタレ取って~」
「はいです!」
「日菜、ちゃんと自分で焼きなさい」
二席とって四人ずつに分かれているんだけど、片方に紗夜さんと日菜ちゃん、そして麻弥ちゃんとイヴちゃん。そしてこちらにはパレオちゃんと千聖さんと彩がいた。えっとプライベートだから彩、って呼んでもいいよね?
「いつも彩、でいいよ」
「よくないわよ」
「今日は、どっち」
「……まぁ打ち上げなのだし、いいけれど」
パレオちゃんが向かい、千聖さんが斜め前、隣で俺にちょいちょい抱き着かれては千聖さんに怒られてるのが彩です。うーん推しが隣の席で一緒に打ち上げとか心臓がヤバいです。それはパレオちゃんもどうようなのか、死ぬほど笑顔が凍り付いてる。
「パレオちゃん、緊張させてしまってごめんなさいね」
「い、いえっ……すぅ」
ふわりとエンジェルスマイルを間近でされ、パレオちゃんは息を吸い込んだ。オタクって悲しい生き物だよね。なんとなく今日だけは紗夜さんがうらやましい。あそこでフツーに溶け込んでるんだもんね。なんなら麻弥ちゃんイヴちゃんとも共通の知り合いトークしてるし。
「う……紗夜様やヒロ様がうらやましいです……っ、パレオは今神々しさや色々でもう息もできないのですが……」
「俺も困ってるは困ってるからね」
「私相手は慣れてるでしょー?」
「そうじゃなくてね」
そうじゃないんだよ、そうじゃないんだよ彩……俺は彩は彩でちゃんと対応するけど実はそれ以上にドルオタ精神が発動しちゃうから、彩ちゃんとご飯って気分になって息ができなくなるわけよ。わかってくれとは言わない。隣の卓もこの卓もアイドルって時点でオタクは空気が薄く感じてしまうんだよ。
「んー、わかんないや」
「いいんだよわかんなくてさ……」
「そうよ彩ちゃん、オタクの思考はオタクでないと読み取れないものよ」
「は、はい! 千聖さま……ちゃんの言う通りでございます」
おいオタク? パレオちゃん? しれっと千聖様って呼ばなかった? そんなご主人様勝手に増やしまくっててチュチュ様とやらに怒られてもしらないからね? 俺は知らないよ?
そんなこと言っている俺にまるでアルコールでも入っているかのように、彩が絡んでくる。今日はいつになくテンションが高いね?
「今日のライブどうだった?」
「え、あ……最高だった。ホントに一年、追いかけてきたんだなぁって思った」
「……そっか」
あの日、お披露目ライブに誘われて機材トラブルでアテフリ発覚、最悪のスタートを切ったパスパレ……今でも、ううん一年経った今だからこそアテフリがどうのって言ってパスパレを中傷する書き込みもたくさんある。でも、そういうやつは知らないんだってマウントを取れるから俺は大丈夫なんだ。
「お願いします……っ! ライブやります!」
必死な顔、雨が降ってるのに……必死にビラを配る彩ちゃんの行動力が、そのあとライブが終わって見送りをしてくれた彩ちゃんのほっとしたような本当に嬉しそうな顔を、俺は知ってるから。
「いつも、見ていてくれてありがとう」
「彩……ちゃん」
「うん、
「……もちろん」
間近にいるのに、なんなら腕を抱き込まれてるのに、そこにいたのは一年間いつだって推し続けたアイドルの顔があった。
うわ、なんだろ、ダメだ……視界に水があふれてきた。自然に泣こうとか泣かないとかそういう暇もなく、気づいたら涙を流していた。
「わ、ち、千紘くん!?」
「よかったわね、とびきりのファンサもらえたじゃない」
「わかります……そんなこと間近で言われたらパレオも大号泣する自信あります……!」
だよね、俺泣いてるもんね。もう言葉も出ないくらいに泣いてるもん。なんか今までたくさん推してきたこと、ファストフード店でばったり会ったこと。全部が重なって、あの時の一瞬一瞬頑張ってきた彩の全部が、今日の彩なんだなって思ったら……ダメになっちゃった。
「……キミは私の世界一のオタクだよ。私が認めてあげる」
「そんな、いちばんなんて……っ」
「いやぁ、ジブンもそう思う時あります。間違いなく、あなたは彩さんの一番のオタクでした」
麻弥ちゃんにまで言われちゃって、というかどこまで公認なのさ。彩ちゃん担当気持ち悪いオタクとして、これ以上にないくらいのご褒美をもらってる気がするよ。
ありがたいことだけど、それ以上に申し訳なさもあるよ。中には研究生時代から応援してくれてる、いわゆるファン一号もいるだろうにさ。
「謙遜なんていらないのよ、彩ちゃんが一番って言ったらあなたが一番なのよ、いい?」
「……それで、いいのかな」
「いいの! ファンに順位をつけちゃうのもホントはダメなんだろうけど……千紘くんはプライベートでもイベントでも私を一番に応援してくれてたから」
夢にまっすぐな彩をずっと応援した
彩はまだ涙が止まらない俺の頭を微笑みながら撫でてくれる。うわ、もうこんなファンサやばすぎでしょ。
「私は、夢を与えるためにアイドルをしてる……って教えたことあったっけ」
「……うん、前に」
「そう、だからキミは私にとって最高のオタクなんだよ、それはパレオちゃんも」
「パレオも、でございますか?」
彩はうんっ、と笑顔を弾けさせる。俺は彩の話を聴いて、それじゃあ俺も頑張る姿を報告できたらな、なんて考えて……正直続けたかったけどきっかけを失ってたサッカーを、結局フットサルになっちゃってるんだけど、再開した。パレオちゃんはパスパレの姿を見て、自分にも心を通わせる誰かと思いっきり演奏がしたくてRASのプロデューサーであるちゆさんって人からのオファーを受けた。
それが彩にとってファンから、オタクからもらえる最高のお返しなんだ。自分がかつてアイドルに夢をもらったように、アイドルとして誰かに夢を与えたい。それがアイドル丸山彩としての想いなんだなぁ。
「それとは別に、千紘くんには特別なものをあげてるけどね……?」
「な、なんだろう……」
「パンツあげたの彩ちゃん?」
「あげてはないよ」
「パンツ?」
ちょっと千聖さん? 彩と千聖さん以外の全員が固まったんだけど。そりゃね、流石にいくらなんでも推しのパンツが云々の話は寝耳に水でしょう。俺だってパレオちゃんや紗夜さんに言ってないんだもん。
「どういうこと千紘」
「あの、顔が怖いんだけど紗夜さん?」
「そうです! パレオもそんな話伺っていませんが」
えーなんか紗夜さんまでは予想してたけどパレオちゃんまですごい怖い顔してるんだけど。おかげでイヴちゃんが戸惑いながら麻弥ちゃんと俺を交互に見ていて、麻弥ちゃんは苦笑い、日菜ちゃんはげらげら笑っている。
「あら……なるほどね」
千聖さんはすごく面白そうに傍観者である。失言した張本人のくせに。
けれどもそんなのどこ吹く風なのか、千聖さんはきれいな所作で肉を食べてみせた。知らぬふりって一番タチ悪いと思うんだけどなぁ。
「まぁまぁ、これは流石に私と千紘くんだけのヒミツ……ってことで!」
「納得できると?」
「紗夜ちゃん……わかりやすいね?」
「おねーちゃんだもん」
紗夜さんってわかりやすいの? 俺そんなこと思ったこと一度もないんだけど、え? 俺だけ? 千聖さんが小さな声で乙女の嫉妬くらい受け止めてあげたらどうかしらと言われた。あー、うん、それは……その、どうしたらいいの?
「デートです」
「デートしましょう」
「……モテモテだね?」
しません。というかパレオちゃんまで最近アレだよね? 囲いからガチ恋勢にランクアップしてるフシあるよね? 前は俺が幸せならそれで、みたいなこと言ってたでしょ? けれど当のパレオちゃんどころか周囲にそれはないとツッコミを入れられてしまった。
「お傍にいられる方法はどうしてもこれしかないので!」
「ええ……そっか」
なんてリアクションしたらいいのかわかんなくなったんだけど。どうやら俺の囲いでガチ恋勢が湧いているらしい。あれだね人生三回はあるとか言われるやつではなかろうか。花音のことがあったのに紗夜さんにパレオちゃんだなんて。
「……む」
「彩?」
「ふーん、と思ってさ」
え、なんでちょい不機嫌そうなの? ああ、推しが……推しにそっぽを向かれた! どんなことがあろうと推しは推しのまま推したいのに! 推しに推されなくちゃ厄介認知勢キモドルオタって称号にやっと謎の誇りすら持てるようになったのに!
「私の今日のパンツ知ってるくせに、そうやって紗夜ちゃんとかパレオちゃんにデレデレするんだー、と思ってさ」
「……え、あれ今日履いてるの?」
あ、しまった口が滑った。うわやばい、紗夜さんが鬼のような形相になってる。これは通報待ったなしですね、ごめんなさい許してください。
でもまさか朝送られてきた、今日のログインボーナス、というかわいい白のショーツがまさかの勝負下着……ライブのね、だとは思わないじゃん?
「彩ちゃん、吹っ切れたのね」
「千聖ちゃんに教えてもらった通りだよ」
「いやなに教えてるの千聖さん」
もしかして千聖さんは見せたがり露出狂の変態なのかな? そしてその露出狂から教わった俺をオタクとして留めておく方法がそれだったの? 師匠間違えてるよそれ。なんならそんな変態的方法がなくても、俺は彩のあの時間があれば十分だったんだけど。
「実物も……見たい?」
「見る? じゃなくて見たいって言われたら見たいに決まってるじゃん見ないけどな!」
「不純異性交遊はよくありません!」
「そうです! ヒロ様、不健全です!」
見ないって言ってるよね? なんなのこの人たち。
そんなこんなでごちゃごちゃ言いながら、わいわいと一時間くらい食ったり騒いだりして、解散となった。と言っても全員がパレオちゃんの車に乗って……って全員乗ってもスペースあるリムジンみたいなの怖いよね。
そして麻弥ちゃんが降りて、千聖さんが降りて、日菜ちゃんと紗夜さんが降りて、イヴちゃんが降りて、俺と彩とパレオちゃんだけになった。
「あのさ……後で、電話してもいい?」
「え、いいけど?」
「うんじゃあまた後で」
「うん」
彩はそう言い残してヒラヒラと手を振った。俺とパレオちゃんが残されて、って俺が最後なのか。少しの間、パレオちゃんと二人きり。なんだか怒涛の一日で、俺にとってはこの日すべてが夢みたいだったんだなって。
「千紘さん」
「ん?」
「ごめんなさい……」
「なんで謝るのさ、パレオちゃん? 今日も色々とありがとうって俺が感謝するくらいなんだけど」
「いえ、そうではなくて……その」
近くによってきて、ほんの僅かに手が触れるか触れないかというところで、車が止まった。多分俺んちについたんだなってことはわかるんだけど……パレオちゃんをこのままにしておいていいのかな。
「パレオちゃん」
「はい」
「また……ファストフード店でね」
「……わかりました」
すっと、パレオちゃんは車から降りて、それではと頭を下げてから手を振ってくれる。ごめんねパレオちゃん。俺から手を繋ぐみたいなことは、できないから。
それが本当に淡い気持ちだったんだとしても、俺はまだ……それにちゃんとした言葉で返事ができるほど、傷は癒えてないんだ。
「……千紘くん」
「花音……どうして?」
「車の音、聞こえたから……もしかしたらと思って」
なんとか頑張れてはいるけど、俺にはまだまだ問題があるんだ。今まで逃げ続けてきたのは俺がオタクとしてパスパレの一周年にすべてを懸けたかったから。その先になにが待っていようと、今日だけは夢の中でいたかったんだ。
「ちょっとだけ……付き合えるか?」
「……うん」
俺は花音を家に招く。両親はいるから、多分そんなことをして嫌われるなんてことはしないだろうけど、花音も強硬手段には出られないってこと。ここで、最後の話し合いをするんだ。逃げるように別れちゃったけど、きちんと話して、そして俺は今日で、花音との関係に終止符を打ちたい。
「花音……まずはこの間のことごめんね」
「ううん……千聖ちゃんにもすごく怖い顔で怒られちゃった」
あなたは彼を壊してしまいたいの、と千聖さんはあの後、花音を宥めつつも泣き止んだ彼女に厳しい言葉を向けられたらしい。そこで、花音はこの一周年ライブが終わったタイミングまで待とうという判断になったのか。ありがとうございます千聖さん。
「私、キミを留めておくことしか考えてなかった。千紘くんが私の傍にいればなんでもいいって、自分のことばっかりで……」
そんなこと、俺だってそうだ。花音のことわかろうとしなかった。幼馴染は幼馴染だって、ずっと考えてて、花音の気持ちに応えようなんて思ってもなかった。ずっと、片想いをさせてきた報いだとすら思ったよ。
「そっか」
「お互い後ろ向きなことばっかり考えすぎたのかもね」
「……そうだね」
恋に対して、想いに対して俺も花音もあんまりにも後ろ向きだった。だからこうなった。今じゃそんなこと思うよ。
お互い傷ついたからこその関係だったとしても、俺は花音ともっと前向きにいられたらよかったと思ってるくらいだから。
「えーっと、じゃあ花音」
「なぁに?」
「俺からの気持ちを、受け取ってほしい」
「……え」
俺は花音に、一番大事な幼馴染さんに向かって両手を広げた。おいでと俺ができる精いっぱいの勇気で、精いっぱいの感謝で、言葉よりも……花音がいつも俺のぬくもりを求めてくれたことを思い出して。
少し戸惑いつつも、花音は俺の腕の中に納まってくれた。スローモーションのようにゆっくりふわりと甘い香りを残して、俺に甘えてくる。
「千紘くん……」
「ありがと……俺の大切な
「うん……うん」
きっと、これで簡単に俺を幼馴染として見られるわけはないとは思ってる。でも、リセットはできないけど、また新しくスタートはできる。
だから俺はそのスタートした関係に、花音の幸せがあればと願うよ。
──きっと、俺はキミに恋をしていた。いつだって一緒に笑ってくれていた花音のこと、俺はちゃんと……愛していたよ。
「えへへ……またいっぱい泣いて、ごめんね?」
「ううん、これからも泣いてくれていいよ。俺が全部……は自信ないけど、受け止める」
「そこは自信持ってほしいなあ……」
それは無理。なにせ俺は気持ち悪いオタクだからね。
これからも自信はなくても、推しを推すために、そして俺のことを見ていてくれる誰かのためにもっともっと俺を好きになっていければって思うんだ。
そのためには、ひとつ、確認しなきゃならないことがあったりするんだけど、それはこれから頑張るしかない。なにせ相手が相手なんだから。
「……もしもし?」
『あ、やっと電話掛けてくれた~』
「ごめん」
『いいよ、私もお風呂ゆっくり入れたし♪』
彼女は、俺の推しでありまた友人でもある彩のこと、彩が俺にしてくれることの正体を突き止めなくちゃいけないんだから。
でもやっぱりパンツは見たいのでできれば触れたくないとか思っちゃうのがオタクの悲しいサガなんだ。その血の宿命的な。