なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい! 作:黒マメファナ
ガールズバンドが人気だとは知っていたけど全く興味の外のジャンルだったからスルーしてた。してたけどこれはすごいなぁ。
パレオちゃんからお誘いを受けた日から少しでも知っておこうと動画なんかを漁って通信料のかからないファストフード店で視聴していた時、何を見ているの? と向かいに山盛りのポテトが乗ったトレイが置かれた。
「紗夜さんお疲れさま、委員会?」
「ええ……それで?」
「ああ、丁度これ」
そこにはすごい楽しそうにギターを弾いてる紗夜さんの姿があった。概要欄に見たことある人がいたから見たらめっちゃカッコいいんだなぁってことを再確認したんだよ。ギタリストってのは知ってたけど……なんだっけ、Roseliaってスゲーバンドだったんだ。
「……どうして今更ガールズバンドを?」
「それがパレオちゃんに誘われてさ」
「RASのライブに、ですか?」
そうだよ? と言ったらRASは今人気急上昇中の新進気鋭だそうで、チケットを確保するのは大変なことだということを教えてもらって飛び上がりそうだった。俺、パレオちゃんに取り置きもらってるんだけど。
「はぁ……そういうことね」
「ちなみにRoseliaは?」
「当然、目指しているのは頂点なのよ」
日菜ちゃんガチ推し勢はストイックさんなのでそこは一緒らしい。というかオタクとしての面とは違いすぎてそのギャップで頭がおかしくなりそうだったんだけど。なにこのイケメン女子。しかも更にすごいのが、普段はこの通り表情筋はそれほど動かない紗夜さんなのですが、ライブ中はカメラに向かってウィンクだの、果ては投げキッスしていた。誰?
「そ、それは……っ!」
「それは?」
「……今井さん、ウチのベーシストがカメラ入ってる以上ファンサはある程度必要だ……と」
「ほうほう」
ちなみにパレオちゃんはもっとすごかった。あんな頭振ったり、果ては背面弾きだのなんだのってやりたい放題だった。バンドによってもこう、パフォーマンスやファンサが違うんだなぁってのも見てわかった。
──これから行くRASは汗かきそうだなぁ。まぁパスパレでもめちゃくちゃ汗かいて声出すしそこはかわらないか。
「というかこの環境でよく今まで触れずに来たわね」
「確かにね」
幼馴染の花音がドラムやってるのは当然知ってたけど、紗夜さん、パレオちゃんと後知り合いと言えばひまりちゃん、彼女もバンドやってることを初めて知ったよ。流行とはいえすごい人口だよね。しかも人気バンド紹介みたいなのに花音もひまりちゃんいるし、なんならひまりちゃんはリーダーとか紹介されててびっくりした。
「興味が狭いわね……本当に」
「オタクだからね」
「そうね」
しかも一点特化型だから。何回か花音に誘われてもバイトとか優先にしちゃってたから。
でも、あの時のパレオちゃんは断れないよね。
真剣な表情で、初めて……だと思う。あんな風に俺にまっすぐ自分を伝えようとしてくれるのは。いつもはさ、ホントにメイドさんみたいに後ろに控えてくれるようなところがあるのに、あの時のパレオちゃんは正面から来たから。
「……そう」
「うん」
「それじゃあ……私が誘っても、千紘は来てくれるの?」
「……えっと」
一応は日程によるってことになってるけど。紗夜さんはいつだってまっすぐ俺を見据えるじゃない。だからパレオちゃんの気持ちにはまだ薄々というか確信には至ってないってところだけど、俺は紗夜さんの気持ち、知ってるつもりだよ。
「自惚れるわね」
「違うの?」
「違わないけれど」
唇を尖らせて、紗夜さんは脈なしは辛いわよと不満を口にした。ごめん、紗夜さんは確かに魅力的で、そんなあなたに想われるなんて光栄すぎるけど。
俺にとって紗夜さんはこうやって出逢ったらしゃべって、いじられるのがちょうどいい距離だなって思っちゃうんだよ。
「……バカ」
「だからごめん、って」
「結果のわかりきった答えだけれど……それでも、私は今泣きたいくらいに胸が痛いのよ?」
俺だって、誰かに好きだと言われてそれを無碍にしなくちゃいけないなんて胸が痛いよ。でも俺は花音と同じ失敗はしたくない。アイツを振って、泣かせて決めたんだ。後ろじゃなくて、前を向いて進んでいこうって。
誰かに想われない自分はもう……嫌いじゃないからさ。
「強くなくていいのに」
「紗夜さんはそう言うよね」
「なにかが変わったら……私にもチャンスはあったかしら」
さぁどうだろう。それはわかんないけどきっかけとかなんて些細なものじゃない? その些細なものに振り回されちゃうのも嫌だなって思うけど。
少なくとも俺はあの雨の中、千聖ちゃんからチラシを受け取って、千聖ちゃんに認知してもらったら、今頃は彩ちゃん推しじゃなくて千聖ちゃん推しになってるって自信はあるけど。
「軽薄ね」
「運命がね」
「推しのパンツを見て興奮するあなたは軽薄よ」
う……それはさ。女性にはわからないかもしれないけどスカートの先にあるそのパンツって布に無限大な夢を見てしまうものなんだよ。アドベンチャーなんだよ。
けど軽薄というか変態なのはそろそろそうかもと思ってきましたごめんなさい。
「それじゃあ……私も見せてあげると言ったら? 見るの?」
「前に見せてきたじゃん」
「あれは……その」
そりゃね、紗夜さん美人だし見たいか見たくないかと問われたら見たいけど見る? と訊かれたら見ないですからね。
でもあの時のやつは脳内保存してありますけど、男ってそういう生き物です。
「まったく、誰にでも下着の話していると嫌われるわよ」
「誰にでも言うわけ」
相手が紗夜さんだからだよ、と言うと少しだけ寂しそうにバカねと言われた。俺は紗夜さんのこと大事な友人だと思ってる。紗夜さん自身がそれを嫌がってるかもしれないけど、俺は、あなたのことが好きだから。
「……ありがとう」
「ひどい男でごめんね」
「本当に」
ふふ、と微笑んでくれる紗夜さん。フってしまった辛さはあるけれど、それ以上に関係が壊れなかったことに安堵してる。
今度のイベントはまた三人で行こうね。三人で行って、笑い合って、そうやって楽しくオタ活できたらなぁって思うんだ。
「それじゃあ私はもう行くわね」
「送っていこうか?」
「いいわよ、待っているんでしょう?」
バレてたんだ。いや俺は今までも花音待ちでいっつもここにいたけどさ。幼馴染さんを待つ時はいいけどこれはバレないようにって思っていたのになぁ。
そんなことを思いながら紗夜さんの後ろ姿を目で追っていたら、お待たせ~と声を掛けられた。
「ごめんね、ちょっと長引いちゃって」
「ううん、暇つぶしはできてたし」
暇つぶし? と首を傾げた彼女に俺はさっきまで紗夜さんがいたからさと笑いかける。
彼女とは彩のこと。俺は最近、彩待ちをして一緒に帰ることが多くなった。前に電話した時に独りで帰るのは心細くて親を呼んでたんだけど今月はそうもいかなくなっちゃったらしくて、だったら可能な限りは一緒に帰ろうよと提案したんだ。
「というかだいぶお仕事増えてきたね?」
「うん! 今はレギュラー番組も……あー深夜枠だけどあるし!」
そうだね放送初日から毎日SNSと二窓しながらリアタイして翌日の朝に録画したのを見てから帰ってきてもう一回字幕付きで止めたり戻したりしながら見てるよ。
だから最近パスパレのレギュラー番組放送の翌日はバイトを入れてない。なによりも推しが大事だビバ推しライフ! 青春には胸を張ってくもんだし、イチニのサンで前を向いて常識は吹き飛ばすもんだよ。
「バイト続けて大丈夫なの?」
「うん、お世話になってるし……あと千紘くんにも会えるしっ」
付け加えなくてもいいからねそんなこと。別にこう送ってく道くらいファンサなくてもやってけるからねいくらなんでも。
いや確かにクソオタクだけどさ。いくらこの状況で彩にファンサを求めたりしないよ。というかファンサ目的で送ってるわけじゃないし。
「ううん、ファンサする」
「どうして」
「私が、千紘くんにしてあげたいから」
──ものすごい殺し文句がとんできた。オタク俺、無事死亡と速報が流れるレベルである。ぎゅっと手を握られ、隣を歩く髪を下ろしたアイドルが、俺に、俺だけにレスをくれる。暗がりでもわかっちゃうくらいにキラキラとしたその顔に俺の心臓が跳ねて、止まってくれない。
「千紘くんはさ」
「ん?」
「……今から二人だけの場所に逃げようって私が言ったら、どうする?」
少しだけいたずらなような、けどなんだか冗談で流せないような雰囲気で彩は笑顔のままそう呟いた。このまま手を引いて二人だけの世界に、か。
そんなの決まってる。俺は彩のことが大事だからね。
「遠慮する」
「どうして?」
「彩には夢を叶えてほしいから」
誰かに夢を与えるアイドルに、そしてアイドルスターに。彩の夢はまだまだ道半ばだ。その夢を諦めさせるような選択を俺は取れない。たとえその人生が幸せに満ちたとしても。
このまま二人で逃げて、結婚して子どもができて……きっと幸せだろうけど。
「そっか」
「もちろん、そう思い詰めるくらいに辛いなら、俺が背中を押してあげる。手を引っ張ってあげる。それが……オタクだから」
──俺は彩ちゃん推しのキモオタだから。彩ちゃんには夢を叶えて、たくさんの人の夢になって、いつかはステージの上で万感の想いを込めて歌って、たくさんの涙と惜しまれる拍手に包まれながらマイクを置いてほしい。アイドルに捧げた人生が、本当に幸せでしたとステージの上で言ってほしい。
「じゃあ、その時は」
「……え?」
「キミが迎えに来て」
「えっ」
それって、なんて言う間もなく、俺は彩の腕によって強制的に視線を下げさせられ、踵を上げた彼女との距離が、ゼロになった。
長い睫毛、大きな瞳が間近で閉じられ、吐息がまじりあう。
「……は」
「……え、えっ、ちょ、ちょっと待って」
「ムード台無しだよ?」
「ムードって……! いやいやそれ以前に色々おかしくない!?」
いくらファンサって言っても……キ、キ……うわ! ヤバめっちゃ感触残ってる! え、どうしようワイドショー!? パパラッチに撮られてアンチにパンチされちゃうよ!?
混乱した俺を見て彩は苦笑いをする。まるでそんな驚くこと? って顔されても困るし驚くよねフツーさ。
「私、これでも伝えてきたつもりだったんだけど……アプローチ足りなかったかな」
「い、いつから……」
「キミにプライベートを区別してもらったあの時から」
そ、そんな前から……? 嘘でしょ俺全然気づく……わけないわ。あの時の俺なんて自分の失恋と花音で手一杯で正直オタ活もロクにできてない時期だったし。イベントには参加してたけどさ。情報が一歩遅れてたりした時期だ。
「……あー、なんかスッキリしたー!」
「俺はモヤモヤしてるんだけど」
「えー、でも私が千紘くんに対してしてきたことが何かはわかったでしょ?」
まぁ……確かに。なんで距離近いのかなって思わないこともなかった。というかまさかアレがそのサインだったの?
彩はたくさん心当たりがあるらしくどれ? と首を傾げていた。
「ホラあの……ポテトの」
「あーうん。千紘くんに食べさせてほしかった」
両手がふさがってても開いてても絶対口開けるもんね彩。それで俺が一本ポテトを向けて、それをおいしそうに食べる彩。このくだり、アプローチの一環だったんだ。もっとわかりやすいと好きでもない人にパンツ見せないよとか言ってきた。なんでそっちは気づかなかったんだろうなちくしょう!
──とまぁ色々と納得したんだけどあなたアイドルでしょうなにやってるんですか。
「アイドルだって人間……ってことくらいキミにもわかるでしょ?」
「そりゃ……そうだけど」
「好きになっちゃったんだよ。私だって、ダメだなぁって思ってたし千聖ちゃんにもマネージャーにも絶対に付き合っちゃダメって言われてた。そんなのわかってる、けどっ……好きになっちゃったんだもん」
「あ、彩……」
「……もうちょっと、話、してもいい?」
「……うん」
外ではなんだからって……俺は彩の家に上げてもらい、部屋できっかけを教えてくれた。
そのきっかけはなんてことのない、俺と同じだ。あの日、あの雨の日、チラシを受け取った俺がライブのお見送りにいた。それが全部の始まり。
最初は嬉しい、あの子が
「ファストフード店で会ってもその気持ちは一緒だった……けど」
「けど?」
「ほら、キミに愚痴っちゃったことあったでしょ?」
最近じゃいっぱい聴かせてくれるようになったけどね。あれか、イベントなんてまだできなくて、地道に活動するしかなかった時、広報すれば中傷のリプライが届くようなあの頃、彩は俺にポツリとそれが辛いって漏らしたんだった。
「その時に確か、彩が頑張ってきた話を聴いたんだよね」
「うん。それで、キミはその努力は、してきたことは無駄じゃないって教えてくれた」
彩ちゃん俺、フットサル始めたんだ。驚かせたくて個別握手会のイベントで俺は彩にそう言った。その時、彩は目を見開きそれから大粒の涙を零したのをよく覚えてる。
余談だけどその真後ろは研究生時代のガチ古参だったのでめちゃくちゃSNSでお気持ち表明された。知らんがな。
「あの時嬉しくて嬉しくて……! 暗い印象のあったキミが、自分を好きになりたい、なって私に頑張ってるんだっていいたいって言ってくれた時に、私は恋をしたんだ」
「……そんなの」
そんなの誰だってできることだ。彩の頑張りを聴いて何かをしたいって思える人は俺なんかよりたくさんいるはずだ。
──それがたまたま俺が最初だっただけ。たまたま、俺がそれを聴いていたからできただけ。でもその偶然が彩に俺という存在を深くしていった。
「だから……おじゃましても、いいかな?」
「え……っと?」
「どうぞ……って言って」
「どう、ぞ?」
すると彩は俺の脚の間にやってきてまさかの俺に背中を預けてきた。真ん前にいい匂いのする頭が、彩の頭があって、彩の体温が伝わってくる。
頭が弾けそうなくらいにショートしていて、でも彩は嬉しそうに微笑みながら俺の手を握ってきた。
「私は、キミのココにいたい」
「……それは」
「中心に、私を……丸山彩を入れてほしい」
心臓が熱く跳ねた。俺はあくまで彩ちゃんは推しで、でも彩は一緒にいて楽しくてちょっとドジだけど誰よりもまっすぐですごいストイックなところもあって、いろんなことに挑戦していて、かわいくて尊敬できて……誰よりも、好きな人だ。
「……無理」
「……無理、かなぁ」
「うん無理だ。だって……」
彩はいつだって俺を見てくれた。日常の些細な一コマにやってきてポテトをねだる姿、アイドルとして歌って踊って、合間に俺を見つけて微笑んでくれる姿。握手会でたまにプライベートネタを言っちゃいそうになる姿。俺はそんな彩をこれからもたくさん、たくさん見つめていくんだ。それは紛れもない、一つの気持ちだから。
「……もう、いるから」
「え……?」
「彩は、もうここにいる。俺の一番真ん中で、キラキラ躍ってる」
「そっか」
今度は俺から、彩がくれた気持ちを返していく。身長差のせいで上を向かせてごめんと思いながら、ゆっくりと確かめるように。
ああ、認めちゃえばこんなに腑に落ちることはない。なんで彩ちゃん推しってだけじゃなくてプライベートの彩に目が離せなかったのか。それは、彩のことを好きだからだ。
「でも、付き合うのはダメ」
「ダメ……?」
「そんな目で見てもダメ、こういうのも今日だけにしよ」
「……いじわる」
意地悪じゃないよ。俺だって今グワーッとした気持ち全部ぶつけたいよ。抱きしめて好きだーって言いたい。身体の奥から気持ちが溢れてくるよ。
でも、付き合うのはダメ。俺は彩の夢を叶えてほしいって言った。その気持ちは嘘じゃないホントだ。スキャンダルで活動が制限されるなんて許せない。
「じゃあ……私の夢がかなうまで、待ってて」
「うん」
今日までってことで、彩は今日だけだからともう一度だけ秘密を共有した。
うん、これでいい。きっと後悔することになるだろうけど。俺はあくまでドルオタだからね。
──なんとしてでも推しは推しのまま推したい! 推しが叶える夢の果てを、ペンライト振って応援したいんだ。
「あ、今日のパンツ見たい?」
「見たい!」
そんないちゃいちゃが終わり、名残り惜しいけど玄関まで見送ってくれた彩からの最後の言葉に思わず条件反射をしてしまった。
え、あ、これは……だからこれは違うんです! 決して、決して変態とかじゃなくて! でも、それでも好きな女の子のパンツだよ!? 見たいに決まってるでしょうが!