なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい! 作:黒マメファナ
彩が夢を叶えた時、その時は恋人になる。そう決めたことは秘密にするのかと思っていたら既に花音、紗夜さん、パスパレメンバー、そしてパレオちゃんは知るところだった。隠していてもしょうがないって。
「だいたい千紘くんは隠し事下手でしょ?」
「……そうだけど」
まぁこの辺は言ってもいいんだろうけど。彩はちょっと納得がいってない俺にだけ、紗夜ちゃんとパレオちゃんは、諦めきれなくなっちゃうでしょと説明された。
そっか、そうだよな。俺は女の子二人をフってることになるんだ。
「こんにちは千紘くん」
「どうも、わざわざ時間を作ってもらって……」
「そういう他人行儀なのはいいわよ」
とある日の昼下がり、俺は近くの喫茶店でとある女性と待ち合わせていた。目深の防止にサングラス、お忍び雰囲気抜群のその女性の名は、白鷺千聖さん。俺と似た名前を持つ彼女は彩との約束以来、こうしてたまに愚痴を聴いてくれる友人、という間柄になった。
「それで……何を話そうかしら?」
「色々、整理をつけたくて」
「そう」
彩と半ば恋人、のような関係になってから、様々な苦しいことがあった。
──あなたに好きな人ができても、それでも言葉にしたかった、とRASのライブに行った帰り、俺はパレオちゃんに告白された。いつものツートンじゃない、パレオちゃん……れおなちゃん本来の髪色の彼女に、思わず俺も泣いてしまいそうなくらい苦しい告白を受けた。
「ずっと、ずっと好きでした……! 千紘さんのこと、大好きでした……っ!」
当たり前だけど断って、そのあとチュチュって子に散々罵倒されたよね。ウチのれおなを泣かせんじゃないわよって。というかあのメンツ怖いんですよ。ますきって人も怖かった。あんなんヤンキーってかレディースじゃん。暴走族だよ。
「フられても私、オタ活の時に千紘さんの隣は譲りませんから」
「……れおなちゃん」
「ところで今週末の撮影会どうされるおつもりですか?」
「どうしようね」
それでもれおなちゃんはいつだってパレオちゃんとして傍にいてくれることを選んだ。きっとあの子も後悔することがたくさんあるだろう。けど、俺はその後悔をさせないようにはできないってこともわかっていた。俺がなんとかして、例えば楽しませようとすればするほど、好きって感情に彼女は圧し潰されそうになる。失恋ってそのくらい苦しくて、相手と心が通っていたらいるほど重たいことなんだから。
「そうね、ちゃんとわきまえているじゃない」
「……そりゃ、ガラにもなくモテたし、フったりフラれたりしてますから」
「ふふ、彩ちゃんは常々千紘くんはモテなくていいんだけどなぁ、なんて言っているけれど」
れおなちゃんは大切なオタ仲間だ。それがあったとしても一度そういう関係を望んだ以上、俺は彼女の幸せに必要以上に関与しちゃいけない。千聖さんはそんな風に俺を諭してくれていたのもあるね。
「そういえば……紗夜ちゃんとのその後は訊いてないわね」
「日菜ちゃんから聞かないんですか?」
「そこまで野暮ではないわよ。日菜ちゃんも私も」
そっか。そうだよね……紗夜さんは、紗夜さんはあっけないほどいつも通りだからね。でもどうやら彩曰くあれは虎視眈々と千紘くんを狙ってる目だよ、なんて言ってた。靡かないから大丈夫だよ。
「紗夜ちゃんはそこまでメンタルが脆くないわ……強くなった、というべきだけれど」
「そうだね」
俺に心配されるようなメンタルはしてなさそうだ。いつだって凛としていてクールで大人で、でも時々変なところでかわいさのある、それが紗夜さんって人だからね。いつまでも尊敬できる人だと思う。
でもやっぱり狙ってるってのはないと思う。
「私はあなたの頑張る姿に、純粋に胸を打たれたわ。だから……その頑張るきっかけを与えてくれた丸山さんに勝てるはずないわ」
「……勝つとかじゃ、ないと思うけど」
「ええそうね。ごめんなさい嫌な言い方だったわ。でも千紘……丸山さんと同様に、あなただって、誰かに素敵だって思われるような姿を見せられるってことは、覚えておいて」
そんな風に微笑んだあの人が、まだそうやって横から狙ってるだなんて思えない。いや俺が思いたくないだけかもしれないけど。
だからこそ、俺は今でもファストフード店で会うと一緒の席でいつもみたいに話すんだから。
「サラっと口説かれているじゃない」
「口説かれてる?」
「ええ」
──と紗夜さんとの心温まるエピソード語ったらそんなことを言われた。待って俺どこの部分で口説かれてた? 困惑していると千聖さんが全部よ全部って言われた。全部!?
ガッツリ狙われていたらしい。いいよ靡かないもん。靡かないからこそこうやってまだ紗夜さんとお話しできてるわけだし?
「なんて甘い自己評価かしら」
「彩がいるから」
「惚気ないでちょうだい」
「……ごめんなさい」
怒られた。相手は一応アイドルなのよ? と言われるけどわかってるよそれは。一応はつけてあげないでほしい。彩はアイドルですよちゃんと。その辺はオタクとして区別してますからね。
「そうね、そうなるわね」
「なんでそう聞き分けのない子に譲歩したみたいな反応されるのかな俺」
「え?」
「えっ?」
「……花音のことだけれど」
おいおい千聖さん? 露骨に話そらし過ぎでは?
けど千聖さんは表情を一切動かさずにもう一度だけ花音のことだけれどと口にした。ヒエ、目が全然笑ってない。笑ってないのに慈愛の微笑みなんだけど。わかりましたわかりましたから花音の話でもしましょう。
「花音は……花音はなぁ」
「なにか問題あったの?」
「なんか結局ぎこちなくなっちゃって」
それは花音の親友でもある千聖さんに相談したいことの一つだった。
あれからずっと、花音とまともに会話はできてない。前はちょいちょい来てくれてたご飯も当然無くなったし……俺は結局、花音を傷つけただけなのかな。そう思うとじわりと胸が痛む。あの時、やっぱりダメだと思ってても、アイツの傍にいてあげるべきだったのかな、なんて。
「そんなことないわよ」
「……そう?」
「ええ、だって花音は言ってたわ。自分も前を向いて、みんなを笑顔にできるようになったら、今度こそ笑顔であなたの幼馴染でいたい、って」
そっか、と俺は千聖さんの微笑みに返事をした。幼馴染でいたい。そう思ってくれてるなら俺も安心できるよ。
今はまだ前を向けなくても、いつかは……もう花音はその優しさを外にむけることができるのなら、それ以上に安心なことはないよ。
「教えてくれてありがとう千聖さん」
「いいのよ。これは花音のためでもあるのだから」
「千聖さんみたいな人がいてくれてよかった」
これは本当に心から思うことだ。よくない別れ方をしたせいで前のように関われなくなってしまった俺と花音にとって、千聖さんは架け橋のような存在だった。感謝しかないよ。千聖さんはいいのよ、としか言わないんだけど。
「私にとって、親友を助けてあげることは自然なことだから、特別感謝されることじゃないわ」
「なんかそれ、カッコいいね」
「ふふ、ありがとう」
千聖さんの微笑みはまるで木漏れ日のような柔らかさがあって、なんというか安心してしまうね。それが何か包み隠すようなことがあったとしても俺は見抜けない気がする。千聖さんはこうやってとっても頼りになるし正直彩ちゃんじゃなくて千聖ちゃん推しでもありだったなぁと思うまであるけど、プライベートでは一番警戒しちゃうタイプかも。
「そういう時のためのパンツよ」
「千聖さんはパンツをコミュニケーションツールかなにかだと思ってるの?」
そしてそのコミュニケーションツールを彩に教え込まないでください。おかげで最近は画像フォルダがパンツとかブラでいっぱいで鍵付きのところに移動させたところなんだから。ええそうです俺が推しをオカズにするゴミカスオタですどうも。
「ところでその肝心の彩ちゃんとはどうなの?」
「どうなのって?」
「どこまでいったの?」
「んぐっ!?」
とんでもない爆弾発言に俺は噴き出してしまいそうになるのを抑えてしまう。
とこまでいったのってあの? あのですね千聖さん? 俺と彩は付き合ってないんだけど? アイドルである以上まだお付き合いはしてないんだけど。
「そうね」
「うん……わかってなかった?」
「けれど結局好き同士でしょう? 我慢できるものなの?」
純粋な疑問としてそんなセンシティブなこと訊いてこないでもらえます!? どこまでもなにもその約束をした日にキスして以来なにも、なに一切手を出してませんけど? あくまで彩は彩として接して、彩ちゃんは推しとして認知厄介ガチ勢ドルオタムーブかましてるだけなんだけどね?
「つまらないことに拘るわね」
「付き合ったらダメって言ったの千聖さんでは?」
「逆に付き合わなかったらなにしてもいいわよ」
よくないよ? なに言ってんだこの人。付き合ってないのになんでイチャイチャしてはるんですか? ってなるじゃん? なんないの? なんなのこの人!
しかもどうやらこの人、俺の話を聴きに来たという真の目的は彩との惚気を聴きにきたらしい。さっき惚気ないでって言った! 矛盾してる!
「あれは紗夜ちゃんの話を聴いていたからよ」
「それは別ものなの?」
「ええ」
どうやら千聖さんの中では別ものらしい。よくわかんないけど、そういうことにしておこう。
それで、本当に何もないからね彩とは。そうやって注釈すると千聖さんはへぇ、と信用してないような目つきで薄く微笑まれた。
「とか言っておいて、時々一緒に帰っているでしょう? 知ってるわよ」
「……それは、彩が心配で」
「家に上げてもらってるわよね?」
「ストーカー?」
「へぇ……そうなのね」
うげ、カマかけられた。最悪。語るに落ちるとはこのことだったようで……そうだよね千聖さんが知ってるわけないよね。
でも言ったからには千聖さんも知るところになるんだよね。はぁ、語るしかないのかぁ。
「教えたくなかったんだけど」
「そうよね……カノジョとのプライベートだものね」
「カノジョじゃない」
やけにからかってくるな。あれか? サドか、サドなのかな?
あんまりしゃべりたくないんだけどなぁ。当たり前だけどこの世界は壁に耳あり障子ありだからね。
でも、まぁ千聖さんは絶対口が堅いんだろうからいいんだけどさ。
──どれをピックアップするか……あれは、そうだな確か富士のイベントの翌日にアウトレットモールに寄った翌日のことだったかな。
「いらっしゃ──千紘くんだ!」
「声がでかいよ彩」
いつものように彩がバイトしてるのを知ってたし一緒に帰りたいとかかわいいお願いをされてしまったのでこうやってバイト終わりにこうして甲斐甲斐しく通っていた。
いつものようにポテトとジュースを頼んでちょっとだけ待つことにする。
「終わったよー」
「お疲れさま」
「うん……ポテトちょーだい」
はいはい、と彩なりの愛情表現でもある口を開けて俺の持ってるポテトをねだってくる。
その意図を気付いた今、もう疑問に思わず与えて、嬉しそうにする彩の顔がかわいくて胸が締め付けられるようだった。
「えへへ」
「帰る?」
「うーん、もうちょっとっ」
彩は周囲に誰もいないことを確認した彩は俺の隣に座って、腕にまとわりついてくる。すっかり甘えてくることが多くなった彼女は俺の腕の匂いとか嗅いでくる。
あの、あの? 彩さん?
「ん~」
「変態っぽいね」
「変態じゃないよ!」
いや、匂い嗅がれたら誰だって変態ってリアクションしたくなるでしょ。俺は悪くない。
そんなこと言ったら、彩は俺の肩に頭を乗せてきた。その時に髪からふわりと香る甘い匂いをちょっと嗅いでしまう。
「……ね? 変態じゃないでしょ?」
「そ、そうだね」
ねぇ彩、それは同意じゃなくて脅迫って言うんだと思うよ。でもねわかるよ。好きな人の匂いってつい嗅いじゃうんだなって。そしていい匂いだ、好きだなって思っちゃうものなんだなってことは今身に染みて感じたよ。
「好き……えへへ」
「あ、ごめん」
「ううん、私も好き」
やば、やばばば。息するのどころか心臓止まってた絶対。え、なに? なにこの生き物かわいいね! 俺の推しだわ! 推しに好きって言われたよ!? 好き、好きってああいつもイベントまでせこせこ来て十秒のために何十枚も貢いでくれてありがとうってそういう意味ね。なるほどなるほど! ってドルオタ精神が出てきてる!
「……ばか」
「あの、ホントに今のはごめん……処理しきれなくて」
ああ、怒られた。腕に掴まってはいるけど彩はぷいっと顔を背けてしまう。
あれなんだよ、彩に好意を向けられてるって事実が正しく認知できてないせいでこうなっちゃうんだよ。決して無碍にしてるわけじゃないから。
「もう帰ろ」
「……うん」
けど彩はそうやって立ち上がって、一緒に夜道を歩いていく。うう、気まずい……やらかしたなぁ。無言で数分の道を歩き、あっという間に彩の家の前まで来てしまった。何か言わないと、でもじゃあなんて別れ方は寂しいと思った時だった。彩はずんずんと家に進もうとする。あの、彩さん? 手、繋いだままなんだけど。
「ん!」
「え?」
「んっ!」
俺を引っ張ってくる。え、なに、もしかして部屋にってこと? でも、怒ってるんじゃないの?
彩は怒ってるけど、と言いながら俺を見た。眉が吊り上がっていて、頬が膨らんでる。こんなに怒った彩を見るのは初めてのことだから狼狽えてしまう。
「あ、あの……」
「怒ってるから、来てって言ってるの」
「え……でも」
「来ないと機嫌直してあげないから」
それは困る。押し切られてる気がしなくはないが彩の部屋まで引っ張られた。正座をして腕を組んだ彩を見上げる。
なんならここでちゃんと土下座をしよう、そう思っていたら彩の頭の位置が俺の高さまで来て、抱き着かれてしまった。
「あ、彩……? えっと?」
「……我慢できなくなっちゃった」
「え?」
「昨日のデート楽しくて、楽しくて……いっぱい恋人みたいにできたせいで」
デートって、あの時こころちゃんやら奥沢さん、花音と千聖さんにパレオちゃん紗夜さん、日菜ちゃんってすごい大所帯だった気がするけど……いやでもなんか二人きりで服選んでもらったり、選んだり、今使ってる新しいスマホケースなんて彩がほら色違い! って言ってプレゼントしてくれたものだし。
──そんな風に振り返っていたら、彩の気持ちがわかった気がした。そのせいか、戸惑ってどこにいったらいいかわからなかった手が彩を包んでいく。
「大好きだよ、彩」
「知ってる」
「今でも彩ちゃんのことは推しだし、応援してる」
「……うん」
「でも、彩は好き」
伝えきれてなかったんだよねきっと。いっつも俺が伝える好きはドルオタとして推しに向けるものだったから。でも俺は純粋に彩が好きなんだ。
もうそうやって言えるくらいに、彩が好きでいてくれる俺のことを、ちゃんと認められるくらいには。
「千紘くん……」
「ああごめんごめん、泣かないで、彩」
「ううん、嬉しくて……私、私やっぱり……キミが好きでよかったなぁって」
そんなことで安心してもらえたら、俺だってもっと伝えたくなる。言葉で好きって、言葉だけじゃなくて、手とか……唇とかで。
彩に触れて、彩に触れられて、俺は……彩も、気持ちをたくさん共有できるんだから。それを我慢するなんて、きっと無茶なことだったんだなって、思ってしまった。
「……ヤったのね」
「ヤってはないです」
ちょっと長くおしゃべりをし過ぎたせいか、空はだんだんと青から橙に変遷しつつあった。──楽しそうで申し訳ないんですが、そこは流石に思いとどまりましたよ。だけど千聖さんは澄ました顔で時間の問題ねとか言い出した。
「……あれから二週間くらい経つけど、まだ部屋で二人きりにはなってないし」
「なったら?」
「彩は泣かせられない」
「うふふ、そう、そうよね」
ごちそうさま、とか言われてもどっちの意味か捉えかねるんだけど。千聖さんはこれまで見た中で最高に楽しそうな笑顔を浮かべて奢ってあげるわよと伝票を持って立ち上がった。
俺がごちになってんじゃんかやっぱり。
「さて、後は頑張ることね」
「は?」
「──
「ん?」
手を振り去っていく千聖さんを見送ってなんのことだと思って窓の外に視線を合わせると……おおうびっくり、なんかいた。
口をへの字にして眉を吊り上げてるかわいいかわいい俺の推しがそこには立っていた。
「あ、彩!? いつから?」
「ちょっと前、千聖ちゃんも千紘くんも連絡返ってこないと思ったら……! 推し変? 浮気?」
いやなんで浮気よりも先に推し変疑惑が浮上するのかな!? あ、俺オタクだった! でもどっちもないから安心してください! 俺はオタクとしても恋人としても彩一筋だから! 目移りはしないからさぁ!
「ホント?」
「ホント」
「ふうん、じゃあ今からデートしよ」
「でー……このままおしゃべり的な?」
「ううん、千紘くんち、最近挨拶できてなかったからさ」
「……え」
あの……今夕方、両親、いつも通り結構遅くまで仕事。お茶やお菓子を出すのも俺しかいないし、なんなら夕ご飯コンビニの予定だったんだけど。
──そういうと彩は流石アイドル、とでもいうべきキレイなウィンクをしてみせた。
「じゃあ私が作ってあげるよ。リクエスト何がいい?」
「え……ちょ、ふ、二人きり……になるんだけど」
「問題あるの?」
あるかないかと言われたらあるようなないような。でも彩は強引にほらほら、いちゃいちゃする時間なくなっちゃうよ? と俺を引っ張っていく。
やっぱり彩は強い。いつだってまっすぐで信じるものに向かって眩しいくらいに輝いている。そんな、そんな彩を応援できるのが、俺は幸せだ。
──推しだけど、パンツが見れちゃうような関係。俺はそんな彩に出逢えて、オタクでいて恋をして、いつだって眩い未来が見えているような気がした。
「ふふーん、今日は気合入れたふわふわピンクだからね、楽しみにしてね、千紘くん♪」
「超楽しみ」
「素直な変態さんだ」
だって、やっぱり。いくら推しだったとしても、パンツは見たいよ。
──推しだったとしても、俺は丸山彩に恋をしてるから。キラキラの笑顔を浮かべて俺の傍にいてくれるキミのことを、世界で一番愛してるからさ。
なんとしてでも、推しは推しのまま推したい! けどパンツは見たい! ピンクEND! Thank you for reading.