なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい! 作:黒マメファナ
私は人の巡り合わせというものに救われている、と常々感じていた。大きな出逢いは三つある。最初の出逢いはパスパレとの出逢い。
アテフリが機材トラブルで発覚した時はすごく悲しかった。裏切られた気持ちになった。けれど、それでもあの雨の日に彩ちゃんからもらったチラシを信じた二度目のライブで、私は枯れるほど涙を流した。彩ちゃんに顔を覚えてもらって、私は最高に幸せだった。
「かわいいなぁ……」
それから私は私なりの方法で自分のかわいいを表現しようと思い色々調べてみた。すると、推しのカラーでメッシュを入れる、というのがあって私はこれだと思った。
自分なりのかわいい、この長い髪を生かす方法、そこでパレオが生まれた。
「ツートンってすげー」
「染めてんのか……」
「でもかわいい」
そう、かわいい。それが私にとってなによりうれしい褒め言葉だった。
──だけど、それを私にだけ言うというのがどうしても許せなかった。パレオちゃんパレオちゃん、と私に微笑みかける、パスパレのオタクのはずの人たち。いつの間にか囲いが出来上がって、でも仲良くなろうとした人はすぐに私のグッズの集め方やプレミア席の取り方に引いていってしまった。
「マジかよ」
「中学生だろあの子」
「親の金でしょ」
「うわボンボンか」
「やだな」
そんな陰口が嫌で、もしかしたらパスパレすらも嫌になってしまいかねなかった。私は、私の活動に理解をしてくれる人を探していただけなのに。
だから、
「ヒロです」
「パ、パレオです」
千紘さん、当時は本名なんて知らなかったからヒロさんと呼んでいた彼と出会ったのは少し後のことだった。
彼は、自分が今まで見た中で誰よりも、私がかかわった人の中で誰よりも、推しに真摯な方だなぁというのが正直な感想だった。
なにより千紘さんは私の活動を見ても引かないどころか被ったグッズとかあったら交換してほしいと申し出てきた。
「俺彩単推しだからさ、迷惑じゃなきゃ……」
「か、構いませんが……」
「やった! 無限回収したかったんだよね」
「無限……素敵な響きです」
まぁ俺バイトに限界あるから無限は無理だけどとほほを掻く彼とならオタ活ができる。私はそう思って彼の後をついて行くことに決めた。イベントはエンカウントできるようにして、グッズを渡したりして仲良くなり、ゆくゆくは一緒にイベントに行けたらなぁって思っていた。
だけど彼の周囲に私がいることで今度は千紘さんの肩身が狭くなっていって、私は離れようとさえ思った。けど、離れたくなかった。今考えればこのころからもう、私は彼に惹かれていたのかもしれない。
「あなたがれおなね! アタシがちゆよ、よろしく!」
そして三つ目の出逢いが、
この出逢いがあったことで、パレオはRASのパレオとして一緒に演奏を、同じ景色を共有できる仲間を得ることができた。
パレオはとっても幸せです。それなのに……私はどうして、寂しくなってしまう時があるんだろう。
「あ、千紘さ……」
「えへへ~、千紘くん今日もポテトだね~」
「食べたいなら食べれば」
「えー! 冷たくない? ほらほら、千紘くんの推しですよ~」
「……彩」
──仕方ない。千紘さんにとって推しは何よりも大切なもので、それは私にとってもそう。
だから本当はその姿に胸が痛くなることなんて、あっていいはずがないのに。推しやオタクという垣根を超えた関係を見る度に、私は泣きたくなってしまう。
「……あら、今日も推しのストーキングかしら?」
「違うよ、花音待ち」
「あなたは」
「いいの、俺もアイツも、区切りはつけたんだから。ポテト食べる? まだ揚げたてだけど」
「いただいてもいいかしら」
それに、氷川紗夜さんも、ゆったりとお話しをされている二人の姿がなんだか邪魔できなくって、私はどうしたらいいのかわからなくなってしまって。
なんだろうこの気持ちは、私は……どうしたらこの気持ちが救われるのだろう。
「それって……恋、とか?」
「恋……パレオが、千紘さんに……?」
「ご、ごめん。私も、したことないからようわからんけど」
元気が無さそうだった、と練習終わりに言わた私はマッスーさんに半ば無理やり連れてかれる形で、チュチュ様を除く四人で近くのラーメン屋さんに来ていた。マッスーさんとレイさんはあんまりピンと来てないようで、ロックさんだけがそうリアクションを返してくれた。
「えっと、ますきさん……わかります?」
「恋ってなぁ」
「うーん、私もそういう気持ち感じたことないから」
「とにかく、お前はそのチヒロってやつとどうなりたいかってことじゃねーかな」
どうなりたいか。どうなりたい、なんて決まっている。
彼が思うようなオタ活ができるようにしてあげたい。そして……その時の彼を、ほんの少しだけ、独占していたい。アイドルに、彩ちゃんに向ける横顔を、ほんの少しだけ。
そんな浅ましい、千紘さんのオタクになると宣言したのにこんなひどい感情を打ち明けた静寂を破ったのは、レイさんだった。
「確かめてみればいいよ」
「レイ?」
「彼の前でライブをするってのはどう?」
「ライブ、ですか?」
そう、とレイさんは頷いた。パレオが一番素直になれるのはライブをしている時だからと。
好きなものを好きと言える勇気、楽しいも嬉しいも、全部が詰め込めるのがライブ。マッスーさんもロックさんも、それだな、とうなずき合った。
言葉にするのが難しくても、私たちには音楽がある。だから音楽で伝えたらいいんだ。
「千紘さんに、私のライブを……」
決めた時点で私は、半ば決めていたのかもしれない。
白崎千紘さんへの本当の気持ち、あの方の傍で自分はなんという名前で呼ばれたいかを。
ご主人様として、パレオと気安く呼んでいただくのか、アイドルは違う毛色の推しとして、パレオちゃんと呼んでもらうのか……それとも。
「れおなちゃん?」
「は、はいっ! って、ち、千紘さん!」
「珍しいね」
皆様に相談してから数日後、制服姿で髪色も変えずにファストフード店でぼーっと色々と考えているとまさかの千紘さんに声を掛けられてしまった。
びっくりしすぎて声が裏返ったのが面白かったのか、ちょっとだけ苦笑気味な彼の微笑みにドキっとしてしまう。ああしかも、千紘さんに本名で呼ばれるのは未だに慣れないなぁ。
「ち、千紘さんは、あの、どうして……?」
「バイト暇すぎてさ、早上がりしてさ」
「そうだったんですね……あ、お疲れ様でございます」
「ありがと……だけどそんなオーバーじゃなくていいよ」
慌てて立ち上がろうとしたらやんわりと抑えられてしまった。そのうえ、相席いいかな? だなんて……うう、今すぐ着替えて髪色変えてお傍に立たせていただきたいくらいになんだか落ち着かない。
「相変わらずのメイドっぷりだね。でも今はその恰好でしょ?」
「……気遣いいただきあありがとうございます」
「そういうのじゃないって」
この格好で畏まられるとむずむずしちゃうからさ、と言われてしまい私はそういうことならと引き下がった。
──どうしよう。私、どう接したらいいんだろう。基本的にこの姿で千紘さんに会うことなんてないからどうしたらいいのかわからない。
「あ、あのお買い物パレ……私が」
「いやいいよ。自分で行ってくるから」
「あう……」
いつから私はこう、尽くさないとやっていけないようになってしまったんだろう。ううん、日頃の行いでしょうかね。
そわそわとしてしまう。私、何もしてませんよね? 何もしてないのがもう辛い。千紘さんには何かしてあげたいのですが。
「どうしたの?」
「いえ……」
「いやなんかそわそわしてるから」
しかもバレてる。恥ずかしいけどバレてるならと打ち明けると、噴き出されてしまう。本当に貢ぎくせがあるよね、なんて言われて、だってと唇を尖らせてしまう。私にとって千紘さんには貢ぐものなんです。
「貢ぐものって……」
「お財布扱いでもこの際構いません」
「言い切らないでもらえる?」
そう言われても奢られるくらいなら財布だとかATMとか言われた方がマシです。特に千紘さん相手だとお金出されるとなんだか落ち着かないどころか、逆にお財布出してるのを見るだけでモヤモヤしてしまうと言うのに!
「じ、重症だなぁ……」
「推しを前にすれば当然の欲求では?」
「あの、いくらなんでも俺、彩のプライベートにまで財布出したりしないからね」
「え」
「え?」
驚かないでくださいよぉ……え? じゃないんですよぉ。
私が特殊みたいな……特殊なのかな。でも、彩ちゃんに99.99%を注ぎ込んでいるのが千紘さんのアイデンティティなんですよ? そんな0.01%をなるべく0にしたいと思うのが私なんですっ。
──ってそうじゃなくて、私は千紘さんに言わないといけないことがあったんでした。
「そ、そういえば……千紘さん」
「ん?」
「来週末の夜……空いてますか?」
「……来週末?」
うわ、ドキドキしてきちゃった……まるでデートのお誘いみたいで。
と思ったら何があるの? と身構えられてしまう。あ……あの、しまった。用事を先に言わなくちゃいけないんだった。
「あの実は、RASのライブがあって……その、来ていただければ」
「俺に? 俺ロックバンドとかわかんないんだけど」
「わからなくても……その、千紘さんに聴いてほしいんです」
「俺に……か」
ちょっと迷った後、千紘さんはわかった、と言って微笑んでいた。その瞬間ドキドキが更に強くなった。どうしよう、すごくうれしくて、なんか泣いてしまいそうだった。でも、こんなにあっさり許可してくれるなんて。
「俺も興味があったから」
「興味……ですか?」
「そ、れおなちゃん……パレオちゃんのこと、知りたくて」
知りたい……だなんて。そんなことを言われるとどうしても、胸が高鳴ってしまう。私だって推しに認知されたいんです。微笑んでもらって、私の存在をあなたのお傍に、置いておきたい。そして、その笑顔で是非……れおな、と呼んでほしい。
「──あ」
「どうしたの?」
「いえ……」
気付いてしまった。私は彼にれおなと呼んでほしい。後ろではなく隣で、手を繋ぎながら……私も、最大級の笑顔でお返事がしたい。
私は……千紘さんの、恋人になりたいんだ。パレオとしてではなく、鳰原れおなとして、彼の傍にいたいんだ。
「なっ……それは、マジ、なの?」
「……はい」
その日の夜、チュチュ様のご自宅でもあるスタジオで練習してから、ご主人様でもある彼女に相談することにした。
チュチュ様のことはもちろん、感謝しているし、今でもご主人様はチュチュ様だと思っている。けれどだからこそこの気持ちに嘘をつけなかった。
「恋、そう……まぁそういうのもあるんでしょうけど」
「もちろん、RASのキーボードとしてのパフォーマンスに妥協はしません。ですが……」
「当然よ! RASにとってパレオの音は必要不可欠よ」
そう言ってくださるチュチュ様にありがとうございますと頭を下げ、その上で……私はチュチュ様のキーボードメイドではなく鳰原れおなとして、玉出ちゆさんをまっすぐに見据えた。
「パレオは、今の生活を彼にも捧げたいんです」
「パレオ……」
「この胸の温かさを、少しでも……千紘さんの笑顔にしたいんです」
だからこそ、今回のライブだけは……私は千紘さんのために弾きたい。千紘さんに自分の想いを伝えるために使わせてください。
とても個人的で、最悪なお願いだった。チュチュ様にしてはあまりに身勝手なお願いに、彼女は眉を顰めた。
「その意味、わかってるの?」
「はい」
「……それはアタシが目指すRASの音ではないわ」
わかってる。重々承知している。
けれど、それでも……私は千紘さんのためにキーボードで全部を伝えたい。そのくらい、好きになっちゃったんだもん。そんな想いを乗せるのも、チュチュ様の心を動かすのもやはり、音楽だから。
「少し、聴いていてください」
「パレオ?」
スタジオに入り、キーボードのスイッチを入れる。不器用なら不器用なりに、パレオの伝え方がある。
思うままに指を滑らせていく。
今までで一番集中していってる気がする。どんどん、楽しいが溢れてくる。走馬灯のようにパスパレと出会ってからの時間が流れて、彼と出会ってからの時間が流れて、チュチュ様と出会ったあの頃へと続いていく。音楽が、私の世界を作っていく。
「はっ……はっ……いかが、でしたか?」
どのくらい弾いていたんだろう、どのくらい私はチュチュ様に聴かせていたのだろう。汗が後から後から溢れてくる。でも楽しい。もっと弾ける、そんな気がした。ああまるで、昨日までの自分とは違うように自分の弾きたい音が明確に見えていた。
──それを、チュチュ様も感じてくださったようで、驚きの顔をされていた。
「──パレオ」
「……はい」
「そう……だったわね。あなたはいつも、自分の中にあるものを爆発させて音楽を奏でてきた」
「はい……っ!」
チュチュ様のため、RASという音楽のために。パレオは自分の中にあるものを燃やしてエンジンにしてキーボードを弾いてきた。それはいつもオタクとしての自分と同じで、かわいいを表現するために内にあるモノを薪のようにして燃やしてきた。
──今はそれが千紘さんだっただけ。でも意識するのとしないのでは、音に違いがでる。迷いのない、まっすぐな音だったわとチュチュ様は少しだけ寂しそうに後ろを向いた。
「勝手にしなさい。ただし! パレオはRASのキーボード! それだけはなにがあっても譲れないわよ!」
「……はいっ、チュチュ様!」
あとライブの後にチヒロってやつに会わせなさいと言われて二つ返事をした。元々三人に相談した時にはライブ後にRASの皆様にも紹介する予定だったから。どんな人なのか、みなさん興味があるようなので。
けれどご主人様はチュチュ様一人でございます……と言っても最近のパレオは説得力がないかもしれませんが、チュチュ様に奉仕したいという気持ちと千紘様に捧げたいという気持ちは別物なのですよ!
「ああ……早く週末にならないかなぁ……」
ベッドに寝ころびながら、私は星を見上げてた。
この恋が例え、成就しないものだったとしても……それでもいい。私が千紘さんが好きという気持ちを表現して、聴いてほしいだけ。もちろん失恋は悲しいし……きっと泣いてしまうけれど。
──私は千紘さんのこと、幸せになれるように応援してあげたい。それがきっと推しと呼んだ相手へ、パレオができる唯一で、絶対の誓いのようなものだから。